『しのゼミ』 -42ページ目

『しのゼミ』

日常で出会った「気付き・笑い・学び」を綴っています

助講会という組織がある。

助教授(今は准教授と言う)と講師という身分の人達の集う会。

実際には集まって何するわけでもない。

教授会のような政治的パワーもない。

せいぜい情報交換や実務円滑化に益がある程度か?

なので,そんなに盛り上がっているとは言えないというか,はっきり言えば形骸化している。

しかし,特に大学病院においては実質的に診療・実務の大半をこなしている層とも言える。

この会の人脈は,毎日の仕事のしやすさにつながる。

なので,実務的には重要だ。



その助講会の忘年会があって参加した。

ここ数年は,忘年会はおろか毎月の定例会にも顔を出したことはない。

久し振りに気が向いて参加してみたが,出席者は30人程度。

会は総勢100名ほどと思われるので,出席率は3割程度か?

まぁこんなもんだろう。

出席者は臨床系(病院主体)の先生が大半で,基礎系(研究主体)の先生は少ない。

やはり臨床系の先生は,この会の実務的な意義を感じているのだろう。

中には,見たことも聞いたこともないヒトが居る。

同じ大学という一つ屋根の下で生活しているわけだが,皆が皆しょっちゅう顔を会わすワケではない。

あんなに狭い場所で仕事しているのに,やっぱ閉鎖的なんやと実感する。



来賓として医学部長先生も参加されている。

一番の上座で挨拶されたのもつかの間,ビール片手に一人ずつ順番にお酌をして廻っている。

「最近どうですか?」とか「あの件ではお世話になりました」とか,感謝と激励の言葉をかけている。

順番になったヒトは,正座し直してかしこまって聞いている。

こんな政治家のような役回りも,学部長の仕事ではある。

いよいよ自分の番。

「いつも病理診断,ありがとうございます」と声をかけて頂く。

「エエ加減な診断ばかりで申し訳ありません」と自分。

医学部長先生の診療領域の病理が特に苦手なのは自覚している。

それを「育てよう」として,大きな視点で見て頂いているのを感じる。

ありがたいなと感謝する。

それにしても,乾杯してほんの少しカニを食べてから,すぐにお酌の旅に出かけた学部長先生。

主の居なくなった席に次々に運ばれ続けるカニ料理が気になる。

食べられずにそのまま残っているカニ料理。

多分もう食べられないですよねとも言えんし・・・

代わりに平らげておきましょうかとも言えんし・・・



学部長先生の直後には,某外科M先生が巡回してくる。

このM先生のキャラは豪快だ。

ヒトを食ったような行きすぎたおおらかさがあるが,憎めない愛らしさもある。

学生時代に宴会隊長だったのは,皆のよく知るところだ。

そう言えば今年は,このM先生の術中迅速でミスしてしまったっけ。

「M先生,その節はすいませんでした」
「いやいや,あれな,論文にしよかて思ってんねん」
「あれは教育的ですよね」
「まぁ,その時はまた写真頼むわ」

まぁ,大事に至らずよかったか。



M先生の「両手ビール」はおもしろい。

二本のビール瓶を両手に持って,注ぎ廻っている。

コップを差し出すと,その二本のビール瓶から同時にビールが注がれる。

こんな注がれ方をされたことはないので,ちょっとおどろく。

考えてみれば,注いでまわっているのでビールがたくさん要る。

ので,できるだけ多くのビールを持っていた方が良い。

そうすれば,ビールが足りなくなって中座したりする回数が減る。

それに,自分のコップは持たないので,注がれることはない。

なので,飲まされてへべれけになってしまうこともない。

さすが宴会隊長だ。

妙に感心してしまう。



なんやかんやでM先生一派に同行し,3次会まで延々とおつき合いする。

この会をもっと盛り上げなきゃな・・・と思った次第。



近所の学習塾に通い始めたちー(長女・小4)。

この日は塾から帰宅するなり,眠い・・・と言ってソファーに直行。

ちーの帰りを待ち望んでいたみーがちょっかい出すも無視。

ちーに話しかけても,すぐに「うるさい!」と拒絶。

だいぶん機嫌が悪い。



しばらくそっとしておいたら,ちーはつかつかと母のところへ。

「お母さん・・・・・」

そう言った途端に,溜めてたらしい涙をポロリポロリとこぼし始めた。

「どうしたの?ちー」と,びっくりする母。

時節柄,いじめやら不審者やらいろんな親の心配事が増えている。

まさかうちの子に限って・・・という時代でもない。

いったいどうしたんだろう?



ヒックヒックしながら,涙の理由を話し始めるちー。

「今日さ,塾でテストあってぇ・・・」

「うん,あったねぇ」

「このテストって,学校で一度やったことあるテストって言うてたやん?」

「そうやったね」

「あたし,その学校のテストの答え,全部覚えとったけどね」

「うんうん」

「ぜったい百点取れるハズやったのに,一問だけ間違えて98点でさ」

「あらあら・・・・・」

「でも,S君(同じ学校の同級生)は百点やったらしくってね」

「そう」

「あたし,口惜しくって口惜しくって・・・ウェーーン」

「・・・たった一問やないの,ちー」



こんなちっぽけなことで泣いてるんだなぁ,子供って・・・・・

っと,父としては妙に感心して感動する。

こんな感受性なんて,今の自分は持ち合わせていない。

自分が子供の頃って,どうだったんだろう?



そう言えばとひとつ思い出したのが,幼稚園の頃の出来事。

お遊戯会の劇があって,自分の演じる役は「カラス」だった。

ほとんど内容は忘れてしまったが,どちらかと言えば「悪役」。

最後に悪い「カラス」が居なくなって,めでたしめでたし・・・で終わるような筋。

あまり格好良くない真っ黒な衣装を身につけて,みんなに追われて舞台を去るカラス。

大勢の前で退場を命ぜられる悪者。

そんな役回りが,何故かイヤでイヤでしかたなかった。

お遊戯会当日。

ズル休みをしそうな気持ちと戦って,母に連れられてなんとか出席した。

永遠に来なければいいと思っていた本番をいよいよ迎える。

劇は滞りなく進んで,クライマックスになる。

そして,自分たち「カラス」が退場を命ぜられた時・・・・・

自分は舞台上で,台詞を言うのも忘れて泣いていた。

泣きながら退場して,舞台脇でベソをかいていた。



こんなちっぽけなことで自分も泣いてたんだなぁ,そう言えば・・・・・



2~3日前からお腹が痛かったが,仕事を休むわけにはいかぬ。

よなか中お腹出して寝てたんちゃう?

気合い入れれば何とかなるか。

しかしこの日は勝手が違った。

腹痛は誤魔化せないほどにひどくなる。

しかも午後になると熱っぽくなりフシブシがだるい。

頭もガンガン痛くなってくる。

顕微鏡を覗いてもまったく集中できない。

もう限界だ・・・・・



早退して,近所で開業中の同級生ランのところへ向う。

最近,やたら流行っている「ラン・クリニック」。

流行っているのは,駐車場を見ればわかる。

クリニック前をたまに通り過ぎると,駐車場が満車状態のことが時々ある。

今頃はインフルエンザ予防接種の時期。

これからは,実際のインフルエンザや風邪の患者さんで更にごった返すだろう。

ヒトが病むのを喜ぶワケではないが,やはり友人のクリニックが流行るのはうれしい。



午後の診療開始5分前に着いたにも関わらず,クリニック待合室は3歳くらいの子連れ夫婦・風邪ひいた女子高校生・仕事を休んだ紳士・仕事帰りのおっさん・近所のおばちゃんなどで既に混み合っている。

「・・・シノさん,お入り下さい」

ようやく看護婦さんに呼ばれて,診察室に入る。

「流行っとるね」

そう言いつつ,ラン先生に目で挨拶する。

「ありがと」

と答えるラン先生は,すっかり“この街のお医者さん”風情が身に付いている。

「点滴してくれ」

「どうしたの?」

「腹痛が3日前からで,発熱が今日の午後からで7度5分ね。
腹痛は右側腹部で,蠕動運動に伴ってギューっていう感じ。
やや下痢気味で食欲まずまず。呼吸器症状なんかも無しね。
そう言えば,さっきから頭もガンガン痛いわ」

なるべくカルテに書きやすい感じで症状を伝える。

たぶん問題なのは右側大腸か回腸末端あたりだろう。

「胆嚢とかアッペやない?」とラン先生。

「腸炎やと思うけど」

「一応お腹触らせて」

「オーケー」

マクバーネイ点と呼ばれる右下腹部を押さえてもらったが痛くはない。

けっきょく診療は1分ほどで終わり,診療時間短縮に大きく貢献する。



クリニック奥の部屋は,リハビリ室になっている。

ランの専門は外科だが,腰痛・膝痛などの整形外科領域もカバーしている。

手広くやっているのも,流行っている理由の一つか?

そのリハ室の隅に,診察用ベッドが4つほど殺風景に並べてある。

カーテンで仕切られたそれらのベッドに寝っ転がって,点滴を受けるために。

風邪をこじらせた患者さんが一人,また一人と,自分と同じように点滴を受け始める。

その横では,リハの患者さんが患部に電気を当ててもらっている。

それらをサポートする看護士さん・療法士さんは,皆テキパキしていてすがすがしい。

しかし・・・・・

風邪でゴホゴホしているのを傍目に見ながら,リハビリをするのもちょっとなぁ。

リハの患者さんが,風邪を拾ってしまわないか?

まぁどこまで気を使うかは難しいけれど,何かの対策はするべきだろう。

今度,ランにレポートすることにする。



抗生剤点滴は,30分以上かけてややゆっくりと入れる。

隣の患者さんは,ものの10分も経たないうちにクークーいいながら眠っている。

時間が空いたリハ担当の療法士さん達が,世間話をし始める。

このクリニックのヘンな噂をしていないかどうか,聞き耳を立てる。

それにしても・・・・・

この部屋は誰もが手持ち無沙汰だし,ヒマだ。

なんか改善できんやろか?

そう言えば,献血する時は,DVDを見るようなサービスが椅子に付いていたっけ。

あんなもんでもあったらなぁ・・・

今度,ランに提案してみよう。



患者として来院した際に,クリニックの円滑な運営に協力しつつ,職員の風紀・意識にも目を配る。

こんな模範的な患者やけど,見方を変えればスパイ行為をするタダのワガママ患者か?



▼ アミ先生の場合

顕微鏡を覗くなり,アレって思った。

この腎癌はいつもの腎癌の細胞とは違う。

しかもこの患者さんは20歳で,腎癌になるには若すぎる。

泌尿器科の先生も,腎癌にしてはヘンだと思っているらしい。

でも,最初に病理診断した後輩のアミ先生は「通常の腎癌の範囲内」という意見。

診断してて,なにも感じなかったのか?



「こんな診断でええんか?」とアミを問いつめてみる。

すると,「ハァ・・・そうですねぇ」という気の無い答え。

どこ吹く風だ。

そもそも病理診断は,最終診断として扱われる。

自分たち病理医が「ガン」と診断したら「ガン」になる。

この背負えばズシーンとくる「重み」をアミは感じているんだろうか?

「オレがアレ?って思うような変化なら,お前のレベルでこれって絶対に普通ちゃうわ~・・・って思ってもらわんと困る!」

「そんな絶対ムリですって」

「オレの診断なんて全然ダメって思ってるようじゃないと,オレ以上にはならんぜ」

「そんな滅相もないことは,思っておりません」

・・・・・こりゃダメだ。



放っておけば一日中でも飽きずに顕微鏡を覗いているアミ先生。

かたや,顕微鏡を集中して覗くのは朝と夕のそれぞれ2時間くらいしか持たない自分。

好きこそモノの上手なれ。

アミを見てると,病理医としてかなり伸びるんじゃないか・・・と期待してしまう。

直に自分なんぞ追い抜かれてしまうかもしれん。

イヤ,そういう気持ちを持ってもらわないと困る。




▼ ランの場合

言っちゃなんだが,ランの師匠は自分だ。

同級生で開業中の外科医ラン先生。

そんな第一線で働く医師の師匠を自認するのは,医療分野なんかではなく「競馬」。

学生時代に,初体験なランを京都競馬場に連れて行った自分。

パドックの見方や連複馬券の買い方までを教えてやった。

その日の重賞レース。

自分が託したのは,軽量を背負う「ファンドリポポ」という牝馬。

うまく逃げていたが,第四コーナーを廻ったところで失速。

もう少し粘れると踏んでいたが,何ともあっけなく勝負は決まった。

まぁこんなもんだ。

同じく馬券が外れたはずのランも,隣でションボリしているだろう。

ところが・・・・・

気落ちしているはずのランが大声で叫んでいる。

「いけー・・・うりゃー・・・おー・・・○△×・・・」

何か知らんが,心の底から沸き上がってくるような興奮を覚えたらしい。

そんなこんなで「ハマッテ」しまったラン先生。

ギャンブルに夢中じゃなくって「お馬さん大好き!」なのでまだマシか・・・・・

その後には,乗馬クラブに通ったり,

北海道までちょっと「オグリキャップ」を見に行ったり,

とあるパーティーで武○騎手に握手してもらったり,

まぁよくやるわ・・・と,こちらが感心して呆れるほどの熱の入れよう。

結局,師匠をはるかに凌駕する境地にまで到達してしまった弟子。

その秘訣は「アッホみたいに好き!」。

▼始めが肝心

なんでもそうだが,始めは肝心だ。

だれもが始めは無難にこなしたい。

できればビギナーズ・ラックに恵まれて,

なんか知らんが,あれよあれよとうまくいく・・・・・

そんな「始め」を誰もが望む。

周りにも始めだというのを悟られずに終えるのがカッコイイ。

「えっ?あれ,最初やったん?」と驚かれるのも悪くはない。

しかし・・・・・

現実にはそうはうまくはいかない。

それまではうまく出来てたのが失敗したり,

想定外のことが起こったりで,

もうしどろもどろ,あたふたってなってしまう。

下手するととんだケチがついたりして,その後にもずっと引きずったりする。

まぁ始めがうまくいくかつまずくかは運次第・・・

それはそれで受け止めるしかない。



▼帰ってきたJO

同級生で某外科助教JOが,今更という感じの国内留学から帰ってきた。

突然,病理部に顔を出したJO。

「おう,シノ。帰ってきたで」

「あれ?JO・・・もう帰ってきたん?」

「ホンマに,あっという間やねん。もうちょっと居りたかったわ・・・」

たった数ヶ月の国内留学。

まぁ多方面のいろいろな状況が許す範囲内というか,諸事情を鑑みて,こういう結末になったらしいが・・・

とにかくこの留学,短期でもよかった・・・と考えるしかない。



▼自分の術中迅速の場合は・・・

振り返えれば,自分が経験した最初の術中迅速は,「胆管ガン断端」だった。

この「胆管断端」っちゅーのは実はクセモノ。

ベテランでも手こずることがある。

それが初っぱなに当たる・・・・・・

これっていったい,どうゆうことやねん?

もうそれこそビビるのを通り越して,

この身の不幸を嘆きつつ,

呪いの言葉を吐き続け,

でもやるしかない・・・

そんなもうやけくそな気持ちだけで,辛うじて逃げ出さずにいた。

っで,結局提出された術中迅速検体がどうだったか?

・・・それは,もう忘れてしまっている。



▼JOの復帰第一戦

復帰したJOが最初に執刀した手術。

病理学的にはけっこう「ワルい」腫瘍に対する全摘術。

それなりに準備をして,それなりに注意をして望んだんだろうが・・・

その病理結果は,断端陽性。

手術して摘出した検体の端っこに,腫瘍が顔を出している。

多分,完全には取り切れていないだろう・・・・・

こりゃいかんということで,すぐにJOを呼び出す。

すっ飛んできたJOに,断端陽性の部分を顕微鏡を覗きながら説明してやる。

「・・・ここの断端に腫瘍細胞があるやん?」

「ちょっと待て,シノ。どれやねん?」

「これこれ,この細胞」

「んーー・・・・・ここの断端は○○があって,実際には大丈夫やと思うけど・・・」

「それに,ここも危ないよ」

「んーー・・・・・そこには△△があって,温存したんやねん・・・」

「とにかく,病理学的には断端陽性とせなアカンねん・・・悪いな」

「んーー・・・・・断端陽性か・・・こんなことってそうないよな」

「一年に一度あるかないかくらいかなぁ・・・」

「なんでよりによって・・・・・・」

「まぁ,相手(=腫瘍の種類)が悪いねん」

納得がどーしてもいかんJOの気持ちがひしひしと伝わってくる。

自信を持って挑んだ復帰後最初の手術に「ダメ出し」。

しょーがないとこれを受け入れて,次なる最善の手を考えていくしかない。

それは誰もがわかっているんだが・・・

その受け入れにはやっぱ誰もが時間がかかる。