今日の一歩
よっこらしょっと。
高校生のころ将来の職業を考えたとき、「カウンセラー」は数少ない選択肢のひとつでした。
「いつか勉強してみたいな、でも何から始めればいいんだろう…」
そんな状態がつい最近までとぎれどぎれに続いていました。
最近になって、自分がカウンセリングを受けてみたり、実際にカウンセラーやセラピストとして活躍されている方のブログを拝見することで少しずつその道が明確になってきていました。
高校生のころと異なるのは、
「カウンセラーになって他人を助けたい!」
という気持ちよりも、まず、
「こころの仕組みを知りたい。自分自身を癒したり、楽に生きられるようになるにはどうしたらいいのだろう」
という気持ちが学ぶ動機になっていることです。
そして今日、そのための一歩を踏み出しました。
カウンセリングに関する講座を受講し始めたのです!
そこで感じたことも、気が向いたときにでもここでまとめてみたいと思います。
読んでくださって、ありがとうございます☆
自堕落
前回の記事からだいぶ日にちが経ってしまいましたね。
2週間ほど自分の都合で自宅を離れていました。
戻ってきてから1週間は…あの感じ、なんていうんでしょう。
引きこもりというか、パラサイトシングルというか、社会性のない人間…?
なんもやる気しない、ネットでダラダラ動画みて、眠くなったら眠って、お布団ヌクヌク~・・・
…ハッ!だめだめ!!このまま堕ちてはだめだ~!
でも…だって、どうしたらいいの?
誰かわたしに指示して…
という、わたしがよく陥ってしまうパターン真っ只中でした。
このパターン、いいかげん抜け出したい!
と思っているのは、わたしだけではないでしょう。
いろいろな場面においても。
恋愛とか、家族との関係とか、仕事とか。
でも、いつも同じパターンではないのです。
同じ感じだけど、同じではない。
延長なだけで、ちょーっとずつ変化はあるのです。
と思っているのですが、手っ取り早く抜け出して、そして、何よりも戻らない方法を知りたい!
ダイエットでいう、リバウンドしない健康的な痩せ方!
でもそれって、付け焼き刃じゃだめなんですよね。
長期的に、根本的に、ベースから。
思うのですが、ダイエット(生活習慣)をきちんと自分でコントロールできる人って、こころのコントロールも上手なんじゃないかなーと思います。
よく言われていることなんでしょうが、しみじみ、思います。
とりあえず、ブログも書く気になりましたし、徐々に自分を盛り上げていきたいと思います!
読んで下さって、ありがとうございます☆
誕生日 わたしを認めてほしくて
よっこらしょっと。
誕生日が近づくと、思い出すことがあります。
「わたしは、ちゃんと誕生日をお祝いしてもらえなかった…」
わたしの両親は、誕生日やクリスマスにプレゼントをくれたことがありません。
いや、小さいころ、ひみつのアッコちゃんのコンパクトをプレゼントされたことは覚えています。
すごくうれしくて、毎日持ち歩いていました。
でも、それ以外は全く記憶がありません。
もしかしたら、忘れているだけなのかもしれませんが…。
わたしと妹の誕生日が近いため、ある時期は毎年お互いの誕生日の間に、妹とふたりでスポンジケーキにデコレーションしていたことを覚えています。
妹が生クリームケーキで、わたしはチョコレートケーキ、というように。
それは母の提案だったかもしれません。
ケーキがあるということは、もちろん食後におめでとう!なんて言い合ったのでしょう。
だから、誕生日を忘れられていたり、全くお祝いされなかったわけではなかったのです。
でも、なぜか、「お祝いされた」という感じが、全くないのです。
母の誕生日プレゼントを選んでいたことは覚えています。
お手伝い券だったり、ハンカチだったり、エプロンだったり、口紅だったり…。
毎年だったかはわかりませんが、買っていた記憶があります。
母の日のプレゼントだったかもしれません。
なんとなく、母から要求されていたような気もします。
高校2年生のころでしょうか。
「お祝いされていない」、「プレゼントをもらったことがない」、「お年玉さえくれたことがない」そういった不満が噴出したことがありました。
なにがきっかけだったかは忘れましたが、母に対してそれをぶつけました。
「母らしいことをしてくれなかったくせに!」というような感じだったと思います。
ふたりで言い争い、わたしが大きく何か言いました。
すると母はその場を離れ、しばらくしてもどりました。
一万円札を何枚か手にしていました。
「これでいいんでしょ!」
「いらないよ!」
「これあげるから、もう二度とプレゼントがなかったとか文句言わないでよね!」
母は、一万円札を叩きつけて去りました。
内心、「わ~、大金だ…」と少しテンションが上がりつつ、でも当然、母の行動を理解することはできませんでした。
理解するとすれば、「やっぱりわたしを愛してはいない」ということでした。
お札を拾いながら、返そうかとも思いましたが、「もうわたしのもの!返してと言われたって返すもんか」と思いなおし自分の机にしまいました。
誕生日のお祝いの記憶がないのは、なにも自分のときだけではありません。
家族それぞれの誕生日にお祝いをしたという明確な記憶がありません。
でも、ひとつだけ覚えている誕生日がありました。
あれは、小学校低学年のころでしょうか。
「誕生日おめでとう」と、兄がわたしにプレゼントをくれました。
そのとき、周りに家族もいて、みんなで「おめでとう」と言ってくれたように思います。
プレゼントは、折り紙の「やっこさん」です。それにヒモがついていて、首にぶらさげました。
やっこさんには、ブタの絵が描いてあり、「ひどい~」と怒ったような気がします。
兄はわたしのことを「ブタ」といってからかうことがありました。
だけど、兄がわたしのためにそれを作ってくれたことが、すっごく嬉しかったです。
みんなの雰囲気もすごく温かかった気がします。
幸せな誕生日でした。
いま、思い出したことがあります。
わたしは、お月さまのきれいな夜に、生まれたんだと。
母は、わたしたち兄妹を生んだときのことをときどき語ってくれました。
わたしは、するっと生まれてきたそうです。
看護婦さんとおしゃべりしている間に陣痛がきて、あわてて準備をして…あっという間だった。
出産のあと、父に何か食べたいものがあるかと聞かれ、アイスと答えた。
アイスを買ってきた父が、「今日は月がすごくきれいだ」と言った。
「お母さん、わたしを生んだ時のことを、もう一度聞かせて。」
今日も読んでくださって、ありがとうございます☆