空と太陽と月 ~本当のわたしへの帰り道~ -11ページ目

叫びながらの鑑賞…映画「グラスハウス2」そして「私は私。母は母。2」

よっこらしょっと。


きのうは、ほろ酔いでパソコンを閉じ、すぐに眠ってしまいました。

かけたままだったアラームに起こされ、また眠り…そしてハタと目が覚め、今日の予定を思い出しました。


用事を済ませ帰り、何気なしにテレビをつけると、午後のロードショーがやっていました。

映画は好きだけれども、特に借りてきてまでみたいわけでもないわたしにとって、午後のロードショーと深夜にやっているロードショー(名前はなんでしたっけ)は貴重な番組です。

リアルタイムではみず、おもしろそうな映画のときだけ録画してあとでみています。


レコーダーにランプはついていないので、特に興味のないミステリーかアクションだったかな?と思い番組紹介を確認しました。


「グラスハウス2 ~両親を失った姉弟と、罠。里親の隠された過去…~」


そうそう、ミステリーっぽいから録画していなかったと思い出しました。

でも、なんとなく、み続けてしまいました。


そしたらなんとも怖いこと!!

その恐怖に、はじめは単純なホラーかとも思いました。


途中からみたので詳しい設定は知りませんが、中学生くらいの姉と5~6歳くらいの小さな弟が、両親をなくし里親に引き取られたようです。

里親となった女性。子どもをほしがったわりに、なぜか暴力的。支配的。

「あなた達だけでは生きられないの、わたしが引き取ってあげたのだから感謝しなさい!」

「それが母親に対する態度なの!?」

わざと子どもに怪我をさせ、「わたしが治療してあげるわ…」

特に姉に牙をむけていたため、小さな弟にだけ興味があったのかな?その子だけかわいがるとか?

と思っていると、なんと弟の食事に毒を盛りはじめたのです。


それに気づいた姉が、インターネットで「毒を盛る親」について調べた結果、それは「代理ミュンヒハウゼン症候群」だと知りました。。。



普段はホラーやミステリーのようなものはあまり興味ないのですが、今回は親子(里親ですが)という設定もあってかかなり食い入るようにみてしまいました。

でも、あまりの恐怖に耐え切れず、「グラスハウス2 ネタバレ」と結末を検索してしましたしが…笑


「毒を盛る親」は、映画「シックスセンス」でも登場しましたよね。

「代理ミュンヒハウゼン症候群」とは、自分以外の人を傷つけたり病気をねつ造し、その相手を心配し懸命に看病する善き人間を演じ、周囲から同情や評価、注目を得ようとする精神疾患だそうです。

その中でも、特に母親が子どもを対象とするケースが多いそうです。

そしてこれを患っている人は、過去に「ミュンヒハウゼン症候群」(傷つける対象が自分自身)であったことが多いそうです。

(症例についてはあくまで代表的な例を簡潔に書いただけなので、単に自分を傷つける行為がこの疾患であるとは言えません)


これは精神疾患ですが、なんだか、問題を抱えた母親となると、自分の母親を思い出してしまいます。

(もちろん全くケースが異なりますし、念のため、母親から叩く蹴る以外で身体に傷をつけられたことはありません)


ちょうど「私は私。母は母。」という本を読んでいたこともあり、「親子」ってなんだろう、どうしたら双方が幸せになれる関係が築けるのだろうと考えてしまいました。

映画のあと、この本を最後まで読みました。

それまでに紹介した母親を7つのタイプに分類し、それぞれのケースにおける娘側の対処法。

それから、そういった母親の娘であった人へ、いつか母親となったときに知っておいてほしいこと。


この本では、最後まで両者で幸せになるケースは紹介されませんでした。

この本は「幸せになるための○○メソッド」などのような心情に訴えるものではなく、現に苦しんでいる人へ向けた対処法を紹介する本ですから、当然といえば当然ですよね。


あなたはあなた自身の幸せを最優先すべきであり、母親の幸せは母親自身で責任をもつべきなのです。

あなたを傷つける母親とは、距離をおきましょう。と。

わたしはこの意見に賛成です。

わたしは母親から離れました。

でも、この言葉は今のわたしにとって「そう!そうですよね!」と強く賛同できるわけではありませんでした。

まだどこかで、「幸せな結末」を望んでいるのかもしれません。


正直、あきらめたくないんです。

う~ん、この辺はカウンセリングで整理したいと思います。。。


誰の言葉だったでしょうか。「世界平和を願うなら、まずは自分自身が平和でありなさい」というような言葉を聞いたことがあります。

そう、わたしは幸せになりたいです。こころが平和でありたいです。

そして、そのために母親との関係でごちゃごちゃに絡まったこころをひも解いて、楽になりたいです。


そして、いつか、お母さんのことで暗い気持ちにならなくなったら、わたしがお母さんになりたいです。

田舎者です

よっこらしょっと。


そういえば、「よっこらしょ」って方言ですか?

わたしは今関東圏に住んでいますが、高校卒業まで過ごしたのは東北です。

ゴミを捨てることを、「ゴミを投げる」といいます。

方言と知らない人が聞くと、驚くそうですね。


わたしが生まれた家は、本当にド田舎でした。

いまだに、au以外の携帯では通話がままならない秘境の地です。

とっても田舎で、新しく引っ越してくる人などほとんどおらず、みんな昔々から家を守り継いできた人たちだけで残ったようなところです。

当然わたしの家も、代々農家としてその場所で暮らしてきた「本家」です。




「田舎」、「本家」、さらには「昔ながらの生活」というベースは、思春期からその地を離れるまで本当に窮屈でしかありませんでした。


「お布団ではなくベッドで眠りたい」 (布団しかありません。ふかふかベッドに憧れました)

「水洗の洋式トイレがいい」 (いわゆるボットントイレ、ご存知ですか?緊張感たっぷりなトイレです)

「フローリングの部屋がいい」 (部屋はすべて畳です。スリッパに憧れました)

「ふすまではなく壁がほしい」 (ふすま続きの部屋のため、プライバシーがあまりありません)

「シャワー付きのお風呂がいい」 (桶でお風呂のお湯をすくい、それで頭や身体を流します) 

・・・などなど、友人やテレビドラマの生活と比べて、たくさんの欲求がうまれました。

(う~ん、田舎や本家は関係ないか。生活スタイルですね)



今となっては、なんと貴重な生活をしてきたんだろう…と感謝の気持ちさえ生まれています。

田舎での生活については、また改めてご紹介したいと思っていますよ。

だって、そこで18年間育ったわたしでさえ、帰省したりただ思い出すだけでも、わくわく、ほっこり、ときには笑ってしまうような環境だったのですから。

もちろん、良くなかったと思ってしまう一面もありますが、離れてみてわかることって、本当にあるんですね。


そして今、わたしはあのとき、家族の反対を押し切ってでも家を出てよかったと、こころから思います。


明日はお仕事がお休みで、いいかんじにほろ酔いのため、とりとめのない内容ですがご勘弁を。

おやすみなさい。

わたしって

よっこらしょっと。


突然ですが、わたしって「モラトリアム」なんですってね。

一応、働いています。電車に乗って通勤しています。


学生のころ、電車がすごく苦手になった時期がありました。

とにかく、近くに人がいることが耐えられない。

視線が怖い。もしくはイラつく。

息がつまる。

ふらふらしてきて、あぶら汗が出て、苦しくて電車を降りる。


そんなことが続くので、急行のようなしばらく駅に止まらない電車には乗らず、各駅停車でいつでも降りることができるようにしていました。


大学を卒業してからは、満員電車とほとんど縁がなくなりましたが、今の職場になって久しぶりの満員電車生活。

はじめは、さぞ苦痛だろうと覚悟していましたが、なんか、大丈夫かも…うん、意外と大丈夫。


もちろん、脚疲れた~なんかバッグ当たって痛いんですけど~新聞しまってくれ!!と感じることも当然あります。

でも、ほとんどはストレスに感じないし、何よりも体調がいたって平気。途中下車もなし。


ときどき、「電車がすごく苦手なこともあったな…」と思い出しては、自分の成長というか、その時のこころの状態をうれしく思います。


満員電車、病院の待合室、付き合いはじめでわがままを言いあえない彼氏と実はあまり好きではないアトラクション120分待ち…

そういったストレスのかかる状況下は、自分のこころの状態がよく表れますね。

わたしは、どんなときにイライラして、どんなときにうれしくて、どんなときに緊張してしまうのか。

わたしは、どんなときに楽しくて、どんなときに泣きたくなって、どんなときに愛おしいと思うのか。


わたし自身を、もっと気にかけてあげよう。


いま、ふとそんな風に思いました。