シングルママと不登校児のまいにち -27ページ目

今日の家庭訪問

最近の息子は毎日ちゃんと漢字3行を続けています。 午後8時に私が自分の勉強を始めると、「あ、そうだ。オレも漢字。」と言いながら漢字ドリルを出して来ます。 一緒にやることで忘れることがなくなったのと、オリジナルカレンダーに連続してシールが貼られて行くのが嬉しいらしいです(笑) しめしめ。 こんな子供だましが通用するのは今のうちです。


今日の家庭訪問は初めて午後8時からにしてもらいました。 普段は午後6時目標にしていたのですが、6時だと息子がなかなか遊びから帰って来なかったり、先生もなんだかんだで6時半をまわってしまったりして、なかなか決まった時間に始められないのです。 かといって7時からだと思いっきり夕食時なので先生も敬遠するでしょう。 なので、先生が普段から学校に8時9時までいらっしゃるのを知っていた私はいっそのこと夕食後の午後8時にしてもらった方が先生もゆっくり来れるんではないか?と思い、8時開始を提案してみました。 先生は最初びっくりされていましたが、それならその方がいいかもーということでOKしてくれました。


今日やってみたら、私としては8時の方が落ち着くような気がしました。 午後6時の時は毎回先生から息子が帰って来てるか確認の電話があって(いちいち電話しなくていいですよと言ったのですが、子供がいるか確認しないと来られないみたい)、帰って来たとしてもその時点から先生が実際にいらっしゃるまで15分から30分の間があるので息子がその間に緊張しだしてしまったり、ともかく落ち着かなかったのです。 今日も来る前に電話が来るのかなと思ったら、今日は電話無しでいきなりいらっしゃいました。


午後8時すぎ、バイクの音がしたので「あ、先生じゃない?」と言ったら、息子が窓から顔を出して「お~い、○○先生~(わざと違う先生の名前)」と歓迎の(?)挨拶をしてました。 だいぶ先生にも慣れてきたようです。

以前は先生が帰る時になると「もう来ないでねー。」と散々悪態をついていました。 本気で嫌であればそんなにくまれ口を利ける子ではないので本気でないのは分かっていましたが、先生の方は気を悪くされるだろうと思い、あとで「ああいうことは言ってはいけないのよ。」と諭したところ、今日は帰る時に私が「ありがとうございました。」と言うと一緒になって「ありがとうございました。」と挨拶していました。


先生も、最近はだいぶ慣れて来てくれてるんじゃないかと思うとのこと。 「もう来ないでねー。」も、最初こそムッとしたけど、「ああ、これは逆だな。」とすぐ分かってくれてたそうです。 先週などは(私は知らなかったのですが)玄関で別れたあとわざわざ窓から顔を出して「もう来ないでねー。」と言ったそうです。(す、すみません。) でも、先生が「おう、絶対また来るからな! じゃあな、バイバイ。」と手を振ったら、元気にバイバイと手を振ったので、元気にバイバイって言えるなんてすごいなと思ったということでした。 何がすごいのか良く分かりませんが(^^;


今日はまともに先生に勉強を教わったようです。 割り算のひっ算のやり方を習っていました。


次回からも8時になるかはまだ分かりません。 先生の感想も聞いてみないと。 今夜は先生は10時まで学校でお仕事される予定だそうです。 明後日授業参観だし、忙しいところ本当にありがとうございました。


ゲームのこと

私はそもそも子供にゲームを与えるのは反対派でした。 (子供が生まれる前はけっこうRPGとかが好きでやってたんですけども(^^;) 娘はほとんどゲームに興味を示しませんでしたが、息子が4才の時、ゲームに興味を持ち始めたのを見て「やばい!」と思った私は我が家にあったゲーム機を押し入れの奥に封印しました。 小学校に上がっても、せめて息子が3年生になるまではゲーム機は与えるまいと頑張っていました。 周りのお母さん達が何の疑問もなく就学前の小さい子供にゲームを買ってやっているのが理解出来ませんでしたし、子供にゲームを与えちゃいけない法律でも出来てくれないかなと思っていました。 いくら家にゲーム機がなくても、友達の家でゲームばかりやっているようだったので、我が家でだけ封印しても意味がなかったからです。


子供は友達と外で遊ぶべき! 何もない広場で何をして遊ぶか自分達で考えなさーい! と、今でも私は思っています。

 

とはいえ、友達がみんな持っているのに我が子にだけ与えないというのも良くないなとは思っていました。 息子が小学校2年生くらいだったか、そろそろ買おうかどうしようかと思っていたところ、おじいちゃんおばあちゃんが先回りしてGBAを買ってくれちゃったのです。 その後、サンタさんからもらったりで今では我が家にはGBASPが2個(兄弟で一つずつ)と、ゲームキューブがあります。 ソフトも誕生日の時とかしか買わないので同年代の子供達の中ではかなり少ない方ではないでしょうか。

 

ゲーム機を与えた時に我が家ではルールを決めました。 午後6時以降はやらないことと、土日は一日2時間までとすると。 午後6時以降は守れていますが、一日2時間は友達の家に行ってしまうと監督出来ないのであやしいです。 (というかまあ、「ルールがある→際限なくやるのは本当は良くない」という意識がどこかにあればいいかなと思っています。)

 

というわけで、子供のうちはゲームなど極力与えたくなかった私は、不登校児の親の会に行った時にゲームのことも話題に出してみたのです。 そうしたら、会の方達は、「ゲームをしてその間だけでも楽しかったり、心が癒されるならそれでいいんじゃないでしょうか。」って言うんですよね。 元不登校児の青年も、「僕もゲームばーっかりやってましたよ。」って言うし。 会の代表の方が、「ありあまる空虚な時間をゲームが埋めてくれるんですよ。 ニンテンドーさん、ありがとう!! って感謝してもいいくらいですよ。」と笑いながらおっしゃったのには一緒になって笑ってしまいました。

 

確かに、不登校児がひとりぽつんと家にいる時ゲームがあったら、その瞬間だけでも楽しい気持ちになれるならそれはそれでいいのかな...と思いました。

 

それからも我が家ではルールは曲げていませんが、ゲームをすることについてはあまりとやかく思うことはなくなりました。


最初にも書きましたが、実は子供が出来る前は私もゲームが好きだったんです。 決まったものしかやりませんが、ファイナルファンタジーとか、ゼルダの伝説シリーズとか、考えたり探し回ったりするのが好きです。 散々考えたのにとうとうクリア出来なかったのは「MYST」と「RIVEN」です。 会社の後輩に「ヒント教えて~~」とか、助けを求めながらやったのですが、謎が解けませんでした。 くやしいです。 今はプレステが無いので出来ませんけども、そのうちまた気を取り直してやりたいと思います。 


今我が家では「ゼルダの伝説・4つの剣」が流行っています。 時間内にメダルをいかに多く集めるかというゲームが入っているのですが、何度やっても息子に勝てません。 「お母さんダサすぎ」とか言われて非常にしゃくに障ります。 闇練をしてやろうかと密かに思っていたりします(笑)


「不登校、選んだわけじゃないんだぜ」

土曜日、本屋さんでふと目についたこんな本を買ってみました。


「不登校、選んだわけじゃないんだぜ」 理論社 木戸理恵、常野雄次郎


考えてみれば私は、不登校の経験者が書いた本を読んだのが初めてでした。 初めて、当事者が語った不登校経験を読んだ私は、正直ちょっと暗くなりました...


別に経験自体が陰惨だったというわけではありません。 著者である二人とも、両親に不登校であることを認められて育ち、最終的には高学歴を取得しています。


しかし、両親に認められたからといって伸び伸びと自由であったかというとやっぱりそうではなく、「身も世もなくうずくまって縮こまって、おそろしくてしかたなかった」「自分がどんどん後退してゆき、どんどん無価値なものになって石ころのようになってしまうんじゃないかと思った」とありました。 


そうなのか、私は、母親である自分さえその子のあるがままを認めて、心も身体も抱きしめてさえやれば自分が無価値だなどと思わないだろうと高をくくっていました。


もちろんこの著者にとっても母親は「おまえはいい子」と抱きしめてくれる最後の理解者だったのですが、それだけで、自己否定から逃れられるわけではないんだなと思いました。


著者は、おまえは最低だ、おまえは世界一悪い子だ、おまえは何の価値もないというメッセージに日常的にさらされていたと書いていました。 それが具体的にはどういうことか分からないけれど、例えば、学校から帰って来る子どもたちの元気な声もそうかもしれないし、普通に学校に通っている兄弟の姿であったりするのかもしれません。


しかし、それじゃあ私はどうしたらいいんでしょう。 


いくら母親である私が我が子の存在を認めていたとしても、それでも子どもが自己を肯定出来ないとしたら。


「学校には行くものだ」という常識自体がひっくり返るまで、不登校児は苦しみつづけるのでしょうか。


学校に行ってもつらい。行かなくてもつらい。 なんだか出口が無いような気になりました。

今日の家庭訪問

先週、息子は家庭訪問に来てくれた先生に急に「会いたくない」だとか言い出して私を慌てさせてくれましたが、その後はまあまあ嫌がらずに先生と夜1時間ばかり過ごしています。 以前は勉強中心だったけれど、息子が嫌がってからは気を使って先生も雑談中心で過ごしているようです。 (会話を聞いていないので分かりません)


今日は先生がトンカチを2本持って玄関に現れました。 何をするのかと思ったら二人して外に出て木の板にクギを刺して作るビー玉ゲームを修復していました。 去年授業で作った物を私が捨てるつもりでクギを抜いちゃったのを作り直していたのです。 「あっ、それは私が捨てるつもりで...」と言えるわけがありません。 ちゃんとゲームが出来るように直ったので、子供の一生の思い出に取っておくつもりです(笑)


その後今日は二人でゲームキューブの「ゼルダの伝説」をやったようです。 「先生ねー、主人公が何度も死んだんだよ。」という息子に先生は、「スーパーファミコンだったらすごい強いんだから。 今度スーパーファミコンを用意しておいてくれ。」と言っていました。 スーパーファミコンが売ってたとしても、ソフトがあるかどうか分かりません(笑)


先生が帰ったあと、息子は「先生ね、力こぶがすごいんだよ。」と、先生の力こぶを見せてもらったらしく嬉しそうに話してくれました。 先生は細身で力こぶがすごそうには見えないんですが(^^;、息子の目にはすごいものに見えたのでしょう。 先生も、先生であることの威厳を保ちつつ、お兄さんのような親しさも合わせ持つというのは難しいかもしれませんが、 まずは近所のお兄さんみたいであってくれていいんじゃないかなと私は思います。 勉強はまあそこそこにして、ゲームで盛り上がってくれちゃってもいいですよと思う私なのでした。

 

そうそう、来週からプール授業が始まるらしく、息子が行きたそうなことを言ったそうです。 「ほんとーかな?」 プールだけでも行ってくれると嬉しいけど。 そもそも6月って雨で中止なんですよね。 気温も低いしねー。 ともかく、登校に対する期待度30%くらいで、あとは晴れを祈ります。


スイミング

「午後8時になったらみんなで勉強作戦」2日目、早速私が英語学習関連の雑誌を出して来て英文を読もうとしたら、なんと息子は既に漢字3行を昼間のうちに終わらせていました。 あれ、肩透かしをくらいました。 娘は宿題のことで友達と電話しちゃってるし、 テーブルに勉強道具を広げているのは私一人です。 なんで私一人で...と思ったけれど、昨日言い出したばかりで今日やめるのもなんだし、 しかたないので一人で勉強してました。


なんだか、むなしい...しくしく。


そういえば、これと似たようなことがあったのを思い出しました。


数年前、我が家では子供二人をスイミングスクールに通わせていました。 「泳げる」っていうのはなんとなく、最低限出来た方が良い基本能力みたいな気がしたし、自分が泳げないので子供たちには泳げるようになって欲しいなーと思ったのです。


娘は3年くらい、息子は1年くらい通ったのですが、二人ともだんだんスクールに行くのを嫌がるようになりました。 泳げるようになったらいろいろと自信も付くだろうに、なんとか続けてくれないかなと思いました。 しかし自分自身が泳げないのに、子供にスイミングスクールに行きなさいなんて、なんだか説得力が無いですよね。 そこである日、「お母さんも泳げないんだけど、お母さんもスイミングスクールに入ったらあなた達も頑張る?」と二人に聞いたところ、二人とも超盛り上がっちゃって「うん、がんばるー!!」と元気の良い答えが返って来るじゃありませんか。 そして私は大人のスイミング教室に通うことになりました。


教室には、私の母親に近い年齢の方達ばかり8名ほどがいました。 平日昼間だったのでおばさんおじさんクラスだったのです。 その方達と一緒に、泳ぐのが初めての状態から3ヶ月でクロール25メートルを目指します。 私はクラスの途中から入ったのですが、まだみなさんは「蹴伸び」を習っていたところでした。 一応小学校で水泳の授業があった私は「蹴伸び」くらいは普通に出来ます。 私が「蹴伸び」をしてみせたらみんなに「まあ!入ったばかりなのにすごいわね!」と誉められました。 「蹴伸び」くらいで誉められて嬉しかったです(笑) 


思えば私の母親の年代の方達というのは学校で泳ぎなど習っていないでしょうから、本当に全くの初心者なのですよね。 だからだと思いますが、ともかく水に浮くというだけで身体がコチンコチンに固まっているのです。 でもそうやって泳ぎを習おうとするチャレンジ精神が好きだなぁーと思いました。 うちの母親にも見習ってもらいたいところです。


それはそうと、娘達はその後しばらくして結局スイミングスクールを辞めてしまいました。 なんの為に私は...


しかしスイミングスクールはやってみると楽しくて、その後私は1年間通い続けました。 


スイミングスクールでは、本当に細やかに泳ぎ方を教えてくれました。 細やかだし、自然に泳ぎが身につくよう、ちゃんと順序立てて教えてくれました。 なのでもし今子供達が泳ぎを教えてくれと言ってくれば教えることが出来ます。 言って来ないですが。


そうそう、息子は今年から保護者の同伴無しでも市営プールに入れるそうで、今から、夏休みは毎日のようにプールに通うと張り切っています。 早く来ると良いね。 夏休み。 

勉強って

勉強って、基本的に何歳になっても出来るものなんですよね。 息子に勉強させようとしてやっきになる度に、私の中に「A」と「B」という人格が出てきて問答を始めるんですよ(笑)


*** AとBの会話 ***


私A:ねえねえ、なんかさ、勉強しろって強制するのっておかしくない?


私B:え、どうして?


私A:だって勉強ってさぁ、人に言われてやるものじゃないでしょ?


私B:え、そりゃまあそうだけど、言わないとやらないじゃない。


私A:やらなきゃやらないでいいんじゃないの。


私B:え、このままずーっと? 大人になるまで不登校だったとして、放っておいていいの? でも小学校の勉強くらい分かってないと将来困るよね。


私A:困ったなと思った時はきっと自分で勉強しだすと思うよ。


私B:そうかなぁ。


私A:そうそう、だって親の会の人だって言ってたじゃない。 結局最初のうちは全く勉強なんてしなかったって。 でもみんなそれぞれ目標をみつけてから自分で勉強し始めたって。 小学校の勉強だって、大きくなってからだと理解力があるから復習しようと思えばあっという間に出来ちゃうとも言ってたよ。


私B:そう~だけど、やっぱり小学校の勉強って基礎だよね。それが出来ると出来ないじゃ、後で自分で勉強したいなと思った時にだいぶ違うと思うよ。


私A:そうやって子供の将来を先回りして心配するのが良くないんだよ? 親が先に手を打っちゃうっていうのがさ。


私B:そりゃあね、私も、全部子供の自主性にまかせてみたいと思う時はあるよ。 自分のことは自分で責任を取りなさいってね。 自分にとって勉強が必要かどうか自分で判断出来る時まで待ってみたいと思うけどね。 でもまだ4年生だよー。 基本の基本くらいはなんとかしないとさー。


私A:そお? そんなに言うならやるだけやってみたら。 親にあーだこーだ言われてやってるうちは、自主性の芽は伸びていかないと思うけど。


私B:だから、なるべくガミガミ言われなくてもやるように工夫してるんじゃん。 もうちょっとこれで様子みようよ。


私A:ふーん、じゃあそうすれば。


******


以前私は自分の親のことを散々に書きましたが、一つだけ良かったなと思うことは親に「勉強しろ」だとかいうことは一切言われなかったことです。 単に子供のことに無関心だっただけなんですが。


ですから私は学校の勉強に関しては非常に伸び伸びとしていました。 以前にも書いたように私は先生や世間に認められたいがために勉強を頑張っていましたが、頑張って失敗したところで失う物は何もなかったのです。 しかも一度抜群の成績を修めてしまった後はよっぽどのことがない限りその評価(良いレッテルのようなものでしょうか)は下がらないのでした。 失敗したからって誰かに何か言われるわけもなく、本当に自分の好きなペースで勉強していたと思います。 その頃、試験になると緊張するなどと言う友達が理解出来ませんでした。


そんなふうに、誰にも何も言われず伸び伸びしていた経験から、私は自分の子供にも「勉強しなさい」とか「宿題出来てる?」とかいうことをいちいち言うのは嫌なのです。 嫌なんだけど、いくらなんでも「基礎」がなってない時は言いたくなります。 将来を案じてしまいます。 小うるさい親になってるなぁーと思いながら。


でも、中学生になる頃には手を離したいなと思うんですけどね。 自分で勉強しなかったらどういう不利益になるか、判断出来るはずでしょう。 それでもやりたくないならそれはそれで、そういう道を選んだんだからしょうがないし。


みなさんは、勉強についてどう思われますか? 

漢字の読み書き

6月になりました。 今日は鹿児島以外は晴れそうですね。 天気がいいととっても気分がいいです。 ティーンエイジャーの頃は雨の日に窓の外を眺めるのが好きだったんですが、何時の頃からか雨に対してそのような感傷的な気持ちを持つことがなくなってしまいました。 おばさんになったからでしょうか。 しくしく。


さて、私が今悩んでいることというのは、(なんだか今日になったら悩みという程のことでもない気がしてきてしまいましたが...) 息子の漢字の読み書き能力の低さです。


今4年生なのですが、2年生の漢字あたりからほとんど読み書き出来ません。 うるうると覚えてはいるようで、ヒント(にんべんだよ、とか、「立」を書いてその下に「日」だとか)を与えるとちょっとは書きます。 読むのも、音読みと訓読みのどちらか一方の記憶がかすかにあるようです。 しかしそれでは国語の教科書を読むのに漢字が出るたびにつっかえてしまうし、 ヒント無しでは漢字を書くことが出来ないということになってしまいます。


いったいぜんたい、何でこんなに漢字の読み書きが出来ないのか... 


練習してないからです。 ひとえに。


たぶん、もともと読み書きセンスが無いのでしょう。 それが苦手意識となってよけいにやらなくなったんだと思います。 それに加えて私がそのことに気付くのが遅れました。


そもそも息子は学校の成績は至って普通でした。 これまでの担任の先生方にも「勉強の方は理解力もあるし、問題ないですね~」というふうにしか言われたことがないので、元々学校の成績にはほとんど無頓着だった私は「まあまあ普通にやってるんだろう。」くらいに思っていました。


ところが、不登校になって毎日漢字ドリルが宿題として課されるようになり、それに付き合った私は息子のあまりの出来なさ加減に驚いてしまいました。


なんでこんなに出来てないの?


たぶん、ですけど、授業中に漢字練習をしたとして、その直後にテストをすればそこそこその漢字は書けるのでしょう。 しかしながらそれを長く覚えていることが出来ないのではないかと思うのです。 覚えた端から忘れて行っているのではないかと。


3年生の3学期は毎日漢字ドリルをやらせましたが、漢字大嫌いになっている息子は一文字書くごとに「嫌だこんなの!」「分からない!」を連発して、あまりしつこくやらせようとするとしまいには癇癪を起こすので宿題である2ページをやらせるのは容易ではありませんでした。


そして4年生になった今また再燃しているのが「漢字どうすんの」問題です。


3学期のように仕事を半日で切り上げるわけに行かない私は、朝、「宿題やっておくんだよ~。」と言って家を出てしまいますが、帰って来ると全然やってません。 本人は「忘れてた」と言うのですが。


そこで私は考えました。 この際思い切って目標をぐーっと下げたらどうかと。 つまり一日にやるべき量を一行にしてみるのです。 漢字ドリルの一行というのは字数にしてたった6文字くらいです。 いくらなんでもそれくらいなら文句を言わずにやるのではないかと。 それを息子に提案すると、息子は「え。」とちょっと驚いて、「それだったら3行やる。」と言いました。 「やっほー。一行でいいって言ってるのに自分から3行にするとはえらいゾ!」と喜んだ私でしたが、結局言われなくても一日3行を実行したのはその後二日間だけでした。 とほほ。

その時私は仕事場で、漢字ドリルをやったらシールを貼れるようなオリジナルカレンダーまで作成して来たというのに! シール2個で終わりとは...


そして次に考えた作戦は、午後8時になったら家族全員勉強タイム作戦です。


これは以前にもやっていたんですが、午後8時になったら子供達は宿題をやる時間、その横で私も趣味でやっている英語の勉強をするというものです。 親も勉強するところを見せるというのがポイントです。 子供が大きくなるにつれて8時から見たいテレビが出てきたり、上の子も自分の好きな時に宿題をやるようになったのでなんとなく無くなっていたのですが、それを復活することにしました。


復活したのが昨日なのでまだ効果の程は分かりませんが、しばらくまたこれを続けてみようと思っています。


やっと現在に

ええと、やっと回顧録が現在に追い付きました。 ここまで過去のことをずらずら書いて来て、書き終わるのに1ヶ月かかってしまいました。


さら~っと流さなかったのは、やっぱり今までの一つ一つの出来事が今の私の考えに影響を与えていると思うから。 一つ何かある度にごちゃごちゃ悩んで、ある日は「Aだ」と思ったことが翌日には「いや、Bなんじゃない?」「でもCってこともあるよね?」と自問自答を繰り返し、本を読んだり、人に話しを聞きに行ったり、子供と摩擦したり、いろんなことが全部私に影響を与えて来たと思います。


そう言っている今日この瞬間も、実は悩みは尽きないんですが...。


しかしそんなこととは無関係のように子供は育っていますね。 大きくなったらきっと自分一人で大きくなったかのような顔をされるんでしょうね。 とほほ。 でも実際そうなのかな...。 私がしていることといったら衣食住を与えているだけで、育つのは子供自身の力なのかもしれないですね。


実は最終的にはそのこととも結びつくのですが、私は今ある事で迷っています。 また長くなるので別記事で書きます。

R君我が家に来る

さて翌日、息子はR君が午前中家に来るというので嬉しさのあまり早く目が覚めちゃったりして少々興奮気味でした。


R君は学校をお休みしていることに非常に罪悪感を感じていて、平日は一歩も家の外に出られないということでその日の朝も最初は出て来れないと言っていたのですが、うちの息子がすごく楽しみにしていることを伝えると、「それなら...」とお母さんと一緒に来てくれました。


来る道々も、あたかも「病院に行く途中である」というふりというかつもりであるため、うちに持って来るお菓子を「病院に行くのにお菓子持っていたらおかしいよね?」と隠して持って来たとか。 普段も平日は友達が遊びに来てくれても病気で休んでいるという名目であるため会うことも出来ないのだそうです。 息子が以前R君は習い事ばかりで遊んでくれないと言っていたのは勘違いか、もしくは平日に遊べないR君のカムフラージュではなかったかと思います。 たぶん平日は「遊べる?」と電話してもそういう理由で断られていたのでしょう。


しかしそんなR君も息子と会ったら水を得た魚のように元気でありました。 私とお母さんが話しをしている間、別室で遊ばせていたのですが、二人してゲームに討ち興じてケーラケラ笑う声がずっと聞こえていました。  難しいお子さんなのかな?と想像していたけれど、友達とこんなに楽しく遊べるなら何も問題ないじゃないかと思いました。


R君のお母さんの話では、R君は学校でみんなのテンションの高さについていけず、休み時間などにみんながわーっと元気に遊んでいる輪に入れなくて一人ぽつんとしてしまうのだそうです。 だからもう少し大きくなってみんなに落ち着きが出てきたら大丈夫になるんじゃないかというのがお母さんの考えでした。


前担任だったH先生については「とても良くしてくれて、出来ればもう一年受け持って欲しいと申し出てみたがかなわなかった。」とおっしゃっていました。 で、新担任のM先生はどんな感じ?と聞くと、市役所の職員みたいだと言っていました。 放課後登校させてもらえないかと思って「先生、いつも何時頃まで学校にいらっしゃいますか?」と聞いたら、「ええと、勤務は一応5時までで、まあ職員会議がながびくこともあるのでだいたい6時には帰ります。」という事務的な答えが返って来たそうです。 その後お母さんがM先生のことを言うとき「市役所が」などと言うので笑ってしまいました。


私は、3年生の時の先生も最初のうち毎日家庭訪問に来てくれたし、今度のH先生も先生の方からいつも「家庭訪問させていただきたいのですが。」という言葉が出ていたので先生とはそういうものかと勘違いしていました。 ただ単にそれはラッキーだったのか、どちらのタイプの先生が多数派なんだろうと疑問に思いました。


ところでいつも先生に直接聞けないのですが、学校の先生というのはちゃんと残業手当をもらえるんでしょうか? 例えば学校帰りに子供の家に寄って勉強をみてくれたりした時なんか。 無給ってことないですよね? なんかちょっと心配です。


それからR君のお母さんと、息子どうしが遊ぶことについて「どうなんだろう。」という話になりました。 「これで二人とも満足しちゃって、学校行かなくてもいいやってことになっても困るしね。」 とお母さん。 R君もうちの息子も今はクラスに仲のいい友達がいて外とのつながりは持っています。 R君も平日は遊べないけど土日はいつも遊ぶ友達がいるとのこと。 ということは、お互いに学校に行ってない子供どうしがくっついちゃって他の子と遊ばなくなったり閉じた世界で落ち着くのはどうか、という心配が出てくるわけです。


うーん、それもまああるなーと。 私としてもちゃんと学校に通ってる友達と遊んでくれてるのは、いつか本人が学校に行こうと考えるきっかけに成り得るという思いがあるし、R君と気が合うからってR君とばかり遊ぶようになったらその希望が無くなるわけで、なんともはっきり答えられませんでした。 


でもその後少したった今考えてみると、だいたい親が「あの子と遊んでもいいけど、他の子とも遊びなさい。」なんて言うのおかしいですよね。 誰と遊ぶかなんて子供が決めることであって、それが傍から見てどうだろうと、子供は子供の考えで自分の世界を構築して行くんでしょうから。


その日R君のお母さんは「これからも時々お茶しようねー。」と言って帰って行かれました。


その日のR君のお母さんの感じではそれほどあせっているとか、どうしようもなく悩んでいるという様子は見えませんでしたが、 その後H先生から伝え聞く話では相当あせっているというか、頭をかかえている様子がうかがえました。  たぶん、頭を抱えている方のお母さんが本当なのかも。 私に対してはプライドがあるのかもしれないし。 それかもしかして市役所先生に動いてもらおうとしてつらそうにしているのか(笑)


その後、息子は週に何回かR君と遊ぶようになりました。 相変わらずうちの息子からR君の家に電話をかけて遊びに行くようですが。 きっとうちの息子にですら自分からは「遊ぼう」と言えないところが、R君の個性であるのかもしれません。 R君のお母さんの話では、R君はうちの息子と遊んでいる時が一番楽そうだと。 もちろん気が合うというのもあるが、他の子に対して感じる学校に行けていない負い目が無いから、なのではないかということでした。 


これからどうなるかは分からないけれど、見ているととても波長が合っていそうな二人ですから、後々大きくなっていく過程でいろんなことを話し合える友達になれるんではないかな?と思う私でした...。





R君のお母さんに連絡する

なんとなくR君のお母さんと連絡を取らないまま新学期が始まり家庭訪問の週になりました。 訪問にいらしたH先生に「T君以外で誰か仲のいい友達っていますか?」と聞かれた私は、今は疎遠になっているけれどもR君の名前をあげました。 その時知ったのですが、H先生は3年生の時R君の担任だったのです。


H先生がR君のことも心配されているようだったので、私がこの前R君のお母さんと立ち話したことや、息子がR君のことを一番の友達だと言っていたこと、出来れば一緒に勉強させたらいいなと思っていることなどを話しました。 H先生によるとR君は自分から友達の方に寄って行けないところがあるということでした。 それなら、もしうちの息子と仲がいいなら二人が一緒に遊んだり勉強したりすることでお互い何かいい方向に行くかもしれないし、ちょっと連絡取ってみましょうかなんていう話になったのです。 先生も「僕の方からもR君のお母さんに連絡してみます。」とおっしゃるので、とりあえずH先生に先に話してもらおうかななんて思っていました。


数日後、H先生から再びR君の話が出ました。 H先生はその後すぐR君のお母さんと、R君の担任のM先生と話をしたようでした。 それによると...


R君とうちの息子が一緒に遊んだり勉強したりするのはいいのだが、二人がそれで満足してしまって「これなら学校に行かなくてもいいや」となってしまうと困る。 R君は一応病欠扱いであって、ごくたまにだが学校にもお母さんが連れて来られているので不登校のくくりに入っていない。 その点でR君のお母さん、M先生、H先生、私の間には微妙に意識の違いがあって事はそれほど簡単ではないのではないか。 ということでした。


私も聞いていて誰がどういう考えであったのかちょっと判別不能で良く分からなかったところがあったのですが、ともかく二人をくっつけようという私の思い付きはやんわり拒絶されたのかな?(笑)と判断しました。


でもまあ私も自分の考えを押し付けようという気はないし、その話はそれで置いておくとして、R君のお母さんと一度ゆっくり話をしてみたいなと思いました。 そこで早速その翌日、R君のお母さんに電話してみることにしたのです。


電話してみると、R君のお母さんが開口一番、「H先生に何か言われたの?」と言われたのには一瞬ひるみました。 私はとっさに、H先生に言われたから電話したと誤解されたくなくて 「え、ううん。 こないだスーパーでお会いしたじゃない。 それからずっと連絡してみようって思ってたんだ。」 とあわてて答えてしまいました。 それは本当だけど、家庭訪問の時にH先生とR君の話になったことを最初の電話で言いそびれることになりました。


R君のお母さんは、「そっかー、実はさぁ、こないだH先生にM君(うちの息子)の名前を言っちゃったの。うちの子がM君のことが好きだって。 それで電話くれたのかと思ってさ。」と言いました。 「え、そうだったの。 」 そこでまた私も家庭訪問の時のことを言えばいいものをまた言いそびれました。 それでもまあお互いに自分から相手の名前を出してたのが分かってそれは良かったななんて思いながら。


それから少しお互いの息子の様子などを話して、翌日、うちでお茶でもしながら話そうよということになりました。 R君のお母さんは専業主婦なので、もし来てもらえるなら私は午前中仕事を休んじゃってもいいやと思っていました。


R君のお母さんは私が電話したことをとても喜んでくれました。 電話しただけなのに「なんだか元気が出たよ~」と言ってくれて、私ももっと早く電話してれば良かったなーと思いました。 


電話を切ったあとすぐ、今度はR君のお母さんの方から、「今からM君にうちに来て遊んでもらっていいかな?」 という電話がありました。 私はその時仕事場にいたのですが、「うん。どうせ家に一人でいるから遊んでやってー。」と返事してその後すぐ息子に「R君が遊びに来てだって、行っておいで。」と電話で伝えました。


息子に電話してしまってから気付いたのですが、その時ちょうどお昼前でした。 「あっちゃー。お昼時に遊びに行かせちゃったよ。 でももうすっ飛んで行っちゃってるだろうなー。 しょうがない、明日R君のお母さんにすみませんって一言いっとこう。」 と、自分が失敗したと思った私でしたが、なーんと、その時息子はちゃんとR君の家がお昼時であることを見越して午後1時になるまで待ってから遊びに行っていたのでした。 そのしっかりぶりには笑いました。 


翌日のR君のお母さんの話によると、M君が来てもいいようにチャーハンを少し多めに作っておいたのだが、なかなか来ず、やっと来たと思って「お昼はどうしたの?」と聞いたら「うん、家にあるものを適当に食べた。」と言ったのだそうです(笑)。 (お昼は電子レンジでチンして食べられるものを冷蔵庫に入れておき、勝手に食べるようにしているのです) よしよし、なかなかちゃんと考える子に育ってるじゃないかと思った私でした。