シングルママと不登校児のまいにち -25ページ目

思いがけず

夕方、R君ママから携帯に電話が入りました。 なんだろう?と思って出ると、「今、M君がうちに遊びに来ているんだけど、うちの子がこれから放課後登校するので一緒に連れて行ってもいいかなぁ? 本人に聞いたら『お母さんがいいって言ったら行く』って言うんだけど...」とのこと。


R君と一緒に放課後登校! それを聞いた私は、一瞬慌ててしまいました。


私としては、今学期は登校刺激をするつもりは全くなかったし、今ここで学校に連れて行くことがいいことかどうか判断がつかず、急に言われて、「え、どどどどどうしよう!?」みたいな。


でも、R君ママがせっかく一緒にと言ってくれてるのに無下に断るのもどうか?


ほとんどパニックになって「あ、ああ~、そう、そうね、う、うん。いいよ。」などとしどろもどろに答えていたら、ともかく息子と換わってもらうことに。


息子:もしもし。

私:もしもし、R君のママが学校に連れて行ってくれるって?

息子:うん。そうすると、出席になるんだって。

私:あ、そうなの。出席したことになるんだ。

息子:行ってもいい?

私:あ、うん。Mに任せるよー。

息子:じゃあ行って来るね!

私:分かった。じゃあね。


なんか、友達の家に遊びにでも行くような調子で「じゃあ行ってくるね!」と言われてしまい、こっちが「へ?」って感じでした。 R君と一緒なので物見湯山なのか? まあ全然抵抗なさそうだったので良いかと思い、R君ママに連れて行ってもらうことになりました。


夜になって「学校で何したの?」と聞いてもなーんも答えてくれないのでR君ママに電話して聞いてみたら、教室に入って担任の先生とたまごっちの話なんかをしていたらしい(^^;


実は私は9月になったら新学期でもあるし、息子の好きな運動会はあるしなので、軽く登校刺激を与えてみようかと思っていたのです。 ちょっと前に軽い調子で「新学期から学校行ってみたら?」と聞いたら、「ああ、そりゃいいね。」などと笑顔で言ったり、自分から学校の話題を出して来たりしてたので、そろそろ行ってもいいかな~くらいの気持ちはあるんではないか?と思ったからなのです。


今日久しぶりに(誰もいない)教室に入って、ちょっと学校の雰囲気を思い出したでしょうか。 帰って来てもいたって普通なので良かったのか悪かったのかも分からないけれど。


R君は先週くらいから夕方6時以降に毎日放課後登校を続けているとのことでした。 教室に行って、翌日の時間割を写して帰って来るんですって。 毎日続けていたらだんだん学校に行く抵抗感が薄れて来たらしいです。


夜、私がベッドの上に寝転んで「親業」を読み返していたら息子が「親業って何?」と聞いてきました。


私:うーん、親という仕事のことかな。

息子:何が書いてあるの?

私:ええと、いい親になるにはどうしたらいいかってことが書いてあるんだよ。

  適当にやっててもいい親にはなれないらしいんだよね。

息子:へえー、...でもお母さんはいい親じゃん

私:えっ、そんなこと言われたらお母さん嬉しくて泣いちゃうよ。

  でももっといい親になりたいんだ、お母さん。


息子にいい親だなんて言われて嬉しかったです。 私のどこをどういうふうに評価していい親だと言ったのか知らないけど...


「親業」はとてもいい本です。 詳細はまた後日。

相談センター2回目

先週、相談センターから電話があり、家庭訪問を担当する相談員が決まったので紹介したいとのこと。 それで、今日また相談センターに行って来ました。 お子さんもご一緒に、ということだったんですが、今回は連れて行くのをやめました。 その新しい相談員がまたこないだと同じような人で同じことの繰り返しだったらまったく意味無いし。


結果、連れて行かなくて正解だったと思います。 家庭訪問担当のSさんはとても感じのいい女性で話しやすかったけれど、やっぱり子供と一緒だったら私は何も話す気が起きなかったと思う。 それにしても最初から担当してくれている相談員のTさんとは子供がいなくてもどうもちゃんと話をする気になれない...何故だろう?? 別に普通にいい人だと思うんだけど。 うまく説明出来ないけれど、まったく話がかみ合わない気がしてしまう。


いつも、質問したことと違う答えが返って来るというか。 違うといっても全く明後日の方向ではなくて、こっちがどうでもいいと思う話がいっぱいちりばめられててすごくあやふやなので、いつもじゃあ結論は何なのか、そのあやふやな話から想像しなくてはいけない感じ。


最初に、前回相談センターに来たことを担任の先生に話したかと聞かれたので、話したことと、「診断」云々の話が食い違ってておかしいね?っていったこと、先生がどういう経緯で私に相談センターを紹介したか、(研究会でのこと)などを話したのですが、そこで何故か「こちらでも担任の先生が研究会に出席されているかどうか確認してなくて申し訳なかった」とか、どうでもいい話が出てきて「はぁ」と聞いているといつのまにか話が終わっていて、結局、やっぱり診断とかはしないっていう話らしいと想像する(察する)といった具合なのです。


しかし、そんな話をしたあとにですよ、


8月中に、一度子供に心理テストのようなものを受けて欲しいとのこと。 1時間くらいかかるテストで、それでどういったことが苦手だとかいうことが分かるし、今後どうしていったらいいかという判断基準になるとのこと。


だから、それがこないだから言ってる診断するってことなんですけど!!!


なんかもー、ほんとー疲れる...


家庭訪問担当のSさんはしっかりしていてやさしい感じで、話していて楽でした。 気が付いたら話が弾んで談笑してました。 子供が昼間何をしているかという話になって私が「こないだなんて急に『おかあさん、ヨガをやるときれいになるらしいよ』とか言い出すんですよ。おばさん系のテレビ見てるみたいなんですよぉ。」と笑いながら言ったら、「もしかしてワイドショー?急にヨガなんて言い出されたらびっくりしますよねぇ。(笑)」って具合です。 私とSさんが話している間、Tさんは紙にいろいろメモしていました。 昼間ワイドショーを見ているとか書いてたのかな?(笑)


Sさんは来週から毎週家庭訪問に来て息子と遊んでくれることになりました。


それは良いのですが、今後月に1回、私が相談センターへ足を運んで息子の様子を話さないといけないそうです。 月に1回、Tさんと話すのか... 不毛な気がする。


あまり関係ないかと思ったけど、適応指導教室についても少し聞いてみました。 中学生は毎日、小学生は週に2日通って来るそうです。 私が前回Tさんから聞いた週に1回とかいうのは適応指導教室じゃなくて、なんかそれの前段階のようなもの?なんですかね。 うちの場合はまだ不登校期間が短いし、適応指導教室を考えるよりも学校に戻すことを考えた方がいいんではないかということでした。 そう聞くと、相当どうしようもなくなった子だけが適応指導教室に通うのか?と思ってしまいそうですが、そういうわけではないそうです。 そういうわけじゃなくてどういうわけなんですか?とか、どこにその判断基準があるんですか?とか、それ以上質問してもちゃんとした答えが返って来そうな気がしなかったので質問打ち切り。


来週のSさんの家庭訪問はちょっと楽しみです。 (私は仕事に行ってて会えない予定ですが)

登校班にトラブル!?

おとといの夕方、お向かいのマンションにお住まいでうちと登校班が一緒のA子ちゃんとそのママが我が家を訪ねて来た。 A子ちゃんは娘と同学年で、A子ちゃんの妹は息子と同学年なので毎年必ずどちらかのクラスでA子ちゃんママと私は顔を合わせて「今年は上が同じクラスだね!」とか「今年は下だね!」ってことになる。(各学年3クラスしかないんで、かなり高確率で出会うんです)


A子ちゃんママは冗談好きで年中人の笑いを取っている面白い人。 そのA子ちゃんママが深刻な顔をしているので何かと思えば、登校班でトラブルがあったというのである。 「え?」と思って聞いてみると、なんでもA子ちゃんのマンションに越して来た子ども(3年生と1年生の兄弟)がやんちゃ坊主で、道路に飛び出そうとしたり、アリを踏み潰して殺したりするので班長であるA子ちゃんが注意をしたら、やんちゃ兄弟のお母さんが子どもがA子ちゃんにいじめられていると勘違いして「うちの子をいじめないでください。」と家に苦情を言って来たというのである。


しかもそのお母さんは学校にも苦情を言ったらしく、A子ちゃんは先生にも「登校班で下級生をぶったり蹴ったりする人がいるらしいが、そういうことはしないように。」と注意されたらしい。


うーーーーん...


私はやんちゃ兄弟のこともそのお母さんのことも全く知らないので実際どうしたもんだかって感じである。 ともかくどんな人だか分からないので今後その兄弟に注意をしたりはしないほうがいいねってことと、苦情を言ってこられたのだから数日間だけでも朝親が外に出て班の監督をしようかってことになった。 本当はその兄弟のお母さん自身が外へ出て来てくれるといいなと思う。 そしたらそこで近所付き合いが始まって、お互いが知り合えばたいしたことでなくなるかもしれない。 

「子どもを学校復帰させる方法」

「ガイドブック 子どもを学校復帰させる方法」 河合伊六 ナカニシヤ出版


心理学の行動理論、認知理論に基づいて学校復帰を支援する方法について述べられている。 具体的な方法としては、段階的に目標を定めて「困った状態」を直していく。 例えば昼夜逆転している子に対して「朝11時に起きる」など出来そうな目標を与えて、出来たらご褒美(ゲームをする時間を長くして良いだとか)を与える。 これを繰り返すことで徐々に学校に行けるようにするのである。


なんだかばかばかしくなってしまうような方法だが、実際にイギリスで行われた実験ではこの方法による登校支援が群を抜いて成功率が高かったそうだ。


「学校復帰させる方法」というタイトルなので具体的な方法が載っているのかと思いきや、具体的だったのはA君という中学生が昼夜逆転を直すところまでで、その後は「元気の泉」という登校支援施設に通って高校から復帰したとしか書いていない。 この本を読む限りでは結局その「元気の泉」とやらにお世話になるしかなさそうである。


そういう施設に頼らずに学校復帰させる具体的な方法については全く書かれていないし、またそういう施設に携わる人が読むにしてもそこでどんな支援が行われているか書かれていないので誰をターゲットにした本なのだろう?という疑問が残った。


1ヶ所、この本の著者とは別の人の実践事例として「かばん登校」というのが挙げられていた。 母親が子どもの代わりに毎日登校してその子の席にかばんだけ置いて帰るというのである。 著者はこの方法を素晴らしいと書いているが、私はひっくり返りそうになった。 私が子どもの立場だったら恥ずかしくて死にそうな気持ちになると思うのだが。 そんなのが本当に役立つのだろうか? 


この本に書かれている中でその通りだと思ったのは「登校しないという行動」と「人間としての価値」ははっきり区別すべきという項目だ。 不登校は恥ずかしいとか罪悪感を持つとちょっとしたことで癇癪を起こしたり暴力に訴えたりしがちになるという。 私もその通りだと思う。 登校を渋り始めの頃は親は子どもに「学校は行かなくてはいけないものだ」というのを教えるために外に出てはいけないとか、ゲームをさせないなどの罰を与えたりしがちだがそれは逆効果な気がする。 不登校の子に必要なのは自尊感情ではないか。 自分を肯定する力が必要な時に罪悪感を持たせたり、自分はダメな人間なんだと思わせるようなことは避けなければならないと思う。


*****


現在、「子どもは本心では学校に行きたいと思っている」「子どもは学校に戻すべき」というスタンスの本を選んで読んでいます。 あと一冊「上手な登校刺激の与え方」を読んでから、不登校を肯定的に捉えている人の本を読んでみるつもりです。 そして一旦自分の考えをまとめてみたいです。 それとは別に今「親業」という本を手に取ったところです。 この本前置きが長くてまだ本論に入ってないんです(^^; そろそろ夏らしく普通の小説を読みたいです(笑) 何か他にこれははずすなという本があったら教えてもらえると嬉しいです。 

お兄さんみたいなT君

月曜日の家庭訪問の日、夕方家に戻るとT君とH君(最近T君とつるんでよく来る子)が家に遊びに来ていました。 私が玄関に入って「ただいま~」と言うとちょうどT君がそこにいて、「今日一緒に宿題やった!」「プリント沢山やったよ!」と言うではありませんか。 思わず、「ええっ、プリントを沢山やったの?すごいじゃない!」 と喜んでいうと、「オレ、折れ線グラフの書き方とか教えてやった!」 だって(笑) な、なんかT君、お兄ちゃんみたいだなぁ! おばさん嬉しいよ、ありがとう!! それにしても、これはきっとH先生の差し金に違いない。 またそうやって見えないところで先生が考えて動いてくれているかと思うと嬉しくなってしまいます。 


夜、家庭訪問に来た先生に、「先生の差し金でしょう。」と言うと、笑いながら、「ええ、下校時にT君がいて、今日はM君のとこへ行くというので、これを持って行って一緒にやれー。と指令を出しておきました。」とのこと。 そこで少しT君のことやH君のことを話しました。 


先生によるとT君は学校でもしっかり者でみんなに気を配ることが出来る子なのでちょっと頑張りすぎてるなと思うところがあるということでした。 私はT君はガキ大将タイプと思っていたので、気配りが出来る子だというのは少し意外な感じがしたのですが、そうなのか、T君学校にいる時は学校にいる時で頑張っているんだなぁと見直しました。 H君はT君と違ってシャイな子の印象だったのですが、学校でははじけていて、H君の場合は一緒に宿題をやれと言っても遊んじゃうタイプだそうです。 ふうーん、みんなそれぞれだなぁと思いました。 先生も先生で、放課後の子供たちの姿を知らないと言うので家に来る時はT君はこうで、H君はこうですよーなどという話もしました。 よそのおばさんによるよその子家庭訪問(笑) もちろん二人とも誉めておきましたよ。


その日は先生とも一緒にしっかり勉強したようでした。 T君マジックか!?と思った一日でした。 ま、これを何度もやったら嫌がるでしょうけどね。


私の夏休みは...

みなさん夏休みの計画は立ってますか?


私は今年はめずらしく、着々と計画を練っていました。


その計画とは、子供を連れて桜島(親戚あり)に行こうと思っていたのですよ。 行きはフェリーで川崎から宮崎まで行って、宮崎のきれいな海で海水浴もしようとか考えていたのです。 何故フェリーかというと、私が小学生の時やっぱり宮崎~川崎間のフェリーに乗ってすごく楽しかった思い出があるから。 


今になってみればたいしたことないんでしょうが、当時新しかったその船はプール付きのホテルみたいで、子供には豪華客船のように見えたのですよ。 ホテルみたいな船。 かっこいい船長さんみたいな制服を来た女性乗務員。 そして一番印象に残っているのは、船の甲板から見たイルカの群れやトビウオの群れ。 トビウオというのは当時私は「飛ぶっていったって50センチとかそれくらいでしょ」と勝手に思っていたのですが、どうしてどうして、40メートルくらい飛ぶんですから驚きです。 それも群れになって一斉に扇状にぱーっと広がるように飛ぶのです。 あれは本当にびっくりしました。 そんな思い出のある航路にもう一度乗ってみたかったのです。 なんのことはない母親の思い出ツアーです(^^;


そして桜島では海釣りをしようと、たいした魚は釣れないのですが、思っていたんです。 これも私の思い出ツアーなのですが、子供の頃夏休みになるとおばあちゃんが桜島の叔父さんの家に連れて行ってくれて、毎日二人で海辺に出て釣りをしたのです。


ところがですよ、 昨日の打ち合わせで、某メーカー社員さんが、「今作成中のソフトを8月1日にリリースするって本部長の前で宣言しちゃいましたから。」 だって。 「まあ全部の機能をリリースするのは無理だから第2弾リリースは8月15日ね。」だって!! 要するに、私は夏休みを取りたいだなどということは全く言い出せない状況になったということです(涙)  冗談じゃありませんよ、誰のせいでこんなにリリースが遅れたと思ってんじゃー。おまえじゃー。 勝手にリリース日を発表してくんなー。


打ち合わせから帰る道々、「いや、そうだとしても何とかして海水浴シーズンの終わる前に夏休みを取れないものか」といろいろ頭をめぐらせましたが、む、無理そう。 なんで今年に限って8月締め切りの仕事なんてあるんですかねぇ。 子供が二人とも小学生の夏休みは今年が最後だというのに...あ~あ~。

「親の学校6分の1」

引き続き吉岡康雄さんの本です。


この人の子育て論をじっくり読んでみたいと思って読んだのですが、...


うーん、納得出来る部分もあり、納得出来ない部分もありでした。


この本に書かれている母親のあるべき姿というのは、簡単に言ってしまうと「子どものことに口を出さず、夫を大事にし、家事をきちんとし、いつもニコニコ」と、こういうことだと思います。 これは納得出来るのですよ。 女としては「バカにしてんの?」と言いたくなっちゃう気もしますが(^^;、要するに家事以外のことは何も分からないお母さんでいいのだってことですね。 知っていても知らないふり、助言したり指導したりといったことは一切しないで良いのだと。 子どもは親が教えなくとも、親の背中を見て学び、社会で学ぶのだから。


例えば夕べ、我が家ではまた娘と息子が二人してどっちが先にお風呂に入るかでケンカを始めました。 もう私はイライラしてしまってつい「一緒に入ればいいでしょう!」と言ってしまったんですが、これが言っちゃいけない典型例ですよ。 親が「こうしたら」と提案したり助言したり「~しなさい」と指導してはいけないのだそうです。 子ども自身に考えさせるクセを身に付けさせなくては。 そういった意味では私は言っちゃいけないシリーズをやっぱり日々言ってしまっていたんだなぁとつくづく思いました。 こういうのを過保護過干渉というのだそうです。


ただね、人生における重大な局面においてはやっぱり助言もしたいと思うのですよ。 自分がしたのと同じ失敗を繰り返さないように、私はこうだったけど、こうした方がいいと思うよって言いたいのですが、そういうのもダメなんでしょうかね...??


この本の最初の方で、なるほどなぁと思ったのは、母親は子供を誉めたり叱ったりせずに、その行動が「嬉しい」か「悲しい」かで判断し、正直な気持ちを伝えなさいというところです。 例えば、テレビばかり見ている子供を叱るのではなく「そんなにテレビばっかり見ていると勉強時間がなくなるのではないかとお母さん心配よ。」とか、テストでいい点数を取った子供に「よく出来たね」と誉めるのではなく、「あーら80点、お母さん嬉しいわ。」と言うのです。 叱られてばかりだと「また言ってる」になって効果が薄れるし、誉められるのも小さいうちは嬉しいけれど子供が大きくなってくると「べつに」となってしまいます。 しかし母親の嬉しい気持ちを伝えれば子供はもっと母親を喜ばせてやろうと思うし、悲しい気持ちを伝えれば、そういうことはしないようにしようと思うのだそうです。 


そうかそうかと思って早速実行してみたのですが、実際にやってみると「嬉しい」「悲しい」という言葉がなかなか自然に出て来ないのですよ。 現実には普段私は「あーら80点、お母さん嬉しいわ。」なんていう言葉遣いはしないので、ちょっとアレンジしたいのですが、子供が持ち帰ったテストを見て「お母さん嬉しいよ!」というのはな~んか違う気がして、結局「すごいじゃない!」になっちゃうんですよね。 娘の場合誉めどころが漢字のテストくらいしかないので(^^; 漢字テスト90点は大げさに誉めてやりたかったんですが。 「嬉しい」以外に嬉しさを表す言葉ってないんでしょうか...


それから、私がちょっとそれはどうかと思ったのは「お手伝いはさせない」という項目です。 著者は「お手伝いより勉強をして欲しいと思っているのが母親の本音ではないでしょうか。」と書いていますが、私はそうかなぁ?と思います。 私自身は、勉強が出来ても自分の身の回りの世話が出来ない人を尊敬する気になれないので、子ども達には勉強よりも最低限の家事が出来るようになって欲しいです。 よく家に帰るとそのへんに靴下を脱ぎ散らかす男性がいるらしいですが、それって大人としてどうなの?と思います。 そのへんに脱ぎ散らかしていてもママが片付けてくれてたから、お嫁さんもそうしてくれるのが当たり前と思っているのかな? そういうのって子どもの頃からお手伝いをしたことが無い人ではないかと思うのですが、どうでしょう。 お手伝いをしたことがないので家事をする人の大変さを思いやることが出来ないのではないかなと思うのですが。


他にもいろいろなことが書かれていました。 とても納得出来るものもあれば、それは分かったけど、だからどうすればいいのか?と質問したくなるようなこともありました。 この手の本は、自分に合う部分だけをいただくことにしたいと思います。 

相談センター

市の相談センターというところに子供を連れて行って来ました。 相談日というのがあるらしく、事前に予約を入れて今日行ったのですが... お子さんも一緒の方がいいということで一緒に連れて行ったのですが...


結果から言うと「ハテナ??」だらけで、いったいどんな場所なのか全く分からなかったんですよ...しくしく。


まずもって、私が勘違いしていたのは、相談センターというのは(市のホームページの説明を見ると)いろいろな青少年の問題などの相談に乗る場所であると同時に学校にうまく適応出来ない子供達の居場所のような役割をしているところで、つまりそこに行くと子供達が常に何人かいてお兄さんお姉さんと遊んでいたりするのかなと思っていたのです。 しかし、行ったら子供は誰もいなくて、おもちゃがいっぱいあるけれど、びっちり片付けられたプレイルーム(8畳くらいか?)が二つあり、どちらもシーンとしていました。 


あれ、今日はまだ誰もいないのかな?なんて思いながら事務室の受付に行くと職員さんが10人くらいいて、その中の一人の若い男性が今日担当してくれる人らしく、その人と一緒に面接室に行きました。


面接室で、まず受付の用紙に氏名、住所などを書いていざ本題なのですが、その本題(ここでこの人と何を話せば良いのか?)が何なのかがまずぼやけていて分かりませんでした。 私としては受付の電話の時に、担任の先生から子供が心理的に何を苦手としているかなど、今後のアプローチの参考になるような診断を専門家にしてもらってはどうかと提案されたことなどを話して今回の相談日を予約したので、その話と、また相談センターというのがどういう場所なのかが知りたかったのです。


しかし、その受付の電話での話しは全く担当の人には伝えられていない様子で、普通の相談のような形で最初は今の子供の様子とかこれまでどうだったかという質問がありました。 話の道筋でそういう話をするのは当たり前なのですが、子供のことを話すのだとしたら何故、子供と同席しているのでしょうか? それと、その担当の人がどういう立場の人なのかが分からないのです。 本当に子供の心理に詳しい人なのか(だったら子供と同席の相談って何なのか謎だけど)、それとも単なる市の職員でたまたまそこに配属されてる人なのか? ここで何をどれくらい話して良いのかも分かりません。 どっちにしろ子供と一緒では本気で相談する気になれませんでしたが。


私がおおまかな状況を話すと、その担当の人は今度は子供に質問の矛先を向けました。 好きな科目とか、キライな科目はある?とか、好きなゲームは何?とか。 そして「学校に行けたら行きたいなという気持ちはある?」と聞いたのです。 あのぉ、それってすごく重要な質問なんですけど、そんなこと来た早々軽々しく聞くからには何かちゃんと意味があって聞いてるんですか? と言いたくなりました。


どうも要領を得ないので、もう一度担任の先生とした話を繰り返したのですが、その担当の人は「うちではそういうことはやっていませんよ。 子供を診断出来るような職員はいません。 お医者さんが2ヶ月に一度来ますが、それも身体に不調のある子のサポートをするためです。」 と言うのです。 なんだそうなんだ。 それじゃあ担任の先生の勘違いか誰かの勘違いかな? そもそも私は診断されたいなんて思っていないのでまあそれは特に何とも思いませんでした。


ともかく相談センターというのがどういうところか知りたいと思い、今度はこちらから質問をしたのですが、どうもなんかよく分からないのです。 「今日はお子さんが誰もいないようですけど、いつもこんななのですか?」と聞くと、「今日は臨時の職員がいない日で、職員が少ない日は子供もあまり来ないのです。」←この説明で何だか分かりますか? 臨時の職員って何? あまり来ないって、少しは来る子もいるってこと?


この時も私はまだ勘違いをしていて、適応指導教室というのは子供が毎日でも通えるところと思っていたのですが、よくよく聞いていると、どうも子供は週に一度、一回50分だけ来て帰るのだと言うのです。 週に一度50分ここへ来て遊んで帰るそうなのですが、いったいそれが何になるのか? センターとしてはその50分をどのように捉えて(例えば人と接するのが苦手な子が遊びながら人付き合いに慣れるためだとか)どういう取り組みを行っているのかなどの説明も何もしてくれませんでした。 「1回50分なのですか?」と聞くと「そうなんです。」という答え方です(^^; 聞かれたことにだけ答えないで欲しいー。


1回50分というからには、きっと子供が来る曜日と時間はあらかじめ決められてるんだろうなと思いましたが、どういうふうに決められているのかも、もう聞きませんでした。


「もし、子供が学校に行きたいと言った場合、登校支援のようなこともしてくれるのでしょうか?」と聞いたら、「ええしますよ。学校に一緒に行くとか。」と言うのですが、そのあと「勤務時間があるので、朝一緒に行くのは無理ですが。」だって。 朝一緒に行かないでいつ行くというのか(笑)

※あとでこの話を担任の先生にしたら、「なにー! オレなんて勤務時間なんてものはないんだぞー。」と泣いていました。 すみません、うちの息子がその原因の一端を担っています(笑)


他に行事なども行っているとちらっと言っていましたが、その行事って例えばどんなことなのかとか、こちらから質問しないと何も言ってくれないのでこっちも何も知らないで来ているのに何を質問していいのか分からず、要領の得ない会話に無駄に時間が過ぎて行きました。 息子は飽きてきちゃうし、っていうか母親と知らないおじさんが自分のことで何やら話しているの聞いているのなんて嫌でしょう。 他の子供がいないんじゃどんな様子だかも分からないし、こんなだったら今日は私一人で来れば良かったと思いました。 ずっとおじさんと面接で、初対面の人にいろいろ聞かれて、こんなところ二度と来たくないって思っただろうな。


ひとつだけ、相談センターに通って来れない子供のために、センターのお兄さんが家庭訪問に来てくれて一緒にゲームをしたりして遊んでくれるサービスがあるというので、それは良いなと思いました。 母親が不在でも来てくれるというのです。 どうせ日中ヒマにしているのだから遊び相手してくれる人が来てくれたら嬉しいだろうし、なんにせよ孤立しがちな家庭に外部の人が来てくれるのはいいことだと思ったのです。 それでそのサービスはぜひ利用させてもらおうと思いました。 それについてはどうするか後日連絡をくれるとのことでした。


最後に、ここには今何人くらいのお子さんが来ているんですか?と質問しましたら、「市内には小中合わせて学校に行き渋っている子が300人いるんですよ。そのうち100人がこちらに来ています。中学生の方がやや多いですかねぇ。」ということでした。 300人という数にも驚きますが、確か3学期にお会いしたスクールカウンセラーの先生は小学生は市内で3人相談センターに通ってると教えてくれたんですが... 小中合わせて100人で中学生がやや多いって??何かどうも話がよく分かりません。


そして、相談センターに通ってくる子は全員、何らかの形で学校に戻っていると言うのですが。 これも後になって考えてみると非常にあやしいです。 だって、週に1回来てゲームや卓球を50分やって帰るだけで学校に戻って行くなんて、不登校ってそんな簡単なものじゃないでしょう。 そんなのだけで学校に戻れるなら、もっと不登校の人数減ってるんじゃないの? もう、何が何やらさっぱり...。


今日はたまたま担任の先生の家庭訪問の日だったので早速相談センターに行ったことと、「診断」ということはやっていないと言われたことを先生に報告すると先生は「はぁ?? だって僕に相談センターでの診断をすすめたのは相談センターの人ですよ??」と、思い切り首をかしげてました。


もしかして私は全然違う場所に相談に行ってしまったのかと思って思い返してみたのですが、担任の先生に渡された電話番号に電話したし、その電話で教えられた場所に行ったし、市の相談センターという場所は他にありません。


そういうわけで、まったく、なにやらさーっぱり分からない日だったんですよ。

きょうだいげんか

夕べ、娘と息子がけんかしました。 ケンカはしょっちゅうだけど、夕べは長かった。


「ばか」「おまえなんか出て行け!」「おまえこそ出ていけ!」「こっちの部屋入って来んな!」といった口ゲンカを延々と40分くらい続けてました。


よく同じやりとりを40分も続けられるもんだ。


ついさっきまで仲良くトランプの「スピード」をやっていたハズだったんですが...?

弟が負けそうになったのでズルをしたのが原因らしい。


私はケンカを近くで見ているとイライラしてつい口を出してしまうので寝室に逃げ込んで図書館で借りたマンガ(「ブラックジャック」久しぶりに読んだらやっぱり面白い!)を読んで知らんフリをしていました。


時々、ガラスの引き戸を蹴飛ばす音などもしてきます。


おいおい、ガラスを割るのはやめてくれ~。 っていうかその無駄な言い争い、いつまで続けるんですか?


そのうち娘が「おまえなんか、学校に行ってないくせに!おまえなんか、勉強みんなから遅れてるくせに!」と言い出した。 「ふん、そーだよ。それがどーした!」と言い返す息子。 


一瞬ドキっとしたけど、そのまままた無為な口ゲンカは最初に戻って「おまえ出て行け!」が延々と続きました。


寝る時間になって、娘が「お母さんどうしてケンカしてるのに何も言わないの?」と聞いて来た。 「お母さんは子供のケンカには口出ししないよ。 子供どうしで解決しなっていつも言ってるでしょう?」 「ケンカはねぇ、どちらが始めても、どっちも悪いんだよ。 お母さんがどちらか片方の味方したら、もう片方はどう思う? たとえ自分が悪くても、なんだこんちくしょうっていう気持ちをずーっと持ち続けるでしょう?」というような話をした。 息子はこういう話をする時は神妙にだまって聞いているが、娘はあーだこーだ言ってなかなか納得しない。 というか、話を理解してくれない。 なんで分かってくれないのかとまたイライラしてしまったりする。


ケンカも、実のところどうしてあんなに続けられるのか私には理解出来ない。 ちょっとくらい相手に譲るということが何故出来ないのか?と思う。


私は、これも特殊なのかもしれないけど、妹や弟とほとんどケンカしたことがない。 妹は4つ下で弟は6つ下なので年が離れているせいだと思っていたけれど、友達の話を聞くと3つ下の妹と高校生になるまで取っ組み合いのケンカをしたとか、17、18才の頃兄貴と殴り合いのケンカをよくしたとか、元ダンナも妹と危うく血を見るようなケンカをだいぶ大きくなるまでしていたらしいという話を聞くと、普通兄弟げんかというのは大きくなってもするものなのかと思う。


17、18才で兄貴と殴り合いをしていた男性は、(とても気の優しい人だったんですが)ケンカをする時はお互い本気で殴り合うので血みどろだったとか。 そういう時お母さんはどうするのかと聞いたら、泣きながらやめてくれやめてくれと懇願しておろおろしていたそうだ。 そりゃあ目の前でそんなことをされたら泣くしかないだろうなぁと思う。


私は、さすがに6つ下の弟とは争うような事柄がみつからなかったが、妹とはそもそもケンカの種になるようなことはこちらから避けていた。 妹と欲しい物が重なりそうな時は最初からそれを妹に譲ってしまうような感じだった。 それくらい争うことがそもそも嫌だった。


しかし、本当はケンカするくらい自己主張するほうが正常なのだと思う。 妹も今では子供がいるのでお互い一応仲良くはやっているが、気が合う合わないで言ったら全然合わない。 なんだか今だに他人行儀なところがある。 ぶつかりあって来なかったというのもその一因かなぁと思う。


みなさんは兄弟げんかしましたか? どれくらいまでしてましたか?


「登校拒否はこうしてなおす」

「登校拒否はこうしてなおす」 吉岡康雄 出版文化社


この人の著作はとても多いのでどれから読んでいいか分からなくなりそうだったが、とりあえず出版年度の一番古いこの本から手に取ってみた。 冒頭こんなことが書いてある。


親が使ってはいけない「12の悪い言葉」


1.命令・指示「こうしなさい」「ああしてはいけません」

2.脅迫・注意「もしそうしなければ」「こうした方がいいわよ、でないと」「そんなことをすると」

3.説教「こうすべきよ」「あなたの責任よ」「できるはずでしょう」

4.提案「お母さんならこうするわ」「なぜこうしないの」「こうしたらどう」

5.講義・理論の展開「こういうところが悪いのよ」「本当はこうなのよ」「そうね、お母さんはこう考えるけど」

6.批判・否定的判断・反対「おまえの考えは間違っている」「あなたはまるでわかっていない」「だらしがないんだから」

7.賞賛・同意「よくやったね」「偉かったわ」「その通りよ、その先生はひどいわね」

8.侮辱「そんなことできないの」「泣き虫ねえ」「生意気よ」

9.分析・解釈・診断「あなたのこういうところが悪いのよ」「疲れていただけよね」「本当はそんなつもりではなかったのよね」

10.同情・激励「心配することないわよ」「誰でもそういうことを経験するものよ」「元気を出すんだぞ」

11.尋問・質問・探る「なぜそうしたの」「いつからそうなの」「どうしてそう思うんだ」「どうするつもりなんだ」

12.ごまかし・気を紛らわせる・皮肉「そんなこと忘れなさい」「もっと愉快な話をしよう」「まあいいじゃないか」


なんかもう、この手の主張を読んだだけでウンザリしそうになる。 他の本では推奨されているような言葉も入っているんですが? それに、ここにある言葉を全く使わずに子育てしている親なんているのだろうか? こんなの言ったからって、不登校児は家庭教育のせいだって言われてしまうのか? 勘弁して欲しい。


ひどく反感を覚えた私だったが、それでもこの本を手放さなかった。 それは、以前に読んだ「不登校、選んだわけじゃないんだぜ!」の著者が書いていた、「心の奥底では、やっぱり学校に行きたかった。行きたかったけど行けなかった。 不登校を選んだわけなんかじゃない。」という言葉が心にひっかかっていたからだ。


「登校拒否はこうしてなおす」 の著者は、なんとしても子どもを学校に戻すというスタンスで、協力者と共に全国を飛び回っている。 病院や相談機関に来た時だけ対応するカウンセラーなどとは違う、必ず子どもを学校に戻すという熱意が感じられた。


続けて同じ人が書いた最近の本を読む。


「小学生の登校拒否は100%なおる」 吉岡康雄 出版文化社


こちらは実際にサポートグループがどのように登校刺激を与え、登校に持って行くかが書かれていた。 といってもこの本に書かれていることを家庭で真似出来るわけではない。 著者本人に加えて、サポートグループの大学生のお兄さんお姉さんの協力も必要になってくる。 また、親も相当な教育を施されるようなので、不登校について本当に悩んで、にっちもさっちも行かなくなっている人が相談に行くところだろうと思う。 私のような中途半端なのは、親の教育のところで挫折しそうだ。 費用も、書かれてはいないので想像も出来ないが、書かれていないだけに高いのかもしれない。


それにしてもこの人の子育て論は一度詳しく読んでみたいと思い、3冊目の本を図書館で借りて来た。 これについてはまた後日。