空と太陽と月 ~本当のわたしへの帰り道~ -8ページ目

怒りの矛先は…

よっこらしょっと。


今日は朝から少しナーバス。

金曜日に職場でイライラがつのったのですが、それをひきずったままでいました。


営業電話を延々とかけ続ける仕事を最近まかされたのですが、わたしの感情を書くと…


よーし、営業電話がんばるぞ!

→緊張するけど、うまく伝えられると気持ちいし、なんか自分やるじゃん。

→効果を狙うためにちょっと面倒だけどひと手間加えよう。

→他に担当になってる人はあんまり電話してない…わたしがんばってるな。

(実際にすごいね!たくさんやってもらって助かる!とほめられた)

→でも、なんであの人は全然電話しないの?なんかわたしばっかり。

→仕事のために休憩までずらしてるのに!さぼってる人はそしらぬ顔で、きっとあの人の分もわたしがやるはめになるんだろうな…

→イライラ頂点!ちょっとふてぶてしい態度をとる


さて、わたしの主観を書き出してみましたが、読み返すとなかなかの面倒なヤツですね。



そんな気持ちを抱えたまま迎えた月曜日。

通勤時間に電車の中で読んでいるブログの記事をきっかけに、このイライラについてもう少し考えてみることにしました。


「わたしは何に怒っているのか?」

→わたしは一生懸命やっているのに、さぼっている人は別に怒られていない。わたしばっかりがんばっていることが不満。


「どうしてさぼっている人を許せないのか?」

→会社では与えられた仕事をきちんとこなすことが求められているはず。そのルールを守っていないから許せない。


「なぜそのルールを守るべきなのか?」

→ルールを守ることが、評価されることだから。



はい、わたしの本当の欲求がでてきましたね。

「わたしは、認められたい!」です。


もっとほめてほしい!わたしってすごいと周りに認められたい!


この気持ちは、本来であれば上司や先輩にむくはずです。

しかし、見当違いもはなはだしい、さぽっている人へ怒りとして向けられてしまいました。

(その人へ直接伝えたわけではありませんよ、念のため)


では、なぜこんなことになってしまったのでしょうか?



この続きは、次回へ持ち越しです。

わたし自身ももう少ししっかりと消化し、まとめたいと思います。



今日も読んでくださってありがとうございます。

豆まき、していましたか?

よっこらしょっと。

今日は節分。それに気がついたのは、出かけた先々のお寺で豆まきの準備をしていたからでした。

そういえば、実家では毎年豆まきをしていたな~と、思い出しました。
たまに落花生のときもありましたが、ほとんど大豆でした。
さすがに鬼役をする人はいませんでしたが、だいたい妹とわたしで、「鬼は~そと~!福は~うち~!!」と、家の中にも外にも豆をまいていました。

わたしの中の、家族との楽しかった時間をまたひとつ、思い出すことができました。

いつも豆を用意するのはおじいちゃん。
普段は台所に立たないおじいちゃんですが、豆を炒るためにその時ばかりは台所でフライパンを振ります。

香ばしい豆の香りが、恋しくなります。

空気を感じて

よっこらしょっと。

今日はとってもあったかい一日でしたね。
洗濯物を干そうとベランダにでると、ふわっと春の香りがしてとっても癒されました。
この春の香りって、なんなんでしょうね?
そして、香りって、いやおうなしに同じ香りを感じた瞬間へ連れて行ってくれます。
それがどんなときだったかはよく思い出せないけれど、懐かしい、いつだったかどこかを歩いていたときのような…


冬のピリリとした寒さも、嫌いではありません。
もちろん、お布団から出る瞬間は辛いですが、洗濯物を干すとき、寒い寒いと言いながらも、あの空気を心地よく感じたりもします。

なんていうのか、寒い空気は、暖かい空気よりも新鮮に感じるのはわたしだけではないと思います。
食べ物も、冷たいところに保存したほうが長持ちしますしね。

あの冷たい空気を吸い込むと、肺から生まれ変わるような、そんな気持ちになります。

こんなに暖かいと、ついつい春を近くに感じてしまいます。
明日はまた、寒くなるそうですが。

もう少し、冬の空気を味わうことにします。