自転車盗まれる
息子の自転車が盗まれちゃったみたい。
おととい、いつものようにT君の家に遊びに行った時、帰ろうとしたら停めておいた自転車が無くなっていたんだそうです。 で、昨日T君も一緒に団地周辺を探してまわってくれたけどやっぱり無かったって。 うちの子はカギをかけてもそのカギをどっかへ失くしてしまうので、いつもカギをかけていないのです。だからいつでも盗まれて当たり前状態なんですけどね。
去年の誕生日に買ったものなので、まだ1年乗ってなかったんですよねー...
うーん、すぐ買うべきか、どうしようかなぁ~。
息子にとって、というか男の子にとって、自転車って必須アイテムですよね。 小さい頃から、本当によく自転車は乗り回して行動範囲を広げてました。
しかし、本人は特に困った様子もなく、今朝も暑い中徒歩でT君の家へ行ってしまいました。 友達と「次は○○公園に行こうぜ!」とかなった時に自分だけ徒歩じゃ困るんじゃないかと思うんですけどね。 自転車欲しいって言うまで放っておこうかな...
昨日は、T君とH君と、なんとか君と一緒に遊んだそうです。 そのなんとか君というのは4年生だと言うので同じクラスなの?と聞いたら首をかしげてました。 不登校だから自分のクラスに誰がいるか知らないわけです(笑)
話は違いますが、前々回の記事に、のんのんさんから「T君は本当に遊びたい友達なのかな?」というコメントがあり、夕べはそのことでいろいろ考えてました。
本当のところ、波長が合うわけではないのに、押しの強いT君の方になんとなく引っ張られて行ってしまってるんではないかーというのが私の思うところでした。 学校に行っていない最近では、T君が外との唯一のつながりであるかのような気がして、私としてはT君がありがたい存在だったのですが、もしかして息子は、心の奥ではT君と一緒にいる時ストレスを感じてるんじゃないか?という考えが急に浮上してきて、不安になってきたのです。 実際、2年生の時も3年生の時も(クラスは別だったんですが)土日というとT君が朝から電話してきて、息子は他の子と遊びたい時でもしかたなくT君と遊んでいたという時期もありました。
まあでも、遊べば楽しくないわけじゃないみたいだし、親が出る幕でもないかと思ってずっと様子を見てきたのですが...。 3年生の3学期、T君を連れて一緒にスキーに行ったのです。 その時、本当に楽しそうにしている息子とT君を見て、ちょっと考えが変わったというか、「なんだかんだいって仲良しなんだなー」と思って、それ以来安心して二人のことを見ることが出来るようになっていました。
でも急に浮上してきた不安... 本当のところどうなんだろう? 本当に遊びたくて遊んでいるのか? それとも他に遊ぶ人がいなくてしかたなくなのか?
のんのんさんに、息子さんにゆっくり話しを聞いてみてもいいのでは?というアドバイスをもらって、今朝息子に直接聞いてみたのです。
そしたら、息子はニコニコしながら「T君のことは好き」で、「自分が遊びたいから遊んでる」んで、「時々ケンカするのは仲がいい証拠」なんだと、一笑に付されてしまいました。
なんだ、なんか私ってばかみたいだと思いました。 だって、前は嫌々遊んでいたこともあったじゃない。だから今も本当はそうなのかなって心配になったんだけど...
深層心理までは分からないけど、もういいやと思いました。 まったく、息子の人生は息子のものだと、すぐ忘れそうになる私...はんせい。
いろいろつきつめて考えてみたら、本当のところ、T君のこと好きじゃないのは私なのかもしれません。 すごく押しが強いところとか、ご両親の考え方とか常識ラインが私と全く違うこととか、そういうことで心の奥で「このままずっとT君とだけ友達なのは嫌だな」と思っているのかも。 うちの子よりよっぽどしっかりしたいい子なのにね。
これって、子供の結婚に反対する親の心境!? なんかナンセンスだなぁ。
まあ仮に息子が「本当のところT君とは気が合わない」って言ったからって、それでどうするか考えるべきなのは息子なんだし。 もー考えない考えない!
T君泊まる
うちの息子がT君の家にしょっちゅう泊まるようになった経緯は以前書きましたが、実は今までT君がうちに泊まったことはありませんでした。 一度泊りがけでスキーに連れて行ったことがあるだけで。
何故かというとそういうリクエストが今までなかったことと、私がめんどくさいから(^^;
ところが昨日の午後、息子とT君とH君が一緒に連れ立って家に来たのでびっくりして「台風が来てるのに、帰れなくなっちゃうよ!」と言ったところ、T君が、「Mが泊まればいいじゃんって言うから」と、ちゃっかりお泊り道具を一揃いリュックに詰めてしょって来てるのです。 なんじゃそりゃ(笑)
まったく、誰の許可があってお泊り道具持って来てんだか。 もーーー。
でも、自分ちの息子がしょっちゅう泊まってるのにウチにはダメっていうわけにもいかないでしょう。 しょうがないからOKしましたよ。
T君も「お世話になります」とか言っちゃってるし(^^;。
まあでも、たまになら子供が一人増えたみたいで楽しくないこともないですね。 本当はあらかじめ分かっていれば夕食も子供が喜びそうなものにしてやったんだけど、夕べはざるそばでした。 しぶい。
それにしてもT君は相変わらずしっかり者ですよ。 うちの子達がアニメ見ている間漢字練習帳出して漢字練習してるし、寝る時間になったらさっさとパジャマに着替えてハミガキとハブラシを出して「洗面所かります。」とか言うし、うちのもちょっと見習えって感じです。
夜は、興奮と暑さとで一度夜中に目が覚めてしまったようでしたが、おおむねよく寝てました。 朝とんでもなく早く起きられたらどうしようかと思ったけれどだいぶ寝坊してたし。
実は我が子がT君の家にしょちゅう泊まることについては私も以前だいぶ悩んだのですが、今度はT君がうちに泊まることについて考えなければならなくなりました。 これを期に、(早急に!)子供を交えて我が家のルール作りをしなければならないなと思った私なのでした。
T君とケンカ?
今日は午前中T君がうちに来て、子供部屋でなにやら息子と二人で遊んでいたのですが...
私が寝室で本を読んでいると突然、半泣き状態の息子がバッと戸を開けて入ってそのまま押入れ(秘密基地)にこもってしまったのです。 押入れから、よく聞こえないけど息子が怒った声で悪態をついているのが聞こえてきます。
なんだなんだ~、トラブル発生かぁ?と思ってなおも本を読んでいたら、今度は押入れの戸をバッと開けて「もうあんなやつと遊ばねえ!」とか何とか言い出しました。
ここは「能動的な聞き方」の出番かな?と思い、「そうなんだ」「T君とはもう遊ばないんだ。」「ずいぶん怒ってるね。」などと相槌を打っていたら、今度は押入れから出てきてなおもT君がこれこれで我慢ならないという話をしだしました。 話が過去のことにまで及んできて、内心、「はあ、そんなこともあったのか。なるほどね。」と納得しながら聞いていました。 実はこれまでにも息子が怒って遊びから帰って来ることがたまにあったので。
聞いている間私は「それはT君にも言い分がありそうだな」とか「こうしたら」などのアドバイスがいろいろと頭に浮かんできましたが、そこはぐっとこらえて聞き役に徹していました。
しばらく話したら興奮が少しおさまって来たようだったのですが、おもむろに部屋から出て行った息子は、まだ子供部屋にいたT君に向かって、「帰れ! おまえなんかと一緒にいたくねぇんだ!」と一言怒鳴って別の部屋へ行ってしまいました。
で、私はまた読書に戻りました。
話を聞く他は一切何もしたくなかったので、音もなく帰ったT君がどんな様子だったかも分かりませんでした。 ひょっとして(うちの子のこと)扱いにくいやつーと思われてだんだん疎遠になっちゃうかなーとかも思ったけれど、それはそれでしかたないし...
しかし、30分ほどしてピンポーンとチャイムが鳴って、T君は戻って来たのでした。 ケンカの後なので私はそっとしとこうと思って顔を出さず、どんな様子で戻って来たのかも分からないけど。 しばらくしたら子供部屋から二人の笑い声が聞こえてきました。 そして午後は今度は二人で連れ立ってT君の家へ。
一件落着したみたいです(^^;
たぶん、ですけど「おまえなんかと一緒にいたくねぇんだ!」なんて、友達に面と向かって怒りを言葉で伝えられたのって初めてなんじゃないかな...。 小さい頃から、友達に嫌なことされてもやり返せないで、怒りをずっと自分の中に溜め込んでしまう子だったので。 最近でも遊びの途中で帰って来る時なんか、怒ってだまってぷいっと帰って来てたんではないかと想像してます。
怒鳴るのはともかく、「嫌だ」っていうことを言葉に出来たのは良かったなと思いました。(T君ごめんね...(^^;)
夏休み突入
昨日息子は朝っぱらからT君から電話があって「遊んで来るー!」とさっさと出かけてしまったので、学校に荷物取りに行くことなんかすっかり忘れるだろうなぁーと思ったけれど声はかけませんでした。 部屋にカギも置きっぱなしだったけど、これも「カギ忘れてるよー」と言わずに放っておきました。 部屋に入れなくて困ったら次から気をつけるようになるだろうと。
夕方、仕事から帰ってみると玄関前に防災頭巾とかお道具箱が置き去りにされていました。 「お、忘れずに一人で取りに行ったんだ。」と、ちょっと嬉しくなりました。 職員室に一人で入って行ったのかなぁ。 先生も喜んだだろうなー。
お道具箱と一緒に手提げ袋に通知票が入っていました。 中を見ると、全て斜線になってました。 こういうのって不登校か長期病欠でもないともらえないから貴重ですね(笑) それから「がんばり賞」とかいう、パソコンで印字したと思われるかわいい賞状がはさんでありました。 きっと全員に何かしらがんばったことを褒め称える賞をあげたんだろうなと思い、うちの子には何を無理やりこじつけてくれたんだろうと思ったら、「あなたは学校に来るのをがんばりました。」と書いてあって笑いました。 全然がんばってないって。 というか、先生が頑張って家庭訪問してたんだから、先生に頑張り賞をあげたいですよ。
通知票といえばお姉ちゃんの方は終業式の日、「成績が上がったー!」と喜んでました。 勉強は得意じゃないけど(算数は特にLD?と思うほど出来ない)、なんか知りませんが冬休みは急に「ドリル買って」と言い出したり、チャレンジ(通信教材)を毎日やってたり、勉強には意欲的な様子。 私は勉強しろと言ったことないので何故だかちっとも分かりません。 仲の良いお友達が進学塾に通ってたりするからその影響かなぁ? この先も続くといいですが... 私としてはなんとかどこでもいいから県立高校に入ってくれれば文句ありません。 私立に行かせるお金ないから(笑)
「上手な登校刺激の与え方」
上手な登校刺激の与え方 小澤美代子 ほんの森出版
主に不登校児の担任となった先生のために書かれた本。 担任としてどんなふうに不登校児やその家庭と関わって行けば良いのか、さまざまな事例ごとに説明している。
不登校の子供の状態には初期、中期、後期という段階があり、初期は身体に不調が出ていたり、感情が安定しないなどの混乱期、中期は落ち着いて来て感情の混乱が無くなって来た状態、後期は学習を始めるなど登校に向けて動き出した状態である。 このそれぞれの段階で担任がどう関わるかということが書かれている。
また、保護者と担任の関係がこじれている場合や、保護者が学校を拒否している場合の対応などについても細かく言及している。
特に特別なことが書かれている印象は無かったが、私が我が子が不登校になった経験からもし自分が担任の先生だったらこうするだろうなと思うようなことが書かれていたと思う。
例えば、初期段階では無理に登校させようとしないこと、中期では子供と趣味の会話などをして元気を引き出すこと、後期では具体的に登校の援助をすること。 これまでの経緯や状態を保護者からよく聞いて把握すること。 保護者や子供の意思を尊重すること。 全体を通じて家庭との連絡を絶やさないことなどだ。
この本にも書かれていたが、基本は「子供にとってどうしたら良いのか」をお互いの意思を尊重しながら一緒に考えるということだろう。
しかし考えてみればそもそも人付き合いというのは相手を尊重しなければいい関係は築けないと思う。 この本に書かれていることは、担任の先生が子供のことや保護者のことを真剣に思うとき、自然と出来てしまうはずのことばかりな気がした...
1学期終了
4年生1学期も今日で終了ー!
てか、学校行ってないけど(笑)
夕べ、「学校にある荷物とか持って帰らなくていいのかなぁ?」と息子に聞いたら、「うん、明日行って持って来る。」なんて言うんです。 (いったい明日のいつ学校に行くつもりなのだ?しかも一人で行くつもりなの?それともR君と一緒に行こうとか何か約束でもしてるの?) といろいろ疑問は浮かんだけど、「あ、そう。」と言ったきりそれ以上聞かずに放っておきました。
で、今日「学校の荷物どうした?」と聞いたら、「ああ、忘れてた。明日行って来る。」だって。 良く分からないなぁー。 でも行くって言うんだから放っておこうと思う私。
夜になって、担任のH先生が突然通知表等を持って現れてびっくり。 事前に電話があったらしいのですが娘が出てちゃんと話を聞いてなかったみたいです。 びっくりしちゃってごめんなさい。
先週は息子が放課後登校したりしたもんで、先生の家庭訪問は2週間ぶりくらいでした。
「(息子が)明日荷物を学校に取りに行くって言ってるんですよー」と私が言うと先生もびっくりして、「え、自分からそう言ったんですか? じゃあ明日渡した方がいいかな!?」と言いながら、一度出した通知表等を再びカバンにしまいました。 そのあと息子と先生でちょっと話して明日のことを決めたんじゃないかと思うのですが、私は奥に引っ込んで首を出しませんでした。 なので何時に行くのかとか、知りません。 息子と先生におまかせしようと思います。
先生は今日は「はみがきカレンダー」をみんなに配るのを忘れてしまい、各家庭に配って歩いているそうです。 実は先生自身すごく不器用な人なんですよね(^^;。 以前我が家に家庭訪問に来た時には職員室に荷物を全部置いたまま手ぶらで来たので、後で学校に戻ったら職員が全員帰った後でカギがかかっていて締め出された!というようなこともあったし(笑)
息子が先生と話したあと、私もまた先生とお話ししました。 やっぱり休み中は学校には行かないと思うこととか、親がいちいち連れて行かないと行けないなら、まだ行く段階ではないんだと思うとか、そんな話を私からしました。 まあ先生も、夏休みは夏休みで休んだほうがいいだろうということで、休み中の登校は無しってことになりました。 (ただし新学期の最初だけ登校刺激してみるつもりなので8月終わりに一度行くかも?) そんな話をして最後に先生が「休み中、こちらからたまに伺ってもよろしいでしょうか?」と言うのです。 よろしいもなにも、ありがたくて泣きそうになりました。
昨日は相談センターのSさんが家庭訪問に来てくれたのですが、そのことは先生の方にも連絡が行っているらしくて、相談センターの家庭訪問があった日は学校に出席したことになるとのことでした。 だからなんだってこともないですが、「へー。」って感じです。 だってどこにも「出席」してないのに(^^;。 面白いです。
Sさんの家庭訪問は、初回である今回は息子と話しだけして帰ったらしいです。次回から遊び道具を持って来てくれるんだって。 息子の話を聞いただけなのでどんな様子だったのか全く分からないんですが、まあそのうちSさんと話す機会もあるでしょう。
川遊び
日曜日、息子は早朝からT君の家族と一緒に自衛隊の記念イベント(お祭りのようなもの?)に行ってそのままお泊りだったので我が家は私と娘二人で非常に静かでした。 翌日月曜日は今度はうちが妹夫婦と共にT君を連れて山へ川遊びに行きました。
今まであまり知らなかったのですが、家からクルマで15分ほど山へ向かうと写真のようなすずしげな川があるのでした。 上流であるため水も澄んで冷たく、山間の森の中なので下界の暑さがうそのようなさわやかさです。
最初は川に入るだけでも喜んでいた子供達でしたが、私が沢ガニをつかまえて見せると自分もつかまえようと夢中になって沢ガニ取りを始めました。 男の子達は沢ガニ、女の子達は川に池のようなものを作って何やらごっこ遊びに夢中でした。 こんな近くにこんな場所があるならもっと早く来ていれば良かった...
折りしも不登校番組
NHKの「10代しゃべり場SP~不登校経験者の出発~」を見ました。
フリースペースに通う、小学校4年生から不登校の16才の男の子と、中学校から不登校の18才の男の子の日常を追っていました。
16才の男の子は学校に行く気は全く無いと言い、ファーストフード店でアルバイトを始め、18才の男の子は番組の最後で大学進学を決意していました。
二人はタイプは違うけれど、画面から、なんというか二人が抱えている心の「弱さ」をすごく感じました。 「弱さ」というのは、一歩間違うと自己否定に走ってしまうのではないかと思わせる弱さ... 自分の核となる物のない弱さ...
16才の男の子は自分がほとんど学校に行っていないことに劣等感を感じているようだったし、18才の男の子の方は、本当は自分がとても弱いのにそれを見せないよう(実際、一見とてもそつのない人に見える)すごく頑張っているように見えました。 二人ともきっととても感じやすいんだろうなと思う。 感じやすいというのはとても素晴らしい個性だと思うのに、それをマイナスに捉えてしまっているように思う。
世の中にいろいろな人がいて、勉強が苦手な人、障害を持って生まれた人、でも、それをハンディキャップと思わないで生きている人もいる。 すごくマイペースに、どんな時も自分を見失うことなく生きている人達がいる。
この違いは何処から来るのかと思う。
持って生まれた性格...? 親のあり方...? 「学校に行けない=普通じゃない」と見る世間...?
私自身も、時々自分を否定してしまいそうになることがあって、もしかしたら私と接する人はそういう面を感じているのかもしれないなと思う。 でも、我が子には自信を持って生きて欲しい。
学校に行く行かないにかかわらず、自分を好きでいて、どこへ行っても自然体でいられる人になって欲しいなと思うのです。
「親業」
「親業」 トマス・ゴードン著 近藤千恵訳 大和書房
この本は、ありがとうママさんのブログで紹介されていて知りました。そしてそれとほぼ同時にkoko-rinさんのコメントで親業訓練協会というのがあるのも知って、読んでみようと思ったのです。
私も子育てで行き詰まる度に、子育て関連の本を手に取って来たけれど、この本が今までで一番しっくり来ると思いました。
この本に書かれている親と子のコミュニケーション手法とは。
「能動的な聞き方」
子供が何か問題を抱えて訴えて来た時の話の聞き方。 まず子供の怒りや悲しみの感情を受け止めてあげることが最大のポイントで、相手にどんどん感情を吐露させていく。 自分の感情が相手に伝わったと分かり、安心した子供は自ら解決方法を模索する段階にまで入って行く。
「わたしメッセージ」
子供の行動を親が受容出来ない場合のメッセージの投げ方。 「わたし(親)」が主語になり、必ず「わたし」がそのことについてどう感じているかを話す。 これに対して使ってはいけないのが「あなたメッセージ」。 「あなた」が主語になり、(あなたが)「~しなさい。」「やめなさい。」「こうしたらどう?」などがこれに当たる。
「第3法」
親子が対立した時の問題の解決方法。 親と子の双方が納得出来る解決案を出し合い、とことん話し合う方法。 どちらか一方だけが譲歩することなく、双方が良いと思える方法を納得出来るまで探す。
「能動的な聞き方」については私は過去にCAPの講習会で習ったことがあったのですが、その時は、子供が外で何らかの被害に遭ったとか、友達にいじわるされたとか、緊急事態の時に親がどう子供の話を聞くかという内容であったので、私はこれは緊急事態の時のみ使うものかと思っていました。 でもこの本ではあらゆる場面でこの聞き方が有効であると書いてあって、そうか、どんな場面でも使って良いのだと気付かされました。
例えばこの本であげられている例では娘が父親に「ねえ、お父さん、小さい時女の子のどういうところが好きだった?」と聞く場面が上げられています。 特に緊急事態とは思えませんが、ここで父親(著者自身)は小さい頃どんな女の子が好きだったかを答える代わりに「男の子に好かれるには自分にはなにが必要か考えているみたいだね、違うかい?」と、娘の言外の言をくみとっています。 子供の言葉そのものにとらわれずに、子供が今どういう気持ちでいるのかに目を向けることはとても大切なんだなと思いました。
「わたしメッセージ」は「親の学校6分の1」で言うところの「お母さんは嬉しい」「お母さんは悲しい」に当たると思います。 これも私はどちらかというと「ここは誉めておきたい」とか「ここは重要」と思われる時に使うつもりでいたのですが、これも日常いたるところで使えると気付かされました。 例えば本にある例では、母親が掃除機をかけているのに子供がプラグを抜いてはいたずらをする。母親は急いでいる。母親「ママはいまとっても急いでいるのに、いちいち掃除をやめてはプラグを差し直さなきゃいけないと、本当に遅くなってしまうのよ。」と子供に言うという場面が書かれていました。 このような例で使えるということは、今まで私が「~しなさい。」と言っていた場面ではすべて「わたしメッセージ」が使えるということです。 これは使わない手はないなと思いました。
で、早速この本に書かれていることを試してみたのです。
私が本を読んでいると息子が「バレーボールやろうよ」と言って来ました。私はやりたくありません。
私:今お母さんは本を読みたいんだ。 だからバレーボールはやりたくないの。(わたしメッセージ)
息子:えー、だってつまんないんだもん。
私:つまんないんだ。(能動的聞き方)
息子:そう、つまんないの。 だからやろう。
私:うーん。
息子:やろうよー。
私:でも、お母さんは本を読みたいからバレーボールはやりたくないよ。
息子:だってつまんないからやろうやろう。
私:じゃあ、お母さんが本を読み終わったらやろうか?
息子:うん、いいよ。(部屋を出て行く)
なんかこうして書くと、私も息子が考え始めるまでもっとねばらないといけないと思うし、私が解決案を出さないで「第3法」に持っていけば良かったなぁなどと思います。 でもその後息子は「お母さんバレーボールやろう。今は本を読んでないからいいよね?」などと、タイミングを計ってくれるようになりました。 いつも私はこういう場面でただ「イヤ!」とつっぱねるのも嫌だし、結局しつこい息子に根負けしてしまって嫌な思いを自分の中に溜め込んでしまっていたのです。 そうなる前に、親は自分の気持ちを率直に言えばいいんですね。 それが分かっただけでも、育児のストレスが減りそうな気がしました。
今までいろいろな本を読んで、書かれていることはすごく分かるんだけど、「じゃあどうすれば?」というような疑問が残ったり、日々子供と接する中で「こういう場合はどうしたらいいの?」みたいな疑問が解決されないまま残っていました。 たぶん、自分の親と同じように「~しなさい」と上から物を言うのが嫌だという気持ちが自分の中にあって、でもそうしなければどうしたらいいのか?というのがずっと分からなかったのだと思います。 でもこの本を読んでいて、そういう疑問が次々とクリアになっていく感じがしたのです。
また他の本で感じるのは模範的な会話例ばかり載っていて、うまく行かない場合について何も書かれていないということです。 その点「親業」では、うまく行かない場合も多々あるということがはっきり書かれているし、うまく行かない場合どうしたら良いか、うまく行かない場合の原因、親が陥りやすい間違いについても書かれているので、同じ間違いをしないよう自分で気をつけることも出来るし、うまく行かなかった時どうしたら良かったのか、自分で分析することも出来るのではないかと思います。
koko-rinさんの情報で親業訓練協会というのの存在を知ったのでそちらにも行ってみようかと思っています。
- トマス ゴードン, Thomas Gordon, 近藤 千恵
- 親業―子どもの考える力をのばす親子関係のつくり方
今日も放課後登校
今日もR君と一緒に放課後登校したようでした。 本当は、R君ママにお任せではなくて自分も一緒に行こうと思えば行けなくもない(夕食の支度を別にすれば)けれど... どうも、自分がしゃしゃり出て行くのは違和感があるのです。
以前は自分も子供にあーだこーだ言って放課後登校させようとした時期もあったのに。
その違和感を分析すると、今では「母親が連れて行かなければ行けないくらいなら、無理に行く必要ないでしょう。」と思っている自分に行き着くのです。
今の息子を見ていると、もし嫌だったらR君の家から帰って来ることも出来るのに登校するんだからR君と一緒に学校に行けたことをけっこう喜んでいるんではないか?と思います。 そこで私がちやほやと付いて行ったら息子自身にとってうざったいに違いありません。
夜、担任のH先生と電話でお話ししていて、夏休みどうするかーという話になったのです。 先生が「僕は研修の時とお盆休み以外は出ているので、僕のスケジュール表をお渡ししますから、僕が来ている時だけでも登校させてみてはどうでしょう。」と言ってくださって、 つい私も、「そうですね、そうします。」なんて言ってしまったのですが、電話を切ってからまたここでも違和感が...
「登校させる」というところがきっとヘンに感じるんでしょう。 何か子供をコントロールしようとする響きがあります。 子供を学校に行かせようとやっきになっている自分に逆戻りしたくない。 なんだかそんなふうに心のどこかが抵抗しているようです...
かといって本当に逆戻りせずにいられるのか?...微妙です。
