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デンマークの夏休み その6(最終回)

前回同様、今回も文章ばかりで何の面白みもない内容であることを、お許し下さい。


②戦争の反省会は終戦記念日ではなく、別の日にすべき。



そもそも、「終戦記念日」で何を考えようというのか?

「終戦記念日」なんて名前をつけているが、

敗戦記念日」に他ならない。

「敗戦」を「記念」するってどういう了見か。

それが、戦争の犠牲者たちの鎮魂にふさわしい日なのか?

また、戦争を反省するのにふさわしい日なのか?


本当に戦争を反省するのなら、

負けてすみませんでした

ではなく、

開戦してすみませんでした

というほうが正しいのではないか。

敗戦してすみませんでした」というのは、いったいだれが、だれに対してあやまる必要があるというのか?

開戦してすみませんでした」なら戦った相手国に対して、反省しているというメッセージを伝えるのにも有効だと思う。


それなら、

柳条湖事件の9月18日はどうだろう。

これはリットン調査団報告書も一定の日本に対する配慮を示していることを見れば、これが決定的な開戦のきっかけとは言い難い。

やはり日中戦争のきっかけとしては、盧溝橋事件の7月7日のほうがふさわしい。しかしながら、この「銃声一発」には、いまだに謎の部分もあるので、日本が一方的に反省する日としては、疑問も残る。

日中戦争を無視するわけではないが、世界大戦として日本が参戦した日としては、やはり華々しい真珠湾攻撃の12月8日がふさわしいだろう。

12月8日、手続き上のミスもあり、日本が宣戦布告よりも前に攻撃をしかけたことになったのは事実だ。

8月15日に戦争のことを反省する必然性はない。

8月6日、9日は逆に、アメリカの非道な原爆使用を訴える日と考えればいい。

12月8日こそが、「日本が戦争を鬼畜米英にしかけて、戦争の泥沼にはまっていくこととなりました。まことに反省しております」ということを表明するのには適切な日と言えるのではないか。


ただでさえ暑苦しい日本の夏に、「戦争」それも「前の大戦」に限った話であるが、敗戦してすみませんでした」というのはもうやめにしようではないか。


長々と書いてきたが、理屈はどうであれ、とにかく夏休みを楽しいものにしたいというのがぼくの意見なのである。日本の夏休みが、せっかくのヴァカンスなのに、どうも「宿題」と「終戦記念日」のために、暗くて重く、楽しめないものになってしまっていると、強く感じる次第である。


そして、もう一度、デンマークの夏休み を見ていただきたい。

デンマークの教育観からはぐくまれる人間性は、人生観も日本とは異なったものになる。

デンマーク人にとって人生は、日本人より豊かで楽しいものであるだろう。

デンマークでは、「人生は楽しいもの、生きるに値するもの」ということを、学校教育で教えられていると思うのである。

それだから、何事も競争ではなく、調和と共生を求めて、楽しく創造的に生きようとする彼らの姿ができあがっていくのではないだろうか。

これは、N.F.S.グロントヴィの「生のための学校」という思想と通底していると思うのである。

以上、「デンマークの夏休み」の考察をつうじて、日本のあれこれまで述べてみた。おそらく実現は不可能であるだろうが、どこかでだれかに、真面目に考えていただけることがあれば、非常に嬉しい。


デンマークの夏休み その5

最初におことわりしておくが、今回と次回は文字ばかりで、まったく面白くない内容の文章である。ただ、どこかで文章化しておきたいと思ったから綴ったまでである。


デンマークの夏休みがあまりにもうらやましそうなので、

それにならって、日本の夏休みの改善計画を考えようとしている。

これには表面的な改革ではなくて、根本的な教育の思想改革が必要である。


改革ポイントは、次の二つ。

①すべての教育機関を9月始まりにする。

②戦争のことを反省する記念日を終戦記念日以外にする。

以下、その二点について述べていく。


①小学校から学年の始まりを9月にする。

ということは、つまり幼稚園が6ヶ月長くなる。

幼稚園も9月始まりにすればいいだけの話だが、親にしてみれば子供は少しでも早く社会性を身に着けるべく幼稚園デビューさせたいと思うだろう。

だから、3年保育なんていうクラスも存在している。

だとすれば、幼稚園の4月始まりは、6ヶ月遅らせそうにない。


小学校の始まりを6ヶ月遅らせるぶん、1年のプレスクールクラス(これがもともとの幼稚園の原点なのだが…)を、小学校の中に設ければいい。

つまり、今よりも6ヶ月早く、小学校(と同じ施設に)通うことになる。

もちろん、公立のプレスクールクラスは、小学校と同じく無償である。

2年保育や3年保育を望む親は、私立の幼稚園に通わせればいいだけだ。


もともと学校の4月始まりというのも、まったく確固とした根拠のあるものではなく、昔は全国的にまちまちだったものが、次第に会計年度(これも慣例にすぎない)と同一にするように固定化されていっただけだ。


世界の学年度のはじまりは、現在でもまちまちで、世界標準というものはない。


しかし、欧米の多くの国が9月始まりであるため、明治期の大学はそれにあわせて9月始まりであった。


小中学校が4月始まりなのに、高校大学が9月始まりだったのである。


このあいだ、東大を中心として、9月始まりに変えようという動きが、結局のところ敗北して、廃案となった。


大学だけを9月始まりにしようとするから、どうしてもギャップイヤーができて

うまくいかないのだ。


だから、いっそのこと、プレスクール(幼稚園)や小中学校のすべての教育機関を9月始まりにすればいいだけのことだ。


でも、現在のところ、多くの日本人が、

「入学式には桜がなくちゃね」

という情緒的なもので、4月始まりを圧倒的に支持している。


これもよく考えれば変な話だ。

桜は沖縄の1月開花から、北海道の5月開花まで、日本列島まちまちで、

必ずしも「入学式=桜」とも言い切れないのである。


欧米の多くの国が、6歳になった9月から学校に行くのに対し、

日本では、6歳になった4月から学校に行く。

会計年度にあわせるという理由らしからぬ理由をさきほどは述べたが、

これは富国強兵・殖産興業時代の国策として、国民の促成栽培という意思が背景にあったに違いない。


明治期の日本の教育の普及は、都市部と地方ではずいぶんと差があり、

学制、教育令、改正教育令と次々と法改正して、その標準化にやっきになっていた。


そんな中で、4月始まりにするか、9月始まりにするかなどということは、ほとんどうやむやのうちに、決められていったようである。


9月始まりに一斉に変えることで、ぼくたちはすばらしい夏休みを手に入れることができるのである。


長くなったので②戦争を反省する日については、次回に送ることにする。




日刊「きのこ」 skipのブログ-夏の花

明日はヒロシマの日である。

逃れようのない日本の夏の思い出である。



デンマークの夏休み その4


今までデンマークの夏休みについて
その教育観とともに考察してきた。
今回は、翻って日本の夏休みについて、
少し考察してみたい。


日本の夏休みは、
なんのためにあるのだろう。

日本の夏はそもそも暑すぎて、
勉強にならない季節だから、
というのがホンネじゃないだろうか?

つまり、ヨーロッパのように、
最高に素晴らしい季節を、
楽しもうというのとは、
根本的に違うのではないか?


その上、勤勉な日本人は、
夏という厳しい季節でさえ、
生活習慣を守るように、
朝はラジオ体操に励む。


また、学校の先生たちは、
長期休暇に遊び過ぎないようにと、
生徒たちに宿題もたっぷりと与える。


それどころか、夏休み途中にも、
登校日をもうけて、
生徒たちがダレてないかチェックする。

そして長期休暇を、登校日で分断されて、
ボケーとできないばかりか、
登校日でやることはたいてい平和学習だ。
これはマジメな顔をして、
戦争の生き残りの人の話を、
聞かねばならない。
そして、大真面目に
戦争のあった暗い時代
思いを馳せなければならないのだ。


日刊「きのこ」 skipのブログ-終戦皇居前

つまり、日本の夏は、
暑くて過ごしにくいばかりでなく、
終戦の夏であり、敗戦の夏であり、
耐えがたきを耐え、
忍びがたきを忍ばなければ、
ならない季節なのである。


かくして日本の子供たちは、
せっかくの夏が楽しめない季節になっているのではないか。

そして、結局、宿題をあわててやり終える。
それが夏休みの思い出としての、
日本の教育の原風景の1シーンになっている。
これがトラウマでなくてなんなのだろう。

$日刊「きのこ」 skipのブログ-神風特別攻撃隊

そんな日本の夏休みについて、
なんとか、改善する方法はないだろうか?

次回はそのことについて考えてみたい。


デンマークの夏休み その3




北欧の冬は太陽が少ない。
いやほとんどないという感じだ。
それだけに北欧の人々の
太陽を待ち望む気持ちは強い。




デンマークの夏休みは6月の終わりに始まる。
7月いっぱいは夏休みで、
8月の第一週ぐらいに新学年が始まる。




夏休みの基本的な考え方は、
一年中で一番いい季節、
つまり、太陽の長い季節は、
大いに楽しもうという発想だ。




そして、日本の夏休みと大きく違う点は、
夏休みは学年末の休みであることだ。
つまり、学年末には
宿題も出さないのが普通なのである。
日本では最近春休みの宿題なんかも
増えたようだが、昔は基本的になかった。



デンマーク人の考え方は、
夏休みにはそのときにすべきことをする
というものだ。
つまり、一番季節のいいときに、
その自然を一番楽しむということだ。



ドイツとそんなに気候が違うわけではないが、
ドイツの夏休みは7月終わりから
8月いっぱい、つまり日本と同じである。



デンマーク人は、お隣りの
ドイツよりひと月夏休みを先取りして、
ドイツ人の休むハイシーズンをさけて、
一足お先に、旅行なんかも

楽しめるようにできている。


デンマーク人の教育思想は、
人生は楽しいもの、今を楽しむもの」である。
子供は人間形成の非常に重要なときであり、
将来のためにコツコツと」ではなく、
子供は子供のときにしかできないことを、
しっかりと経験しておくこと

それが人生を豊かにするというものである。



いわば、「性善説」が
デンマーク教育の基本であるといえる。

子供らしい子供時代をおくることが大切
とされ、子供に早く大人になることを強要しない。



また、大人もその子供たちにつきあって、
一緒に遊んでくれているようだ。


日刊「きのこ」 skipのブログ-レゴパーツ



デンマークはライエ・ゴッツの国なのだ。
ライエ・ゴッツ(lege godt)とは、
デンマーク語で「よく遊べ」の意味。

子供たちが遊んでいると、
大人たちが、しばしばかけることばである。

お母さん、
イェンスの家に遊びに行ってくるよ

そうかい。よく遊びなさいよ
って感じでよく使っている。



もちろん、もうお気づきの方も
いらっしゃるだろうが、
このライエ・ゴッツの頭文字がとられて、
デンマークの天才的おもちゃ、
LEGOの名前になっているのだ。


日刊「きのこ」 skipのブログ-レゴロゴ



デンマークの夏休みのキーワード、
それは、大人も子供も、
ライエ・ゴッツ(よく遊べ)
なのに違いない。



次回は日本の夏休みについて少し考える。



デンマークの夏休み その2



この動画は、デンマークの、
学校の修了式で歌われる歌である。


字幕で、歌詞とその日本語訳を、
ご覧になった方はおわかりいただけただろう。

学校の先生が、生徒といっしょに、
「1たす1は3、習ったことはむずかしい」と、
大声で歌うのである。


念のため注釈をすると
1番の歌詞に出てくる
ゴーム・デン・ガンムレ:Gorm den Gamle
というのは、
正しくはデンマーク王朝の、
実在の確認されている最古の王、
イェリング朝のゴーム老王のことである。
日本で言えば、崇神天皇みたいなものである。


$日刊「きのこ」 skipのブログ-ゴーム老王
右前がゴーム老王、青いドレスは王妃のテューラ

それをこの歌の中では、
ホブロー(という町)の鍛冶屋のじじい
みたいな解説をつけて歌っている。

デンマーク史をちょっとでも、
かじったことのある人なら、
これはおもしろいギャグである。


夏休みの前に、
学校で習ったことは難しかったと言って、
デタラメなことをみんなで歌う。
これがデンマーク人のギャグ・センスなのか。

とにかく学校でならったことはどうでもいい
今から夏休みなんだから、
思いっきり楽しもうという気持ちが
前面に出ている歌の内容である。


2番の歌詞の内容のように、
夏休みの間は、
目覚まし時計も、
バケツの水の中に放り込めというからには、
早起きをしなさいというのでもない。
いやむしろ、寝坊をしてもいいんだよ
歌っている。


3番の歌詞の内容のように、
外で思いっきり活動しようというからには、
コツコツ勉強を続けなさいというのでもない。
とにかく夏休みのあいだは、
野外活動に一生懸命になれ
歌っている。


日本の学校の先生の言ってることと、
ぜんぜん違う、デンマーク教育の姿が、
ここに見て取れはしまいか?

さて、問題はこの教育観の違いである。
次回はそういうことについて考えてみたい。




冒頭の「夏休みの歌」の日本語訳は、
ぼくとぼくの長男で、15年ほど前に共訳したものです。
最初に「1たす1は3」と聞いたとき、
「学校で何教えてんねん」と思いました。(笑)

デンマークの夏休み その1

笠井量雲師の文体を真似て、
ブログを綴りたいということはすでに述べた。
ただし、真似ることのできるのは、
文体だけであって、ブログのレイアウトまでは、
とうてい真似できないことはご容赦いただきたい。
まぁ文体の真似といっても、この程度のことです


正直なところ、文体を表面的に真似るのではなく、
その筆の運び方のすずろなるさまを見習いたいのである。



さて、そろそろ日本の各地の学校も、
夏休みを迎えようとする季節である。

デンマークの学校の夏休みは、
日本よりだいたいひと月早く、
6月中におとずれる。
当然、夏休みが終わるのも
ひと月早く、8月の始めには
学校がはじまる。

ともあれ、少し長いが、
まずは、次の動画をご覧いただきたい。



これはデンマークの修了式、
つまり夏休み前の始まる日の
学校(小中一貫の義務教育校)の
儀式の様子である。

日本の小中学校の儀式と違って、
みんなが思いっきり歌っていて、
そして楽しそうだとお感じいただけただろうか。
クラスごとにまっすぐ整列する
日本のやり方とはかなり違うようだ。


もちろん、この動画の前には、
校長先生のお話や、
生活指導のお説教もあっただろう。
そのときは、生徒たちも、
黙って聞かされているに違いない。


でも、そのあとで、
マイクをにぎって、
夏休みの歌をみんなで歌おう!
と言っているのは、
たいてい校長先生である。
それから音楽の先生の
ピアノ演奏と、
マイクによる歌唱にあわせて、
生徒たちもみんな斉唱するのである。


最後には先生も生徒も、
みんな大喜びで、
立ち上がってワァーッと、
夏休みの到来を祝いあう。
生徒とハグする先生もいる。
先生も学校が終わって、
夏休みになるのが嬉しいのだ。
デンマークの先生たちはそれをかくさない。


これが、デンマークの夏休みの始まりに、
毎年、全国の学校で見られる風景である。


さて、その歌っている歌の内容なのだが…
これがとても興味深い。
次回はこの歌の内容をご紹介しよう。



スープどころか、麺にも到達しない。

ラーメンは麺から?スープから? ブログネタ:ラーメンは麺から?スープから? 参加中

私は 派!

本文はここから

ぼくは、スープか、といわれればです。

でも、麺の上にのっている、もやしとか、

にんじんとかの方が先かも知れません。


ブログ友のさださん が、

西中島南方のラーメン屋

笑福」のラーメン写真を、

アップされてました。


日刊「きのこ」 skipのブログ-西中島南方ラーメン笑福


こんな感じのラーメン? だそうです。

これなら、麺に到達するまでに、

すでに満腹状態でしょう。

ヴァカなの? 死ぬの?

と、思いながらも、

一度、挑戦したくなる感じです。


でも、新大阪に行くときに、

いちいち西中島南方では下りないしなぁ。

バルト研の古谷教授(大阪大学)と、

一緒にそのあたりで飲むことは、

たまにありますが、

そのときはすでに食べてきた後ですもんね。



詳しくは、さださんのブログ にて。


ラーメンは麺から?スープから?
  • スープ

気になる投票結果は!?

周りの人は皆先生

前回はぼくのお師匠さまについて
少し書いた。


しかし、ぼくが師と仰ぎたい人はあちこちにいる。
たとえば、ブログ友でもある笠井量雲師 だ。

かの師を紹介するのは、ちょっと難しい。
なにしろ芸?の領域が広くて
いったい何のお師匠なのかわからない。


そもそもの出会いは
アメブロのぐるっぽである。
モンティーパイソンに関するぐるっぽを、
小山あらん さんが、主催されていて、
そこで初めて笠井量雲師の文章と出会った。
ランバージャックの歌を邦訳 されていて、
それがとてつもなくよかったのだ。
長くなるので、今その引用は控えておくが、
みなさんにもぜひ鑑賞していただきたいものだ。


笠井量雲師は、
自分で私度僧となのっていらっしゃる。
現在に私度僧というものが存在するのか?
そもそも官営のお寺がない現在、
僧侶を名乗る方はみんな私度僧ではないか?

それでも、まじめに「仏教ブログ 」を綴られている。
仏教、なかんずく空海の教えに関しては、
師と仰いでもいいのではないか?


ところがかのブログでは、
仏教のことはたまにしか出てこない。
多くは西洋哲学、西洋美術、ジャズ、
そしてFXである。


かのブログはかつて、
新三教指帰」というタイトルだった。
それを改めて現在、
三界遊山」とされている。

本当に、あちこちを「遊山」なさるような
筆の運びである。


ブログ以外にも
大喜利をなさったり、
スーダラ動画 」を創られたり、
ここで、ご紹介しきれない。




少なくともブログの文章は、
ちょっとかの師を真似て、
あちこちそぞろ歩くような、
そして読者を連れ回すような、

そんなブログを書いてみたい。
つまり、かの師はぼくのブログの師である。



このたび、ブログでとりあげることは、

一応、ご許可もいただいた。

さて、次回から、何回かにわけて…、

笠井量雲師のブログ文体に真似て、

デンマークの夏休みについて、

考えてみたいと思う。


(腹が減った。そばでも食いにいくか。)

お師匠さまと。

上方落語界、若手のスター、

桂吉坊さんが、

各芸界の大御所、

つまりお師匠さまたちを訪ね、

いろいろ興味深いお話をうかがった。

桂吉坊がきく藝

ちくま文庫にて好評発売中!


日刊「きのこ」 skipのブログ-吉坊がきく藝

以上は単なる本のご紹介。

それはさておき……、


以前にも少し書いたことがあると思うが、

ぼくのお師匠さまは、

利根川裕先生という。

小説家である。


歌舞伎をはじめ、

日本古典芸能の造詣も深く、

NHKでも解説をよくなさっていた。


そして何より、

その昔、

テレビ朝日で

トゥナイト」という

人気番組の

キャスターをなさっていた。


1980年から1994年までの

長きにわたり、

月曜から木曜まで毎晩、

台本なしの生放送というのは

ハードな仕事であったと思う。


木曜日には山本晋也監督が、

歌舞伎町行くですよ

といいながら風俗レポートをして、

ほとんどビョーキ

と叫んでいた。


ぼくは大学の学部4年生のときに

恩師原子朗(はらしろう)教授の

ご紹介で、知り合いになれた。


人生観や文学観をうかがって、

目からウロコが落ちる思いがした。


先生、ぼくを弟子にしてください

とぼくは云った。

弟子だなんて、イヤだよ、

そんなホーケン的なの

と身体をよじるようにして、

先生はおっしゃった。


それから先生の鞄をもって歩き、

先生のタバコを買いに走った。


ときどきボーヤみたいな立場で、

テレビ朝日のスタジオにも着いて行った。


それから30年近いおつき合いということになる。

もちろん、今は、

しょっちゅう会うことはできないが、

考えることのあるたびに、

お師匠さまなら、どう考えられるだろう?

と、自分の心に問いかけて、

答えを導いていたりする。


このあいだ、

バルト研のために上京した際、

時間をこしらえて、

ごあいさつに伺った。



日刊「きのこ」 skipのブログ-お師匠さまと

いろいろとまた教えを授けてくださった。


残念なのは、

学生のとき、

一緒に写した写真がない。


そのころ、テレビの売れっ子だったから、

なんだか軽薄に見られるのではないかと思って、

写真を一緒にとってもらったりしなかったのだ。


残念なことをした、

と今になって思う。



実は先生は、亀井勝一郎のお弟子さんでもある。

ぼくが先生に弟子入りをお願いしたのはぼくが23歳のときである。

奇しくも先生が23のとき、亀井勝一郎にむかって、

「ぼくを弟子にしてください」とおっしゃったそうだ。

そのとき亀井さん(先生はそう呼ぶ)の答えが、

「弟子だなんてイヤだよ、そんなホーケン的なの」

と、身体をよじるようにして言われたのであったそうだ。


ぼくは小説を書いたりしないが、

それでも弟子というのは一応認めてくださっているようだ。



高野山清浄心院

さださんの情報により
高野山清浄心院が大変なことになっている
と聞いた。



調べてみるとこんな動画が出てきた。

聖俗あわせもつ、
そんな生きた高野山が
好きだ。



「キレイはキタナい
キタナいはキレイ」
by ウィリアム・シェイクスピア