いま、わたしが生きているということ
わたしは母が嫌いだと思っていましたが、客観的にみると良いところもあったんじゃないかと思います。
まず、毎食ちゃんとごはんを作ってくれたこと。
朝から、お弁当に詰めるためにハンバーグやコロッケも手作りです。
そのほかにも何種類もおかずを出してくれました。
毎朝おなかいっぱいになって学校へ通っていました。
小学生のとき、友だちの朝ごはんが納豆と白米だけと聞いて、ちょっとかわいそうだな、と思いましたが、母ががんばっていたおかげなんですね。
それから、夜中なのか明け方なのかわかりませんが、寝ているわたしのおでこに手を当て、熱がないか確かめてくれていたことを覚えています。
特に風邪を引いていなくても、もしかしたら毎日だったのかもしれません。
おでこに触れる母の手の感触に目を覚まし、そしてまた眠りにつきます。
いま思い出すと、とても安心できて、ホッとする瞬間だったような気がします。
寒い夜や、もしかしたら熱っぽいと感じたときでしょうか、タオルを首に巻いてくれることもありました。
いま思えば、わたしの母は、母としての役割をじゅうぶんに果たしていました。
その証拠に、わたしはいま、ここにいます。
命を脅かされることもなく、怪我や病気もせず、大学まで出て、働くことができています。
それだけでも、わたしは幸せなはずです。
それなのになぜ、不満を感じてしまうのでしょうか。
人間って、本当に不思議です。
「お母さん、育ててくれてありがとうね」
今日も読んでくださって、ありがとうございます☆
セレブ!お金持ち!玉の輿!!
よっこらしょっと。
さきほどテレビ東京で、イタリアの大富豪と結婚した日本人女性のことを取り上げていました。
そういえば、以前のわたしの夢は「玉の輿」でした(笑)
わたしの母は比較的都会で育ち働いていたのですが、縁あって田舎に住む父の元へ嫁いできました。
田舎で生活していると、都会で暮らしていた時のことが懐かしく、そして恋しく思えてくるのでしょう。
母はよく、「お母さんが若いころね、こんな人と出会ってね、もしその人と結婚していたら…」なんていうことを言っていました。
田舎に嫁いでいなければ…
もしかしたら都会で、華やかで今よりも楽な生活ができていたかもしれない…
そんな思いがあったのだと思います。
わたしとしては、
「もしお母さんが違う人と結婚していたら、わたしは生まれるのかな?」
「お父さんとお母さん、どっちのもとに生まれるのだろう?」
「生まれてこなかったら、今のわたしの思考はどこにあるんだろう?」
そんな不思議を感じながら、今思えば大したことはない母の話を興味深く聞いていました。
さらに、「うちは貧乏」という言葉もたくさん聞いて育ちました。
貧乏だからお風呂にはシャワーがなくて、貧乏だからベッドではなく布団で、貧乏だからパンじゃなくてお米なんだと、小さいころは本気で思っていました。
いつしかわたしには、「将来は、お金持ちの人と結婚したい」と思うようになったのです。
小学校の卒業文集には、「将来は、ワイン農園を経営する外国人のお金持ちと結婚したい」とまで書いていたほど。
なぜワイン農園かというと、旅番組でワイン農園を経営する男性を取り上げていて、「オシャレな農業」というイメージを持ったからです。
農業のお手伝いをしていたこともあり、なんだかんだやっぱり農業が好きだったんですね。
でも、田舎は嫌だ。
海外なら、田舎でもオシャレでかっこいいし、農業でお金持ちが成り立つ!
そんな単純な考えからでした(笑)
いまでも、「お金持ち」、「セレブ」、「玉の輿」などの事柄には、ミーハー的に興味をそそられます。
でも、まずはなによりも自分のこころが豊かでなければ、いくらお金があっても意味がないと知ることができました。
こころが豊かであることが、なにものにも代えがたい、絶対的な財産ですね。
今日も読んでくださって、ありがとうございます☆
自分のことは、自分で癒してあげられる
よっこらしょっと。
きのう、おとといと帰りが遅く、ブログを書くことができませんでした。
前回 、深い気付きを得ることができたわけですが、そこでふと思い出したのが、以前受けたカウンセリング。
カウンセリング内容をお伝えすると書いていましたが、だいぶ時間が経過してしまいましたね。
ずばり、「インナーチャイルドワークをしてごらん」、という内容でした。
わたしがイメージしているカウンセリングって、傾聴というんでしょうか、
「そうですか、ふむふむ、なぜそんなふうに感じたんですか?なるほど~、こんな場合ではどうですか?」
みたいな手法(?)でした。
相談者の話をよく聞いたり、的確な質問をして埋もれている感情を引き出すような。
でも、そこのカウンセラーはとってもお話好き。
自身の体験談や具体例などを挙げて、たった2回目のカウンセリングでそれを提案してくれました。
もちろん、わたしの状態を聞いて、「あなたには合ってるんじゃないかな」ということでの提案でした。
そのカウンセラーの言う「インナーチャイルドワーク」とは、とっても省略して書くと、「過去の自分と今の自分を出会わせて、過去の自分を癒してあげる」というような感じでした。
フラッシュバックなど引きおこす場合もあるので、トラウマのある人は慎重に、核心から離れた場面から…という注意はうけました。
「インナーチャイルド」と聞いて、「えっ、スピリチュアル系?」と一瞬ビックリしましたが、考えてみれば、スピリチュアルでもなんでもありませんね。
そして、そういえば似たようなことを体験したことがある!と、前回のブログを書き終わったときに思い出したのです。
社会人2年目のこと。
だいぶ家族に対するモヤモヤした気持ちも減ってきたころ。
久しぶりに実家に帰り、わたしの高校時代の部屋で過ごしていたときのことです。
ふと、当時の記憶が次々と思い出されてきました。
なんだか不思議な感覚でした。
ただ懐かしむのとは違うような。
その時、詳しくは忘れてしまいましたが、「ぷくしま、大丈夫だからね」とかなんとか、そんな感じのことを、その部屋にいた「高校生のわたし」に語りかけていたように思います。
当時、そのときのことを日記に書いています。
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時間と共に変わるもの。
東京にいると考えない。
でもここに来ると、いろんな記憶が鮮明に蘇る。
私もいつの間にか社会人。
いつか妻になり、母親になり、おばあちゃんになるのかな。
でも忘れたくないな、私が小さかった頃。
何も考えずに、ただ毎日を過ごしていた頃。
そして、少しずつ複雑に考え始めた頃。
いつか私の子どもが難しい年頃になったら、忘れたふりして非難したくない。
一緒に乗り越えてあげたいな。
18歳までの私を知る家。
ここに来ればその頃に戻るよう。
また来るからね、18歳の私。
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「大丈夫、わたしがいるからね」
癒されないまま取り残されている過去の自分を、今の自分が支え、癒してあげるという「インナーチャイルドワーク」。
それが具体的にどんな効果を得られるのかわかりませんでしたし、もっと原因を探ったりする方が先決なんじゃないの?とも思っていました。
なので、正直言ってカウンセリングのあと、そこで言われたワークはやっていなかったのです。
でも、こうやってブログを書いていくなかで、前回の記事のような気付きに至り、今回自分なりのインナーチャイルドワークをやっていたことを思い出し、ちょっとやってみようかな、と思い始めました。
やっぱりやらないかもしれませんが(笑)、いつまでも過去を憐れみ引きずっていてもしょうがない。
それに、ちびまるこちゃんから学んだように 、辛かったことばかりでもないはずなんです。
こうやって、少しずつ、思考のクセがほどかれていくのでしょうね。
人間って、面倒で、、、だけど、おもしろいですね。
今日も読んでくださって、ありがとうございます。