高次脳機能障害者の就労


  【自営で再起の兆しを掴む】


 最前線の設計や監督業務から一転して閑職へ。再び自信を大きく喪失した小川さんでしたが、定時上がりで余った時間にひたすら「成功者の本」を読み漁った結果、Wハウジングを退職して一時期自営業の道を歩むことになります。

「自分のやり方は間違っている、成功しないなと思って、ひたすらビジネスと成功者の本を読んだんです。『金持ち父さん 貧乏父さん』(ロバート・キヨサキ/筑摩書房)に感化されて、株を一年死ぬ気で勉強した結果、自分の年収くらい稼げる様になり、Wハウジングを辞めました。もう働かなくて良いのと、どんどん資産が増えるので、希望が凄く持てました。ビギナーズラックだったのでしょう」

 それまでは「自分自身もままならないのに結婚もできない」と思っていた小川さんでしたが、この時期に交際していた女性と結婚。

このタイミングで投資の方は失敗を重ねてせっかく増やした資産も溶けてしまいましたが、妻を養うプレッシャーの中で小川さんを救ったのが、Wハウジング時代の末期に出向していたK住宅評価センターでした。

「W時代は社内で信頼を無くして出向も嫌でしたが、あれはその後に上手く行くための経験、過程だったかもと、いまになると思います」

 性能評価とは、住宅の省エネ性、耐震性、遮音性、耐火性能やバリアフリー度など様々な評価項目を数値化して証明する仕事。かつて欠陥住宅が社会問題化した際に消費者保護のために制定された通称「品確法」に基づくものですが、こうした性能に対して様々な補助金が発生する昨今となっては、戸建て産業の不可欠要素です。

業務内容には現場で図面通りに作っているかのチェックなども含まれますが、評価検査そのものは一案件20分ほど。長くても1~2時間でその案件は完結することが、記憶に障害を持つ小川さんにとって、実は最良の相性でした。

「設計の仕事は一案件に3カ月ぐらいかかるので、その間ずっと注意を持続しなければなりません。前日の仕事を忘れてしまう僕にとって、その日のうちに終わる仕事は向いていた。

単価も良かったので、稼げることに嬉しくなりました。自営業としてK評価センターの仕事を請け始めると、妻を養うプレッシャーもあって、誰もやりたがらない大変な仕事を文句も言わないで請け続けるように。結果、3年目には年間850万円を売り上げ、これが人生で1番稼いだ時でもあります」

 その仕事ぶりへの評価もあってか、このK住宅評価センターが新たな支店を出店するので是非社員になってほしいと打診を受けたのは、15年前のこと。けれど、ここからが小川さんの新たなる戦いの始まりでした

文責・鈴木大介 
脳に何かがあったとき 2021.10月号

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