▼ アミ先生の場合
顕微鏡を覗くなり,アレって思った。
この腎癌はいつもの腎癌の細胞とは違う。
しかもこの患者さんは20歳で,腎癌になるには若すぎる。
泌尿器科の先生も,腎癌にしてはヘンだと思っているらしい。
でも,最初に病理診断した後輩のアミ先生は「通常の腎癌の範囲内」という意見。
診断してて,なにも感じなかったのか?
「こんな診断でええんか?」とアミを問いつめてみる。
すると,「ハァ・・・そうですねぇ」という気の無い答え。
どこ吹く風だ。
そもそも病理診断は,最終診断として扱われる。
自分たち病理医が「ガン」と診断したら「ガン」になる。
この背負えばズシーンとくる「重み」をアミは感じているんだろうか?
「オレがアレ?って思うような変化なら,お前のレベルでこれって絶対に普通ちゃうわ~・・・って思ってもらわんと困る!」
「そんな絶対ムリですって」
「オレの診断なんて全然ダメって思ってるようじゃないと,オレ以上にはならんぜ」
「そんな滅相もないことは,思っておりません」
・・・・・こりゃダメだ。
放っておけば一日中でも飽きずに顕微鏡を覗いているアミ先生。
かたや,顕微鏡を集中して覗くのは朝と夕のそれぞれ2時間くらいしか持たない自分。
好きこそモノの上手なれ。
アミを見てると,病理医としてかなり伸びるんじゃないか・・・と期待してしまう。
直に自分なんぞ追い抜かれてしまうかもしれん。
イヤ,そういう気持ちを持ってもらわないと困る。
▼ ランの場合
言っちゃなんだが,ランの師匠は自分だ。
同級生で開業中の外科医ラン先生。
そんな第一線で働く医師の師匠を自認するのは,医療分野なんかではなく「競馬」。
学生時代に,初体験なランを京都競馬場に連れて行った自分。
パドックの見方や連複馬券の買い方までを教えてやった。
その日の重賞レース。
自分が託したのは,軽量を背負う「ファンドリポポ」という牝馬。
うまく逃げていたが,第四コーナーを廻ったところで失速。
もう少し粘れると踏んでいたが,何ともあっけなく勝負は決まった。
まぁこんなもんだ。
同じく馬券が外れたはずのランも,隣でションボリしているだろう。
ところが・・・・・
気落ちしているはずのランが大声で叫んでいる。
「いけー・・・うりゃー・・・おー・・・○△×・・・」
何か知らんが,心の底から沸き上がってくるような興奮を覚えたらしい。
そんなこんなで「ハマッテ」しまったラン先生。
ギャンブルに夢中じゃなくって「お馬さん大好き!」なのでまだマシか・・・・・
その後には,乗馬クラブに通ったり,
北海道までちょっと「オグリキャップ」を見に行ったり,
とあるパーティーで武○騎手に握手してもらったり,
まぁよくやるわ・・・と,こちらが感心して呆れるほどの熱の入れよう。
結局,師匠をはるかに凌駕する境地にまで到達してしまった弟子。
その秘訣は「アッホみたいに好き!」。