(前回の続きで)再就職の件で思い悩むYさん。
職場の同僚に意見を求めてみるが,その参考意見もバッラバラ。
▼そんなもん・・・・・・by M技師(♂)
Yさん,悪いことは言わん。
すぐに某病院へ行きな,悩むことなんてない。
こんなチャンスを逃せば,二度はないと思ったほうがエエよ。
病理技師募集なんて,この辺じゃそうはない。
せっかくそんなお話しを頂いたんやから,ありがたく「ハイ」って言っとき。
そもそもやな,ナメたらあかんで。
病理技師の仕事を,そんなに甘く見てもらっても困る。
細胞診ひとつ取ってもそう。
細胞診の試験勉強,今一生懸命がんばってるやん。
でも,試験受かったらやれやれよかった・・・やない。
それが始まりやねん。
そっから勉強をどんどんしてかなあかんねん。
細胞診って,奥が深すぎる。
勉強をしてもしても追っつかんくらい。
一生の仕事に選ぶくらいの価値があるんや。
だからYさん,覚悟決め!
某病院を選んどき。
ぜったい損ないし,悪いこと言わんから,そうしとき。
▼そうやな・・・・・・by O技師(♀)
Yちゃん,研究好きそうやん。
研究してる姿見てると,楽しそうやし。
でも,病理の仕事もけっこう向いてると思うよ。
去年のYちゃん見てたら,細胞診のセンスはちょっと無いかな~?って思ってたけど(ゴメンナ)。
でも,今年は試験に対する姿勢ちゅーか目の色が違ってきてるしな。
なんで悩む気持ち,何となく分かるわ。
研究するとなると,これから院生とか実験助手とかになるわけやん。
それって魅力あるけど,ちょっとリスキーちゃう?って思っちゃうわけ。
イケメンやけど賭け事で給料使い果たすような男を選ぶみたいな感じ?
はっきり言って,生活や将来設計が不安定やねん。
それに比べて,病理技師を選んどけば間違いないっちゅーか。
堅実なサラリーマンで,ちょっと退屈な男に見えんねんけど・・・みたいなもん?
ちょっと刺激ないけど,安定してんねん。
えっ?あたしやったら?
あたしがYちゃんやったら,どうしようかな・・・・・・
あたしは退屈な病理技師選んじゃったから,二回目があるのならイケメンの研究を選びたいなって気もあるけど。
そうは思っても,結局二回目も堅実な方を選ぶかもね。
まぁ最終的には,その男の性格見て決めるんちゃうかな?
まぁどっち選んでも100%正解はないと思うし・・・,悔いを残さない選択して欲しいわ。
ますます悩みを深めるYさん。
どうしてよいものやら・・・・・
若手技師Yさんは,西日本大検査部非常勤技師職を離れて就活中。
現在は非常勤技術補佐員などというややこしい職種で,要はパート助手さん。
何してるかって言うと,自分の研究を手伝ってもらっている。
そして空いた時間に,細胞診スクリーナー試験合格を目指して勉強中。
吉報は突然降ったようにやってくるもんだ。
突然,近隣の病院から電話がかかってきた。
病理技師さんの常勤ポストがついたので・・・という内容。
そうか・・・いよいよ来たか・・・
待ちに待った話をすぐに伝えてあげようと,嬉々として実験中のYさんを捕まえる。
「・・・・・っということで,よかったな」と吉報を伝えるも,「はぁ~」とつれない返事のYさん。
なんだか,あまりうれしそうではない。
急な話やし,実感が湧かんのかもしれん。
そんなことよりも,目の前の実験がうまくいっていないのか・・・・・
「んっ?・・・どうした?」と聞いてみる。
すると,「ありがたいお話しだと思いますが・・・」とか「とてもうれしいんですが・・・」とか。
なんとも歯切れが悪い答えばかり返ってくる。
「半年探したけど,こんな話はそうそうないぞ」と自分。
「そうですね・・・」
「お世話になるということで,返事するぞ」
そうまとめようとすると・・・・・
「すいません・・・・・お断りして良いですか?」
「なっ・・・なんでやねん?」
・・・・・・・・
Yさんはポツリポツリとその理由を説明し始める。
どうやら,病理技師の仕事をやりたいという気持ちが無いわけではないらしい。
そのために,ここ半年間頑張ってきたつもり。
けれども,その半年間にやってきた研究助手の楽しさも捨てがたくなっている。
いろいろな方法を覚えて,失敗しながら新しいことを見つけていく・・・
それが楽しくもあり魅力に思える。
病理技師か?研究助手か?
どーすんねん,Yさん?
現在は非常勤技術補佐員などというややこしい職種で,要はパート助手さん。
何してるかって言うと,自分の研究を手伝ってもらっている。
そして空いた時間に,細胞診スクリーナー試験合格を目指して勉強中。
吉報は突然降ったようにやってくるもんだ。
突然,近隣の病院から電話がかかってきた。
病理技師さんの常勤ポストがついたので・・・という内容。
そうか・・・いよいよ来たか・・・
待ちに待った話をすぐに伝えてあげようと,嬉々として実験中のYさんを捕まえる。
「・・・・・っということで,よかったな」と吉報を伝えるも,「はぁ~」とつれない返事のYさん。
なんだか,あまりうれしそうではない。
急な話やし,実感が湧かんのかもしれん。
そんなことよりも,目の前の実験がうまくいっていないのか・・・・・
「んっ?・・・どうした?」と聞いてみる。
すると,「ありがたいお話しだと思いますが・・・」とか「とてもうれしいんですが・・・」とか。
なんとも歯切れが悪い答えばかり返ってくる。
「半年探したけど,こんな話はそうそうないぞ」と自分。
「そうですね・・・」
「お世話になるということで,返事するぞ」
そうまとめようとすると・・・・・
「すいません・・・・・お断りして良いですか?」
「なっ・・・なんでやねん?」
・・・・・・・・
Yさんはポツリポツリとその理由を説明し始める。
どうやら,病理技師の仕事をやりたいという気持ちが無いわけではないらしい。
そのために,ここ半年間頑張ってきたつもり。
けれども,その半年間にやってきた研究助手の楽しさも捨てがたくなっている。
いろいろな方法を覚えて,失敗しながら新しいことを見つけていく・・・
それが楽しくもあり魅力に思える。
病理技師か?研究助手か?
どーすんねん,Yさん?
研究費を少し頂いているため,その発表報告会がこの時期に年一回開催される。
一年で一番プレッシャーを感じる時。
昨年に引き続いてなので,覚悟して抜かりなく準備していたことではあるが。
いちおう頑張ったものの,得られた結果はあんまりパッとせん。
仮説と違う結果が出て,どういうふうに解釈すればええんか・・・・・わからん。
なので,と~っても憂鬱ハー。
報告会会場に遅れて着くと,そこにはすでに参加者の大方が集まっている。
そんな中に,エライ先生がすでに座っている。
このエライ先生,老いたりといえどもこのような小さな研究発表の場に今でも顔を出されている。
この研究分野のことなら,何でも知っているんじゃないかという博識と。
もう数十年の間,この分野のリーダーシップを取っている経験と。
この分野の研究をしているヒトなら,大抵は震え怯えるんじゃないかという風貌と。
発表に際しては,痛い所をつくような指摘を厳しくズバッとする炯眼と。
そんなすべてを兼ね備えている先生。
なので,と~ってもヒェーこわ。
エライ先生からに限らず,発表に対してどんな質問が飛び出してくるかが分からない。
それが困るしやっかいだ。
ならば,質問されない方がええやん・・・とはならない。
一番つらいのは,しょうもない発表をして質問もなく無視されること。
だから,質問されただけまだましと思える。
この「質問されてもされなくてもイヤ」という微妙な「一体どっちやねん」状態。
こんな宙ぶらりんな気持ちからとにかく解放されたい・・・
なので,なんでもええから早くしてくれっちゅーねんフ~。
「・・・・・ということで,仮説通りに行かなくってパッとせんデータで申し訳ありません」と締めくくった自分の発表。
なんとか自分のしゃべりたいことは吐き出せた。
あとは,どうにでもなれだ。
すると,さっそくそのエライ先生から質問がある。
「あのな,シノさん・・・」「ハイ」
“うわ~,やっぱ来たか”と覚悟を決める。
「・・・予想通りの結果が必ず出るワケじゃないんであって,まぁ研究ってのはウソつかねーよ」と一言。
しびれるというか,スルドイというか,何ともカッコエエお言葉。
すぐさま「エライ先生語録」として心の中でメモしておく。
なので,緊張もどっかに吹っ飛んでへ~さすが。
っということで。
パッとせん結果をコメントで救って頂いたりして,なんとか今年のお役目終了。
今年の結果の反省を活かして,来年に向けてまた新たな実験を始めなければならぬ。
とりあえず,終わってと~ってもホッ。
一年で一番プレッシャーを感じる時。
昨年に引き続いてなので,覚悟して抜かりなく準備していたことではあるが。
いちおう頑張ったものの,得られた結果はあんまりパッとせん。
仮説と違う結果が出て,どういうふうに解釈すればええんか・・・・・わからん。
なので,と~っても憂鬱ハー。
報告会会場に遅れて着くと,そこにはすでに参加者の大方が集まっている。
そんな中に,エライ先生がすでに座っている。
このエライ先生,老いたりといえどもこのような小さな研究発表の場に今でも顔を出されている。
この研究分野のことなら,何でも知っているんじゃないかという博識と。
もう数十年の間,この分野のリーダーシップを取っている経験と。
この分野の研究をしているヒトなら,大抵は震え怯えるんじゃないかという風貌と。
発表に際しては,痛い所をつくような指摘を厳しくズバッとする炯眼と。
そんなすべてを兼ね備えている先生。
なので,と~ってもヒェーこわ。
エライ先生からに限らず,発表に対してどんな質問が飛び出してくるかが分からない。
それが困るしやっかいだ。
ならば,質問されない方がええやん・・・とはならない。
一番つらいのは,しょうもない発表をして質問もなく無視されること。
だから,質問されただけまだましと思える。
この「質問されてもされなくてもイヤ」という微妙な「一体どっちやねん」状態。
こんな宙ぶらりんな気持ちからとにかく解放されたい・・・
なので,なんでもええから早くしてくれっちゅーねんフ~。
「・・・・・ということで,仮説通りに行かなくってパッとせんデータで申し訳ありません」と締めくくった自分の発表。
なんとか自分のしゃべりたいことは吐き出せた。
あとは,どうにでもなれだ。
すると,さっそくそのエライ先生から質問がある。
「あのな,シノさん・・・」「ハイ」
“うわ~,やっぱ来たか”と覚悟を決める。
「・・・予想通りの結果が必ず出るワケじゃないんであって,まぁ研究ってのはウソつかねーよ」と一言。
しびれるというか,スルドイというか,何ともカッコエエお言葉。
すぐさま「エライ先生語録」として心の中でメモしておく。
なので,緊張もどっかに吹っ飛んでへ~さすが。
っということで。
パッとせん結果をコメントで救って頂いたりして,なんとか今年のお役目終了。
今年の結果の反省を活かして,来年に向けてまた新たな実験を始めなければならぬ。
とりあえず,終わってと~ってもホッ。
「プラシーボ」
偽薬のこと。
ホンモノの薬のように見えるが,しかしその実はブドウ糖などの無害且つ薬理作用が既知の成分で作ってある。
ここに「特効薬」と書いてあるが,実はニセモノの薬があるとする。
こんなもん飲んでも何の効果もないに決まってるやん・・・と,事情を知ってるヒトならば思う。
しかし事情が伏せてあれば,「特効薬」という文字を見たり,「こりゃあホンマに効きまっせ~」と言われたら,かなり心が動かされる。
そして,そんなニセモノを飲むことで,時にはホントに効き目が出る場合がある。
これをプラシーボ(偽薬)効果という。
つまり「効くと信じて」薬を飲むことは,科学的に説明できないような効果をもたらすことがある。
まぁそれだけ身体における「精神的影響」は大きいということだ。
トイレに「いつもきれいに使ってくれてありがとう」と書いてある貼り紙。
これってうまいな~と,いつも感心する。
別にそんなこと,いちいち気を使っちゃいないのが本音やけど。
でもそんな風に上手に言われると,「きれいに使わなきゃ」となる。
見せかけの謝辞で,ホントの公共心を引き出す。
これも広い意味で,プラシーボ効果と言えるか?
たとえば,A薬という新しい抗がん剤があったとして。
これがホントにガンに効くかどうかを調べようとしたとする。
そんなの簡単で,A薬を飲んだヒトと飲んでいないヒトを比べりゃええやんってなるかもしれん。
しかし,それでは厳密には比べることにはならない。
なぜなら「プラシーボ効果」を考えていないから。
A薬を飲んでいるヒトには,「私はガンに効く薬を飲んでいる」という暗示が加わる。
すると,思わぬプラシーボ効果が発揮され,それによってひょっとするとガンが小さくなるかもしれん。
だから厳密に比べようとすれば,A薬を飲んだヒトを「偽薬」を飲んだヒトと比べなければならぬ。
しかも,どちらを飲んでいるかは伏せることが必要。
そうすれば,プラシーボ効果(=精神的影響の差)が無視できるので,ガンに対するA薬の影響がより正確に分かることになる。
実は,昼食に「リンゴを食べて」6kg減量したことがある。
これ,ホントの話。
しかし,この言い方はかなり誤解を招く。
あたかも,「リンゴって減量に効くよ」と聞こえる。
が,これは科学的には正しくないというか言いすぎ。
なぜなら,正確な比較対照(コントロール)を置いていないから。
この場合の「リンゴを食べた」(時の体重)を比べる対照は,普段の食生活(時の体重)になる。
この「普段の食生活」と比べるっちゅーことが問題で,リンゴを食べるプラシーボ効果が考えられていない。
科学的に言えば,比較するものとその対照は限りなく同条件が好ましい。
なので,リンゴの形をしてリンゴの味がする「リンゴもどき」を食べることを比較対照にするとか,同じように「みかん」や「トマト」を食べた場合(同条件の別群)を用意したりしないと,正確に比べたことにはならない。
なので,減量に成功したのは「リンゴ」のおかげとは言い切れないことになる。
しかし,減量の場合はそんなことどーでもよくって“結果オーライ”。
プラシーボ効果があろうがなかろうが,それを上手く利用したもん勝ち。
なんせあの「あしたのジョー」の力石徹が,減量中にむしゃぶりついたのが「リンゴ」。
自分の場合,「リンゴ=力石=減量」という万有引力よりも強固な法則が成り立っている。
ぜったい効くに違いない・・・
それにカッコええし・・・
いわば,リンゴって個人的にプラシーボ効果バリバリやねん。
それに,リンゴ(に限らずフルーツ類)を食べることで空腹がある程度満たされ,摂取総カロリーが減るという点も見逃せない。
もちろん,「リンゴはそもそも体にいい」ということも青森県民のために申し添えておく。
結局,減量成功の理由なんてそれらの相和やねん,たぶん。
プラシーボも使いようだ。
それに流行りものに踊らされない方がいい。
偽薬のこと。
ホンモノの薬のように見えるが,しかしその実はブドウ糖などの無害且つ薬理作用が既知の成分で作ってある。
ここに「特効薬」と書いてあるが,実はニセモノの薬があるとする。
こんなもん飲んでも何の効果もないに決まってるやん・・・と,事情を知ってるヒトならば思う。
しかし事情が伏せてあれば,「特効薬」という文字を見たり,「こりゃあホンマに効きまっせ~」と言われたら,かなり心が動かされる。
そして,そんなニセモノを飲むことで,時にはホントに効き目が出る場合がある。
これをプラシーボ(偽薬)効果という。
つまり「効くと信じて」薬を飲むことは,科学的に説明できないような効果をもたらすことがある。
まぁそれだけ身体における「精神的影響」は大きいということだ。
トイレに「いつもきれいに使ってくれてありがとう」と書いてある貼り紙。
これってうまいな~と,いつも感心する。
別にそんなこと,いちいち気を使っちゃいないのが本音やけど。
でもそんな風に上手に言われると,「きれいに使わなきゃ」となる。
見せかけの謝辞で,ホントの公共心を引き出す。
これも広い意味で,プラシーボ効果と言えるか?
たとえば,A薬という新しい抗がん剤があったとして。
これがホントにガンに効くかどうかを調べようとしたとする。
そんなの簡単で,A薬を飲んだヒトと飲んでいないヒトを比べりゃええやんってなるかもしれん。
しかし,それでは厳密には比べることにはならない。
なぜなら「プラシーボ効果」を考えていないから。
A薬を飲んでいるヒトには,「私はガンに効く薬を飲んでいる」という暗示が加わる。
すると,思わぬプラシーボ効果が発揮され,それによってひょっとするとガンが小さくなるかもしれん。
だから厳密に比べようとすれば,A薬を飲んだヒトを「偽薬」を飲んだヒトと比べなければならぬ。
しかも,どちらを飲んでいるかは伏せることが必要。
そうすれば,プラシーボ効果(=精神的影響の差)が無視できるので,ガンに対するA薬の影響がより正確に分かることになる。
実は,昼食に「リンゴを食べて」6kg減量したことがある。
これ,ホントの話。
しかし,この言い方はかなり誤解を招く。
あたかも,「リンゴって減量に効くよ」と聞こえる。
が,これは科学的には正しくないというか言いすぎ。
なぜなら,正確な比較対照(コントロール)を置いていないから。
この場合の「リンゴを食べた」(時の体重)を比べる対照は,普段の食生活(時の体重)になる。
この「普段の食生活」と比べるっちゅーことが問題で,リンゴを食べるプラシーボ効果が考えられていない。
科学的に言えば,比較するものとその対照は限りなく同条件が好ましい。
なので,リンゴの形をしてリンゴの味がする「リンゴもどき」を食べることを比較対照にするとか,同じように「みかん」や「トマト」を食べた場合(同条件の別群)を用意したりしないと,正確に比べたことにはならない。
なので,減量に成功したのは「リンゴ」のおかげとは言い切れないことになる。
しかし,減量の場合はそんなことどーでもよくって“結果オーライ”。
プラシーボ効果があろうがなかろうが,それを上手く利用したもん勝ち。
なんせあの「あしたのジョー」の力石徹が,減量中にむしゃぶりついたのが「リンゴ」。
自分の場合,「リンゴ=力石=減量」という万有引力よりも強固な法則が成り立っている。
ぜったい効くに違いない・・・
それにカッコええし・・・
いわば,リンゴって個人的にプラシーボ効果バリバリやねん。
それに,リンゴ(に限らずフルーツ類)を食べることで空腹がある程度満たされ,摂取総カロリーが減るという点も見逃せない。
もちろん,「リンゴはそもそも体にいい」ということも青森県民のために申し添えておく。
結局,減量成功の理由なんてそれらの相和やねん,たぶん。
プラシーボも使いようだ。
それに流行りものに踊らされない方がいい。
先日に,久し振りにバス通勤した父。
バス停で待つ人の列に並んでいると,朝焼けの空が白々としてくる。
行き交うヒトをボケーっと眺めていると,なにやらちょっと居心地が悪く感じる。
何がかって,通勤途中のほとんどの男性サラリーマンは,濃い色の上下を着ている。
かたや淡いグレー系,しかもいまだ薄手生地のジャケットを着る自分。
気にすると,益々気になる。
でも・・・・・
この薄手のジャケット,回数からしてそんなに着てないし。
なので,クリーニングに出すのがもったいない。
それにジャケットを着るっていっても,普段は通勤の行き帰りの車の中だけやし。
そんなに人目を気にする必要もない。
そういえば,ちょうど来月初めに近所の紳士服屋でセールがあったっけ。
それまで待てばええか・・・・・
っということで,衣替えはしばらく延期ということにする。
頑なに半袖な長男いっ君。
もうすぐ冬って言ってもいいこの時期。
ええ加減,そんな恰好じゃ朝晩は寒いんちゃう?って思うけれど。
学校へ行くにも,どこかに出かけるにも,い~っつも半袖のポロシャツ。
風邪ひかぬかと心配する母が諭したり注意してもダメ。
朝の着替えにと母が用意してくれた長袖ではなく,わざわざ自分で半袖を選んで着るいっ君。
「なんで半袖やねん?」と聞いてみる父。
すると「急に長袖に変えるのもヘンやん」とか「まだ暑い時もあるし」と答えるいっ君。
なんだかはぐらかされたようだが,おそらく深~い理由などないハズだ。
先日に,インフルエンザの予防接種に行こうとするいっ君&母。
やはり,この時もいっ君は半袖。
しかしインフルエンザ予防接種に半袖とは,これいかに?
これって,チョコレートを舐めながら歯医者に行くようなもん?
さすがにマズイんちゃう・・・
っということで,「長袖を着ていかないと夕食なし!」との実力行使で何とか衣替えに成功する。
ことほど左様に季節感なき家庭・・・・・
バス停で待つ人の列に並んでいると,朝焼けの空が白々としてくる。
行き交うヒトをボケーっと眺めていると,なにやらちょっと居心地が悪く感じる。
何がかって,通勤途中のほとんどの男性サラリーマンは,濃い色の上下を着ている。
かたや淡いグレー系,しかもいまだ薄手生地のジャケットを着る自分。
気にすると,益々気になる。
でも・・・・・
この薄手のジャケット,回数からしてそんなに着てないし。
なので,クリーニングに出すのがもったいない。
それにジャケットを着るっていっても,普段は通勤の行き帰りの車の中だけやし。
そんなに人目を気にする必要もない。
そういえば,ちょうど来月初めに近所の紳士服屋でセールがあったっけ。
それまで待てばええか・・・・・
っということで,衣替えはしばらく延期ということにする。
頑なに半袖な長男いっ君。
もうすぐ冬って言ってもいいこの時期。
ええ加減,そんな恰好じゃ朝晩は寒いんちゃう?って思うけれど。
学校へ行くにも,どこかに出かけるにも,い~っつも半袖のポロシャツ。
風邪ひかぬかと心配する母が諭したり注意してもダメ。
朝の着替えにと母が用意してくれた長袖ではなく,わざわざ自分で半袖を選んで着るいっ君。
「なんで半袖やねん?」と聞いてみる父。
すると「急に長袖に変えるのもヘンやん」とか「まだ暑い時もあるし」と答えるいっ君。
なんだかはぐらかされたようだが,おそらく深~い理由などないハズだ。
先日に,インフルエンザの予防接種に行こうとするいっ君&母。
やはり,この時もいっ君は半袖。
しかしインフルエンザ予防接種に半袖とは,これいかに?
これって,チョコレートを舐めながら歯医者に行くようなもん?
さすがにマズイんちゃう・・・
っということで,「長袖を着ていかないと夕食なし!」との実力行使で何とか衣替えに成功する。
ことほど左様に季節感なき家庭・・・・・