ここのところかかりっきりの科研費申請。
ようやく一区切りついた余韻に浸りつつ,科研費の「平成21年度公募内容等に関するQ&A集」などという「難解な文章」を見るともなく見ていた。
この文章は,科研費の計画書を申請する場合にわからんことがあったら,これを参考にしなさいという解説集になっている。
この出所はお役所(おそらく文科省?)。
たとえば,「Q2 ・・・どちらに応募すればよいのかわかりません」という問いに対して,「A どちらでも結構です。・・・」という解説がつけてある。
このちょっと難解な文章は,いわゆる「霞ヶ関文学」。
けっこう味わい深くておもしろい。
▼ 霞ヶ関文学の味わい その1
・・・疑問点等が生じた場合には,必ず公募要領等の関係書類を確認し,必要に応じ文部科学省や日本学術振興会に十分な確認を行ってください。(問い合わせ先は文部科学省公募要領69頁,日本学術振興会公募要領(基盤研究等)113頁,日本学術振興会公募要領(研究成果公開促進費)65頁参照。)
シノ的解釈→
正直言ってやめて欲しいねん,問い合わせ。
でも,そんなことおおっぴらに言えんし・・・。
なんで,こんな風に「不親切さ丸出し」にしとけばわかってくれるやろ,こっちの気持ち。
「〇〇頁参照」ってうやむやにしとけば,普通のヒトならウワー面倒クサってなるやろ?
そうすれば,大半のヒトは,問い合わせする気を無くすやん。
それが狙いやねん,ホントは。
▼ 霞ヶ関文学の味わい その2
Q8 研究計画調書を電子申請システムで提出(送信)した後に一部誤りに気づきました。差し替えを行いたいのですが,どうすればいいですか。
A 文部科学省又は日本学術振興会に研究計画調書等を提出(送信)し,受け付けが行われた後に差し替え等を行うことは一切できません。
シノ的解釈→
差し替えなんて許したら,こっちの対応がてんやわんやになることくらい想像できるやん。
くれぐれも言っとくけど,今後ともゼッタイ差し替えはさせへんで。
▼ 霞ヶ関文学の味わい その3
Q32 研究機関のホームページに「電子申請のご案内」へのリンクを張ってもよいですか。
A 構いません。
シノ的解釈→
良いに決まってるやん。
聞くなっちゅーねん。
▼ 霞ヶ関文学の味わい その4
Q39 公募要領によれば,計画調書は「左側が糊付けされていること」とのことですが,ホチキス留めではだめでしょうか。
A 糊付けで提出してください。応募時には,膨大な料の計画調書が提出されます。このため,ホチキス留めされた計画調書を重ねて審査を行うための資料として取りまとめると,ホチキス留めの部分だけ厚くなってしまい,審査に支障をきたすことになってしまいます。このような状況を回避するため,計画調書の作成に当たっては「糊付け」でなければならないものとしています。
シノ的解釈→
ホチキスの厚みって言われても,ほんのちょっとやん・・・て思うやろ?
実は「塵も積もれば山となる」とは,このことやねん。
うちら,数百部の申請書類を仕分けするやん。
それらを積み上げると,ホチキス留めの側が高くなって,えらい傾きになるやん。
想像できるやろ?
この前なんか,机の上に申請書類を積みあげて仕事してたらな。
ドサッと書類の山が崩れてもーてん,ドサーッて。
ほいで順番バッラバラになってしまうし,数が一部足りなくなるし,並べ直すのに半日かかるし・・・
もー大変やったわ。
なんで,ホチキス留めはもうコリゴリやねん。
病院の病理部控室兼カンファ室前。
関係者以外立ち入り禁止区域なので,人通りもまばら。
そんな廊下で「ゴトッ」という音がしたので,様子を見に出た秘書さん。
「ヒャッ!」
とんでもないものを見たという叫びと,「・・・せっ・・・先生~」と助けを呼ぶ声。
ただならぬ様子に駆けつけてみると,廊下に若い男性が倒れている。
ネクタイ姿で,胸にはIDカードをぶら下げている。
病院の事務職員のようだ。
近寄って声をかける。
「大丈夫っすか?」
「・・・・ええ・・・・」
「分かります?」
「・・・・ええ・・・・」
「どっか痛いの?」
・・・・・
簡単に顛末を聞きとったところではその男性,打ち合わせの最中に気分が悪くなって,中座してトイレに行こうとしたら,目の前が真っ暗になって倒れたとのこと。
顔色が真っ青なので,貧血なのかもしれん。
それにしても,こんな救急の機会は時と場所を選ばない。
たとえば,実験中に冷蔵室に入っていて,その最中で意識を失ったら,凍え死んでも不思議でない。
考えて見れば,この男性の場合は病院の中で倒れて不幸中の幸いだったのかもしれん。
倒れてたヒトの様子が明らかになるにつれ,冷静を徐々に取り戻した秘書さん。
さっそく,救急部とセキュリティーセンターに救急コール。
これで,救急の当番医や手の空いた医師が駆けつけてきてくれるハズだ。
程なくして。
廊下を曲がって,病院本館から必死の形相で走ってくる医師が一人。
ユニフォームは「救急部」。
どうやら救急部の講師先生のようだ。
まるで中学生のマラソン大会を彷彿とさせるカッコよさ。
ちょっと足取り重いが,一着でゴールイン。
時間にして救急コールから3分程。
さすがに「ハアー,ハアー」と息が上がっている。
でも,なんとか一着を死守して救急部のメンツを保ったか。
「お願いします」と選手交代すると,病人から的確に問診を始める講師先生。
待ってました,頼んまっせ!
次に廊下に見えてきたヒトも,やっぱり救急部のユニフォーム姿。
どうやら救急をローテ中の研修医クン。
若いので,明らかに走るスピードも速く,足取りも軽い。
余力を残して二着でゴールイン。
すると,さっそく講師の先生から指示が飛ぶ。
「じゃあ,すぐHCUに電話して。ストレッチャー持ってきてもらうように。それから事務に電話して・・・」
息抜く暇もなく,PHSを数件かけ始める研修医クン。
大変やけど,がんばってな。
そうこうすると,三位集団が見えてきた。
ユニフォームはいずれも「救急部」。
なんとか手を空けた救急部の人達による集団が形成されたらしい。
そのすぐ後ろには,ストレッチャーとともに走ってくる看護師さん。
4~5名の医師,2~3名の看護師,それにストレッチャーからなる集団。
縦長の三位集団が同タイムでゴールイン。
その頃には問診も終わって,事務関係者も呼び出され,ひとまずHCU入院の準備が整う。
それから,倒れていた男性は「せ~の」とストレッチャーに乗せられて,跡形なく去って行った。
やれやれ。
こんなこともあるもんだ。
・・・さあ,戻って仕事仕事。
そう思っていると,遅れてきたと思われる数名の集団が廊下を走ってくる。
だいたい十着くらいでゴールイン。
「倒れた方は?どこです?」
「ちょうど今,HCUへ運ばれて行ったところなんです」
「そうですか」
「お騒がせしました」
なんで謝るのかわからんが,そう言ってお引き取り願う。
そんな「周回遅れ」の医師・看護師が十数名バラバラバラっとゴールインする。
もうそろそろええかな。
そう思っていたら,向こうから後輩のアミ先生がニコニコしながら小走りにやってくる。
この日のアミは,本来は病理講座の方で実験中なハズだが。
「シノ先生,大丈夫ですか?」
「大丈夫って,何が?」
「講座では,シノ先生が倒れたってエライ騒ぎで・・・」
「ヘンなこと言うな,このアホ」
こんな野次馬もゴールインして終了。
それにしても,アミの顔が少しニコニコしてたのが気になる・・・・・
関係者以外立ち入り禁止区域なので,人通りもまばら。
そんな廊下で「ゴトッ」という音がしたので,様子を見に出た秘書さん。
「ヒャッ!」
とんでもないものを見たという叫びと,「・・・せっ・・・先生~」と助けを呼ぶ声。
ただならぬ様子に駆けつけてみると,廊下に若い男性が倒れている。
ネクタイ姿で,胸にはIDカードをぶら下げている。
病院の事務職員のようだ。
近寄って声をかける。
「大丈夫っすか?」
「・・・・ええ・・・・」
「分かります?」
「・・・・ええ・・・・」
「どっか痛いの?」
・・・・・
簡単に顛末を聞きとったところではその男性,打ち合わせの最中に気分が悪くなって,中座してトイレに行こうとしたら,目の前が真っ暗になって倒れたとのこと。
顔色が真っ青なので,貧血なのかもしれん。
それにしても,こんな救急の機会は時と場所を選ばない。
たとえば,実験中に冷蔵室に入っていて,その最中で意識を失ったら,凍え死んでも不思議でない。
考えて見れば,この男性の場合は病院の中で倒れて不幸中の幸いだったのかもしれん。
倒れてたヒトの様子が明らかになるにつれ,冷静を徐々に取り戻した秘書さん。
さっそく,救急部とセキュリティーセンターに救急コール。
これで,救急の当番医や手の空いた医師が駆けつけてきてくれるハズだ。
程なくして。
廊下を曲がって,病院本館から必死の形相で走ってくる医師が一人。
ユニフォームは「救急部」。
どうやら救急部の講師先生のようだ。
まるで中学生のマラソン大会を彷彿とさせるカッコよさ。
ちょっと足取り重いが,一着でゴールイン。
時間にして救急コールから3分程。
さすがに「ハアー,ハアー」と息が上がっている。
でも,なんとか一着を死守して救急部のメンツを保ったか。
「お願いします」と選手交代すると,病人から的確に問診を始める講師先生。
待ってました,頼んまっせ!
次に廊下に見えてきたヒトも,やっぱり救急部のユニフォーム姿。
どうやら救急をローテ中の研修医クン。
若いので,明らかに走るスピードも速く,足取りも軽い。
余力を残して二着でゴールイン。
すると,さっそく講師の先生から指示が飛ぶ。
「じゃあ,すぐHCUに電話して。ストレッチャー持ってきてもらうように。それから事務に電話して・・・」
息抜く暇もなく,PHSを数件かけ始める研修医クン。
大変やけど,がんばってな。
そうこうすると,三位集団が見えてきた。
ユニフォームはいずれも「救急部」。
なんとか手を空けた救急部の人達による集団が形成されたらしい。
そのすぐ後ろには,ストレッチャーとともに走ってくる看護師さん。
4~5名の医師,2~3名の看護師,それにストレッチャーからなる集団。
縦長の三位集団が同タイムでゴールイン。
その頃には問診も終わって,事務関係者も呼び出され,ひとまずHCU入院の準備が整う。
それから,倒れていた男性は「せ~の」とストレッチャーに乗せられて,跡形なく去って行った。
やれやれ。
こんなこともあるもんだ。
・・・さあ,戻って仕事仕事。
そう思っていると,遅れてきたと思われる数名の集団が廊下を走ってくる。
だいたい十着くらいでゴールイン。
「倒れた方は?どこです?」
「ちょうど今,HCUへ運ばれて行ったところなんです」
「そうですか」
「お騒がせしました」
なんで謝るのかわからんが,そう言ってお引き取り願う。
そんな「周回遅れ」の医師・看護師が十数名バラバラバラっとゴールインする。
もうそろそろええかな。
そう思っていたら,向こうから後輩のアミ先生がニコニコしながら小走りにやってくる。
この日のアミは,本来は病理講座の方で実験中なハズだが。
「シノ先生,大丈夫ですか?」
「大丈夫って,何が?」
「講座では,シノ先生が倒れたってエライ騒ぎで・・・」
「ヘンなこと言うな,このアホ」
こんな野次馬もゴールインして終了。
それにしても,アミの顔が少しニコニコしてたのが気になる・・・・・
先日の医療サービス委員会の議題で。
「患者」の呼び方について,というものがあった。
最近,いつの間にやらスタンダードの地位を確立したかに見える呼称「患者様」。
これを引きずり下ろして,元の「患者さん」という呼称に戻したいようだ。
詳しい理由は知らないが,なんでも「世の流れ」らしい。
そんなもん「患者さん」でええやん,ゴチャゴチャ言わんとすぐ採決を取ってーなと思うが。
各部門に持ち帰って現場の意見を吸い上げつつ,世の中の状況を踏まえた上で継続的に検討する・・・・・っという長ったらしいことになった。
▼ 意気上がる「患者さん」派
ほ~ら見ろ!
最初ッからわかってたわ,こうなることなんて。
最初ッからな!
そこまで丁寧に言わんでもええんちゃう?って100年前から思ってたわ。
「様」付けるなんて,そもそもおかしすぎるわ。
おかしすぎて,パッパラパのパーやん。
オレの周りなんて,みんなそう言ってるわ。
「患者様」なんて,チャンチャラおかしいやんって。
それが国民の目線であり常識やん,コモンセンスやン。
「患者様」なんて言い方押しつけて,国民を愚弄するなーちゅうねん!
そもそも誰が言い始めたん,「患者様」って?
言い出しっぺ,手挙げー!
手を挙げて,名を名乗れー,責任取れー,頭下げー,土下座せー!
そこまでやってくれたら,許したらんワケでもないけどな。
▼ 第三者調停を狙う「患者様」派
確かに近頃あたしら落ち目やん・・・そりゃわかってる。
でも,ぜったいに元の「患者さん」に戻すのはイヤやん!
・・・別に「患者さん」に恨みはないんよ。
けど,このままいったら,あたしらの面目丸つぶれやン!
そりゃ, ちょっとやりすぎたかもしれん。
「患者様」とはちょっと丁寧すぎたかもしれん。
けど,一時期はこの医療業界を席巻したんやし・・・
一度は認められて天下取ったわけやし・・・
そこんとこ,よろしく思い出してもらわんとちょっと困るわ。
それにこっちにもプライドっちゅーもんがあるやん。
譲りきれん一線っちゅーもんがあるやん。
そこんとこも,考えといてもらわんと困る。
このままやと,「落としどころ」が無いねん。
あたしらも納得いって,みんなが幸せになる「落としどころ」が。
なんとかそれを探さんとあかん。
たとえば・・・これなんかはどうやろ,「患者殿」?
いちおうちょっと格式張って丁寧やし。
あるいは「患者先生」?
どうせなら,みんな先生になってもろたらどうやろ?
とにかく,あたしらとしたら,そんな形の新たな呼称への「発展的変更」みたいな感じにして欲しいねん。
そうしたら,あたしらの体面も保てるし。
ウィンウィンやし。
はぁーこのまま否定されて廃れゆくのは・・・あたしら,かわいそすぎやん!
そうやろ?誰か良い案ない?
ホント,どーでもええことやねんけど・・・
難しいことならまだしも,簡単なことを難しく議論する所であって欲しくない・・・大学病院って。
「患者」の呼び方について,というものがあった。
最近,いつの間にやらスタンダードの地位を確立したかに見える呼称「患者様」。
これを引きずり下ろして,元の「患者さん」という呼称に戻したいようだ。
詳しい理由は知らないが,なんでも「世の流れ」らしい。
そんなもん「患者さん」でええやん,ゴチャゴチャ言わんとすぐ採決を取ってーなと思うが。
各部門に持ち帰って現場の意見を吸い上げつつ,世の中の状況を踏まえた上で継続的に検討する・・・・・っという長ったらしいことになった。
▼ 意気上がる「患者さん」派
ほ~ら見ろ!
最初ッからわかってたわ,こうなることなんて。
最初ッからな!
そこまで丁寧に言わんでもええんちゃう?って100年前から思ってたわ。
「様」付けるなんて,そもそもおかしすぎるわ。
おかしすぎて,パッパラパのパーやん。
オレの周りなんて,みんなそう言ってるわ。
「患者様」なんて,チャンチャラおかしいやんって。
それが国民の目線であり常識やん,コモンセンスやン。
「患者様」なんて言い方押しつけて,国民を愚弄するなーちゅうねん!
そもそも誰が言い始めたん,「患者様」って?
言い出しっぺ,手挙げー!
手を挙げて,名を名乗れー,責任取れー,頭下げー,土下座せー!
そこまでやってくれたら,許したらんワケでもないけどな。
▼ 第三者調停を狙う「患者様」派
確かに近頃あたしら落ち目やん・・・そりゃわかってる。
でも,ぜったいに元の「患者さん」に戻すのはイヤやん!
・・・別に「患者さん」に恨みはないんよ。
けど,このままいったら,あたしらの面目丸つぶれやン!
そりゃ, ちょっとやりすぎたかもしれん。
「患者様」とはちょっと丁寧すぎたかもしれん。
けど,一時期はこの医療業界を席巻したんやし・・・
一度は認められて天下取ったわけやし・・・
そこんとこ,よろしく思い出してもらわんとちょっと困るわ。
それにこっちにもプライドっちゅーもんがあるやん。
譲りきれん一線っちゅーもんがあるやん。
そこんとこも,考えといてもらわんと困る。
このままやと,「落としどころ」が無いねん。
あたしらも納得いって,みんなが幸せになる「落としどころ」が。
なんとかそれを探さんとあかん。
たとえば・・・これなんかはどうやろ,「患者殿」?
いちおうちょっと格式張って丁寧やし。
あるいは「患者先生」?
どうせなら,みんな先生になってもろたらどうやろ?
とにかく,あたしらとしたら,そんな形の新たな呼称への「発展的変更」みたいな感じにして欲しいねん。
そうしたら,あたしらの体面も保てるし。
ウィンウィンやし。
はぁーこのまま否定されて廃れゆくのは・・・あたしら,かわいそすぎやん!
そうやろ?誰か良い案ない?
ホント,どーでもええことやねんけど・・・
難しいことならまだしも,簡単なことを難しく議論する所であって欲しくない・・・大学病院って。
先日の夕方に一時間ほどのカンファがあったが,やたらと眠かった。
この細胞がああだのこうだのとする意見を耳にしつつうつらうつら。
じゃあ結論としてこんな感じで・・・というまとめに入るもこっくりこっくり。
結局カンファ時間の半分以上をおぼろな意識で過ごした自分。
それにしても,これだけ眠いのも久し振り。
そろそろ無理が利かない歳になったということか。
医師になってまだ5年目くらいの女性外科医Jさん。
なぜか「子豚ちゃん」と例えたくなるような愛らしい風貌で,パッと見は外科医のイメージではない。
どちらかと言えば,華やかと言うより地味な感じ,切れ者と言うよりおっとりした感じ,豪快と言うよりは繊細で,派手に目立つと言うよりはこぢんまりと目立たず,自立的と言うよりはか弱く感じられる。
そんな「子豚ちゃん」だが,やたらと院内合同カンファ中に寝ている。
やたらと言うより,いーっつもと言った方がいいかもしれん。
いつの間にやら頭を垂れてこっくりこっくり・・・
ひょっとして,昨晩の当直で2時と4時に起こされて眠くってしょうがない?
イヤそうじゃなくって,意外に神経がメッチャ図太い子なんかもしれん・・・見かけによらず。
蒲団や枕が少々変わったところで,どこでも関係なく眠ることが出来るタイプかも?
イヤそんなハズはなく,急用が出来た先輩に代わって「穴埋め当直」を愚痴一つ言わず頑張ってんねん・・・・・
真偽は知らんが,子豚ちゃんくらいの若手だとあれやこれやで慢性の寝不足状態。
まぁチョロ寝くらいは大目に見てあげてもいいか・・・・・
学生というマス対象の大学での講義。
教える先生がいて教えられる生徒多数がいて・・・という昔ながらの学校スタイル。
こんなスタイルでは,学生たちはこちら講師側がいくら頑張っても寝るものは寝る。
最近の講義はパワーポイントによるスライド主体。
なので,分かりやすい画像と講師の説明が,心地よく流れる抽象画的風景とBGMになる。
最初に笑いを取る辺りは大丈夫だが,途中で核心に迫る真面目な話題になると寝始める学生たち。
いちおう大学の講義,いつまでも漫談するわけにいかない。
とは言うものの,やっぱ自分の講義っておもろないんやな・・・と正直落ち込む。
学生の寝るスタイルもいろいろだ。
こっくりこっくりなんかはまだかわいい。
中には分厚い教科書を枕に,机に突っ伏して寝る者もちらほら。
最近は男女に関係なくなってきている気もする。
女子学生の「熟睡の跡」を見せつけられると,その恥じらいの無さに言葉を失う。
右頬に不自然な一直線の赤アザが・・・・・
跡ついてんねん,跡がっ!
週末にわざわざ出張で出向いたこの地方の某臨床病理研究会。
こんなところでも,研究発表中に寝るヒトがいる。
タチが悪いことに,それは某総合病院外科のエライ先生。
しかも,「グー」というイビキ付き。
何とかしようと思うが,エライ先生だけに誰も注意が出来ない。
最初は周囲に座る人同士,「しょうがねーなぁ・・・」という目配せしーの苦笑いしーの。
その「グー」が次第にでかくなってきて,周囲の苦笑いが消えていく。
「何とかせえや・・・」とみなが思いつつ,誰も手出しできない。
しばらくヤキモキしていると,「グー」が突然消えてほっとする。
しかし,直に「クー・・・クー」と小さめに再開し,だんだん濁って大きくなり「グー・・・グー」。
そして,またしばらくすると静かになる。
どうやらそれが,いわゆる「無呼吸」だったりするのに皆が気付く。
そうなると研究会どころじゃなくなって,みなの興味は「無呼吸の持続時間」にシフトする。
・・・っでコーヒーブレイクには,某先生の「無呼吸症候群」の話題で持ちきり。
まぁ睡眠は取るべき時にしっかり取ったほうがええねん・・・という話。
この細胞がああだのこうだのとする意見を耳にしつつうつらうつら。
じゃあ結論としてこんな感じで・・・というまとめに入るもこっくりこっくり。
結局カンファ時間の半分以上をおぼろな意識で過ごした自分。
それにしても,これだけ眠いのも久し振り。
そろそろ無理が利かない歳になったということか。
医師になってまだ5年目くらいの女性外科医Jさん。
なぜか「子豚ちゃん」と例えたくなるような愛らしい風貌で,パッと見は外科医のイメージではない。
どちらかと言えば,華やかと言うより地味な感じ,切れ者と言うよりおっとりした感じ,豪快と言うよりは繊細で,派手に目立つと言うよりはこぢんまりと目立たず,自立的と言うよりはか弱く感じられる。
そんな「子豚ちゃん」だが,やたらと院内合同カンファ中に寝ている。
やたらと言うより,いーっつもと言った方がいいかもしれん。
いつの間にやら頭を垂れてこっくりこっくり・・・
ひょっとして,昨晩の当直で2時と4時に起こされて眠くってしょうがない?
イヤそうじゃなくって,意外に神経がメッチャ図太い子なんかもしれん・・・見かけによらず。
蒲団や枕が少々変わったところで,どこでも関係なく眠ることが出来るタイプかも?
イヤそんなハズはなく,急用が出来た先輩に代わって「穴埋め当直」を愚痴一つ言わず頑張ってんねん・・・・・
真偽は知らんが,子豚ちゃんくらいの若手だとあれやこれやで慢性の寝不足状態。
まぁチョロ寝くらいは大目に見てあげてもいいか・・・・・
学生というマス対象の大学での講義。
教える先生がいて教えられる生徒多数がいて・・・という昔ながらの学校スタイル。
こんなスタイルでは,学生たちはこちら講師側がいくら頑張っても寝るものは寝る。
最近の講義はパワーポイントによるスライド主体。
なので,分かりやすい画像と講師の説明が,心地よく流れる抽象画的風景とBGMになる。
最初に笑いを取る辺りは大丈夫だが,途中で核心に迫る真面目な話題になると寝始める学生たち。
いちおう大学の講義,いつまでも漫談するわけにいかない。
とは言うものの,やっぱ自分の講義っておもろないんやな・・・と正直落ち込む。
学生の寝るスタイルもいろいろだ。
こっくりこっくりなんかはまだかわいい。
中には分厚い教科書を枕に,机に突っ伏して寝る者もちらほら。
最近は男女に関係なくなってきている気もする。
女子学生の「熟睡の跡」を見せつけられると,その恥じらいの無さに言葉を失う。
右頬に不自然な一直線の赤アザが・・・・・
跡ついてんねん,跡がっ!
週末にわざわざ出張で出向いたこの地方の某臨床病理研究会。
こんなところでも,研究発表中に寝るヒトがいる。
タチが悪いことに,それは某総合病院外科のエライ先生。
しかも,「グー」というイビキ付き。
何とかしようと思うが,エライ先生だけに誰も注意が出来ない。
最初は周囲に座る人同士,「しょうがねーなぁ・・・」という目配せしーの苦笑いしーの。
その「グー」が次第にでかくなってきて,周囲の苦笑いが消えていく。
「何とかせえや・・・」とみなが思いつつ,誰も手出しできない。
しばらくヤキモキしていると,「グー」が突然消えてほっとする。
しかし,直に「クー・・・クー」と小さめに再開し,だんだん濁って大きくなり「グー・・・グー」。
そして,またしばらくすると静かになる。
どうやらそれが,いわゆる「無呼吸」だったりするのに皆が気付く。
そうなると研究会どころじゃなくなって,みなの興味は「無呼吸の持続時間」にシフトする。
・・・っでコーヒーブレイクには,某先生の「無呼吸症候群」の話題で持ちきり。
まぁ睡眠は取るべき時にしっかり取ったほうがええねん・・・という話。
▼ 一年間,お世話になりました
ブログを始めてから,かれこれ一年になる。
実は始める前に,ブログやってみたいなぁ・・・という思いのみの期間が2~3年。
いろんなブログを読みながら,こりゃオモロイなぁとか,若いなぁとか,妬けるなぁとか,ええ味やんとか,マジやなぁとか,壊しとるなぁとか。
そんな「溢れる思い」が1年ほど。
そして,こんなんでもええけどなとか,これはスベってるやんとか,こうしたらオモロイんちゃうとか,ムクムクムクっと何かが湧いてきて。
そんな「募る思い」が1年ほど。
それからとある日の特急電車の車内で,時間をつぶしがてら構想を練って,「よ~し,始めるぞ」と一念発起。
とは言っても,なんやかんやと理由をつけて先送順延躊躇逡巡雨霰で。
そんな「揺れる思い」が半年ほど。
このままじゃいかん・・・と,ムリヤリSeesaaでブログ開設に至ったのが昨年10月だった。
溢れて募って揺れてしまっても,最初の一歩がなかなか踏み出せない・・・・・性格出てるわ~。
そんな風に地味にホソボソと始めてみたブログ。
故あって途中でSeesaaからアメブロに引っ越したが,それからは紆余曲折と言うほど大げさでなし,順風満帆と大層に言えるほどのものでもなし。
まぁ泣かず飛ばずくらいの表現が適当か。
その途中には,何のためにやってんだろうという疑問に取りつかれたり,書きたくなくなったり,書きたいと思うことが変わってきたり,いろいろあったりで一年が経過。
飽き性の自分にしては意外に続いている。
まぁ楽しくやらせてもらっている証拠かもしれん。
それに,多くのコメントやペタを頂いて励まされたのも忘れちゃいけない。
縁あって訪問頂いた方々に感謝です。
▼ 「ブログやめ方」考
いったん始めてしまったブログって,いつやめればいいのだろう。
現在の「無料・メッチャ便利・何でも出来る」のサービス体制ならば,そのタイミングを見つけるのは難しい。
自分的には,投稿記事がつまらなく思えてきたら,その時がやめ時かなとも思っているが・・・・・
プロバイダー側からすると,長期間書き込みの無い「放置ブログ」などはある程度整理・制限したいという正直なフトコロ事情もあるだろう。
「いつやめたらええねん」「どうやめさせたらええねん」というどうでもええ?問題に対するしのゼミからの提案「ブログのやめ方」。
これでも一生懸命考えてんねんけど・・・・・いちおう。
その1 「棚卸しシステム」
要は,ブログに期間を設定する。
いきなりそんなことを言われてもブーイングの嵐だろうから,メッチャゆるいハードル設定とする。
たとえば,ある設定回数以下(たとえば,一年に二回以上とか,ここ三ヶ月で一回以上とか)の投稿しかなされないブログは,棚卸し対象になる。
つまり,強制閉鎖される。
っで,毎年3月31日をもって「棚卸し」しますという通知がくる。
閉鎖されたくなければ,3月31日までに一記事を投稿すればよい。
そんなシステムにすれば,今度の「棚卸し」を持ってこのブログを卒業します・・・という恰好のタイミングが提供される。
それに「放置ブログ」撤去には,効果を発揮するメリットがある。
その2 「花道退場システム」
ランキングのトップ3に入ったら,ブログ閉鎖となる。
つまり,人気絶頂で止める。
まぁランキング上位者に対するヤッカミ半分やねんけど・・・・・
たとえば「しのゼミ」がトップ3になったら(ありえんけど),その時点で閉鎖決定。
念願のトップ3ランクインという勲章?とともにブログ閉鎖なので,格好はつく。
自分やったら,こんなやめ方がええなぁ。
これはある意味,生き方の美学に通じる問題かもしれんけど。
もちろん「再チャレンジ」は妨げられないので,また続けたい場合は「しのゼミ2」などを始めればよい。
その3 「訃報システム」
閉鎖になったブログ名が「ブログ訃報サイト」にしばらく公開される。
そうすれば,たとえ一時期ではあっても頑張って投稿した思い出のブログが弔いをしてもらえる。
ブロガーにとっても,精神的な区切りがつくという癒されるシステム。
希望によって,そのブログの歴史などを添付してもよいことにする。
たとえば「『しのゼミ』○月○日をもって閉鎖(シノによるバカバカしいながらも,本人にはストレス発散になってたらしいブログ)」とか。
お悔やみコメントを受け付けるシステムにしたら,ちょっとは人気出るかもしれん。
まぁやめたい時にやめればええねんけど・・・・・
ブログを始めてから,かれこれ一年になる。
実は始める前に,ブログやってみたいなぁ・・・という思いのみの期間が2~3年。
いろんなブログを読みながら,こりゃオモロイなぁとか,若いなぁとか,妬けるなぁとか,ええ味やんとか,マジやなぁとか,壊しとるなぁとか。
そんな「溢れる思い」が1年ほど。
そして,こんなんでもええけどなとか,これはスベってるやんとか,こうしたらオモロイんちゃうとか,ムクムクムクっと何かが湧いてきて。
そんな「募る思い」が1年ほど。
それからとある日の特急電車の車内で,時間をつぶしがてら構想を練って,「よ~し,始めるぞ」と一念発起。
とは言っても,なんやかんやと理由をつけて先送順延躊躇逡巡雨霰で。
そんな「揺れる思い」が半年ほど。
このままじゃいかん・・・と,ムリヤリSeesaaでブログ開設に至ったのが昨年10月だった。
溢れて募って揺れてしまっても,最初の一歩がなかなか踏み出せない・・・・・性格出てるわ~。
そんな風に地味にホソボソと始めてみたブログ。
故あって途中でSeesaaからアメブロに引っ越したが,それからは紆余曲折と言うほど大げさでなし,順風満帆と大層に言えるほどのものでもなし。
まぁ泣かず飛ばずくらいの表現が適当か。
その途中には,何のためにやってんだろうという疑問に取りつかれたり,書きたくなくなったり,書きたいと思うことが変わってきたり,いろいろあったりで一年が経過。
飽き性の自分にしては意外に続いている。
まぁ楽しくやらせてもらっている証拠かもしれん。
それに,多くのコメントやペタを頂いて励まされたのも忘れちゃいけない。
縁あって訪問頂いた方々に感謝です。
▼ 「ブログやめ方」考
いったん始めてしまったブログって,いつやめればいいのだろう。
現在の「無料・メッチャ便利・何でも出来る」のサービス体制ならば,そのタイミングを見つけるのは難しい。
自分的には,投稿記事がつまらなく思えてきたら,その時がやめ時かなとも思っているが・・・・・
プロバイダー側からすると,長期間書き込みの無い「放置ブログ」などはある程度整理・制限したいという正直なフトコロ事情もあるだろう。
「いつやめたらええねん」「どうやめさせたらええねん」というどうでもええ?問題に対するしのゼミからの提案「ブログのやめ方」。
これでも一生懸命考えてんねんけど・・・・・いちおう。
その1 「棚卸しシステム」
要は,ブログに期間を設定する。
いきなりそんなことを言われてもブーイングの嵐だろうから,メッチャゆるいハードル設定とする。
たとえば,ある設定回数以下(たとえば,一年に二回以上とか,ここ三ヶ月で一回以上とか)の投稿しかなされないブログは,棚卸し対象になる。
つまり,強制閉鎖される。
っで,毎年3月31日をもって「棚卸し」しますという通知がくる。
閉鎖されたくなければ,3月31日までに一記事を投稿すればよい。
そんなシステムにすれば,今度の「棚卸し」を持ってこのブログを卒業します・・・という恰好のタイミングが提供される。
それに「放置ブログ」撤去には,効果を発揮するメリットがある。
その2 「花道退場システム」
ランキングのトップ3に入ったら,ブログ閉鎖となる。
つまり,人気絶頂で止める。
まぁランキング上位者に対するヤッカミ半分やねんけど・・・・・
たとえば「しのゼミ」がトップ3になったら(ありえんけど),その時点で閉鎖決定。
念願のトップ3ランクインという勲章?とともにブログ閉鎖なので,格好はつく。
自分やったら,こんなやめ方がええなぁ。
これはある意味,生き方の美学に通じる問題かもしれんけど。
もちろん「再チャレンジ」は妨げられないので,また続けたい場合は「しのゼミ2」などを始めればよい。
その3 「訃報システム」
閉鎖になったブログ名が「ブログ訃報サイト」にしばらく公開される。
そうすれば,たとえ一時期ではあっても頑張って投稿した思い出のブログが弔いをしてもらえる。
ブロガーにとっても,精神的な区切りがつくという癒されるシステム。
希望によって,そのブログの歴史などを添付してもよいことにする。
たとえば「『しのゼミ』○月○日をもって閉鎖(シノによるバカバカしいながらも,本人にはストレス発散になってたらしいブログ)」とか。
お悔やみコメントを受け付けるシステムにしたら,ちょっとは人気出るかもしれん。
まぁやめたい時にやめればええねんけど・・・・・