空と太陽と月 ~本当のわたしへの帰り道~ -5ページ目

ただ、あるがままに

よっこらしょっと。



今日は、友人とその子ども(生後4カ月)に会ってきました。


赤ちゃんって、本当に無垢で、透明で、ある意味完璧な存在だと感じます。

赤ちゃんに見つめられると、心の全てを見透かされているんじゃないかと思ってしまいます。

思わず目をそらしたくなってしまうわたしは、後ろめたい何かを持っているのかも…。


最も五感が鋭いのは、赤ちゃんのときだと思います。

母親の母乳と、違う女性の母乳を識別できる力は、まさにそのひとつです。



全てがオープンで、なんの駆け引きも、なんの思惑も、ありません。

過去も、未来も、ありません。


わたしは、そんな状態にとっても憧れます。


目の前のことを、ただそのままに感じる。

ただ感じたままに表現する。


我慢も、見栄も、威圧も、ありません。


ただ、あるがままの状態。



成長するとはなんでしょうか。

大人になるとは、なんでしょうか。



今日も読んでくださって、ありがとうございます☆

愛はそこかしかに

よっこらしょっと。



わたしは、自然がすきです。


自然に囲まれて育ちましたが、あって当たり前のものとして感じたことはないかもしれません。

「自然よ、ここにいてくれてありがとう」などとは思いませんでしたが、ふとしたときに、わたしは自然に感動し、癒され、なによりそれは、わたしのこころの拠り所でもいてくれました。


自然に感動するということが、どんなに幸せなことか、最近になって気がつくことができました。


「愛をもらうのは、なにも母親からだけとは限らない」


カウンセラーの言葉がきっかけです。


その時、まっさきに自然を思い浮かべていました。

山が、川が、木が、月が、星が、太陽が、花が、虫が、動物が…



どうして、自然に感動するのでしょう。


つぼみがほころびだしただけで、猫が日向ぼっこをしているだけで、空が澄み切っているだけで、なぜかうれしくなってしまう。


人はなぜ、太陽が昇る様を見て涙を流し、星の輝きに息をのむのでしょうか。




今日も読んでくださって、ありがとうございます☆

ここはどこ、わたしはだぁれ?

よっこらしょっと。



今日は、風が強かったけれど、澄み切った空がとてもきれいな1日でした。

家から最寄駅まで、歩いて約15~20分ほどと少し遠いのですが、その道のりはわたしにとって、大切な時間だと感じはじめています。


わたしは、人のいない、静かなところを歩くことが好きです。


特に休日の住宅街。

たまに、本当に時が止まったような瞬間に出会うことがあります。

それもまた、好きなのです。



全く人の気配がしない、風も吹いていない、鳥や飛行機も飛んでいない。

同じ場所だけど、違う次元に迷い込んだような、不思議な感覚に包まれる瞬間。


わたしはどうしてここにいるのだろう。

ここはどこ?

わたしの中の時間さえも、止まってしまうような…。



わたしは、ときどき不思議な感覚に陥ることがあります。



たぶんわたしが小学校低学年のころのこと。

海の帰り道だったか、スーパーの帰り道だったか、初めての場所を車で通りすぎたときのことです。


ひとっこひとりいない山を越えていました。

しばらくして、家があらわれました。

ポツン、ポツンと家はあるけれど、人はみかけませんでした。

なんとなくその時、「ここで生活している人がいるんだよな…」と思ったのです。


そして…言葉にするのがとても難しいのですが…

場所を場所としてではなく、なんというか、生活として捉えるというか…。

わたしがそこの住人になったような感覚、また次の瞬間は、初めての場所だ…という、強い、実感。


なんだか不思議な感覚を体験したあとのことです。

昔から家の周りで遊んでいましたが、あるとき、ふとした瞬間にあのときの感覚が蘇ってきました。

ちょうど、道路から我が家に向かって歩いていたときです。

見慣れたはずの風景をみて、あのときのことを思い出したのです。

そして、「初めて訪れた…」という意識で、そこに立っていました。


「初めてここへ訪れた人は、どんなことを感じるのだろう」

そう意識して考えていたと思います。

それと同時に、どんどん不思議な感覚が深まっていきます。


ここはわたしのテリトリーだけれども、違う場所に行けば、わたしの知らない他人のテリトリーがある。

そこに住む人は、わたしのように何かを考え、何かを感じ、生活している。


そして、わたしではないわたしの思考…。


母親が、「もしあのまま都会で生活していたら…」と話した時に感じた、

「母と父のもとから生まれなければ、わたしの今の思考はどこにあるんだ?」

という感覚にも、通じていると思います。


たぶん、すごくたくさんのことをぐわぐわーーっと感じ、考えていました。


今でも、ふとした瞬間にその感覚に陥ることがあります。


それが好きで、ときどき意図的にその感覚に陥ろうと試みることもあります。

いつもできるわけでもありません。


人の気配があってはなりません。

物音がしてもいけません。

時が止まっているような感じのするときがチャンスです。


夜に試したことはありません。



ぜひ、毎日歩いている道のりを、初めての場所だと思って歩いてみてください。

当たり前の風景を、新鮮さをもって眺めてみてください。

そして、そこで生活している人の意識を想像してみてください。


特になんの意味もありませんが、きっと、おもしろい感覚に出会えると思いますよ。


人間って、不思議ですね。



今日も読んでくださって、ありがとうございます☆