わたしのひとつの欲求
よっこらしょっと。
そういえば、このブログの一番はじめの記事って、2007年の1月に書いているんですよね。
今からちょうど6年も前になります。
わたしは、昔から文章を書くのが好きでした。
「こころ」に興味をはじめてからなのか、初めての恋の時だったか…、いつからか自分の感情や感じたことなどを小さなノートに書き綴るようになりました。
家族とのこと、恋愛のこと、「こころ」のこと、将来のこと、ともだちのこと…悩んだり、迷ったり、いろんな想いや考えをノートにぶつけました。
辛いときや怒っているときは、「ふざんけんなーーー!!!バカバカバカ!!!!」みたいに書きなぐることもありました。
「保育」について学ぶため大学進学を決めたとき、推薦入試での小論文や面接対策のために新聞記事をまとめて自分なりの考えを書いたり、普段の生活の中で感じた「子ども」に関わることをまとめたのも、そのノートでした。
本を読むのが好きだったことも、文章を書くことにつながっていたかもしれません。
年長さんの年に初めて幼稚園に入り、しばらくしてのことでしょうか。
母親が幼稚園にきて、先生とお話していたときのことを今でも覚えています。
保護者面談の時期だったかもしれません。
「お子さんは、お外でお友だちと遊ぶよりも、ひとり室内で絵本を読んだり、絵をかいていますよ。慣れてくれば、お友だちとも遊べるでしょう。」
というようなことを言っていたように思います。
なんとなくその時、「みんなとお外で遊ばなくちゃいけないのかな」と思ったことも覚えています。
ジブリ映画「耳をすませば」では、主人公の女の子が作家を夢みる様子が描かれていましたが、あの映画を見終わると、いつも「わたしも何か書きたい!小説家になりたい!」とすっかり感化されてしまっていました。
意気込んで書き始めては、ストーリーを展開させられず、いつも数行で終わっていましたが。。。
とにかく、わたしは書くことが好きです。
いつからか書くことが少なくなってきましたが、時々、無性に「書きたい!」と思うことがあります。
このブログをはじめたきっかけも、ちょうど「書きたい!」という欲求が夜中に芽生えたからでした。(ろくなこと書いていませんしむしろ気持ち悪いくらいですが)
久しぶりにこのブログを思い出し、今こうやって少しずつ書いています。
このブログをはじめた前日にカウンセリングを受けたこともあってか、そのときからなんだか少しずつ、こころの調子がいいように感じます。
書くことは、バラバラになったパズルのピースを、ひとつずつはめていく感覚にも似ています。
誰に聞いてほしいというわけでもなく、ただの自己満足のブログですが、いや、ちょっとは、誰かに知ってほしいのかもしれませんね…。
ずれたピースや、なくしてしまったピース、ちょっとずつ修正したり発見して、本当の自分へと戻ってきています。
もしよければ、その道中、ときどきのぞきにきてくださいね。
読んでくれて、ありがとうございます。
<記憶ドラマ>タイトルつけてみた
よっこらしょっと。
きのうの内容、わたしにとっては大きな気づきで、あれから1日いろんなタイミングに思い出していました。
ひとつの出来事も、見方によってどんな風にも解釈できてしまう。
たくさんある記憶の中から、何をよく思い出すか(思い出そうと意識するか)でも、全体像は変わる。
今までの<記憶ドラマ>のテーマはズバリ、
「母がわたしをダメにした~辛い過去を背負いながら今を生きる~」
母親にひどいことをされた、母親の愛情を感じられなかった、理想の家族にはほど遠かった、あのときあんな風に言われたから、いまのわたしがこうなっちゃったんだ、、、
そんな辛い出来事があったから、今のわたしは苦しんでいる。過去を背負いながら、生きづらさを感じながらも今を懸命に生きる。はたして主人公は現代社会に適応できるのだろうか。
新しい<記憶ドラマ>のテーマは、
「大自然の7人家族~帰る場所がそこにある~」なんていかがですか?
朝からハンバーグやコロッケを作ってくれるお母さん、おやつの分厚いホットケーキが大好きだったな。
休日はいろんなところに連れていってくれた、物知りお父さん。
おいしいお米や野菜を育ててくれたおじいちゃんおばあちゃんのおかげで、栄養たっぷりに育ったよ。
お兄ちゃん、妹がいたおかげで、にぎやかな時間を過ごせたよね。
辛いこともあったけれど、ドタバタしながらも7人のこころは離れない。強い絆がある。
見るなら断然、後者のドラマです。
前者ももちろん興味深いけど、見終わったあとかなり疲れそうじゃありませんか?
そういうのは時々意識的に見るくらいにしないと。だらだら見ちゃうとその世界から抜け出せなくなりそうですよね。
これまでさんざん辛い記憶を反芻してきたので、これからは意識して、それ以外の記憶を辿りたいと思いました。
それが直接どんな影響を及ぼすか今は未知数ですが、もし自分で感じるような変化があったらお伝えしたいと思います。
まるこちゃんに学ぶ、「わたしの家族物語」
よっこらしょっと。
山田洋次監督の「東京家族」、ご覧になった方いますか?
この映画の公開にあわせて、「おとうと」をテレビで放送していたときにこの映画のことを知り、公開中に観たいな~と思っています。
“家族もの”が嫌いだと思っていましたが、案外そうでもないと最近気がつきました。
むしろ、好きです。
いま思い出してみると、「フルハウス」にはじまり、「アルフ」、「サザエさん」、「ちびまるこちゃん」、「寅さん」、、、特にホームコメディって、家族のあたたかさや家族だから起こるささいなトラブル、生まれる感情、全てがあたたかく、そして愛おしく感じます。
もちろん、自分の現実世界となるとなかなかそうも思えず、めんどくさい、わずらわしいと思いがちですが、もし、映画やマンガでちょっとホームコメディタッチで描くとすると…?
ちょっと、いつもと違った視点で家族を思い出してみるのもいいかもな、と思うのです。
いつもガミガミうるさいお母さん。
お酒を飲んで酔っ払い、時にはどなるお父さん。
ねちねち口うるさく威張っているお姉さん。
だけど、まるちゃんはのんきにグータラ、自由きままに生きていますね。
怒鳴られて、当然落ち込んだりもするけれど、けろっと忘れてま~た怒鳴られて。
おじいちゃんやおばんちゃん、学校の友達やご近所の人たち、いろんな人の愛にたくさん触れながら生きているまるちゃん。
ちょっとうるさいお母さんやお父さんだって、本当はまるちゃんのこと愛しているんだね。
まるちゃんはその土台の上で、自由きままにまるちゃんの人生を楽しんでいるみたい。
わたしは、わたしの人生を悲劇として演出していなかったか?
これを、コメディとまでいかなくても、じんわりあったかドラマに転換できないか?
たくさんの出来事の中から、何をピックアップし、どんな風に解釈させるかで、物語の雰囲気って大きく変わりますよね。
今までの視点にとらわれず、改めて家族を思い出したいです。