連載形式での投稿をしていきます。
『自己を見失いながらも、哲学の思索を通して少しずつ自己理解を深めていく』
姿を描いていきます。
最後までお付き合いいただけたら幸いです。
主人公:加代子
正しくあろうと、正解を選びたいけど選べない葛藤の中で、
自分を否定したくなる気持ちを持っている。
『“わたし”に耳をすませる』
第37章:優しさのかたち、まなざしの行方
平日の夜。
久しぶりに、加代子と理子は小さなカフェで向かい合っていた。
仕事帰りの理子は少し疲れた顔をしていたが、加代子を見るとふっと表情がゆるんだ。
「会えてよかった。連絡くれて、ありがとう」
「私こそ。なんか、ちゃんと話したいって思ってて」
カップに注がれた紅茶の湯気が、二人の間に静かな温度をつくる。
「……あれから、考えてたんだ」
理子が切り出した。
「“言葉を渡す”って、どういうことなんだろうって。
私、加代子さんの言葉に救われたのに、同じように誰かに伝えようとすると、
言い過ぎたり、逆に何も言えなかったりして……上手くいかないの」
加代子はうなずいた。
「わたしも、ずっとそんなふうだった。
伝えようとしても届かない気がして、やっぱり黙ってしまったり、
逆に“良いこと言わなきゃ”って背伸びしてしまったり……」
「そう、それ!」
理子が思わず声を上げた。
「“良いこと言わなきゃ”って気持ちが、すごくあるの。
ちゃんとした言葉じゃないと、誰にも届かないんじゃないかって」
加代子は、しばらく言葉を探してから言った。
「“ちゃんと”って、すごく怖い言葉だよね。
わたしもずっと、“ちゃんと”伝えられる人にならなきゃって思ってた。
でも、最近ね……“ちゃんと”じゃなくて、“まっすぐ”でいいのかもって思い始めたの」
「まっすぐ?」
「そう。まっすぐって、上手く話すことじゃなくて、
“その人のことを、本当に見ている”っていうまなざし。
言葉はそれについてくるものなんじゃないかなって」
理子は黙っていた。
カップの縁を指でなぞるようにしながら、ゆっくりと息をついた。
「……それ、難しいね。でも、すごく分かる気がする。
私、この前、職場の後輩が泣いてて、どう声をかけていいか分からなかったの。
“大丈夫?”って言うのも嘘くさい気がして、
結局、隣でただ黙ってお茶を置いただけで……。
でも、それで少し落ち着いてくれて」
「それで、十分だったんだと思う」
「本当に、そうかな……?」
理子の問いかけに、加代子はしっかりとうなずいた。
「“言葉”って、“言うこと”だけじゃないのかもしれない。
手を差し出すことも、そばにいることも、その人を見ることも、
ぜんぶ、“ことば”になり得るんじゃないかなって」
「……まなざしが、ことばになる」
「うん。逆に言えば、どんなに立派な言葉でも、
その人をちゃんと見てなければ、どこか空っぽに聞こえる。
わたし、そういう言葉でたくさん傷ついてきたから……」
理子は小さくうなずいた。
その目に、少し涙がにじんでいる。
「優しさって、分からなかったんだ。
誰かのために何かするってことが、重荷になるときもあるし……
だけど、“その人をちゃんと見る”ってことは、
自分が今どんなまなざしでいるかっていう、すごく根っこの部分だね」
加代子は、そっと理子のカップにお湯を足しながら言った。
「優しさって、“与える”ことじゃなくて、“共にいる”ことなのかもしれない。
そしてそれって、きっと“間違わないようにする”ことじゃないんだと思う」
「間違ってもいい?」
「うん、間違ってもいい。
選びきれなくてもいい。
正しさよりも、“今の自分が大切にしたいこと”を選んでもいい。
それを繰り返していく中で、自分のまなざしが育っていく気がするの」
二人はしばらく、カップを持ったまま沈黙した。
けれどその沈黙には、あたたかな濃度があった。
同じ問いを抱え、互いのまなざしを感じ合っている静けさだった。
「加代子さん、私、少しずつだけど変わりたいな。
ちゃんとじゃなくて、まっすぐに。
誰かのまなざしに気づける自分になりたい」
「うん。一緒に、少しずつね。
きっと、そういう“少しずつ”が、本当の優しさになっていくんだと思う」
窓の外、春の夜風がやさしく街をなでていた。
ふたりのまなざしは、その夜、確かに交差していた。
“伝えようとする”ということは、“いまここにいる”と伝えることなのだと、
加代子は静かに胸の中でつぶやいていた。
🔹次章予告:第38章:にこにこと、問いと、ちょっとのアドリブ
子どもたちとのやり取りをより豊かに描き、彼らの問いに対して加代子がいくつかの“可能性”を提示する中で、
「正解を求めない」「問いと想像を楽しむ」姿勢を育む道へと進んで行く・・・
独り言・・・
架空の物語・・・だからこそ出来る忌憚のない意見の交換。
実際には、なんでも相談できて話が出来る相手に巡り合えることはなかなか無い。
実は、なんでも話せる相手が居るのかもしれないし
何でも言って欲しいと思ってくれているかもしれない。
でも、どうしてもちゃんとしている姿を見せたいと思ってしまうのが、人なんじゃないかな?
カッコつけたいって思ってしまうだろうし
良い人に想われたいって思ってしまう
だから、人と話す時は気を使ってしまうし、躊躇ってしまうこともよくある。
それが相手に見透かされているような気がすると、さらに言葉にして、カタチにすることに抵抗を覚えてしまうだろう・・・
余計なお世話って思われたくないって思ってしまうのは、自分を正しい側に置いておきたいから。
結局、私達は見栄と自尊心が行動を妨げているのかもしれないね。
何も言わず・・・ここに居る事だけを伝える。
そんな選択があるのなら、私達は人間関係のカタチを変えることが出来るようになるのかな?
言葉の先の思いだけを伝える方法?

