連載形式での投稿をしていきます。

『自己を見失いながらも、哲学の思索を通して少しずつ自己理解を深めていく』

姿を描いていきます。

最後までお付き合いいただけたら幸いです。

 

主人公:加代子

正しくあろうと、正解を選びたいけど選べない葛藤の中で、

自分を否定したくなる気持ちを持っている。

 

 

『“わたし”に耳をすませる』 

第41章:まなざしを交わすということ

月曜の朝。
通勤ラッシュに揉まれながら、加代子はホームのベンチに腰かけて電車を待っていた。
以前なら、混雑する人波の中にいるだけで疲弊していたはずの時間。


それでも今日は、不思議と心が落ち着いていた。

 

スマホでニュースをチェックしながら、ふと耳に入ってきたのは、ベビーカーの母親と小さな男の子の声だった。

「ねえママ、なんで電車ってしゃしん撮っちゃだめなの?」

母親は疲れた顔で「静かにして」とだけ答えた。
男の子は不満げに唇をとがらせたまま黙り込む。

 

加代子はそのやり取りに、自分と湊の過去を重ねてしまう。
「理由」を求める子どもの問いに、応えられなかったあの頃。
「今、そんな余裕ないの」と心でつぶやきながら、答えることを諦めていた日々。

でも今なら、ほんの少し違う言葉が、きっとあった。

“問いにすぐ答えなくてもいい。でも、無視はしたくない。”

 


 

電車がホームに入ってきて、人の流れが動き始めた。
加代子も流れに合わせて立ち上がる。


心の中で、あの母親に静かに問いかける。

「大丈夫。疲れていても、ちゃんとまなざしは届いてるよ。」

それは、かつての自分に向けたことばでもあった。

 


 

職場に着くと、加代子は部署内の朝のミーティングでちょっとした発表を任されていた。
「新人指導の心得」について、自分の経験を交えて話してほしいと言われたのだ。

 

かつての加代子なら、完璧なメモを作り、何度も練習して挑んでいただろう。
でも今回は、ただ「今、自分が伝えたいこと」をメモにしただけだった。

「私自身、長い間、“正しさ”ばかりを追いかけてきました。
でも、“正しいこと”が、必ずしも“届くことば”ではないんですよね。
相手が何を感じているか、何を言葉にできないか。
そこに、耳を澄ませていたいと最近思うんです。」

ざわついていた空気が、ふと静かになるのを加代子は感じた。

 

後輩の一人が、小さく頷きながら言った。

「…なんか、ちょっと気が楽になりました」

その声に、加代子は自然と笑顔になった。

 

「伝える」って、何かを教えることじゃなくて、
“ここにいるよ”って、ことばを置くことなのかもしれない。

 


 

その夜、帰宅すると湊がリビングで絵を描いていた。
紙いっぱいに描かれたカラフルな世界には、空に星があり、木の上に猫が座っていて、
その横に「おかあさんとぼく」が並んで笑っていた。

「これね、きょうの“たのしかった想像”!」

湊がそう言って、少し得意げに胸を張る。

「たのしかった想像、っていいねぇ」

「うん、せんせいが“むずかしいことじゃなくてもいい”って」

加代子は、ふいに胸が熱くなるのを感じた。


“想像すること”が、誰かの世界をあたためる手段になるなんて、
かつての自分は考えもしなかった。

「ねえ、おかあさんは、どんな“たのしかった想像”した?」

湊の問いに、加代子はほんの少し迷って、でもすぐに答えた。

「うーん、朝の駅でね、知らないお母さんと子どもが話してたの。
その二人が、帰り道に手をつないで笑ってるところ、想像してみたの」

湊は目を丸くしてから、ニコッと笑った。

「いいね、それ!ぼくも、それ描く!」

 


 

「誰かのことばに、自分のまなざしを重ねる」
それは、同情や正解を投げかけることではない。
ただ、“そういうこともあるよね”と、小さな灯りを心にともすこと。

 

「わたしは、間違ってもいい。
選びきれなくてもいい。
正しさよりも、“今の自分が大切にしたいこと”を選んでもいい。」

 

そのことばは、今、誰かに渡すことができる“贈り物”になっていた。

かつては、自分のことばが誰にも届かないと思っていた。


でも今、日常の小さな場面の中に、
“ことばを待っていた誰か”がいることに気づいている。

そして、待っていたのは、自分自身でもあった。

加代子のまなざしは、今日も誰かの問いにそっと重なりながら、
静かに、あたたかく日々を紡いでいく。

 

🔹次章予告:第42章:言葉の灯を、ひとつずつ

 

「わたしも、ずっとそうだったよ。間違えたくなくて、正しくあろうとしてた。
でも、あるとき思ったの。“ことばを選ぶこと”って、“守ること”と、“寄り添うこと”の両方あるんだなって」

「寄り添う…こと?」

 

  独り言・・・

 

物語が、1人の自問自答から他者との重なりとすれ違いへと変化していく。

 

正直、私は・・・

他者との繋がりの重要性を説くことが出来ない。

それでも、繋がりを表現しているのは・・・

 

何のために、自分への問いかけをして、言葉の向こうに目を向けて、過去の記憶を読み取るのか・・・

答えはきっと、他者との繋がりを自分にとってより良くする為だろう。

 

私が手に入れられなかった、繋がりの価値。

もし、どこかで見付けられることが出来るのなら・・・私も大切にしていきたいと願っている。

 

今の私は、職を変え、住む場所を変え、人間関係とその都度リセットする生き方を選んでしまったから・・・。

 

物語の中の、「楽しかった想像」を絵にする場面。

こんなに素敵なコトがあるのだろうか?誰もが出来る事なのに、誰もが出来ることじゃない。

こんなに素敵な時間と魅力ある生き方を出来る環境を作ることが出来るのなら、

私達は、生きることに価値を見失うことなんて無いんじゃないかな?

最高だと思う。