大阪の街の誇り、みんなの人気者。
ブログネタ:どのチームの試合に観にいきたい?
参加中最初に渡された楽器はアゴゴ。
そのあと、タンボリンもフリジデイラも買った。
そのほか、
いっぱい楽器の名前を覚えた。
ガンザ
スルド
ヘピニーキ
カイーシャ
クイーカ
アピート
どれもなつかしい響きだ。
けっきょく上達しなかったが、
今でもサンバは大好きだ。
そのときのサンバのお師匠さまは、
カイピリーニャさん。
大阪で「カイピリーニャ 」という名前の
ブラジル料理店をやっている。
最初、お店は肥後橋にあって、
そのころよくヤンマーサッカーチームの
選手たちもブラジル選手とともに来ていた。
で、ぼくはヤンマーを応援していた。
ヤンマーというと、
釜本さん(メキシコ五輪胴メダルの主力選手)。
ところが、Jリーグがはじまるとき、
ヤンマーはプロ・チームを発足させなかった。
松下のガンバが唯一、大阪のチームだった。
大阪と言っても、ガンバの本拠地は吹田市。
万博少年ではあったが、
万博のあとはあそこは吹田。
吹田=大阪ではなかった。
松下が嫌いなわけでもなかった。
ところが、なんと釜本さんがガンバの監督に。
なんとなくヤンマーを見捨てるのもイヤで、
ガンバの様子を遠目にみていた。
発足当時ガンバはジリ貧で、
しかも釜本批判もあいついだ。
そんな中、ヤンマーを母体として、
とうとう「セレッソ大阪」が発足した。
本拠地は大阪の長居スタジアム。
陸上競技をしていたぼくの聖地でもある。
これは文句ない!
カイピリーニャも心斎橋に移転して、
いよいよどんどん賑わっていった。
ときは流れ、
W杯コリア・ジャパンのときは、
ミスター・セレッソ、われらがモリシが
なんと長居スタジアムの対チュニジア戦で、
決勝トーナメント出場を決定するゴール!
その日は仕事帰りに、カイピリーニャに行って、
夜の更けるまで、思いっきり飲んだ。
さらにときは流れ、
日本サッカーの聖地、長居スタジアムは
今年7月24日の山形戦を最後に、
セレッソのホームスタジアムでなくなる。
すぐとなりの長居球技場が、改装され、
「金鳥スタジアム」という名で、
セレッソのホームになる。
聞きなれないヘンな名前、
「キンチョウスタジアム」。
大日本除蟲菊(金鳥)って、大阪だったのね。
どうりでヘンテコなCMばっかりやってるわ。
セレッソのホームになって、
ちょくちょく行くようになると、
そのうち慣れるでしょう。
と、いうわけで結論。
行きたいスタジアムは、もちろん、
最後の「長居スタジアム」と、
新しくできる「キンチョウスタジアム」です!
ブラジル料理とサンバのお店「カイピリーニャ」は、
現在、靭本町(うつぼほんまち)で営業してます。
移転してからまだお邪魔してません。
どなたか一緒に行きませんか?
Jリーグ2010特命PR部員 入部募集中♪ ※PC
遊園地の思い出
昭和なぼくが昔遊んだ関西の遊園地は、
第一に「宝塚ファミリーランド」。
それから
(どことなく中国の石景山に似た気配も)
風神雷神よりダイダラザウルスのほうが好きでした。
万博少年ですから…。
ポートピアの主題歌はゴダイゴが歌ってました。
マイナーなところでは、
ここのかっぱ座というぬいぐるみショーと、
ケロヨンの木馬座との区別が
子どものころのぼくにはついていませんでした。
とにかく、いっぱいありましたが、
ぜんぶ、潰れてしまいました。
みたいな感じかな?
そんな中、生き残っているのは、
「ひらかたパーク 」
「生駒山上遊園地 」
「みさき公園 」
ぐらいでしょう。
さて、何で、今日W杯でもない記事を書いてるかというと、
もう一つの話題…そう、選挙があるからです。
場所は「ひらパー」こと「ひらかたパーク」
ひらパーのキャラクターとして
ブラマヨ小杉が使われていたのですが、
相方のブラマヨ吉田が、異議申し立てをして、
自分こそひらパーのキャラクターにふさわしいと、
立候補したため、選挙となったのです。
政見放送もひらパーHP 内に用意されています。
あなたは、どちらを選びますか?
こんなことして選挙をギャグにしてると、
中身も教養もある友人のブログ でおこられそうです。
わかっちゃいるけど、やめられない!
「死語」の世界へようこそ。

ブログネタ:思わず使ってしまう死語
参加中
思わず使ってしまう死語って、
おまへん、おまへん、そんなもんおまっかいな!
どころか、しゃべれば、ぜんぶ死語の世界。
昭和なぼくは普通にしゃべってると、
「古い!」と子どもにバカにされるもあはれ。
「……真っ暗闇じゃあござんせんか」
とこぼすグチも死語ですか。
「死語とは正確に言うと
ゴート語やヒッタイト語のような
滅びた言語をいうのであり、
古くさいオッサン語は、
廃語といわなあかんのや」
と言語学の術語を説明しても、
相手にされない。
ケンモホロロ…。
そんな古くさい言い回しをネタにした
新作落語に小佐田定雄作「わいの悲劇」がある。
桂雀三郎の持ちネタで、ぼくは好きだ。
落語が古いと思うご仁も、
友近のおっさんネタ「西尾一男」ならご存知だろう。
ピザ屋で、
シーフード を 海鮮
ハーフ&ハーフ を 別個
サイズ を 寸法
トッピング を 上のせ
コーン を 唐黍。
日本語を愛護する素晴らしいピザ(西洋お好み焼き)屋だ。
このほかにも「西尾一男」の104がyoutubeにアップされてた。
まあ、西尾一男さんまではいかないけど、
カップルのことはアベック、
ベルトのことはバンド、
サスペンダーはズボンつり、
そもそもパンツといわずズボン(股引といわないだけマシ)、
衣料関係は流行がはげしいため、
ことばの変遷もなかなか厳しいようだ。
このほかにも、
サロペットも使われなくなったみたい。
タートルネックはとっくり、
と言ったもんだ。
サッカーの世界も、用語はかなり変わってきてる。
昔なら絶対ロングシュートと呼ばれた距離でも、
今はミドルシュートと言ったりする。
これはボールの飛距離が伸びたかららしいが。
昔はバックといったのは、今はディフェンダー、
ハーフといったのは、ミッド。
家電製品が新語だらけなのは当たり前だが、
今でもときどき
「チャンネル回して」なんて言ってしまう。
「チャンネルをひねる」という人もいるだろう。
でもさすがに照明をつけたりするときは、
スイッチ押すといいますね。
さすがだな、昭和のぼく。
だって、森鷗外は「舞姫」の中で、
消灯することを、
「電気線の鍵をひねる」
と表現してます。
古いことばに味わいを感じつつ、
どんどん古くさくなっていくぼくです。
若い人たちに愛想つかされる前に
退散しますわ~。
ほな、兄ちゃん、おあいそして!
「はい、チェックですね」
ギャフン!
臨時増刊 「かわいい女の子みつけました」
どの子もかわいいですが、
やっぱり主人公がとくに。
ついでに高橋酒造のHPでは、
twitterかfacebookの画像とともにmovieが生成されて、
自分や友人の画像をこのCMに参加させることができて、
けっこう楽しめました。
期間限定のサーヴィスだったようで、
今はなくなってしまいましたが…。
おまけに、このBGMの動画もつけときます。
こちらもいいセンスしてますね!
高橋酒造のほかのCM
「探偵」編と、「時代劇」編も、
おもしろかったのですが、
オフィシャルサイトから削除されてました。
残念です。
ミーハーなぼくは、今日、「しろ」を買いに行きます。
それではみなさん、カンパ~イ!
リセベリパークのチュー太館
スウェーデンのユーテボリGöteborgという街には、
北欧最大と誇っている遊園地リセベリパークがあります。
デンマーク人にチボリ公園やレゴランドを
自慢されっぱなしのスウェーデン人のUSJって感じかな。
結構歴史は古くて、1923年の創業です。
ここのマスコットは昔、
ミッキーマウスだったんです。
ただし、今の中国の「米老鼠」と同じく
著作権侵害のパチモンでした。
ぼくはこれらのパチモンのミッキーのことを
総称して「チュー太」と呼んでいます。
でも、昔はみんな著作権なんて言わなかった。
ミッキーは世界共通のテーマパークのアイドルだったわけです。
今、リセベリパークのマスコットは緑のウサギに変わってます。
ぼくがリセベリパークに行った1998年には
すでにマスコットは緑のウサギだったのですが、
園内に、まだ「チュー太館」がありました。
パークの片隅にある小さな建物で、
リセベリの「チュー太」をはじめ、
世界各国で販売された「チュー太」人形が、
ガラスケースにいっぱい展示されていました。
大きいものも小さいものもいろいろ。
写真をとっとけばよかった。
世界のチュー太大集合!
あれって、きっと「チュー太」マニアには
たまらんお宝だと思います。
今でもあるかどうかわかりません。
どなたかユーテボリにお住まいの方は、
取材してきてください。
スウェーデン第二の都市ユーテボリは、イェーテボリとかヨーテボリとかいろいろカタカナ表記されてきましたが、バルト=スカンディナヴィア研究会の見解にしたがいまして、ユーテボリと表記いたしました。
のらくろ岩
友人のブログ
で、礼文島の猫岩なる奇岩が紹介されていた。
うーん、「のらくろ」のどこかで見たことあるな~。
と思い続けて「のらくろ」をひっぱりだして、全巻調べたけど、
ない。
おかしい、たしかに見た、すこしさみしい絵だ。
長男に聞いてみたら、
「蛸の八ちゃん」と即答。
すぐに見つけてくれました。
が、友だちのために氷を買いにいくシーンの絵です。
よく似てるでしょ。( ̄▽+ ̄*)
蒸し暑い日が続きます。みなさまお身体ご自愛ください。
デンマーク息子のスティーフン(現在まだ在阪中)が、
facebookに、大阪は日陰で34度と記していました。
デンマークから「家の中で17度」というコメントが寄せられていました。
雑誌に載ったわたし。
月刊「新きのこ」第5号 平成4(1992)年6月16日刊の
記事をもとに、綴ります。
弟とおそろいのパナマ帽をかぶって、
浅草花やしき遊園地(当時入園無料)で、
鬼泣かせをしていた時、
雑誌の取材と称する若いおねえさんに
写真をとられたことがあった。
おねえさんに、「この辺の人ですか?」
ときかれたぼくたちは、
「大阪から来てまんねん」と答えていた。
もちろん、その写真もボツなのだろう。
ぼくが大学1年の時だった。
6号館地下の部室で昼寝をしていたら、
OBがやってきて言った。
「ボクが今勤めている芸能プロダクションに、
井上純一ってタレントがいるんだけど、
知ってる? ……それがまだ、
大学の6年生で在籍してるんだけと、
今日、『平凡』のグラビヤ撮影で来てるから、
学友の役をしてくれないかな」
一緒にいた友だちと、
一も二もなく了承したぼくであったが、
井上純一と会うまで、
井上順と勘ちがいしていた。
ともあれ、その時の写真は、
中学生向き芸能誌
「平凡1980 9月号」に載った。
普通、大学の若大将って言ったら慶応の加山雄三のことだろう。
中学生相手とはいえ、「平凡」って、えーかげんな記事を書くなぁ。
当時、井の頭線沿線在住の井上くんが、
都電で通学するのは恐ろしく遠回りなのに、
キャプションには「都電でかようのが楽しみなんだ」とある。
記事もまたウソばっかりで、
「キャンパスにきてみたら学友にバッタリ。
『オッスひさしぶりだね。今日から授業うけるよ』
と学友に声をかけたんだ。
ところがあいにく大学の夏休みが翌日からと知り
ガックリ。…でも若大将はキャンパスの人気者。
女子学生からサインをねだられたり、…まるで
ロケ先で仕事をしているみたい」
と、書かれているが、撮影中、ひとりも見向きもしなかった。
まあ、そんなこともあるか。
さて、もう一つ、「ミュージック・ライフ」という音楽誌。
こちらに、ある人が勝手にぼくの写真を投稿したら、
1986年2月号に掲載されてしまった。
いずれも、昔、ずいぶんと若いときの話である。
さて、今回ご紹介したのは、次の2誌。
どちらも、すでに休刊(事実上廃刊)になって久しい。
古き良き昭和の思い出である。
このほかに、産経新聞のある記事に紹介されたり、
朝日新聞の写真に、天皇陛下のパレードの背景に写りこんだり、
はたまたドイツ、シュレスヴィッヒの新聞にインタヴューを受けたり、
デンマークの有力紙「ポリティケン」にでかでかと写真が掲載されたり、
テレビ雑誌「SE OG HØR」に写真が載ったり…いろいろある。
けっして投稿魔ではないのに、なりゆきでそうなるのだから面白い。
また、機会があったら、どれかご紹介しましょう。
夏至祭の歌

今日は夏至(Længste dag)です。
デンマークでは夏至のころ(6月23日)、
サンクト・ハンスの宵(Skt. Hans aften:バプテスマのヨハネの祭日)
を大いに祝います。
その長い日が暮れかけるころ、
デンマーク中の浜辺や、畑の中に、
かがり火が焚かれます。
かがり火の中には、魔女の人形がてっぺんに据えられ、
ときにはロケット花火も仕掛けられ、
ピューッ、ピューッと宙に舞い上がり、
まるで、魔女の悪霊が悲鳴をあげて
天に逃げていくようです。
「魔女焼き」することは厄除けのお祭りなのです。
昔の残酷な風習のなごりに見えて、
その実、住民のみんなが平和を願うという
きわめて穏やかなお祭りになっています。
デンマークの夏至のころ、
日がとっぷりと暮れるのは夜の11時くらい。
大人も子どもも、みんなで夜おそくまで、
大いに長い日を楽しむのです。
そこで、きまって歌われる歌があります。
youtubeにアップされてたので、貼り付けておきます。
画像も美しいので、しばしお楽しみください。
少し長くなりますが、
デンマーク語の歌詞と、
日本語の拙訳を載せておきます。
MIDSOMMERVISEN
(tekst: Holger Drachmann melodi: P.E. Lange-Müller)(1885)
Vi elsker vort land,
Når den signede jul
Tænder stjerner i træet med glans i hvert øje,
Når om våren hver fugl
over mark, under strand
laden stemmen til hilsende triller sig bøje;
vi synger din lov over vej, over gade,
vi kranser dit navn, når vor høst er i lade,
men den skønneste krans,
bli´r dog din, sankte Hans!
Den er bunden af sommerens hjerter så varme så glade,
Men den skønneste krans,
bli´r dog din, sankte Hans!
Den er bunden af sommerens hjerter så varme så glade.
Vi elsker vort land,
Men ved midsommer mest,
Når hver sky over marken velsignelsen sender,
Når af blomster er flest,
Og når kvæget i spand
Giver rigeligst gave til flittige hænder;
Når ikke vi pløjer og harver og tromler.
Når koen sin middag i kløveren gumler;
Da går ungdom til dans
På dit bud, sankte Hans!
Ret som føllet og lammet, der frit over engen sig tumler,
Da går ungdom til dans
På dit bud sankte Hans!
Ret som føllet og lammet, der frit over engen sig tumler.
Vi elsker vort land,
Og med sværdet i hånd
Skal hver udenvælts fjende beredte os kende,
Men mod ufredens ånd
Over mark, over strand
Vil vi bålet på fædrenes gravhøje tænde:
Hver by har sin heks, og hver sogn sine trolde,
Dem vil vi fra livet med glædesblus holde;
Vi vil fred her til lands,
sankte Hans, sankte Hans!
Den kan vindes, hvor hjerterne aldrig bli'r tvivlende kolde!
Vi vil fred her til lands,
sankte Hans, sankte Hans!
Den kan vindes, hvor hjerterne aldrig bli'r tvivlende kolde!
夏至の歌
(ホルガ・ドラクマン詞 P.E.ランゲミュラ曲)1885年
(skip訳)
私たちは私たちの国を愛している
クリスマスを祝うころ
ツリーにともされた輝く星がみんなの目に映る
春には鳥たちが
畑を超え 浜に舞いおり
挨拶するように声にトリルをかける
道で,通りで,私たちは君(祖国)をたたえる歌を歌う
収穫のころ,私たちは君の名を花輪でかざる
でも,最も美しい花輪は,
やっぱり君のサンクト・ハンスの日に!
心もあたたかく心地よい夏の極み。
私たちは私たちの国を愛している
でも真夏が一番,
畑の上の雲がすべて祝福をとどけるころ
花が最も咲く季節
馬車につながれた家畜が,
たくさん働いた手に最大の贈り物をとどけてくれるころ,
土を鋤いたりまぐわやローラーでならしたりしないとき,
真昼の牛がクローバーをむしゃむしゃ食べるとき,
そこで若者たちは踊りにでかける,
君(祖国)のお膳立てによって,サンクト・ハンス!
そう,子馬も子羊も牧草地ではねまわるのが道理なのだ。
私たちは私たちの国を愛している
剣を手に
まだ打倒せぬ敵が控えているのも知っている
でも闘志は湧いてくるのだ
野を超え,浜を超え
私たちは先祖伝来の古墳の丘に篝り火をしつらえ,
町はそれぞれ魔女を用意して,がみがみ女を懲らしめる
これら,篝り火の催しとともにある暮らしによって
私たちはこの国を平和にするのだ。
サンクト・ハンス,サンクト・ハンス!
風が心に決して不安な冷たさをもたらさないように。
毎年、夏至の頃になると、ぼくはいつもこの歌を歌って、
デンマークの美しい夏を懐かしみます。
ちょっと長くなりすぎました。
ごめんなさい。
でも、デンマークのことを勉強をしている人の
少しでもご参考になれば幸いです。




































