『しのゼミ』 -50ページ目

『しのゼミ』

日常で出会った「気付き・笑い・学び」を綴っています

こんなこと書いてもどうもならんが仕事が忙しい。

ツワリ休暇中のアミのおかげで,こんなにたくさん標本見てよく頑張ってるよ自分!と心の中で連呼するほどの仕事量。

たまった標本にうんざりしていると,今度は県内の病理医重鎮先生から電話があり,とある会の県支部の役をやってくれと依頼される。

忙しい時に限って,更なる困難な仕事の依頼がある by マーフィー。

「それには,もっとふさわしいヒトがたくさんいますよ」とやんわり断るが。

よくよく聞いたところ,すでにいろんなヒトに断られたとのこと。

「申し訳ないが,なんとか引き受けて頂けないか?」と強く頼まれる。

外堀内堀が埋められた後の,引き受けざるを得ない依頼。

「しょうがないですね・・・いいですよ」とまた引き受けてしまう。

ホントにアホな役回り。

一度でいいから「絶対にイヤです!」と誰彼構わず言ってみたい。



県支部の役になるには,履歴書提出の上,地方会幹事会の了承が必要とのこと。

というワケで履歴書を書くことになる。

「履歴書って持ってない?」と秘書さんを捕まえるが「ありません」とのこと。

「じゃあ履歴書買ってきてくれる?悪いけど」と秘書さんに頼む。

「えっ・・・・・」

キョトンとした顔の秘書さん。

なにか思案している様子の後,

「ハイ,わかりました」と大学生協に買いに行ってくれた。



すぐに買ってきてくれた履歴書には,何故か文庫本が添えてある。

履歴書には付箋が貼ってあり,かかった金額とともに何か伝言が書いてある。

ナニナニ?

「私には少し早すぎるように思えます」

どういう意味?

それに,いわゆる自己啓発関係の文庫本一冊。

ちなみに,秘書さんから本を借りたのは今回が初めてで,頻繁に貸し借りする間柄ではない。

どういうこと?

謎のメッセージと文庫本を残した秘書さんに,その真意を聞こうとする。

「あ,さっきは履歴書ありがとう」とまずお礼を言う。

「いえいえ・・・・・あの~」と秘書さん。

「んっ?」

「その文庫本を読んでみてください」と先手を打たれる。

「これって何?」

「これ読むと感動して涙が出てくるんです,いい本ですよ」

「・・・はぁ,ありがと」



どうやらというかまず間違いなく秘書さんは誤解しているようだ。

アミ妊娠→シノ忙しい,という背景に,

履歴書→転職,という一般常識が掛け合わさって,

忙しさに嫌気さすシノ→大学病院辞めて転職へ,という連想になったに違いない。

自分としては,アミのツワリ休暇を2か月ほどと見込んで,それまでの辛抱と決め込んでるだけだが・・・・・

傍から見ると,今にも辞めそうな雰囲気を醸していたのだろう。

それにしても,秘書さんにまでこんな気遣いをさせるとは・・・・・

まだまだ修行が足りぬ。
3年生の病理講義の始まるハズの時間。

講義担当でもない手ぶらの自分が,なぜか講義室の壇上にいる。

時間通りに集まった真面目な学生達が注視する中,マイクを持ってしゃべりはじめる。

なるべく申し訳なさそうに,

なるべく残念そうに,

なるべく丁重に,

「連絡が伝わっていなくって申し訳ない・・・」と謝罪する自分。



本来ならこの日の消化器病理の講義はアミ先生の担当だった。

今年から新しく教官の仲間入りをしたアミによる,上部消化器疾患の病理についての単発受け持ち講義。

ところが肝心な担当のアミが現在ツワリ中。

何時終わるとも知れぬ吐き気に苦しんでおり,今は講義どころではない。

ではこの講義をどうするか?

妊娠発覚後,一度はアミの担当講義を自分が代行しようと思ったが・・・・・

いかんせん範囲が広すぎるし,準備時間がほとんどない。

ムリして代行すると,病院業務が疎かになるし,自分の首が完全に絞まる。

ならばと早々に講義代行はあきらめて,他の方法を探る。

一番楽なのは,アミ分=休講。

事情が事情だけに,休講してしまっても許されるだろう。

講義していない部分が出てくるが,それは学生が自習で補えばいいだけのこと。

担当者がいないので,しょうがないやん・・・

しかしここで妙な教官魂が騒ぐ。

教官としてはいい加減なことはしたくない・・・

今度の自分担当の講義時間があるが,そこをうまく使えないか・・・

アミ分にまで少し踏み込んで講義することはできるか・・・

コーディネーターの先生に事情を説明して相談すると,「お好きにしていいですよ」とのこと。

結局,アミ分の講義は休講としてもらうが,何故かアミ分を背負いこもうとする自分。



っで,その(休講となった)当日になったわけだが。

休講となった時間に講義室近くを偶然通りすぎると,講義室に学生が集まっている。

あれ~おかしい・・・

学生を捕まえて聞いてみるも,今日の「病理休講」なんて聞いてないと言う。

ちょっと待ってよ・・・

コーディネーターの先生に電話してみるも,「病理休講」は通知済みなハズと言う。

え~そんなぁ・・・

どうやら「休講」の連絡がどこかで滞っているようで,学生には伝わっていないらしい。

はぁ~マイッタなぁ・・・

よくある事務連絡ミス。

ミスはミスとして,やっぱ学生には一言謝らねばならぬ。

しかし自分はやるべきコトは抜かりなくやった。

自分が謝らねばならぬ道理はない。

知らぬ顔して通り過ぎても,誰も文句は言わないだろう。

しかしこういう所でええカッコしーなサガが疼く。

関係者を代表して謝ってやったわ~的な安物正義漢。

「実はシノ先生っていい人やん!」って言われたい症候群。

っというワケで,講義室の壇上で自ら進んで謝罪する自分。



「今日の講義は休講にします!」

そう学生達に伝えると・・・

「ヒャー」とも「キャー」とも聞こえる歓声?が上がって,

パチパチと拍手が少々。

そう言えば「臨時休講」って,突然プレゼントをもらったようでうれしかったなぁ~。

そんな学生時代の記憶が蘇る。

皆の喜びの視線を浴びながら,ちょっと良い気分。

それも手伝ってか,「次週の講義にはアミ分もやります!」とカッコつけて余計なことを口走る自分。



こんな重荷を背負いこむことを繰り返して喜んでいる自分。

死ぬまで治らんサガ。

我が大学病院病理部は体育会系。

そもそも病理部には,学生時代に運動部出身の者が多い。

朝は全員朝礼で始まり。

昼は皆で生協弁当を平らげる。

秘書という名のマネージャーが作ってくれる麦茶が冷たくてうまい。

術中迅速が入ると「うっしゃあ~」と一人気合いを入れる。

・・・そんな我が病理部の日常は,体育会系DNAに満ち溢れている。



体育会系DNAその1「年功序列,だけどたまに反発」

アフター5に生きるMさんと,仕事+研究バリバリN君が路線対立。

年輩のMさんは「最近,N君はあいさつをせん!」とご立腹。

それがN君の耳に入るも,「やるべきことをしっかりやらんヒトにはあいさつできません!」と反論。

どうやらお互いに面と向って思っていることを言わないらしい。

間接的言葉の応酬という冷戦状態。

とうとう業を煮やした主任さんが間に入る。

「お互い言いたいことを言ってケンカせえ」と,別室へ二人を呼び出しての話し合い。

「・・・○△×・・・」
「・・・◇×△・・・」

そこで何が行われ,何が話されたかは聞いていないが・・・・・

それからというもの,不協和音は無くなりお互いに普通に接しているようだ(あくまで表面上?)。



体育会系DNAその2「とにかくがんばれ!精神主義」

手術室から「乳腺切除断端」として提出されてくる術中迅速検体であるところの「脂肪」。

脂肪は薄切がしにくいというこちらの都合など関係ない。

たとえそんな「脂肪」の塊がたくさんであろうとも,気合いで切るべし!である。

当番のヒトが「うっわっ,脂肪やん・・・・・」と文句を言っても誰も聞く耳持たず。

「う~ん,切れんわ~」といくら呻吟しようと手助け無用。

たとえ脂肪一切れに1時間かかろうが,しびれを切らした手術室から催促がこようが,関係無し。

とにかく気合いで切れ~!がんばれ~!である。



体育会系DNAその3「あいさつ至上主義」

「挨拶がしっかりできないような仕事場にはしたくない!」という主任さん。

「挨拶重視路線」を徹底している今日この頃。

その矛先は,病理部に出入りする臨床医にも向かう。

たとえば「病理標本を見せて」とか「写真撮らせて」とかで,自分を頼ってきている臨床医達。

そんな勉強熱心なヒトに対して,「好きにしていいよ」などと無責任なことを言ってしまうええカッコしーな自分。

するとそのシワ寄せは現場のみんなに来るワケであって・・・・・

「シノ先生,すいませんが・・・」

「はぁ~何でしたか,主任さん?」

「最近写真撮りに来ている某内科のM先生ですけど・・・」

「Mは同級生ですけど,何か?」

「実はM先生,ここに来ても挨拶がありません」

「アハハ・・・Mはペコペコしてへつらう性格じゃないんで・・・」

「端末を使いたいのに,M先生が我が物顔で使っていてちょっと邪魔です」

「そうっすか,じゃあ業務時間内に端末を使うのはやめるように言いますけど・・・」

「イヤ・・・夕方が一番忙しいので,夕方を特に避けてもらいたいです」

「わかりました,じゃあ業務時間プラス夕方7時くらいまでは避けてくれ・・・でいいですか?」

「え~と,もうちょっと遅めの9時くらいまでにしときましょか」

「・・・・・ってことは,おまえはもう使うな!,と言ったほうが早いですね」

この話をMに伝えると,神妙且つ不自然に病理内を挨拶をして回るMの姿があった。

いつまで続くことやら・・・・・
「センチネル・リンパ節」

意味:見張りリンパ節とも訳される。ガンがリンパを伝って転移する際に,最初に辿り着くリンパ節とされる。一般に,ここにガンが転移していなかったら,それ以上はリンパ行性転移が進んでいないと解される。



▼ 最初の砦です

私たちの人生は関門や思い悩みの連続。

例えば資格試験?

あるいは誰かに会う?

または何かの試行・実験?

できるなら待ち構える関門を次々とクリアしていきたい。

関門を避けようとしてもダメ。

避けたとしても,後にもっと大きな関門が待っている。

関門突破が難しければ,近くの砦で少し休むといい。

そこには仲間がいて,アドバイスをしてくれたり情報をくれたりする。

あきらめなければ,直に関門は突破できるようになるもんだ・・・・・



▼ 厚さたったの2ミリです

病理に提出されるリンパ節は,通常1センチ前後の小さな塊。

これをまずは2ミリ刻みで薄く切る。

たとえば直径1センチのリンパ節だったら,だいたい5つに切り分ける。

その切った断面をそれぞれ切片にしてもらって,顕微鏡で丁寧に見ていく。

ガンがリンパ節に転移していると,正常のリンパ球がたくさん集まる中にガン細胞の塊が浮いて見える。

大きなガンの転移なら分かりやすいし,肉眼でも分かる。

しかし,中には転移したてのホヤホヤで,顕微鏡で見ても分かりにくいものもある。

ガンがリンパ節にやってくると,リンパ節の最外側にまずは引っかかる。

リンパ節の隅っこにひっそりと隠れている微小転移。

それを見逃さないために,慎重にリンパ節の周りを「舐める」ように見ていく・・・・・



▼ ホントに最初か・・・?怪しいもんです

「え~,うっそー」

思わず,手術室から驚きと疑いの声が上がる。

センチネル・リンパ節の術中迅速結果を伝えた時。

伝えた結果は,

「センチネル・リンパ節転移=陰性,その近くのリンパ節転移=陽性」

常識的には,転移するガンはセンチネル・リンパ節を侵してから,周囲のリンパ節に広がるはずだが・・・

なぜか今回の結果は,あるべきセンチネルへの転移がない。

こんな変わった現象は初めて。

そもそもセンチネルの同定が間違ってたのか?

あるいはセンチネルをすり抜けるようなメカニズムが働いたのか?

そんなまだまだ謎が多い「最初の砦」・・・・・



▼ そう言えばあれがそうかも・・・

自分の高1のある時に,文理選択の調査があった。

その頃はジャーナリズムに憧れがあって,迷わずに文系志望。

それに対して自分の父親は大反対。

将来の選択の幅が狭まるので理系にしとけと言う。

今思えば,まっとうなアドバイスだとは思うが・・・・・

当時の反発盛りの自分は,素直に「ウン」と言えなかった。

志望が文系か理系かで,高2での理社の科目選択が大きく左右される。

自分としては生物の方がマシかな・・・程度の軽い気持ちで,まずは生物選択を考える。

しかし,生物選択は受験選択肢を狭めるので,父親は化学選択を強く推した。

生物か?,化学か?

そんなちっぽけな選択問題。

どっちでもいいかもしれん。

が,父親への反発もあって,周りの意見に聞く耳を持たない自分。

とにかく自分の進路に口を挟まれるのがイヤ。

自分のしたいことにはいっさい口出し無用!という感じ。

これはもう選択科目の問題ではなく,父子コミュニケーション問題になっている。

そんな時に間に入ってくれたのがおばさんだった。

おばさんは,自分が通う高校の国語教師をしていた。

ちょっと話があるとおばさんに呼び出されて,「気持ちは分かるけれども,どうしてもイヤやというのでなければ化学にしとけば?」と言われた。

先生から言われると,「ハイ」と従うしかない。

まだ父への反発はくすぶるも,生物選択に固執する理由など無いので,最終的に化学選択へ変更した。

この生物か化学かという選択科目問題。

今思い返すと,この科目変更は後に自分が医学への道を志した時に大きくプラスに働く。

この変更がなかったら,当時は「生物選択」に障壁が多い医学への道は考えなかっただろう。

そういう意味で,自分のキャリアの中では,選択科目問題での「おばさんの一言=センチネルな出来事」だったのかもしれん・・・・・
元・高校の国語教師のおばさんがいる。

このおばさん,自分が高校時代に同じ高校に国語教師として勤務していた。

残念ながら実際に授業で教えてもらう機会はなかったが・・・・・

広い意味では高校の恩師に当たる。

退職後の今も,とある学校の非常勤職について働いている。

そんなおばさんから,「ちょっと文章を書いたけど,見てくれる?」と言われる。

どうやら地域の「子を持つ親」に対してコラムの執筆を依頼されたらしい。

コラムの読み手が自分と同年代で同じ境遇なヒトが多いようなので,意見を聞かせて欲しいと言う。

自分の意見なんて言われても・・・

おもしろいかおもしろくないかくらいしか分からんし。

国語の先生にはええ加減なこと言えんし。

「はぁ~・・・まっ,読むだけならええですけど」



「子を持つ親」に向けてのアドバイスが書かれたおばさんの文章。

実際に読ませてもらうと,さすがに元・国語教師だけあって上手い。

実体験から学んだメッセージが初々しい。

文学少女時代の話や,教師時代に出会った教え子の話や・・・・・

読ませてもらってる横で,おばさんは終始ソワソワ。

自分の書いた文をヒトに読まれるのは基本的に恥ずかしいもんだ。

文中にいろいろ気になる箇所があるようで,読後に

「ここは,○△に変えた方がええんちゃう?」とか,
「この言い回しは生意気に聞こえる?」とか,
「この言葉はいるか」とか,

矢継ぎ早に細かい意見を求められる。

こんな大雑把な自分に聞いても分からんわ・・・という「極細」な質問もある。

自分ならば,細かいところはあまり気にしない。

それより,きれいに流れてまとまってるかに注意を払う。

「うまく流れてるとは思うけど,ここを略して,ここをボリュームアップして・・・」

いちおう自分の感想と訂正箇所を話す。

しかし,自分だったらこう書くなぁという意見の半分も言えない。



文章を書く=自己描出。

どう書いてどう読まれたいかは,ヒトによって違う。

特にエッセイ・コラム関係は書く際の「自由度」が無限大。

そんなものに対しては,つまらんかおもしろいかしか言えない気がする,究極には。

それに,「人生の先輩」に向って自己描出法を説くなんて土台ムリっちゅうか,三十年早い!。

・・・まぁおばさん孝行はできたから良しとしよう。