日刊「きのこ」 skipのブログ -12ページ目

元気バッチリS


自衛隊員用の栄養ドリンクが

あると聞いて、取り寄せてみた。

ネットで普通に買えるので、

特に軍事機密でもないようだ。


国防や、被災地救援の

激務に耐える隊員たちが、

これでパワーを補給しているのか。


その名も「元気バッチリ

そのまんまやんけっていう

このネーミング!



日刊「きのこ」 skipのブログ

試しに1本飲んでみた。

リポDみたいな

普通の味だった。


でも、気合がはいるので、

リポDよりもチオビタよりも、

パワー注入された気がする。


これで「元気バッチリ」だ!



肩をならべて兄さんと

今日も学校へ行けるのは

兵隊さんのおかげです。

晴明塚



河内長野観光協会のWEBに、

以下のような紹介がある。


「晴明塚」
観光協会スタッフ (2013年8月16日 09:22)
平安時代に活躍した陰陽師の安倍晴明が

死を迫った事を悟り、

所蔵していた天文学の秘伝書

「金鳥玉兎集」を焼いた

とされる場所です。

灰にも霊力があるとされたため、

地中深く埋めて塚にしたとう伝説があります。

(中略)

「晴明塚」は、原町の西高野街道沿いにあります。


地元のことなのに、

知らなかった。

とりあえず、行ってみて、

写真をとってきた。


日刊「きのこ」 skipのブログ

高野街道はのどかな景色である。



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正面からみたらこんな感じ。

この地下に秘伝書の灰が、

埋まっているのだ。



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奥に、地蔵堂がある。



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これも古そうなお地蔵さんだ。

お参りしておこう。

おんかか かびさん

まえい そわか



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晴明塚を裏から見ると

こんな感じ。


天文学の秘伝書ならば、

どうか、それにあやかって、

アイソン彗星が、

見えますように。


ちょいとお祈りしておいた。






大阪ふくちあんラーメン

さださんのブログ で、

福をもらったという

ラーメン屋さんが、

おいしそうだったので、

ぼくも行ってみた。

(友人が先日パリで

ラーメン屋をはしごしたというのも

行きたくなった理由のひとつである。)


日刊「きのこ」 skipのブログ-外観

ぼくが行ったのは

岸和田店である。


ふつうのラーメンだけ食べるつもりが、

ついつい半ちゃんラーメンセットを

たのんでしまう。


日刊「きのこ」 skipのブログ-半ちゃんラーメン


キムチバーは取り放題。

ラーメンもチャーハンも、

けっこういける。


そのあと、

こんなところに行った。


日刊「きのこ」 skipのブログ-競輪場

遊びに行ったのではない。

仕事に行ったのだ。

世間は三連休だというのに、

ぼくは日曜も振替休日も仕事である。


あー、働かなくても、

パッと儲かる話ってないもんだろうか。




日刊「きのこ」 skipのブログ-競輪場前



休日出勤の手当というのが、

1日働いて、2200円つく。

3連休のほうがぼくはうれしいなと思う。


働けど働けど

わが暮らし楽にならざり

じっと手を見る

byキツツキ

Spaghetti alla Carrettiera

ローマに住む友人が、

フィレンツェの名物だという

スパゲッティ・アッラ・カレッティエーラ

作ったとfacebookにアップしていた。


簡単なレシピも

書いてくれていたので、

それと写真を参考に

ぼくも作ってみた。


日刊「きのこ」 skipのブログ-スパゲティ

友人も書いていたように

ガーリックとトウガラシが

よく効いておいしくできた。


今日は、ちょっとワインを

たくさん飲むことにしよう。

奉祝式年遷宮。

お伊勢さんが、

めでたく遷御の儀とあいなった。


それとは関係ないが、

このたび、

わが家に太陽光発電システムが

導入された。


まだ電力会社の工事が終わってないので、

実稼働はしていない。


地球のエコのためである。

とはいえ、我が家には莫大な借金ができた。

5万円も毎月支払わねばならない。

15年もである。

なんてこった。

わが家の家計は、

最大のピンチを迎えた。


これからは耐乏生活である。


日刊「きのこ」 skipのブログ-勝ち抜くために節約だ


欲しがりません勝つまでは

by大政翼賛会


我慢が続くと体に悪い

by少年H


どこまで耐えれるか。

とにかく節約あるのみだ。


大好きな酒も、

節約せねばならない。

それも地球のためだ。


節約は地球を救うか?

本当に正しいことをしたか、

どうか、わからないでいる。



ともあれ天照大御神は、

太陽神である。

御国の発展と、

地球の平和を祈りつつ、

ソーラーシステムに、

願いを託す次第である。

昔描いたイラスト 続編

前回、書いたとおり、

プリントゴッコをひっぱりだしてみたら、

年賀状用に描いたイラストの原版が出てきた。


着色していないのもちょっとものたりないが、

ちょっとセピア調の

モノクロ写真だと思っていただければ幸いである。



日刊「きのこ」 skipのブログ-浅草6区


1991年の年賀状用に描いたイラストである。

題名は「浅草公園6区


浅草は大好きな街で、

学生のころにもよく遊びに行った。

6区では、もつ煮を食べて、

ホッピーを呑んだりしたものだ。


プリントゴッコって、

使わなくなってから、

いったい何年になるのだろう?

昔はいろいろ工夫して、

一生懸命印刷したのだが…。

やっぱり手書きのイラストがいいなと、

最近のコンピュータのコピペで作る

年賀状をちょっと反省している。

昔描いたイラスト

1990年の年賀状用に、

「円明園の春」と題したイラストを描いた。


今日、ちょっと、

なつかしのプリントゴッコを

使うような用事があり、

物置から引っ張り出して来たら、

その箱の中から、

昔、描いたイラストが出てきたのだ。



日刊「きのこ」 skipのブログ-円明園の春

プリントゴッコは、

印刷のときにインクで着色するので、

原版はモノクロなのだ。


ちなみに円明園というのは、

清の時代に北京にあった、

西洋風の宮殿で、

アロー戦争のときに、

英仏軍の砲撃で破壊された。


今もその遺跡は北京に残る。


攻撃を受ける前は、

こんな感じかなと思って、

想像して描いた。



戦争で破壊されることなく、

残っていて欲しかった宮殿である。

VOU FESTEJAR!

どサンバが好きです。
昔、サンバ・チームに少し入っていたこともあります。
そのサンバ・チームのリーダーが、
カイピさんという方で、
今も大阪の靫公園の横で、
カイピリーニャという、
ブラジル料理店をなさっています。



そしてときどき、
お客さんたちとも一緒に、
サンバの演奏をしたりしています。
youtubeで、
カイピさんたちの楽しんでいる様子が
アップされてたので、
ご紹介します。



曲は、
VOU FESTEJAR(お祝いしよう)です。
ぼくも昔、やった曲です。
とてもなつかしいです。



一応、歌詞と訳も載せておきます。
Chora
Não vou ligar
Chegou a hora
Vais me pagar
Pode chorar, pode chorar
É o teu castigo
Brigou comigo
Sem ter porque
Eu vou festejar
O teu sofrer
O teu penar
Você pagou com traição
A quem sempre lhe deu a mão


お泣きなさい
私は知らないわ
時がきたから
あなたは私に償わなければならない
泣いたらいい、泣いたらいい
それがあなたの受ける罰
理由もないのに
私と争ったのだから
私はお祝いしましょう
あなたが悩むのを
あなたが苦しむのを
いつも手をさしのべてあげたのに
あなたは裏切りで報いたのだから



歌詞はちょっと暗いですね。
サンバにはどこか、
ポルトガルのファドのような、
「恨み節」みたいな要素が
残っているのかも知れません。

つけたしですが、
このカイピリーニャというお店には、
セレッソ大阪のレヴィー・クルピ監督も
来店したことがあるそうです。



デンマークの夏休み その6(最終回)

前回同様、今回も文章ばかりで何の面白みもない内容であることを、お許し下さい。


②戦争の反省会は終戦記念日ではなく、別の日にすべき。



そもそも、「終戦記念日」で何を考えようというのか?

「終戦記念日」なんて名前をつけているが、

敗戦記念日」に他ならない。

「敗戦」を「記念」するってどういう了見か。

それが、戦争の犠牲者たちの鎮魂にふさわしい日なのか?

また、戦争を反省するのにふさわしい日なのか?


本当に戦争を反省するのなら、

負けてすみませんでした

ではなく、

開戦してすみませんでした

というほうが正しいのではないか。

敗戦してすみませんでした」というのは、いったいだれが、だれに対してあやまる必要があるというのか?

開戦してすみませんでした」なら戦った相手国に対して、反省しているというメッセージを伝えるのにも有効だと思う。


それなら、

柳条湖事件の9月18日はどうだろう。

これはリットン調査団報告書も一定の日本に対する配慮を示していることを見れば、これが決定的な開戦のきっかけとは言い難い。

やはり日中戦争のきっかけとしては、盧溝橋事件の7月7日のほうがふさわしい。しかしながら、この「銃声一発」には、いまだに謎の部分もあるので、日本が一方的に反省する日としては、疑問も残る。

日中戦争を無視するわけではないが、世界大戦として日本が参戦した日としては、やはり華々しい真珠湾攻撃の12月8日がふさわしいだろう。

12月8日、手続き上のミスもあり、日本が宣戦布告よりも前に攻撃をしかけたことになったのは事実だ。

8月15日に戦争のことを反省する必然性はない。

8月6日、9日は逆に、アメリカの非道な原爆使用を訴える日と考えればいい。

12月8日こそが、「日本が戦争を鬼畜米英にしかけて、戦争の泥沼にはまっていくこととなりました。まことに反省しております」ということを表明するのには適切な日と言えるのではないか。


ただでさえ暑苦しい日本の夏に、「戦争」それも「前の大戦」に限った話であるが、敗戦してすみませんでした」というのはもうやめにしようではないか。


長々と書いてきたが、理屈はどうであれ、とにかく夏休みを楽しいものにしたいというのがぼくの意見なのである。日本の夏休みが、せっかくのヴァカンスなのに、どうも「宿題」と「終戦記念日」のために、暗くて重く、楽しめないものになってしまっていると、強く感じる次第である。


そして、もう一度、デンマークの夏休み を見ていただきたい。

デンマークの教育観からはぐくまれる人間性は、人生観も日本とは異なったものになる。

デンマーク人にとって人生は、日本人より豊かで楽しいものであるだろう。

デンマークでは、「人生は楽しいもの、生きるに値するもの」ということを、学校教育で教えられていると思うのである。

それだから、何事も競争ではなく、調和と共生を求めて、楽しく創造的に生きようとする彼らの姿ができあがっていくのではないだろうか。

これは、N.F.S.グロントヴィの「生のための学校」という思想と通底していると思うのである。

以上、「デンマークの夏休み」の考察をつうじて、日本のあれこれまで述べてみた。おそらく実現は不可能であるだろうが、どこかでだれかに、真面目に考えていただけることがあれば、非常に嬉しい。


デンマークの夏休み その5

最初におことわりしておくが、今回と次回は文字ばかりで、まったく面白くない内容の文章である。ただ、どこかで文章化しておきたいと思ったから綴ったまでである。


デンマークの夏休みがあまりにもうらやましそうなので、

それにならって、日本の夏休みの改善計画を考えようとしている。

これには表面的な改革ではなくて、根本的な教育の思想改革が必要である。


改革ポイントは、次の二つ。

①すべての教育機関を9月始まりにする。

②戦争のことを反省する記念日を終戦記念日以外にする。

以下、その二点について述べていく。


①小学校から学年の始まりを9月にする。

ということは、つまり幼稚園が6ヶ月長くなる。

幼稚園も9月始まりにすればいいだけの話だが、親にしてみれば子供は少しでも早く社会性を身に着けるべく幼稚園デビューさせたいと思うだろう。

だから、3年保育なんていうクラスも存在している。

だとすれば、幼稚園の4月始まりは、6ヶ月遅らせそうにない。


小学校の始まりを6ヶ月遅らせるぶん、1年のプレスクールクラス(これがもともとの幼稚園の原点なのだが…)を、小学校の中に設ければいい。

つまり、今よりも6ヶ月早く、小学校(と同じ施設に)通うことになる。

もちろん、公立のプレスクールクラスは、小学校と同じく無償である。

2年保育や3年保育を望む親は、私立の幼稚園に通わせればいいだけだ。


もともと学校の4月始まりというのも、まったく確固とした根拠のあるものではなく、昔は全国的にまちまちだったものが、次第に会計年度(これも慣例にすぎない)と同一にするように固定化されていっただけだ。


世界の学年度のはじまりは、現在でもまちまちで、世界標準というものはない。


しかし、欧米の多くの国が9月始まりであるため、明治期の大学はそれにあわせて9月始まりであった。


小中学校が4月始まりなのに、高校大学が9月始まりだったのである。


このあいだ、東大を中心として、9月始まりに変えようという動きが、結局のところ敗北して、廃案となった。


大学だけを9月始まりにしようとするから、どうしてもギャップイヤーができて

うまくいかないのだ。


だから、いっそのこと、プレスクール(幼稚園)や小中学校のすべての教育機関を9月始まりにすればいいだけのことだ。


でも、現在のところ、多くの日本人が、

「入学式には桜がなくちゃね」

という情緒的なもので、4月始まりを圧倒的に支持している。


これもよく考えれば変な話だ。

桜は沖縄の1月開花から、北海道の5月開花まで、日本列島まちまちで、

必ずしも「入学式=桜」とも言い切れないのである。


欧米の多くの国が、6歳になった9月から学校に行くのに対し、

日本では、6歳になった4月から学校に行く。

会計年度にあわせるという理由らしからぬ理由をさきほどは述べたが、

これは富国強兵・殖産興業時代の国策として、国民の促成栽培という意思が背景にあったに違いない。


明治期の日本の教育の普及は、都市部と地方ではずいぶんと差があり、

学制、教育令、改正教育令と次々と法改正して、その標準化にやっきになっていた。


そんな中で、4月始まりにするか、9月始まりにするかなどということは、ほとんどうやむやのうちに、決められていったようである。


9月始まりに一斉に変えることで、ぼくたちはすばらしい夏休みを手に入れることができるのである。


長くなったので②戦争を反省する日については、次回に送ることにする。




日刊「きのこ」 skipのブログ-夏の花

明日はヒロシマの日である。

逃れようのない日本の夏の思い出である。