連載形式での投稿をしていきます。

『自己を見失いながらも、哲学の思索を通して少しずつ自己理解を深めていく』

姿を描いていきます。

最後までお付き合いいただけたら幸いです。

 

主人公:加代子

正しくあろうと、正解を選びたいけど選べない葛藤の中で、

自分を否定したくなる気持ちを持っている。

 

 

『“わたし”に耳をすませる』 

第41章:まなざしを交わすということ

月曜の朝。
通勤ラッシュに揉まれながら、加代子はホームのベンチに腰かけて電車を待っていた。
以前なら、混雑する人波の中にいるだけで疲弊していたはずの時間。


それでも今日は、不思議と心が落ち着いていた。

 

スマホでニュースをチェックしながら、ふと耳に入ってきたのは、ベビーカーの母親と小さな男の子の声だった。

「ねえママ、なんで電車ってしゃしん撮っちゃだめなの?」

母親は疲れた顔で「静かにして」とだけ答えた。
男の子は不満げに唇をとがらせたまま黙り込む。

 

加代子はそのやり取りに、自分と湊の過去を重ねてしまう。
「理由」を求める子どもの問いに、応えられなかったあの頃。
「今、そんな余裕ないの」と心でつぶやきながら、答えることを諦めていた日々。

でも今なら、ほんの少し違う言葉が、きっとあった。

“問いにすぐ答えなくてもいい。でも、無視はしたくない。”

 


 

電車がホームに入ってきて、人の流れが動き始めた。
加代子も流れに合わせて立ち上がる。


心の中で、あの母親に静かに問いかける。

「大丈夫。疲れていても、ちゃんとまなざしは届いてるよ。」

それは、かつての自分に向けたことばでもあった。

 


 

職場に着くと、加代子は部署内の朝のミーティングでちょっとした発表を任されていた。
「新人指導の心得」について、自分の経験を交えて話してほしいと言われたのだ。

 

かつての加代子なら、完璧なメモを作り、何度も練習して挑んでいただろう。
でも今回は、ただ「今、自分が伝えたいこと」をメモにしただけだった。

「私自身、長い間、“正しさ”ばかりを追いかけてきました。
でも、“正しいこと”が、必ずしも“届くことば”ではないんですよね。
相手が何を感じているか、何を言葉にできないか。
そこに、耳を澄ませていたいと最近思うんです。」

ざわついていた空気が、ふと静かになるのを加代子は感じた。

 

後輩の一人が、小さく頷きながら言った。

「…なんか、ちょっと気が楽になりました」

その声に、加代子は自然と笑顔になった。

 

「伝える」って、何かを教えることじゃなくて、
“ここにいるよ”って、ことばを置くことなのかもしれない。

 


 

その夜、帰宅すると湊がリビングで絵を描いていた。
紙いっぱいに描かれたカラフルな世界には、空に星があり、木の上に猫が座っていて、
その横に「おかあさんとぼく」が並んで笑っていた。

「これね、きょうの“たのしかった想像”!」

湊がそう言って、少し得意げに胸を張る。

「たのしかった想像、っていいねぇ」

「うん、せんせいが“むずかしいことじゃなくてもいい”って」

加代子は、ふいに胸が熱くなるのを感じた。


“想像すること”が、誰かの世界をあたためる手段になるなんて、
かつての自分は考えもしなかった。

「ねえ、おかあさんは、どんな“たのしかった想像”した?」

湊の問いに、加代子はほんの少し迷って、でもすぐに答えた。

「うーん、朝の駅でね、知らないお母さんと子どもが話してたの。
その二人が、帰り道に手をつないで笑ってるところ、想像してみたの」

湊は目を丸くしてから、ニコッと笑った。

「いいね、それ!ぼくも、それ描く!」

 


 

「誰かのことばに、自分のまなざしを重ねる」
それは、同情や正解を投げかけることではない。
ただ、“そういうこともあるよね”と、小さな灯りを心にともすこと。

 

「わたしは、間違ってもいい。
選びきれなくてもいい。
正しさよりも、“今の自分が大切にしたいこと”を選んでもいい。」

 

そのことばは、今、誰かに渡すことができる“贈り物”になっていた。

かつては、自分のことばが誰にも届かないと思っていた。


でも今、日常の小さな場面の中に、
“ことばを待っていた誰か”がいることに気づいている。

そして、待っていたのは、自分自身でもあった。

加代子のまなざしは、今日も誰かの問いにそっと重なりながら、
静かに、あたたかく日々を紡いでいく。

 

🔹次章予告:第42章:言葉の灯を、ひとつずつ

 

「わたしも、ずっとそうだったよ。間違えたくなくて、正しくあろうとしてた。
でも、あるとき思ったの。“ことばを選ぶこと”って、“守ること”と、“寄り添うこと”の両方あるんだなって」

「寄り添う…こと?」

 

  独り言・・・

 

物語が、1人の自問自答から他者との重なりとすれ違いへと変化していく。

 

正直、私は・・・

他者との繋がりの重要性を説くことが出来ない。

それでも、繋がりを表現しているのは・・・

 

何のために、自分への問いかけをして、言葉の向こうに目を向けて、過去の記憶を読み取るのか・・・

答えはきっと、他者との繋がりを自分にとってより良くする為だろう。

 

私が手に入れられなかった、繋がりの価値。

もし、どこかで見付けられることが出来るのなら・・・私も大切にしていきたいと願っている。

 

今の私は、職を変え、住む場所を変え、人間関係とその都度リセットする生き方を選んでしまったから・・・。

 

物語の中の、「楽しかった想像」を絵にする場面。

こんなに素敵なコトがあるのだろうか?誰もが出来る事なのに、誰もが出来ることじゃない。

こんなに素敵な時間と魅力ある生き方を出来る環境を作ることが出来るのなら、

私達は、生きることに価値を見失うことなんて無いんじゃないかな?

最高だと思う。


 

 

 

 

 

 

連載形式での投稿をしていきます。

『自己を見失いながらも、哲学の思索を通して少しずつ自己理解を深めていく』

姿を描いていきます。

最後までお付き合いいただけたら幸いです。

 

主人公:加代子

正しくあろうと、正解を選びたいけど選べない葛藤の中で、

自分を否定したくなる気持ちを持っている。

 

『“わたし”に耳をすませる』 

 

第40章:笑顔の余白に、わたしがいる

土曜日の午前、陽射しはまだ冬の名残を帯びていたが、空はすっかり春の気配だった。


加代子は、キッチンの窓から差し込む光に目を細めながら、トースターの前で湊の好きなパンを焼いていた。

「おかあさん、これ、なんでくるくるなの?」

と湊が手にした絵本を広げ、パンの絵に描かれた渦巻きを指さした。
加代子は思わず笑いながら首をかしげる。

「ほんとだねぇ。どうしてなんだろうね?」

「んー。おいしそうだから?」

「それもあるかも。じゃあ、おいしくなかったら、くるくるじゃないのかな?」

湊は少し考えてから、ぱっと顔を明るくした。

「…くるくるじゃなくても、おいしいよ!」

加代子は湊の頭をそっとなでた。

「うん。きっと、そうだね。」

 

最近の加代子は、すぐに“答え”を出そうとしない。


かつての彼女なら、「これはね…」と、知っている限りのことを一生懸命伝えようとしていた。
間違えないように、子どもに恥をかかせないように、誰かに批判されないように。
でも今は、答えの手前で一緒にとまる。
「問い」を遊び、「わからなさ」を怖がらない時間を、大切にしている。

 


 

昼過ぎ、加代子は子供を連れて、図書館へ向かった。
絵本読み聞かせのボランティアの日ではなかったが、約束していた遥と合流するためだった。


普段の彼女も、少しずつ変わってきていた。

「加代子さん、なんか最近、穏やかっていうか…余裕ありますよね」

遥が言ったそのとき、湊が少し離れた棚で本を手に取りながら叫んだ。

「おかあさーん!この本、おばけのパンツがあるー!」

加代子は「へぇ〜、そんなのあるの?」と笑いながら湊のもとへ歩いていった。


遥はその姿を見つめながら、ぽつりとつぶやいた。

「…ああいうの、大事だよなぁ」

加代子は振り返りながら、遥に問い返す。

「“ああいうの”って、どんな?」

「んー…たぶん、“まんま”でいる感じ? 気取ってないっていうか」

加代子は少し驚いた顔をしてから、にっこり笑った。

「それ、ちょっと嬉しいかも」

 


 

職場では、ちょっとした相談事に加代子が呼ばれることが増えていた。


人に的確なアドバイスをするタイプではない。
でも、否定も押しつけもしない。
ただ、相手の話を、最後まで、ちゃんと聞く。

 

ある日、後輩の同僚が、溜息交じりに話していた。

「なんか最近、何をやっても“中途半端”な感じで…」

加代子はそれを聞いて、かつての自分の口癖を思い出す。
「私は何をやっても、ちゃんとできない」
その言葉が、いつも心の奥に刺さっていた。

 

だけど、今の加代子は、違う言葉を選ぶ。

「“中途半端”って、どこで決まると思う?」

同僚は目を丸くして、しばらく黙ったあと、かすかに笑った。

「それって、自分で決めてるってことですかね」

「うん。もしかしたら、ね」

 


 

「わたしは、間違ってもいい。
選びきれなくてもいい。
正しさよりも、“今の自分が大切にしたいこと”を選んでもいい。」

その言葉は、今や加代子の奥に静かに根を張っている。

 

正しさに縛られ、自分を見失っていた時間。
誰かの言葉に怯え、問いを持つことすら怖かった日々。

それらを乗り越えたのではない。
抱えたままでも、歩けるようになった。
それが、彼女の変化だった。

 


 

夕方、家に戻ってから、湊が一言言った。

「おかあさん、きょう、いっぱいわらってたね!」

加代子は笑いながら、息子をぎゅっと抱きしめた。

「そうだね。湊と一緒だったから、かな」

けれど、本当は少しだけ違っていた。


湊の問いかけに答えようとしながら、自分の“ことば”を探す過程こそが、加代子にとって何より楽しいのだった。
答えのいらない問いを、一緒に育てる時間。

笑顔の余白に、加代子自身がいた。

 

彼女は、ようやくそこにいる自分を、愛せるようになってきていた。

 

🔹次章予告:第41章:まなざしを交わすということ

通勤ラッシュに揉まれながら、加代子はホームのベンチに腰かけて電車を待っていた。
以前なら、混雑する人波の中にいるだけで疲弊していたはずの時間。
それでも今日は、不思議と心が落ち着いていた。

 

  独り言・・・

 

質問に質問で答えることがナンセンスだと思われていて、否定されがちな人間関係。

 

答えを誰もが求めていて、正解を誰もが欲している。

その結果が、余裕のない思考と自分の世界になってしまうんだろう。

 

相手に余裕を渡してあげられるような「問い」っていう「答え」を、渡すことが出来るなら

私達はもっと自由に誰とでもコミュニケーションが取れるようになるのかな?

 

誰かの言葉をまっているせいで、それ以外の言葉が届かない。

正解を求めているから、答え以外の言葉に興味が無い。

 

それでも届けられるような、言葉と想いを渡すことが出来たらどんなに素敵なんだろうか。

 

でも、難しいね。答えてくれない人に人は話しかけなくなってしまうから・・・

「だって、あの人は教えてくれないから」ってさ・・・。

 

それが結果だよ。私は答え以外を私たい。だから届かない。

 

連載形式での投稿をしていきます。

『自己を見失いながらも、哲学の思索を通して少しずつ自己理解を深めていく』

姿を描いていきます。

最後までお付き合いいただけたら幸いです。

 

主人公:加代子

正しくあろうと、正解を選びたいけど選べない葛藤の中で、

自分を否定したくなる気持ちを持っている。

 

『“わたし”に耳をすませる』

第39章:誰かのことばに、わたしのまなざしを重ねる

図書館での読み聞かせから一夜明けた朝。
加代子は、深呼吸とともに目を覚ました。
「昨日はいい時間だったな……」
どこか、体の奥に静かな満足感が残っていた。

問いかけに答えずに、想像の扉を開いていく子どもたち。
その一人ひとりの表情が、ずっと加代子の中にあった。

 

正解を与えず、問いと共にいること。


それは、かつての自分が最も怖れていたことだった。
“ちゃんと答えなければ”“間違ってはいけない”
そんな思いに縛られて、自分自身の言葉さえ信じられなかったあの頃。

 


 

午前9時半。職場の休憩室で同僚たちが話していた。
「昨日のあの人、また“家のことなんて息抜きでしょ”って言ってた」
「いやいや、ワンオペで言われたらマジできついんだけど……」

少しピリついた笑いの中に、疲れと苛立ちが混ざっていた。


加代子が近づくと、話題が一瞬止まり、すぐに切り替えられた。

「加代子さんなら、どう思った?」

問いを向けられた加代子は、ふと考える。
過去の自分なら、相手に同調するようにして答えていたかもしれない。


でも今は、相手の言葉の“奥”を想像するようになっていた。

「……うん、確かに、言い方はちょっと無神経だったかもしれない。
でも、“家庭=楽”って思ってる背景には、
そういう家庭で育ったとか、自分なりの頑張りが“当たり前”だった可能性もあるのかなって思って」

「背景かぁ……そういうふうに考えたことなかったな」
「相手の言葉の裏に、どんな景色があるかって考えるのって、難しいけど……面白いね」

 

言葉は、相手の声としてだけでなく、
その人が見ている“景色”として受けとるものかもしれない。


 

夕方。


玄関のドアがバタンと開いて、息子の湊がランドセルを肩からずらしながら帰ってきた。

「ねぇママ……今日さ、友達に“ヘンだよお前”って言われた」
「うん……湊は、それ聞いてどう思ったの?」
「ムカッとはしたけど……なんか、すぐに笑ってたし……なんで言ったのかなーって思って」

湊の表情は少し曇っていた。でも、その奥にある“考えようとしている姿勢”が、加代子には見えた。

「そっか。湊が“なんで言ったのかな”って思えたの、すごいと思うよ」
「え……なんで?」

「だってさ、“言われたこと”にカッとなるのって、普通のことだよ。
でも、“どうしてその子がそう言ったのかな”って考えるって……
その子の“気持ち”を想像しようとしてるってことじゃない?
「うーん……でも、想像しても分からないときってあるよね」

「うん、そういうときもある。
でも、“分からないけど、想像しようとした”っていうことが、すごく大事なんだと思うよ」

湊は少し考えてから、納得したように「うん」と頷いた。

 


 

夜、湊が寝静まったあと、加代子はキッチンのカウンターに座りながら、自分にそっと呟いた。

「ことばって、不思議だね……」

他人の言葉に、ただ反応するだけじゃなく、
その言葉がどこから来たのか、どんな気持ちから生まれたのかを想像するようになっていた。


そして、そんな自分の変化が、湊にも伝わっている気がした。

 

“誰かのことば”に、自分のまなざしを重ねて、
言葉の意味をもう一度、丁寧に編みなおしていく。

それはきっと、他人を理解しようとする優しさであり、
かつての自分をも抱きしめる行為なのかもしれない。


 

“正解”ではなく、“まなざし”を重ねるということ。
それができるようになってきた今の自分が、少しだけ好きだと思えた。

そして、
誰かがまた自分に問いかけてきたとき、
その言葉に、そっとまなざしを添えられる自分でありたい。

🔹次章予告:第40章:笑顔の余白に、わたしがいる

最近の加代子は、すぐに“答え”を出そうとしない。
かつての彼女なら、「これはね…」と、知っている限りのことを一生懸命伝えようとしていた。
間違えないように、子どもに恥をかかせないように、誰かに批判されないように。

 

 

  独り言・・・

 

相手の言葉の“奥”を想像する

人の言葉だけじゃなく、その人が見ている“景色”として受けとる

 

人に寄り添うって言うのは、そういうことを言うんだろう。

 

ただ短慮で浅はかな私には、人に寄り添うことの価値を見いだせない時が往々にしてある。

 

人との出会いは、巡り合わせて数奇なモノ

同じ人に何度も会うことは、奇跡と言って良いんじゃないだろうか?

 

そんな奇跡ともいえるような数奇な出会い。

いつまでも続くとは言えない。

だからこそ、大切にすることの価値と意味を否定はしないし、素敵であろうと願うのは素晴らしいことだと思う。

 

でも、2度と合うこともない相手に寄り添うことのメリットは何だろうか?

今の出会いでさえ、別れは来る。どうせ別れてしまうのに、誰かの為に自分に負担をかける必要なんてあるのか?

いつ会わなくなるとも限らない、2度と会わないかもしれない、縁なんてすぐに切れてしまう。

そう思って、好き勝手に生きる方が楽で自由だと言えないだろうか?

 

そんな否定的な言葉をいくら並べたところで、結局私達は承認欲求や自己存在感っていう他人に依存する欲望を抱えている。

他人に依存する自分を満たす気持ちがある以上、自分以外の誰かに寄り添うことは必要になってしまうだろう。

 

良く思われていたい・・・認められたい・・・

その為には、人間関係を負担なく円滑にしていくことが重要になってしまう。

 

だからこそ、自分の気持ちを相手の言葉に左右させるだけじゃなく、言葉の向こうに目を向けることで

他人からの言葉や影響を受け取る時に、自分に負担なく余裕を作る時間と解釈の方法を探すのは、良い方法の選択なのかもしれない。と、私は感じている。

 

連載形式での投稿をしていきます。

『自己を見失いながらも、哲学の思索を通して少しずつ自己理解を深めていく』

姿を描いていきます。

最後までお付き合いいただけたら幸いです。

 

主人公:加代子

正しくあろうと、正解を選びたいけど選べない葛藤の中で、

自分を否定したくなる気持ちを持っている。

 

『“わたし”に耳をすませる』

 

加代子はスマホを見つめていた。
親指が、画面の「投稿」ボタンの上で止まっている。

一週間前から何度も書いては消してきた文だった。


言葉は浮かぶのに、どこかで「これでいいの?」という声がよぎる。
「自分なんかが、誰かに届ける言葉を持ってるって言っていいの?」
そんな問いが、まだ消えないままだった。

 

第38章:にこにこと、問いと、ちょっとのアドリブ

「ママ、ほんとに読むの?」
靴を履きながら、娘の菜々は顔をしかめた。

「読むよ。だって、お願いされたんだもん」
加代子は笑ってバッグを肩にかける。

 

土曜日の朝。近くの図書館。
子ども向けの読み聞かせボランティアの募集が、地域の掲示板に載っていたのを見たのは数週間前だった。

 

最初は、ためらいがあった。
「私なんかが、誰かに何かを“伝える”なんて」と思った。


けれど、“誰かに伝える”ということは、“いま、ここに、自分がいる”と静かに示すことでもある――
そんな実感が、前回の投稿や友人との対話の中で芽生えていた。

「ママ、失敗しない?」
息子の湊の声に、加代子は笑った。

「失敗するかもね。でも、それもいいかなって思ってる」

 


 

図書館のキッズルームには、10人ほどの子どもたちが集まっていた。
小さなイスに座り、期待と好奇心で目を輝かせている。菜々と湊も、その中に混ざっていた。

 

加代子は、手に持った絵本をゆっくり開いた。

『ふしぎなあおいこ』
――見たことのない色、見たことのない形をした、どこか寂しげな“あおいこ”が主人公の物語。

 

声に出して読むとき、加代子は何度かつかえた。
でも、子どもたちは笑ったり、身を乗り出したりしながら、しっかりと聞いてくれていた。

 

そして、物語の途中で、あるページをめくったとき、
ひとりの子が突然、声をあげた。

「なんで“あおいこ”は森からにげたの? どうして?」

その瞬間、時間が止まったような気がした。


以前の自分なら、絵本の中にある“正解”を焦って探していただろう。
でも今の加代子は、微笑んで子どもたちに問いかけた。

 

「どうしてだと思う?」

 

子どもたちの目が、一斉に輝いた。

 

「こわい音がしたから!」
「まちがえて森にきちゃったんだよ!」
「おなかすいたから帰ったんじゃない?」
「ほんとは森の中に、なにかいたんだよ!」

「なにかって、なに?」

「えーっと、“みえないともだち”!」

笑い声がひろがる。


加代子は、にこにこしながら頷いた。

「どれも、すごくおもしろいね。みんなの考え、全部アリだと思うよ。
正解って、ひとつじゃないかもしれない。
“もしもこうだったら”って考えるのって、とっても大事なことなんだよ」

菜々がそっと手を挙げた。

「じゃあ、ママはどう思ったの?」

 

加代子は一瞬、考えてから答えた。

「わたしはね、“あおいこ”は、だれかに会いたかったんじゃないかなって思ったの。
森にいても、ずっとさみしくて……誰かに、“今ここにいる”って伝えたくて。
でも、うまく言えなくて、逃げちゃったのかも」

すると、隣にいた湊がつぶやいた。

「ぼくなら、“ともだちカード”あげる」

「ともだちカード?」と子どもたち。

「うん。“ぼくは、ここにいるよ”ってカード。にこにこマークつけてさ」

「それ、めっちゃいい!」
「それで“あおいこ”も、にこにこになれるじゃん!」

 


 

そのあとの時間は、子どもたちが「“あおいこ”のその後の話」を即興で作る“おはなし大会”になった。

・おにぎりを持って森に戻る“あおいこ”の話
・“ないしょのオバケ”と夜空に飛ぶ冒険の話
・“ともだちカード”が魔法になる話

誰も“正しい話”なんて探していなかった。
問いは、ただ遊びの入り口だった。
それだけで、十分だった。

 


 

読み聞かせが終わった後、菜々が加代子の手を握った。

「ママ、さいしょちょっと緊張してたね」
「うん、ばれた?」
「でも、すっごくよかった。なんか……みんな楽しそうだったし、ママの声、すきだった」

その言葉に、加代子は思わず立ち止まり、ぎゅっと菜々の手を握り返した。

 

“伝える”って、こういうことなのかもしれない。

うまく話すことじゃない。
正しく導くことでもない。


ただ、自分のことばで、自分の今を届けようとすること。

子どもたちは、問いと想像のなかにいた。
そして加代子も、そこにいた。

“今の自分が大切にしたいこと”を選んでもいい。
それが、誰かと“いま、ここ”を分かち合うことにつながっているなら。

 


 

その夜、加代子はSNSに投稿した。

「問いは、正しさよりも、ひらかれたまなざしのほうへ向かっていく。

“どうして?”に、“これかな?”って、いくつかの可能性をそっと置いてみる。

そうすると、誰かの想像がふくらんで、世界がにこにこになる。

答えじゃなくて、まなざしを届けたい――今日は、そんな気持ちでした。」

 

“伝える”ということは、何かを教えることではない。
“正解”を差し出すことでもない。
ただ、まっすぐな問いに、まっすぐなまなざしで向き合うこと。
それだけで、心と心が少し近づく。

加代子は思った。
「わたしにも、こんなふうに伝えられる言葉があったんだ」と。

 

🔹次章予告:第39章:誰かのことばに、わたしのまなざしを重ねる

 

その子の“気持ち”を想像しようとしてるってことじゃない?

 

  独り言・・・

 

子供に話すことが何かのキッカケになるんだろう。

 

子供って言うのは、いい意味で素直で斬新だ。

 

私達が持っていたはずなのに、忘れてしまった何かを持ってくれている。

でも、私達の気持ちや考えを伝えることをしてしまったら、子供たちも私達と同じように持っていた何かを・・・

忘れてしまったり、無くしてしまうだろう。

 

でも、子供に限らず・・・人の自由な言葉を自由に聞いているのはストレスになることがある。

自分の意見や考えを言いたくなってしまうからね。

どうやって聞くのか?

も、大切なのかもしれないけれど、伝えるとしたらどうやって伝えるのか?

むしろ、伝えない事の大切さ・・・が、あるのかもしれないって思うのは、私だけなのかな?

 

連載形式での投稿をしていきます。

『自己を見失いながらも、哲学の思索を通して少しずつ自己理解を深めていく』

姿を描いていきます。

最後までお付き合いいただけたら幸いです。

 

主人公:加代子

正しくあろうと、正解を選びたいけど選べない葛藤の中で、

自分を否定したくなる気持ちを持っている。

 

『“わたし”に耳をすませる』

 

第37章:優しさのかたち、まなざしの行方

平日の夜。
久しぶりに、加代子と理子は小さなカフェで向かい合っていた。


仕事帰りの理子は少し疲れた顔をしていたが、加代子を見るとふっと表情がゆるんだ。

「会えてよかった。連絡くれて、ありがとう」

「私こそ。なんか、ちゃんと話したいって思ってて」

カップに注がれた紅茶の湯気が、二人の間に静かな温度をつくる。

 

「……あれから、考えてたんだ」
理子が切り出した。

「“言葉を渡す”って、どういうことなんだろうって。
私、加代子さんの言葉に救われたのに、同じように誰かに伝えようとすると、
言い過ぎたり、逆に何も言えなかったりして……上手くいかないの」

 

加代子はうなずいた。

「わたしも、ずっとそんなふうだった。
伝えようとしても届かない気がして、やっぱり黙ってしまったり、
逆に“良いこと言わなきゃ”って背伸びしてしまったり……」

 

「そう、それ!」


理子が思わず声を上げた。
「“良いこと言わなきゃ”って気持ちが、すごくあるの。
ちゃんとした言葉じゃないと、誰にも届かないんじゃないかって」

 

加代子は、しばらく言葉を探してから言った。

「“ちゃんと”って、すごく怖い言葉だよね。
わたしもずっと、“ちゃんと”伝えられる人にならなきゃって思ってた。
でも、最近ね……“ちゃんと”じゃなくて、“まっすぐ”でいいのかもって思い始めたの」

「まっすぐ?」

「そう。まっすぐって、上手く話すことじゃなくて、
“その人のことを、本当に見ている”っていうまなざし。
言葉はそれについてくるものなんじゃないかなって」

 

理子は黙っていた。
カップの縁を指でなぞるようにしながら、ゆっくりと息をついた。

「……それ、難しいね。でも、すごく分かる気がする。
私、この前、職場の後輩が泣いてて、どう声をかけていいか分からなかったの。
“大丈夫?”って言うのも嘘くさい気がして、
結局、隣でただ黙ってお茶を置いただけで……。
でも、それで少し落ち着いてくれて」

「それで、十分だったんだと思う」

「本当に、そうかな……?」

 

理子の問いかけに、加代子はしっかりとうなずいた。

「“言葉”って、“言うこと”だけじゃないのかもしれない。
手を差し出すことも、そばにいることも、その人を見ることも、
ぜんぶ、“ことば”になり得るんじゃないかなって」

「……まなざしが、ことばになる」

「うん。逆に言えば、どんなに立派な言葉でも、
その人をちゃんと見てなければ、どこか空っぽに聞こえる。
わたし、そういう言葉でたくさん傷ついてきたから……」

 

理子は小さくうなずいた。
その目に、少し涙がにじんでいる。

「優しさって、分からなかったんだ。
誰かのために何かするってことが、重荷になるときもあるし……
だけど、“その人をちゃんと見る”ってことは、
自分が今どんなまなざしでいるかっていう、すごく根っこの部分だね」

加代子は、そっと理子のカップにお湯を足しながら言った。

「優しさって、“与える”ことじゃなくて、“共にいる”ことなのかもしれない。
そしてそれって、きっと“間違わないようにする”ことじゃないんだと思う」

「間違ってもいい?」

「うん、間違ってもいい。
選びきれなくてもいい。
正しさよりも、“今の自分が大切にしたいこと”を選んでもいい。
それを繰り返していく中で、自分のまなざしが育っていく気がするの」

 

二人はしばらく、カップを持ったまま沈黙した。
けれどその沈黙には、あたたかな濃度があった。
 

同じ問いを抱え、互いのまなざしを感じ合っている静けさだった。

「加代子さん、私、少しずつだけど変わりたいな。
ちゃんとじゃなくて、まっすぐに。
誰かのまなざしに気づける自分になりたい」

「うん。一緒に、少しずつね。
きっと、そういう“少しずつ”が、本当の優しさになっていくんだと思う」

窓の外、春の夜風がやさしく街をなでていた。


ふたりのまなざしは、その夜、確かに交差していた。
“伝えようとする”ということは、“いまここにいる”と伝えることなのだと、
加代子は静かに胸の中でつぶやいていた。

 

 

🔹次章予告:第38章:にこにこと、問いと、ちょっとのアドリブ

 

子どもたちとのやり取りをより豊かに描き、彼らの問いに対して加代子がいくつかの“可能性”を提示する中で、

「正解を求めない」「問いと想像を楽しむ」姿勢を育む道へと進んで行く・・・

 

  独り言・・・

 

架空の物語・・・だからこそ出来る忌憚のない意見の交換。

実際には、なんでも相談できて話が出来る相手に巡り合えることはなかなか無い。

 

実は、なんでも話せる相手が居るのかもしれないし

何でも言って欲しいと思ってくれているかもしれない。

 

でも、どうしてもちゃんとしている姿を見せたいと思ってしまうのが、人なんじゃないかな?

 

カッコつけたいって思ってしまうだろうし

良い人に想われたいって思ってしまう

 

だから、人と話す時は気を使ってしまうし、躊躇ってしまうこともよくある。

それが相手に見透かされているような気がすると、さらに言葉にして、カタチにすることに抵抗を覚えてしまうだろう・・・

 

余計なお世話って思われたくないって思ってしまうのは、自分を正しい側に置いておきたいから。

 

結局、私達は見栄と自尊心が行動を妨げているのかもしれないね

 

何も言わず・・・ここに居る事だけを伝える。

そんな選択があるのなら、私達は人間関係のカタチを変えることが出来るようになるのかな?

言葉の先の思いだけを伝える方法?