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妄想最終処分場

好きなジャンルの二次創作ブログです。
現在はス/キ/ビメインです。
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10/19発売の本誌ACT205の続き妄想です

ネタバレものなので、未読の方、コミックス派の方はバックプリーズ!!


今回の続き妄想に関しては別途お知らせがあります。読み進めの前にこちらを一読の上お願いいたします→ACT205妄想についてお知らせ
※お知らせを未読の状態でのご意見・質問(特にクレーム)に関しては厳しい反応を返すやもしれません。必ずご確認ください。




それでは自己責任でご覧くださいませ↓








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ACT205妄想【13】



「…もうっ、よりによって!」


キョーコは控室で今日の仕事の進行表を見て愕然とした。わなわなと進行表を震わせる手羽先を本日の仕事の相棒である鶏の頭部がじっと見ている。


「…分かってるわよ。仕事は仕事!ちゃんとこなすわよ…こなして見せるんだから!」


その視線にキョーコが相棒に目をやればどことなく眉尻が下がったように見え、びしりと坊の頭部に指を突きつけてそう宣言する。滑稽な独り言ではあるのだがその声を聞く者はなく、キョーコの一人毎はなおも続く。


「そりゃ挨拶しなきゃとか、会いたいなとか思ったわよ!でも、こんなのって…!」


そう、坊の衣装があるということは…今はキョーコの週一レギュラーの番組の収録日。まだ整わない体調で臨んだ収録は少々きつかった。しかも朝は電車事故に巻き込まれ遅刻ギリギリで収録に滑り込み、2本目のゲストの欄までしっかり進行表を見ることができなかったのだ。2本撮りの1本目を終え、2本目のゲストが到着するまでの休憩時間にそれを把握したキョーコは動揺していた。


(恐れていたことが、ついに現実に…!!)


2本目のゲストの欄にはキョーコの会いたくて会いたくなかった人物の名前…『敦賀蓮』の文字。坊として何度か蓮に接してはいるものの、中身との関係性はバレる訳にはいかない。会うとは言ってもあくまで『坊』としてだ。


「これで出演番組もバレちゃうし、口止めしてるとはいえ用心するに越したことないわね!」


蓮はテレビ局内で接した坊の事は知っていても、具体的にどの番組のマスコットかとかまでは知らないはずだ。ダークムーン撮影中に適当な番組名まででっち上げて蓮のもとを訪ねたりもしたが、それは蓮がバラエティ番組などもともとほとんど見ないことをキョーコが知ってるから吐けた嘘なのだ。

キョーコが時計を見上げれば、2本目のゲストを迎えに行くまでまだ1時間以上ある。倦怠感もありキョーコはポスンと、控室内のクッションに倒れ込んだ。


(……会いたかった、のにな…)


約1か月ぶり。しかも最後はグアムでのヒール兄妹だったのだから素の蓮と会うのは、社長に恋心を見抜かれたホワイトデー以来だ。トラジックマーカーの現場で見たCG多様の映画撮影は興味深かったし、およそ縁のないだろうキャラクターを演じられたのはとても勉強になったと思う。毒悪な感情云々は置いといても蓮にちゃんとお礼を言いたいと思っていても、坊として会う今日はそんなことも言えやしない。


(でも、坊としてなら…敦賀さんの本音の部分とか、聞けるのかな…)


坊に話してくれた内容は、ある意味敦賀蓮のトップシークレットだ。あの顔にして恋愛音痴で、気になり始めた人が女子高生で初恋で、世間一般が抱く敦賀蓮のイメージとはかけ離れている。


「重…、汗くさ…」


重い頭のままクッションにもたれていると、頭部は外したモノのボティは坊のままで鼻先にむっと汗の不快なにおいが染みた。戻らない体調での着ぐるみでのハードアクションはかなりキツイ。短時間でも汗を拭いておかなければ体調が悪化しそうだった。


(次がここ一番なんだから、少しでも体調よくしとかなきゃボロを出しちゃうわ)


ノロノロと起き上がり背中のチャックを下げて暑苦しい着ぐるみから抜け出す。その時着ぐるみに染み付いた匂いをまともに吸い込んでしまったキョーコは、その匂いに眉を顰めた。


「う…気持ちわる…シャワー…」


着ぐるみを脱いでも汗に濡れたシャツからもその匂いが漂ってくるようで、キョーコはむかむかとする胃部をおさえながら控室に備えるけられているサニタリーに向かった。またアレを着なければならないと思うと気が重い。


(うっ…)


ノロノロと動いていたキョーコだったが、不意に胃がせり上がり胃酸が上がってくる感覚に口元を抑えてトイレに駆け込んだ。


「か、はっ…うっ……げぇ…っ…」


なんとか漏らさずトイレに駆け込こみ口を開くと、上がってきた胃内容物と胃酸で喉が焼ける。食欲も落ちていてなんとか朝に詰め込んだおにぎりが、未消化のまま流された便器に吸い込まれていった。


「はぁ…、はぁ…、やだ…本格的に風邪かな…」


だとしたら人の集まる仕事場ではよろしくない。喉の痛みや咳もなく微熱と倦怠感が主だった体調不良だったから様子を見ていたのに消化器症状まで伴うとなれば感染性の風邪かもしれない。仕事に穴は空けられないが、かといって人に移す病気を抱えて仕事をするのも迷惑の極みだ。吐ききったのか一度落ち着いた嘔気に、キョーコは洗面所で不快な酸味の残る口を濯ぎ顔を洗う。


(あ、タオルタオル…)


濡れた前髪のままタオルを取ろうとカバンを開けた時、キョーコの動きが停止した。


(あ…れ…?)


キョーコの顎先からぽたりと水滴が滴った。

目的のタオルが開いたカバンの中にあるにもかかわらず、キョーコの視線は一点で制止していた。視線の先には昨日中身を留美に手渡したポーチがあった。


(…これ、前に詰め替えたの…いつだったっけ…?)


唐突にフラッシュバックした違和感がキョーコを襲う。

キョーコは自分がこのポーチを使った時の記憶をたどり寄せる。確か…そう、テスト期間中に腹痛と戦いながら試験を乗り切った覚えがある。


「……生理…来てない…?」


初潮を迎えて以降、尚と暮らしてバイトに明け暮れてボロボロだったときも決して狂わず毎月同じ時期に来ていたソレ。


「うぷ…っ」


思考が停止しかけていても身体は別の方向で動いていて、一度は治まった嘔気がまた上がってきてキョーコはまたトイレに戻る。吐き気に任せて口を開いても、出てくるのは不快な酸味の胃液だけで空吐き繰り返して苦しさしか残らない。


訪れていない月のさわり

ずっと続く体調不良

そして吐き気


これだけの条件が揃うと、嫌でも連想されるモノがある。


苦しさの中で自分を見据えた苦しげな碧眼と身体の奥に灯った熱がキョーコの中でフラッシュバックする。


(…夢、じゃ…無かった…?)


キョーコは毎月定期的に痛む下腹部に手を当てて茫然とするが、不規則に襲ってくる吐き気が現実を見ろと呼びかけてくるようだった。


「キョーコちゃん?次まで時間あるから良かったら…」


不意に控室のドアがノックされ、外から声がかかる。

今まで共演していたブリッジロックの石橋光が休憩時間にキョーコを食事に誘いに来たのだ。ノックに返信が無く内側から苦しげなキョーコのうめき声が聞こえ、光は悪いと思いつつもそのままドアを開けた。


「キョーコちゃん!大丈夫!?」


トイレで苦しげに嘔吐するキョーコを見つけた光は驚いた表情で駆け寄ってきた。


「びょ、びょーいんっ、キョーコちゃん病院行かなきゃ!」

「ま、、待って下さい。大丈夫です…多分吐いたので、治まるし…まだ、仕事…」

「何言ってるの!?具合悪いんでしょ!救急車…っ!」


動転した光に救急車はやめてくださいと、吐き気と戦いながらキョーコは制止する。


「大丈夫…ですか…ら…」

「きょ、キョーコちゃん~!!??」


焦る光を見たのを最後に、キョーコの意識はぷつりと途絶えた。



~~~~~~

…突っ込みナシの刑でお願いします…orz

10/19発売の本誌ACT205の続き妄想です

ネタバレものなので、未読の方、コミックス派の方はバックプリーズ!!


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『またね、兄さん』


『また』なんてない事は分かっている

けれど『さよなら』とは言えず別れ際そう口にした

私にとってカインとセツカとはこれでさよならだけど、演じている彼らは今後もずっと二人でいる日常が続いていくはず


『セツ、気を付けて』


背後から抱きしめられて、息が止まるかと思った



ACT205妄想【12】



「ね!今日の隣のスタジオ、敦賀さんがゲストなんだって!」

「ホント!?」

「け、見学とか…できないかなぁ~?」

「何言ってるの!向こうが収録中こっちだって収録よ?」


(相変らずのモテっぷりね…)


控室で沸き立つ共演者に、キョーコは思わず溜息をついた。


(メールはしたけど、ちゃんとご挨拶できてないの、不義理な後輩って思われちゃうかな…)


グアムから帰国して1ヶ月。キョーコより長くグアムに滞在する予定だった蓮とヒール兄妹の姿で別れて以来、キョーコは蓮と直接会う機会に恵まれてなかった。


(ちゃんとご飯食べてるかな…?)


春になったとはいえ、南国から戻ってから温度差のせいかほんのちょっと落ち着かない体調。一度社から依頼があった蓮の食事依頼もその時も微熱があり断ってしまった。初海外での疲れも出てきたのかしらと思いつつ、キョーコは日々の仕事を通学を続けていた。仕事も現在は切れ目でドラマなど長い拘束期間のモノはなく、単発の仕事ばかりで気が抜けたのかもしれない。休むほどではないが直り切らない風邪症状は長引いていた。


(病院…行った方が良いかなぁ?敦賀さんも大丈夫かしら?)


風邪でうつすわけにはいかないと断った食事依頼だが、変に心配させるといけないからと仕事を理由にした。比較的規則正しい生活・バランスのとれた食事をしている自分ですらこの状態なのだから、不摂生の塊のような蓮の体調も気にかかる。


(風邪ひいてませんか?なんて…聞けないしなぁ…)


キョーコはぱちりとケータイの画面を開いては閉じるを繰り返す。蓮への恋心を自覚して以来、素の状態で蓮とちゃんと接する時間が持てないことをほっとしている反面、やはり寂しいと感じてしまうのは自分が貪欲になっているからだろうか。

頬を紅潮させて騒ぐ共演者を前に、カインの時は私だけの兄さんだったのにとか、今は嫉妬しても堂々と牽制なんかできやしいとかそんな考えが頭の中をめぐる。


(…重症だわ)


蓮の話題を耳にしたり、画面越しにその姿を見ればついつい思い浮かべてしまうかの先輩にキョーコはフルフルと頭を振った。挨拶は重要と指導されたのにそれすらちょっと至らないなと思ってはいるが、会いたいと思う反面会いたくないとも思う。些細なことで蓮のことを思い出してしまう上、カインを演じてた頃時折の苦しそうな表情が南国で見た白昼夢と重なってしまい頬に別の意味で熱が上がりそうだ。


(敦賀さんが好きなハズなのに、私、夢でコーンと……)


会いたくないとも思う気持ちの中にはなんとなく後ろめたさもある。


(夢なんて好きに見れるものでもないし!でも、なんか…)


「いいの?ご挨拶とか行かなくって」

「え?」


ナツの表情の下で、百面相しているキョーコは不意をつかれて声の方向を振り返った。


「だって、ロケ中は近くにいるからって挨拶に行ってたりしてたでしょ?敦賀さんのとこ」


ふと見上げれば、椅子に座ってケータイを眺めていたキョーコの隣には千織がいた。今日は撮影の終わったBOX-Rの番宣でのバラエティの仕事。撮影前の打ち合わせが終わり控室で休憩中だ。ドラマの撮影が終わってほっとしているものの、ドラマ自体は放映真っ最中で撮影終了後はこういった番宣の仕事が増えてくる。このドラマの評価から次の仕事に繋がるのがこの世界の常だ。


「え…あ、今日隣のスタジオでお仕事だなんて知らなかったし。それに急に押しかけたら迷惑かもしれないから」

「ふぅん」


『敦賀さん』の名前だけ声を潜めた千織は、蓮のファンらしい共演者の手前配慮してくれたらしいが自分は全く興味が無いようだ。


「そういえば京子さん、今日はナツじゃないの?」

「え?」

「京子さん、この仕事の時最初っからナツ入ってること多いからさ。今だってソレ、ナツの私服でしょ?ナツなら敦賀さんみたいな面白そうなイイ男なんて格好のオモチャじゃない?」


素のキョーコにしては大人びた服装にナツメイクのキョーコに千織は首をひねる。キョーコは日によるがBOX-Rの現場ではカメラが回っていなくてもナツで割合の方が高い。千織に言われてキョーコは楽屋入りした時にはナツだったはずの自分がいつの間にか素になっていたことに気が付いた。


「…事務所からは、素の私のギャップも見せといたほうがいいって言われてるし」

「それもそうね。キョーコさん、あんな役演っておいて素は天然なんてオイシイキャラしてるから」

「おいしいって…」


キョーコは千織の言い分に苦笑いする。BOX-Rの放映でダークムーンの時からの相乗効果で京子の注目度は上がっている。トラジックマーカーでのセツカの仕事もあり、次クールのドラマの仕事は受けなかったが、椹からは番宣で出る仕事については演技での役柄の他に地を見せる様にと指示も出ている。

蓮の話題を耳にしてナツ魂が抜けてしまった事に気が付いたキョーコは、本当に重症だわと心の中で呟いて強引に思考を別の事に切り替える。


(そういえば、その先クールのドラマの仕事、いくつか打診が来てたっけ…?)


まだ詳細は出ていないが、グアムから帰国してほどなく椹からいくつかオファーが来ているという話を聞かされていた。近いうちに事務所で詳細を聞かねばならないと考えながら、キョーコはダークムーン、今放映中のBOX-Rと改めてテレビドラマの宣伝効果の威力を思い知っている最中だった。


「いいな~、生敦賀さん拝めたら鼻血出ちゃうかも!」

「ちょっと!いくら憧れてても同じ俳優業で対面して鼻血とか止めてよね!もし共演で来た時どうするの?」

「やーねぇ、モノの例えよー」


話に加わってこないキョーコと千織の事には頓着せず、主演の留美や薪野達は雑談で盛り上がってる。


「きゃっ!やだ、ねぇ血がついてるけどまさかホントに鼻血出したわけ?」

「え!?」


まだ続いている蓮の話題に会話に参加する気にもなれず聞き流していたキョーコだったが、穏やかでない会話のに思わず共演者の団体に目を向けた。キョーコの視界の先では、留美のオフホワイトのスカートに点々と赤い染みがついている。


「やだ~!こんな時にぃ」

「何?生理?」

「かなぁ?」

「かなぁ…?って!」


留美のマネージャーが「大変!」と言って真っ先に部屋を飛び出したのだが、当の本人はけろりとしている。


「留美ね?もともとかなり不順だからいきなり来たりとかしばらく来なかったりとかよくあるのー」

「マルミー!そんなこと言ってないで早くっ!シミが広がってきてるよ!?」

「んー…でも、ナプキン持ってないしなぁ」


さすがに女だけの空間では大きな緊迫感はないが、留美の呑気な様子に会話を交わしていた薪野達の方が慌てていた。


「ねぇ、誰かナプキンもってない?」

「マネージャーさんが多分着替えと一緒に持ってくるよー?」


留美はどこまでも呑気だが、意外に世話焼きな共演者は留美のマネージャーを待つだけでは納得しなかった。


「あ、私持ってますよ」


呼びかけられてキョーコは持参のバックの中に常備しているモノの中にそれがあったことを思い至り声を上げた。キョーコが椅子に預けたカバンのポケットを探れば連想した女子アイテムはやはりそこにあった。


「良かったら使って」

「ナツサンキュー!とにかく!マルミーはトイレいってきて!」


バック内のポーチからそれを取り出したキョーコが手渡すと、留美は急かされるままパタパタと控室から出て行った。


「もう~!人騒がせなんだから、マルミーって」

「まぁまぁ、不順の人って結構大変だって聞いた事あるよ?」

「いつ仕事に当たるか分かんないんだから、薬飲んでる子も結構いるよ?軽くなるし期間も短くなるし。そっち目的でもほら、あっちにも効果あるし。失敗しても出来ちゃったりしないから安心じゃない?」

「ええ~!?マルミーに限って、そんな事ないんじゃない?」

「違うわよ!マルミーがっていうのじゃなくて、例えと本当のこと言っただけじゃない!」


当の本人が不在になればもともと女子の団体、あけすけな会話が飛び交う。ナツでなく天然記念物モノの純情乙女の素のキョーコなら耳まで赤くなって顔を伏せてしまうだろうことを予測した千織は、面白半分にキョーコの反応を伺った。しかし、この時のキョーコはナツでなかったが、予想と違う反応のキョーコに千織は訝しむ。


「京子さん?」

「え…?あっ…」


手元のポーチを見つめたままのキョーコを不審に思った千織の呼びかけに反応したものの、キョーコの視線は考え込むように自分の手元を彷徨っていた。



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こっからありがちなネタに突入なので2話アップです。


・・・ごめんなさい石投げられる覚悟です・・・

10/19発売の本誌ACT205の続き妄想です

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((……もうすぐ、終わる……))


手を伸ばせばすぐ届く距離なのに

その距離を縮めるのが恐ろしい


いやすぐ届くと思っているのが誤りか


でも終わりが来れば、その距離は幻だったと掻き消えるのだ



ACT205妄想【11】



いつぞやのように、カインはB・Jの手袋を外してセツカの頬を撫でていた。

するりと頬から項を撫でる手の心地良さをセツカの表情の下に隠し、キョーコは先ほどまでカインが飲んでいたミネラルウォーターのボトルを手にした状態でされるがままに任せている。控室でなく撮影現場の一角で行われているその様子に、恐れ戦いて目を逸らされたり、冷たい視線がちらちらと投げかけられたりしているが2人は一向に気にする様子はなかった。


『……気が済んだ?』


以前は撫でるだけだったのに今回は抱き寄せて耳元にキスまで落とされいる。しかしセツカはやや呆れ気味な表情を浮かべただけで、すっとカインの手に衣装の手袋を嵌めていた。


『ああ…これでもう邪魔されないと思うと、な』

「…っ!この変態野郎!早く来やがれっ!!」


トラジックマーカーのラストシーン。このシーンの撮影でOKが出ればクランクアップだ。

カインが定位置につけば撮影が開始される状況で、セット内に入った村雨から怒号が飛んでくる。既にスタンバイ済みの出演者は二人を遠巻きに見ているが、いきり立つ村雨の隣には面白くなさそうな表情の愛華が立っていてカインの背中を見つめている。

背後の様子をチラリと確認し、まだ動こうとしない兄にセツカは両手を伸ばした。特殊メイクで滑らかな手触りではない頬を包んで引き寄せると、カインは逆らわずに長身をかがめてきた。大きなカインの背にセツカはすっぽり隠れ、引き寄せている腕だけが共演者の目に入り背後から悲鳴じみたざわめきが上がり空気を震わせる。


『変なの。それなら終わってから好きなだけすればいいじゃない。アタシはこんな仕事さっさと終わらせて兄さんと二人でいたいわ』


こつんと額を合わせてくるセツカ。蓮の目に目を伏せたセツカのメイクで盛られた長い睫毛が映る。


『そんなこと言っても、BJを演じるのが最後だから寂しいんじゃないの?』

『……?』


そろりと持ちあがった瞳。その真意を見定める前に、特殊メイクを施した唇に残った水滴をセツカの親指がグイッと拭っていった。仕事を渋る兄を宥めるような仕草なのだが、じっと見つめていればその瞳は少しばかり悪戯の色を含んだ笑みをのせていた。


『魂がリンクするほどの役でしょ?…あ、BJは死体だから魂はないか』


以前に指摘された時は取り繕えないほど動揺していた自分が遠い過去のように蓮には感じられる。こんな笑みを浮かべて揺さぶりをかけてくるセツカに、演じているキョーコにいよいよ心配をかけたのだなと蓮は苦笑するしかない。


『兄さんの死神はゾクゾクしてココにクルけど、アタシは兄さんの方がいいわ』


トンと自らの心臓を叩くセツカの指先を追いかければ、露出度の高い服装に柔らかな曲線を描く白い肌を視界に入れてしまった。


『……行ってくる』


宥めすかされたルーズな兄の態度で、蓮はセットに足を向けた。


(寂しい…か)


寂しさを感じているのはクランクアップすれば解消されるこの関係だろう。


素の二人なら有り得ないほど物理的に近い距離と接触。

役柄上互いに向け合う濃厚な愛情。


愛の欠落者たるキョーコが身に着けたセツカの愛情表現の由来を知ってしまって、向けられる度に錯覚して喜ぶ心と黒い嫉妬に気持ちを持て余すこの数日は苦しかったはずだ。

思い出すのは海辺で見た切なくて堪らないキョーコの表情と、卑怯な自分に縋るほど強い恋心。

そして、己の浅ましさ。


「オタクらがそういう関係なのはどうでもいいが、場の空気は読めよな!この鬼畜めっ」


セット内に入れば相変らず直情型の村雨が絡んでくる。自らの思考に沈んでいた蓮はその罵声に小さくため息をついた。


「……何が問題だ?」

「兄妹でデキてようがヤッようが俺たちには関係ないが、それを現場に持ち込むなっ!」


珍しく日本語で返したカインに語気荒く村雨は苛立ちをぶつけてくる。


(…?)


カインが時間にルーズなのも、周囲を無視するのもいつもの癖に嫌に突っかかってくる村雨に蓮は小さな疑問を感じた。共演者はみな気まずげに視線をそらす中、ふと村雨以外に愛華が少しむくれて自分と背後のセツカを見比べているのに気が付いた。


「カ、カインさんっ」


それと同時にテストでカメラを覗き込んでいたスタッフが、慌てて声をかけて駆け寄ってくる。


「これから撮影だっていうのにメイクに口紅なんかつけやがって!テメーそれでも役者かよ!?」


自分の口元を指差し非難する村雨と駆け寄ってきて唇のメイク直しをするスタッフ。わざとらしく背後から見れば口付けを交わしている風に見えただろうとは思ってはいたが、実際にはそんなことはしていない。メイク直しを施されながら、蓮は視線だけ動かした。

忌々しげに吐き捨てた村雨の隣の愛華の表情が更に険しくなり、ふっと視線を足元に落とす。愛華の逸らした視線の元をたどれば、こちらを眺めているセツカに行き着いた。目を細めて妖しげな微笑を浮かべた妹は表情の変った愛華を見ていたが、ふと自分を見た兄の視線に気づく。


絡んだ視線の先で。

セツカは表情を崩さないまま、さりげない仕草で親指で自分の唇をなぞっていた。

最上キョーコからは全く想像できないセツカの嫉妬と仕返し。セツカであってもそのベースはキョーコで、撮影に支障をきたすような行動を自ら取る事なんてしたことはなかったのに。


(……まったく、どうしてくれよう)


怒ってなんかいないと乱暴に盛られた食事を出された時とは比較にならない。考え込めばその背景にあるキョーコの感情に嫉妬が湧き上がるのだが、反射的に込み上げるのは悦びに近い感覚だった。








(……最後、だからいいよね)


カインのメイク直しで更に遅れて始まった最終シーンの撮影。すぐに終わると思っていた撮影は愛華がNGを出し一発でOKが出ずにすでにテイク5になっていた。

思わず取ってしまった仕返しにキョーコは人知れず心中で言い訳をした。


(敦賀さんに言い寄る女性に嫉妬しても、こんな風に振る舞えることなんてもう無いもの)


彼が敦賀蓮に戻れば彼に恋する女などそれこそ吐いて捨てるほどたくさんいるのだ。綺麗で実力があって誰もが認める素晴らしい女性だってたくさんいるだろう。

思えばこの気持ちを認めざるを得ない状況に陥ったのは、嬉しさよりも先に自覚してしまった嫉妬心からだ。カインが、ましてや蓮が愛華に惹かれるとは元々の付き合いで思ってもいないし、第一蓮の苦しい恋の片鱗だってキョーコは知ってる。

それでもキョーコの小さな嫉妬心は兄を溺愛するセツカとシンクロして大きく膨らんだ。


自分以外の女を撫でた兄に感じた苛立ち

そんな兄の気まぐれに酔って愚かな行動をとる愛華に感じた蔑み

兄は自分のモノだという独占欲


気がつけばカインは自分のモノだと知らしめて、そして迂闊な行動をとった最愛の兄に仕返しをしていた。

そんな仕返しすら、カインが許容すると確信を持って。


(これから先、こんな思いをずっと抱えていくの…?)


向き合うと決めたはずなのに、受け入れたら怖いと思っていた気持ちが蘇る。どんどんと育つ醜い気持ちを恐れていたのに、実際に育ってしまったこの気持ちは更に肥大していく予感がした。


「カーット!」


(…っ、いけない・・・!)


己の思考に囚われたキョーコは、カットがかかった監督の声で慌てて撮影現場に視線を走らせる。カインは後ろ姿で表情は見えないが、他の出演者は緊張の面持ちでカメラチェックをする監督を見つめていた。


「OK!これで終了です。クランクアップ!」


監督の声に、わっと歓声が沸き上がる。これでトラジックマーカーの撮影はオールアップとなる。すなわち、この仕事…ヒール兄妹としての生活も終わりなのだ。互いに肩を叩いて撮影終了を喜ぶ出演者には目もくれず、カインは気だるい足取りでセツカに歩み寄っていた。


『帰るぞ』


セツカの脇を通り過ぎ控室に向かうカインにキョーコは監督に声をかけるべきか迷ったが, そのままセツカとしてそれに従う。スタジオの扉を閉めれば、沸き立つ現場の喧騒が瞬時に掻き消えコツコツと二人の足音だけが廊下に反響する。


(…もう、終わるんだ…)


気持ちのまま手を伸ばしても許容されるこの偽りの関係はもう終わるのだ思ったら、キョーコの手は自然とカインの手に伸びていた。指先が触れると、ごく自然に絡め取られ指が絡まる。


『…どうした?』


繋がれた自分の手を見つめていたら、歩みを止めないままカインに問われる。


『ん…なんでもない。お疲れ様、兄さん』

『ああ、これでもう邪魔されないな』


控室のドアを開け中に入ると、カインの手に引き寄せられそのまま抱きしめられた。


『ありがとう、セツ…』


セツカとして抱きしめられているのにキョーコの心臓は勝手に速度を上げる。

でもその声色の中に、カインでなく蓮の色を感じ取ってキョーコはこの距離感を失う時が来たのだと早まる鼓動に重苦しさを感じていた。


『ウン…』


抱きしめ返した手は、弱々しくカインの黒衣を握っていた。


~~~~~~~~


なんだかグダグダとグアム編終了…。カイセツエピを活用しきれない感満載ですが、先に進むことを優先しますー…


1/20発売の本誌ACT208の続き妄想です

ネタバレものなので、未読の方、コミックス派の方はバックプリーズ!!











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霜月(と書いてブタと読む)がおだてられて、なけなしのやる気振り絞って木に登りましたよ~…

キョコさんサイドを書いてみたので、ACT208妄想はside/Rとside/Kにタイトル修正しました。







ACT208妄想 side/K




『知ってるはずだよ?キョーコちゃん』


煌めく太陽の下で愁いを帯びた視線に釘付けになった。


『古より変わる事のない呪いにかけられた姫や王子を救う最も伝統的な方法…』


長い指先が、柔らかそうな唇を撫でるのがスローモーションのようだった。

いつかどこかで感じた、お腹の底がぐらりと熱する様な感覚。


(………だってコーンは、魔法で敦賀さんの容姿をしてるんだもの……)


その感覚は唐突に現れる夜の帝王を前にして、戦慄よりも早く私に襲い掛かる感覚だ。


(コーンも…そんな表情、するんだ……)


思わず足元に視線を逸らしてしまった。

容姿は髪色と瞳の色の違う敦賀さんとはいえ、仕草表情で醸し出すその人の雰囲気や人柄は違うはず。

そうやって別人格を作り上げて演じることで、見るものに演じる物語に引き込むのが役者の仕事だ。


なのに…


(コーンの魔法は、性格や仕草まで写し取ってしまうものなの…?)


遊び人だと断定してしまうほどの、世の女性が放ってはおかない美麗な先輩のいろんな面は見てきた。

坊として接して、そんな中でも恋愛値は低く本気の恋愛に苦しんでた彼も知っている。

だからこそ、きっとこれまでは本気ではない遊びの恋愛をたくさん経験してきたんだろうとも思っている。


これから先の未来、敦賀さんの隣に誰かが立つ所なんて本当は見たくない。

過去いくら本人の自覚が無い本気ではない恋愛だったとしても、隣に並んで…少なくとも男性としての彼を知っている女性は存在するのだろう。


通り過ぎた過去は消えはしないのに、胸の中に渦巻いたのは…


(…やだ、私ったら…)


コーンの表情から敦賀さんを連想し落ち込みかけたが、今はコーンを呪いから解放する方法を考えていたことにはたと気が付いた。ついつい自分の世界に入り込む悪癖に頭を振ってコーンを見上げれば、真っ直ぐ私を見ていた碧眼はうつむいて、つま先に落ちていた。

反応を返さない私に呆れたのだろうか?


(そ、そうよね!呪いの解除法は童話ではキスが鉄板だわっ!)


思考を先ほどのコーンとの会話まで巻き戻す。伝統的な解除方法は試す価値があるのだろう。

少しでもきっかけが掴めれば、早速…とコーンに近づいた。

敦賀さんスケールの長身だと彼の唇には私の身長じゃ届かなくて、両手でコーンの肩を掴んで引き寄せる。

近づいた敦賀さんと同じく整った美貌にやっぱりドキリとしてしまうが、コーンはコーンであって敦賀さんじゃないんだから!と目を瞑って形の良い唇に自分のそれを押し付けた。


「どう?コーン。これで呪いが解ける?」


顔を離して止めていた息をぷはっと吐き出す。


(うう…コーン固まっちゃってる…。私なんかにキスされて、嫌だったかしら…?)


でもでも!自分で言うのもなんだけど乙女としてはばっちり保証できる清らかな身の上なのだから、ここは薬と思って我慢してもらわなきゃ!と弱気になる心を叱咤する。

コーンがお願いすれば喜んでキスしてくれる女性はたくさんいるんだろうけれども、ひっそりと生きている妖精としては自分の正体を晒して回ることはできないのだろう。


(この際、私だからとか贅沢は言ってられないはず!)


そう思っても、無表情のまま動かないコーンに不安が募った。


「コーン?どう?呪いが解けた感覚って分かるのかな?笑えそう?」


いろんな考えが渦巻いて、とにかく何か反応してほしかった。



「……ダメ…」


ほどなくして、無表情は変わらないままコーンから返答があった。


「そ…か…」


笑おうと努力してくれたのかもしれないが彼の表情は変わらなかった。


「私みたいな人間の庶民の力じゃやっぱり無理かぁ」


やっぱり私じゃコーンの役に立てなかったようだ。言い訳がましく呟いてコーンから後ろめたさで視線を外した。


ダメと言われて心の底に浮かび上がった罪悪感。

コーンの呪いを解除するためなのに、魔法で敦賀さんに見える容姿にほんのちょっと漏れ出てしまった私の毒悪な感情。


(もしかしてそれが…)


「…だって、今の…キスじゃない」


(…え?)


「……役者の心の法則なんて…使っちゃダメ」


コーンの口から出た単語に思わず固まった。


(役者の心の法則…?)


全く意識などしていなかったのに、敦賀さんから教えられた教義がどうしてコーンの口から出てくるのか。

魔法でその人をの姿を借りると、その人の記憶まで妖精は借りられてしまうんだろうか?


「呪いを解くには、キスに『気持ち』が伴わなきゃ…」

「…え…?…」


続いた言葉に思考が引き戻された。

童話では目覚めのキスを交わした相手と愛し合って結ばれるのが定番のハッピーエンド。


(コーンを愛してなきゃダメってこと…?)


コーンの事は大好きなのは間違いない。幼い頃、彼と一緒に過ごした時間は私の宝物だ。

この奇跡の海で再会できたことだって、この上ない幸福。


だけど…


(…私が敦賀さんが好きだから…好きな人がいるから…?)


だから役不足なんだろうか?それとも、コーンにキスする瞬間、一瞬でも敦賀さんと重ねてしまったことを見抜かれているのだろうか。



「キョーコちゃんの、ファーストキスが欲しい」


急速に脳裏で緊急警報が鳴り響いた。


(ファーストキス…?)


どうして?

コーンはさっき私の記憶を盗み見てショータローにキスされたこと知ってるじゃない?


急速に、自分が何度も振り払った感覚が隣り合った二つのパズルのピースがハマるみたいにカチリと音を立てた気がした。


『最上さんがファーストキスだと思えるものがファーストキスでいいんだよ』


「何でもしてくれるって…言ったよね?」


『…ありがとう――…』


真っ直ぐ私を射抜くコーン少し陰のある視線が、かつて頬に熱を感じたあと至近距離で射抜かれて囁かれた敦賀さんの表情と重なる。


「コ…ーン…?」


自分の中の何かが暴かれそうで、無意識に一歩退いていた。でも次の瞬間には距離を詰められていてまた囁かれれる。


「俺の呪いを解いて、キョーコちゃん」

「…………」


怖いくらい、真っ直ぐ私を見る瞳は私の内に蜷局を巻いた毒悪な何かを見透かしているようで。

どうしてか、責められている気分だった。


(…動けない)


この感覚は知っている。

心の底が冷えていくように、視線に縛られて動けない。

他の人には見えづらい、敦賀さんの怒りの波動を感じた時と同じ感覚。



「……くれないなら……勝手にもらうよ」


動けないでいれば、のそりと大きな猛獣が身じろぎしたかのようだった。

一段低くなった声色に、逸らせない碧眼が黒く重い闇の焔を宿しているかのように暗く沈んでいく。


(―――この ヒト……ダレ―――…?)


輝く笑顔を失っていても、どんなに自責で苦しそうでも、穏やかな雰囲気を纏った妖精からは想像できないような闇色のオーラが私を縛り始めていた。

頤にひやりと感じたのはコーンの指先で、この南国でなんて冷たい指先だろうと思った。洋服越しに腰部に感じた冷たさも同様だ。


遠くはない過去に同じ感覚を敦賀さんに抱いたはず…。


脳裏で点灯したアラートが激しく点滅をはじめ、視界が赤と黒にフラッシュする幻覚すら見える。


「2度目は…無いよ」


唇が触れ合う距離で囁かれた言葉は、音としてではなく空気の振動として直接私に響いてきた。


「……え?」


『プライベートでは同じ人には2回は使えないから』


以前にこの声で聞いた台詞に、凍りついた私の唇がかろうじて疑問の音を紡いだ。


『だからね』

「だからね」


記憶の中の敦賀さんの声と、敦賀さんの声のコーンの言葉が重なる。

目の前には闇色を湛えた碧眼が赤茶の色彩を反射させた。まるで闇夜に光る猛獣の光彩のようだ。


たった二つ、繋がったピースの周囲にはたくさんのバラバラとたくさんのピースが降り注いでくる。それがカチカチと音を立てて本来あるべきところに帰っていく。


(…コー…ン…?)


『今後は十分気を付けて』

「これが、君のファーストキス」


(―――…夜の帝王―――…!)


視界いっぱいに広がったこの世に二つとないと思っていた端整な顔立ちが、色香を纏って口元だけ妖しげな笑みの形にうっすらと染まった。

近づきすぎて影になった視界は明度を失い、明るい金髪も碧の瞳もモノクロに映る。

滴る色香の微笑を湛えつつも闇を含んだ暗い色合いは、カインヒールを演じていた時の不安定だった敦賀さんそのものだ。


急速に組み上がったパズルのピース。

そのパズルに描かれているのは…


(―――…敦賀さん…っ…!!!)


本能的にはじき出した答えに、視界が真っ赤に染まった。

目の前の妖精は尊敬する先輩の姿を借りたのではなく、その人そのものだ。


急に込み上げた感情は、


怒りなのか

苦しさなのか

切なさなのか


複雑に入り混じっていて何色をしているのか分からない。



奪われるより先に奪っていた。

唇を合わせる行為では激しく渦巻く感情は治まらず、衝動的に歯を立てて咬みついた。


舌先に広がった鉄の味。その味に心の内に広がったのは小さな愉悦。

それは衝動的に跳ね上がった熱を急速に冷ますと同時に頭の中に燃え上がった焔も一気に鎮火した。


「……っ!?」


相手に与えた痛みでグイッと肩を押し戻された。

冷えた頭は自分の行った行為を冷静に認識し、今度は別の意味で頭に熱が上った。

痛みに驚いたであろう、彼の顔を見れない。

(…私、敦賀さんに…なんてこと……)


尊敬する先輩なのだ

毒悪な感情は見せてはいけない

醜い想いを同じ道を歩み者として傍にいることで満たしたいほど



―――…愛しているの



「……欲しいなら、あげる……これで呪いが解けるなら…あげる」


声が震えた。

俯いたまま言葉を絞り出す。


コーンは…彼は、私の気持ちが欲しいと言った。

呪いを解いてと懇願してきた。


(私の気持ちなんて、とっくに奪われているのに……!)


最初にコーンに捧げたキスで想ったのは…


「今ので、2回目。…コーン、今のキスで…私の気持ち…伝わった?」


ヒドイ言い分だと思う。

痛みを与えた自分の行為をキスと評した。


「…え…?」


私の心を奪っておいて、別人として求めておいて、挙句とっくに持っているモノに気づかず欲しいだなんて。


2回目のキスは怒りとしか受け取れないだろう。


自分が逃げないように、コーンが…敦賀さんが逃げられないように、肩に触れていた指先に爪が喰いこむほど力を込める。


覚悟を決めて顔を上げた。

きっと私はひどい顔をしてるだろう。


泣くまいと思っていても、顔が熱くて鼻の奥がツンツンと痛む。それでも目を逸らしてはいけない気がした。


「……ごめん…」


本当は謝らなければならないのは私のはずだ。

でも謝罪の言葉を口にして気まずそうに視線を逸らした目の前の人は私の怒りに心当たりがあるのだろう。


逃すまいと、頬に手を添えてしっかりとその瞳に視線を絡める。


「…コーン、なんで謝るの?」

「………」


私の中の確信を現実にするために言葉を紡ごう。

急速に唇が乾いて、震える声は更に掠れていた。


「…………なんで、謝るんですか?……敦賀さん…」


繋いだ視線の先で、驚きに揺れる瞳がある。それは私の中の確信を確かなものにしてくれた。


(……ごめんなさい)


形のいい唇の咬み跡から赤が滲んでいる。痛みを与えたことを詫びたくて、獣のように傷に舌を這わせる。舌に感じた敦賀さんの鉄の味が甘く染みて、自然と唇を合わせていた。


「……これで、3回目」


2度目はないと言った敦賀さんの言葉を借りた。

プライベートで同じ人には2度と使えないと言ったのだから、誰の者にもならないと思っていた敦賀さんのファーストキスはこれで私のモノだと思い至った。


「地獄に堕ちる人でなしの女となら…きっとこれ自体悪魔の呪い、ですね」


私はなんてヒドイ女だろう。

呪いを解くと言って、呪詛をかけた。


愛おしすぎて苦しくて

自分の醜さが恐ろしくて


でも、コーンの……敦賀さんのあの神々しい笑顔に会いたかった。


彼に触れた喜びで頬を伝う雫たちが熱くてたまらない。

涙で滲む視界の先で、ゆっくりと驚きで見開かれていた碧眼が細められた。



「……やっと……笑ってくれた……」



金色に輝く妖精の王子の微笑は


私が焦がれた愛おしい人の


甘やかで神々しい笑顔だった


1/20発売の本誌ACT208の続き妄想です

ネタバレものなので、未読の方、コミックス派の方はバックプリーズ!!











━─━─━─━─━─

特に今回は本誌の展開上多分入口のルート分岐は2択…

今まで以上に被り必発だと思われます…。拝読に伺う作家様のACT208の続き妄想は自分のを書き上げるまで拝読を避けておりますので内容被ってもご容赦くださいませー。


続き妄想に関してははパクリとか被りとか言っちゃいけないと思ふ…←暴言





ACT208妄想 side/R




何だろう、無性に…気に障った。



この子の口から語られる先輩としての俺の話。

さっきまで、敦賀蓮と違って近い距離感がいいななんて思っていたはずなのに。



もちろんこの子から役者の先輩として良い感情を持たれていることは嬉しい事でもあるはずなのに。

無性に男として全く意識していない…純粋に演技を愛する彼女と同じ道を歩く者としか見られていないことがチクチクと心を刺す。


あの時は勢いが欲しいと思ってやった。

どちらも選べない自分に、演技をやりとうそうとする翳らない意志を確かめたくて。


難敵を攻略しても、その意志は何度も闇に飲み込まれた。

決してその験担ぎで打ち勝てたわけじゃない。

闇に引きずられる俺を救い上げてくれたのは君なのに。


あたかも一人の力で乗り切ったかのように信じてい違わないその表情に感じたのは

後ろめたさなのか、自分の力を知りもしないこの子への苛立ちなのか…入り乱れて混沌としたものが腹の奥底で渦巻いていた。

妙な反発心から、何でもしてくれると言った彼女の言葉を逆手にとった。

以前もこんな状況はあったような気がする。

何かして欲しいことがあるかと問われて、思わず口走りそうになった言葉は固まった彼女の表情で飲みこんだ。


なのに…


『古より変わる事のない呪いにかけられた姫や王子を救う最も伝統的な方法…』


いかに愛の欠落者であっても、メルヘン嗜好の強い最上さんが連想しないはずが無いだろうそれ。


持ち上げた右手で己の唇をつっと辿った。

間違いようもなく、この子が口付けを意識するように。


口走ろうとした言葉を飲み込めたあの時と、今とは何が違いがあるのだろう?


真っ直ぐ俺を見ていた最上さんの視線がふっと足元に落ちた。

恥らうでも罵るでもないただ俯いて見えない表情。


(…バカ、だな)


最上さんの反応が怖くなって、目を逸らす。


幼い頃夏の日を共に過ごした妖精の王子として好意を持たれていることは分かるが、それが恋愛感情だと思うことはできないほど彼女の俺に対する態度は純粋だ。ましてこの子は愛を否定し恋愛感情を抱くことは愚行だと言い切る愛の欠落者だ。

それ故に誰の者にもならないことを誓わせて、卑怯な安堵に身を浸していた俺。


俯いたのは、俺の指し示す行為を正確に連想して困っているのだろう。

自分自身に嫉妬して思わず取った行動に苦笑を禁じ得ない。


その時、先ほどと同様に両肩を掴まれぐいっと引っ張られた。


(…え?)


バランスを崩しそうになって思わず目を上げたが、それよりも先に鼻腔を擽った心地よい彼女の香りと唇に押し付けられた柔らかな感触に思考が停止した。


視界に入ったのは伏せられた瞼に長い睫毛。


そんなに長くはなかったのだとは思うけれど、はっとしたのは唇に触れてた温もりがなくなって南国でも体温よりは低い空気にひやりとした感覚を覚えたから。


「どう?コーン。これで呪いが解ける?」


最上さんの顔全体が視界に納まり、心配そうに俺を見上げる琥珀色の瞳。

思わずそう言葉を紡ぐ唇の動きを目で追ってしまい、今の今まで自分のそこに触れていたのが最上さんの唇だと今更ながらに認識した。


(…キス…された…のか)


キスしてと言外に要求したのは俺の方で、実際にそれを叶えられた状態。

触れたいと焦がれていた唇だったのに…


「コーン?どう?呪いが解けた感覚って分かるのかな?笑えそう?」


おそらく俺は無表情だったのだと思う。


俺に話しかける最上さんの表情には頬の赤みや恥じらいはなく、ただただ純粋に幼少期からの友を心配する色合いだけが見て取れる。


キスとはこんなに簡単にできるものなのだろうか?


そう思えば、役者として何人もの女性に触れてきた自分に思い至った。


(―――役者の心の法則…)


それは不破との接触にショックを受けた彼女を守ると同時に浅はかな嫉妬を隠しきれなかった過去の俺が教えた事だ。


「……ダメ…」

「そ…か…、私みたいな人間の庶民の力じゃやっぱり無理かぁ」

「…だって、今の…キスじゃない」


え?と疑問符を乗せた視線が俺を見た。


「……役者の心の法則なんて…使っちゃダメ」


今後どんなに自分の幸せを否定して、愛の欠落者である最上さんの先輩として傍にいても。

仮に演技上で想い合う機会があったとしても、この子はきっと俺との接触すら役者の法則を使いこなしてしまうんだろう。


「呪いを解くには、キスに『気持ち』が伴わなきゃ…」

「…え…?…」

「キョーコちゃんの、ファーストキスが欲しい」


酷い我儘を言っている。

戸惑いの色が広がる瞳に映る俺はなんて醜悪なんだろう。

自分が久遠なのか敦賀蓮なのかもわからない。ただ、俺は『俺』だったのだろう。

無い物ねだりが過ぎるのは自覚できたが、止まらなかった。


「何でもしてくれるって…言ったよね?」

「コ…ーン…?」


じりっと距離を詰めると、詰めた分と同じだけまた距離が離れる。


「俺の呪いを解いて、キョーコちゃん」

「…………」


離れた距離が苦しくて、思わず懇願していた。

見開かれた瞳を覗き込むが、驚きと戸惑いの感情以外読み取ることができない。

男にキスして欲しいと言い寄られているのに、未だに現状を理解できていないこの子の様子に…



………苛立ちが募った



「……くれないなら……勝手にもらうよ」


低く唸って、彼女の顎を捉えて逃げられた距離を詰める。

もう片手は絶対に逃がさないと細腰を捉え、半歩進んで最上さんの足に自分の足を絡めた。


「2度目は…無いよ」


吐息が唇を撫でる距離まで近づいて、囁く。


「え?」


そろりと、固まったままだった瞳が俺を見た。


「だからね。これが、君のファーストキス」


まだ理解していない最上さんの瞳の色を確認したのを最後に視界が瞼で黒く閉ざされた。

飢えた獣が獲物の腸にかぶり付く様に、欲望をのせて唇を薄く開く。


(…言葉でも状況でも分からないなら、体験させるだけだ)


唇を押し付けて、触れるだけの接触をキスだと思った彼女に男の欲望をのせた口付けを思い知らせてやろう…と。


動きの停止した小さな唇を貪って、舌を絡め取って艶やかにぽってりと腫らせてやろう…



「……っ!?」


黒い思考で柔らかな感触を堪能するつもりだった己の唇に、予想もしていなかった鋭い痛みが走った。

噛みつくように愛しい彼女の唇を貪るつもりだったのに、俺が触れるより先に押し付けられた柔らかい感触と同時に歯を立てられた。


痛みで反射的に離れると、伏せて表情は見えないが真っ赤に染まった額と頬が栗色の前髪の隙間から透けて見えた。鋭い痛みはすぐには引かずジンジンと響き、舌先でなぞると薄く鉄の味がした。


ようやく見えた期待した赤面なのに、遠慮もなしに咬みつかれた鋭さにそれほど嫌だったかと落胆し、苛立ちから愚かな行為に走った自分をやっと自覚した。


「……欲しいなら、あげる……これで呪いが解けるなら…あげる」


(……なに…を……?)


軽蔑の言葉が飛んでくると覚悟していたが小さく震える手は俺の肩を掴んだままで、俯いた表情から予想とは異なる言葉が零れてきた。


「今ので、2回目。…コーン、今のキスで…私の気持ち…伝わった?」

「…え…?」


相手の唇を切るほどの鋭い咬みつきをキスという最上さんの言葉に混乱する。

こんな行為は拒否以外の何物でもない……

でも彼女の両手はどこにそんな腕力があるのか俺の肩をしっかりと掴み、至近距離に引き付ける。


戸惑いを隠せない俺の目と鼻の先で、地に向いていた顔が持ちあがりその表情が露わになる。


耳から額まで赤く染まった少女の顔。

キッと俺を見据える瞳は潤んでいて、すんっと鼻を啜った呼吸が空気を震わす振動となって俺の頬を打つ。


「……ごめん…」


視線の強さに、バツが悪くなって思わず目を逸らした。

すると、両肩を掴んでいた両手が、頬に滑ってきてしっかりと捉えられてしまい視線を逸らすことを許されなかった。


「…コーン、なんで謝るの?」


怒ったような鋭い眼差し。

俺の頬を包み込んだ手のひらは熱くて、それでいて至近距離にある紅潮した頬と潤んだ瞳はいっそ拷問だった。


「………」


答えられずに沈黙するしかない。


「…………なんで、謝るんですか?……敦賀さん…」


くしゃりと、強い眼差しが泣いている様な笑ってる様な複雑な色に細められ、潤んだ琥珀色が視界いっぱいに広がったと思っていたら先ほど噛み切られた唇を慰撫するように熱い滑りがなぞっていった。


その直後、再び塞がれた唇。

舌先に新たに彼女が運んできた鉄の味が広がる。


「……これで、3回目」


つっと伝った銀糸を断ち切って、赤い唇が言葉を紡ぐ。


「地獄に堕ちる人でなしの女となら…きっとこれ自体悪魔の呪い、ですね」


禍々しい言葉とは裏腹に熱い雫をこぼして神々しく微笑む愛しい少女。俺は泣きたい気持ちで目を細めていた。


「……やっと……笑ってくれた……」


安堵したしたように零れた言葉に、俺は自分が微笑んでいることに気が付いた。




~~~~~~~~


この後蓮さんは、怒っているんですからね!?とか散々メルヘン思考を利用して騙したことをなじられればいいと思ふ…


……これ、キョコさんサイドもいるかなぁ…?←自虐プレイ?

10/19発売の本誌ACT205の続き妄想です

ネタバレものなので、未読の方、コミックス派の方はバックプリーズ!!


今回の続き妄想に関しては別途お知らせがあります。読み進めの前にこちらを一読の上お願いいたします→ACT205妄想についてお知らせ
※お知らせを未読の状態でのご意見・質問(特にクレーム)に関しては厳しい反応を返すやもしれません。必ずご確認ください。




それでは自己責任でご覧くださいませ↓







━─━─━─━─━─




ACT205妄想【10】



表面上は今までと同じに、しかし各々の内面では複雑な心境を抱えたまま迎えたグアムでの撮影。中のキョーコが時計を気にして青ざめつつも、撮影所までの道のりにあるお店を呑気に冷かしながらカインとセツカは予定していた時刻より30分ほど遅く現場入りした。

スタッフに見せつけるように暑い南国でも指先を絡めて撮影現場には入れば、遅刻そのものはもうすでに気にしてはいない様子のスタッフはむしろ早かったですねという雰囲気を醸し出しつつ、二人の手からは気まずそうに目を逸らす。その背後では「やっぱりそうなのか…」「見たかアレ」「今日はついてないぞ」と、ひそひそとスタッフが会話を交わしている。

興味なさげに前を向いたままのキョーコはスタッフの視線がカインの首筋に集まっていることに気が付き噂の元凶を思い至る。気だるげなセツカのポーカーフェイスの下で思い出しかけたあの夜を必死に散らした。

そんな中空気を読まずカインに絡む2種類の声。


「カインさんっ、やっと来てくれたんですねー!わたし待ってたんですから!」

「愛華ちゃん、だからコイツは外道だっていってるだろうっ!今日もまた堂々と遅刻してきやがって!なんでそんなヤツに懐いてるんだっ」

「ささ、どうぞ!あなたのかわいいハムスターですよ!ナデナデしてください~」


(………このお嬢さんったら、またやってるわ…)


割り込んできた音声にキョーコの思考は上手く散らされて、盲目的にカインに絡む愛華に思い浮かぶのは迂闊な兄のエピソード。キョーコはセツカの顔で手をつないだままの兄の顔をじっと見やる。


『………』

『……なんだ?』

『別に。ほら、齧歯類がいるわよ兄さん。庇護欲をそそられるんじゃなかった?』


カインに抱き着かんばかりに近寄ろうとする愛華を村雨が目を覚ませと制している。それを他人事のように眺め英語で会話を交わしセツカが顎で指し示すと、カインは愛華と村雨を一瞥しただけだった。


『…あれは齧歯類じゃない』


『何それ。この前はそう言ってたじゃない』


キョーコの内に広がったのは蓮が優しく女性の頭を撫でる光景の想像から発生した苦々しさ。セツカに入りきったキョーコはそれを隠すことなく不機嫌さを滲ませて、絡めた手をすっと手放そうとした。


『まだ、怒っているのか…?』


するっと離れかけた指先をカインの手が許さず、再度掴まれる。


『……』

『お前以外の女に二度と触らないと言っただろう?』


掴まれた手に絡みつく長い指。以前は革手袋越しだったが南国のグアムでは素肌の指先だ。ぶっきら棒な言葉と表情とは裏腹に、セツカのご機嫌を伺うかのように指先から手のひらを撫で上げてくる。


(………もう…っ…)


「もうっ、カインさんっ」


手に絡みつく男性にしては滑らかな指先にキョーコの意識が引っ張られかけたその時、村雨の制止を振り切った愛華が二人のもとに飛び込んできた。


「…っ!」


気を取られていたキョーコは反応が遅れ、愛華を避けたカインに急に引っ張られる形となり足元がよろける。あっと思う間もなく、バランスを崩した体は大きな体に抱き込まれた。


「なんでそんなに妹さんばっかり!わたしだってカインさんにぎゅーってされたい~!カインさん私の夢にまで出てきたんですから、責任取ってくださいっ」

『…やかましい。失せろ』

「英語じゃ分からないですよー」

「愛華ちゃんの夢にま出できたのかこの変態野郎!」


冷たい視線と言葉で突き放してみても愛華には全く通じず、村雨に至っては愛華の言葉尻を捉えてカインを罵倒する。相手をする気のないカインは、セツカの腰を抱き込んだままくるりと踵を返した。


「あ~っ、カインさんどこ行くの?私も行くー!」

「愛華ちゃんっ!って、どこに行くんだこの野郎っ!」

『………』


めげずにカインに接近する愛華を村雨が小動物よろしくその腕に抱えて捕まえている。無言のままのカインに、もぞもぞと脱出を図ろうとする愛華を抱えてはいるが食って掛かりそうな勢いの村雨。そんな共演者にセツカだけが表情を崩さずに後ろを振り返った。愛華に対してだけセツカとして兄は自分のモノと主張するように僅かに眉を顰め、それから村雨に視線を滑らせた。


「仕事の時間だ。着替えてくる」

「遅刻してきやがってその言い草かよ!?」

「……ここで不毛なじゃれ合いと言いがかりで時間を使う方が無駄じゃない?」

「…っ」


カインの言葉をローテンションを保ったままセツカが日本語で代弁すれば、至極全うな村雨の言い分が返って来る。全くもってそうねとキョーコは心の中で同意しつつセツカのセリフを投げかけてカインの後を追った。

振り返った時に少し不満げにセツカをる愛華の視線が、キョーコの脳裏にいやに残った。







撮影所の一角でカメラの前でアクションを取るカインを、足を組んだセツカはじっと目で追っていた。カットがかかり、次のシーンの指示だろうか監督がカインに何かしら話しかけている。まだ次のシーンの撮影の合図かからず、スタッフ共演者ともにしばし打ち合わせや雑談でザワザワとざわめきが発生していた。


「んもー!カインさんと仲良くしたいのに何で村雨さんは邪魔するんですか~?」

「だからっ!アイツなんか相手にする方が時間の無駄だって。見ての通り妹溺愛の変態じゃないか!」

「ホントは恭紫狼様のように、優しいんですよー?」


ざわめきの中、さして大きくもない声なのだが主演の二人の会話がセツカの…キョーコの耳に入る。


「別に私が誰を好きになってもいいじゃないですか~。カインさんは夢にまで出てきたんですよ!これって完璧に恋ですよねっ?」

「愛華ちゃん…」

「潜在意識でも気にしてるって事ですもんね!もう今日カインさんに会えるの楽しみでドキドキしちゃって!」

「愛華ちゃんがそうでもアイツは全然そんな気配のかけらもないだろ!?ただの1回の気まぐれに夢見すぎだよ。どうしてあんなヒトデナシに…」

「なに~?村雨さん、もしかして…やきもち~?」

「……っ!もういいっ!!」


(…ほんとに、あのお嬢さんには何が見えているのかしら?)


愛華の言い分に付き合いきれなくなったらしい村雨が会話を切り上げ、出番が回ってきたらしくセットの中に入っていく。


(……カインの正体が敦賀さんだって公になった時にどんなことになるんだか)


メイクと険しい雰囲気で蓮の類稀な美貌よりも危険度が勝るカインは、役柄も相俟って遠巻きにされている。そんなカインに積極的に絡んでくるのは別の意味で闘志を燃やす村雨と、妙な恋心を抱いてしまった愛華だけだ。

ただでさえ世の女性を魅了する蓮なのだから、カインの正体として公になれば今以上に愛華の中では蓮の株は上がるだろう。そして一度敦賀蓮になってしまえば、今までのように柔らかい物腰で彼女に接するのだろう。


(……やっぱり、女の敵ね)


蓮への恋心を認めたとはいえ、キョーコはそれを一生表に出すつもりなどない。愛の欠落者的見解を蓮に抱いても、その女の敵に魅せられているのは自分も同じなのだ。


世の中の蓮に憧れ恋するたくさんの女の一人にはなりたくない。

この想いを奥底に仕舞い込んで、尊敬する先輩として同じ演技者として高みを目指す存在になりたい。


(それが敦賀さんの傍に居られる方法だもの)


そこまで考えて、キョーコははたと目を見張りため息をついた。


(…これじゃそこいらの愚か者よりもヒドイじゃない)


辛い思いをしたくないから逃げているだけとも捉えられるその思考に小さく首を振る。


でも…


触れられる度にざわつく鼓動や温かくなる胸の奥

それは新しい自分を作る新しい経験のはず


叶わぬ恋の苦い思いも、向けられる視線の喜びも

全ての感情を受け入れようと決めたはずなのに…


(結局、私も愛華さんと同じって事…?)


あんな愚者にはなりたくないと、下に見ていたはずの愛華と思わず自身を見比べる。



『夢にまで出てきたんですよ!』



唐突にキョーコの中で愛華が言っていた言葉が響いた。


(……夢…?)



『……俺に、そいつを重ねても…いいよ?』


唇に触れたのは何だった?


『だから…っ俺の事、好きな名前で、呼んでいいよ?』


切なさを埋めてくれたのは誰だった…?



ざわめきが静まり、アクションを開始する合図の声がかかる。撮影の緊張感が現場を支配していく。いつもなら食い入るように撮影現場を見つめるキョーコだが、その視線は落ちて座った自分のつま先を映していた。


「………」


きつく閉じた瞼の裏で

赤茶に揺れる碧の色彩が消えない


~~~~~~~~~~~~~~

1話の長さがマチマチすぎ…

こんばんは、寒波到来!

急な冷え込みにブルブルしております…。

二次作品ではなく雑多な事柄の記事ですので興味のない方はバックプリーズ!

特に今回は結構愚痴とか毒が含まれますのでご注意ください。


1月頭は更新できないとかいっといて何故だかもう4つ二次作品投稿できましたー。

いやー、勢いって大事w

よくよく見返せば、12月は4つしか作品アップしてませんね?って事は1月はもうこれで終わりでもいいじゃない!?なんて書けない病慢性疾患を患いサボり癖のついた私は思ったりしているのであります。

去年の今頃は…なんて考えちゃいけません!奇しくも、続き妄想でまたしても苦しむとは思っても見ませんでした。まだ終わんないよー…っていうかまた「承」で躓いてるんですよね。ワンパターンだな、私。


のた打ち回りつつ、書かなきゃ―って気持ちだけはあるので生暖かくのんびりと見守ってくださいませ~。



と、ここら辺から愚痴と毒が増してきますので、皆さまご注意くださいませ?

一応キツイ愚痴を吐いているのでグレー表記にします↓




新年あけてから勢いでアップした『B型~』の3話なのですが、内容が内容なので限定にさせていただきました。


………さすがに新年しょっぱなから限定3連続はいけなかったのか…

ただいまヤサグレ中です。←触るな危険状態ww


アメンバー申請の案内記事が頻繁に更新していてウザくて申し訳ないのですが、限定記事の連続アップのせいかアメンバー申請が少々立て込んでおります。


今回も承認できず拒否の方が相次いでます。

もうね、快く承認できないメッセを頂くだけでも、色々重なると結構しんどいです。


今回はネットを見ている方には何の関係もない私の仕事上のストレスと見事に重なってしまいヤサグレ度は過去最高です。

メッセだけ先に来て申請が来てない方等ほんのちょっとしたうっかりとか、他は全てOKだけど年齢エピソード抜けがあったとかそんな程度であれば、機嫌がいいとおまけでOKしたこともありました。しかし見てしまうと「案内に書いてあるのにちゃんと読んでもらえてなのかな」的にヤサグレて感じてしまうくらい現在堕ちております。自分でも一体どこにこんなイラツボの地雷があるんだろうかと不思議な位に、些細な事で気が立ってしまいます…更年期かしら??


案内にも書いてある通り、リトライする気も無い程度の覚悟なら申請してこない方が身のためです。もちろんメッセ無は論外。

幸いにも攻撃的に「どうして申請許可してもらえないんですか!?」な逆切れメッセは頂いたことはなく、皆さま基本マナーが良いのでしょうけれども、あんだけ脅し文句の並んでる私の申請案内読んでるんですよね????的な方が多いです。


拝読に伺う作家様だったり、ピグで交流のある方であればその程度は気にならないのですが、申請メッセで『初対面の方』には特にこの反応は強く出ます。私の信用を勝ち取るためのたった一回の接触(その後コメントやピグでも交流ない方がほとんどですので…)です、お気を付け下さいませ。


まあ原因はもちろんネット上の事だけではないので、このブログを読んでくださっている方々のせいだ!と強く主張する気はないのですが色々とベッコリ凹み&理不尽に怒りが蓄積している状態です。


書きたい妄想は頭に渦巻いてますが、書く作業にはつながらずどんどん凹んでいくような感じで浮上するきっかけがどうにもつかめずにいます…。(堕ちるところまで堕ちるともしかして書く方が反動で進むかしら?←危険な賭けw)


かといって申請を一時休止するのもなんだか負けた気がして嫌なので、現状のまま申請は常時受け取り可のままです。


申請をお考えの方、申請したけど拒否に遭った方へ。

今一度当ブログの申請案内を見ていただいてあれだけ苛烈に書いている私の気持ちを少し想像してみていただけると幸いです。


10/19発売の本誌ACT205の続き妄想です

ネタバレものなので、未読の方、コミックス派の方はバックプリーズ!!


今回の続き妄想に関しては別途お知らせがあります。読み進めの前にこちらを一読の上お願いいたします→ACT205妄想についてお知らせ
※お知らせを未読の状態でのご意見・質問(特にクレーム)に関しては厳しい反応を返すやもしれません。必ずご確認ください。


気がつけば1ヶ月以上空いてしまいました…!

でもこの後も順調に進められる自信は皆無ですがね(汗)

それでは自己責任でご覧くださいませ↓









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弱い心が求めた逃避はやはり毒でしかなかった


分かっていたのにそれを本当に理解するのは…



ACT205妄想 【9】



「……兄さん。コレ、どういうこと?」


キョーコは当初の予定通りの日程でセツカに扮し、カインの滞在するホテルの部屋にいた。

そして今、セツカとなったキョーコは既視感に眩暈を覚えていた。



グアム入りした時に蓮に早く会えると逸る気持ちを抑えきれず、再会できることに心が浮き足立っていたのに、昨夜はテンからの誘いを断ったのはキョーコの方だった。勝手に前倒しして蓮のもとに押し掛けようとしていたことや、テンにも叱責された砂浜で寝こけていたことを蓮に知られればお説教が待っているだろうこと。やはり予定外のことをして蓮に迷惑をかけてしまうかもしれないという心配を前面に押し出してテンには断り入れたが、キョーコの中で燻ぶっていたのはそれが主題ではなかった。

白昼夢だったと思っても、いや夢だったかもしれないならなおのことだ。あんな地獄に落ちる覚悟で抱いた想いを、コーンに重ねて逃げてしまった自分の弱さにキョーコは戸惑いを隠せない。

それが会いたくてたまらなかったはずの存在のもとに飛び込むことを躊躇させていた。

テンのもとでセツカのメイク、衣装を身に纏ってもなかなか切り替えられない意識はホテルのドアの前まで続いた。


(私さえしっかりすれば大丈夫…。だって敦賀さんは何も知るはずないもの)


いつかと同じように、ホテルのカードキーを手にしたままキョーコは目を閉じ大きく深呼吸した。


(この部屋に居るのはカイン。今必要なのは最上キョーコじゃない、雪花・ヒールだけよ)


ゆっくりと開いた両目には気怠いルーズな表情が浮かべ、キョーコはその奥で久方ぶりに愛しい兄に会う妹の喜びを織り交ぜる。


(敦賀さんに会いたかったこの気持ちだって、セツカの演技に活きるんだから…)


意を決してキョーコはセツカとしてホテルのドアを開錠したのだった。



「久しぶりに俺のもとに戻ってきたというのに、最初に言うことはそれなのか?」

「…ただいま兄さん…って!もうっ、またこんな…っ!」


最愛の兄にただいまとセツカが言う前に、室内に足を踏み入れた妹に気が付いたカインが『遅かったな』と言いつつ紙袋を手渡したのだ。

遅かったなという言葉に、蓮はキョーコの前日入りは知らないはずなのにどうも責められているような気がしてドキリとセツカの中のキョーコの鼓動が跳ねる。

しかし、手渡された袋に目をやるとその後ろ暗い感覚は一瞬で吹き飛んだ。思わずセツカというよりはキョーコの態度でベッドの上でその紙袋を逆さにすると、ひらひらと落ちてくる高級そうな薄絹たち。


「グアムは暑いだろう?まだ肌寒いイギリスから来るんだ、この気候に合った服を見繕っておいただけだ」

「…でもっ!」

「すまんな、数が少なかっただろうが我慢してくれ」


(そういう問題じゃない……っ!)


明らかに最終ロケの期間に対して多い洋服たちは、確かにセツカが身に着けてもおかしくないテイストのものばかり。あとクローゼットの中のもだと言うカインの言葉にあわてて示された場所を確認すると、黒い編上げのサンダルの入った箱が置かれている。


「……っ!」


物言いたげにキョーコはビールを煽るカインを見てしまうが、以前同じように交わした会話のやり取りでセツカのファッション感覚や兄に甘える妹として大きく文句を言うこともできない。

手の中の洋服たちを眺めては極上の手触りに一体いくらするのか思わず考えて身震いする。ちらりと自分を見たカインの表情が子犬のようなそれに変化すると、キョーコははっとしてため息をひとつ吐き出した。


(いけない…今の私はセツよ…)


ベッドの上に洋服を残して、床に転がる空き缶を拾い上げソファで寛ぐ兄に近づく。

思ったよりも緊張せずに振舞えたのはこんな突飛なカインの行動があったからで、それならば、兄から離れないと豪語するブラコンの妹がしばらくぶりに愛しい兄に再会したらどうするのかを冷静に考え始めた。それと同時に、セツカを通してではあるが、蓮に会いたかった自分の気持ちもゆっくりと動き出す。


「…ダメっこ兄さんね。またこんなに買い物なんかして」

「喜んでくれないのか?」

「そんなわけない」


近づけば大きな手が伸びてきてセツカの腰を攫う。そんなわけないと否定はしているものの、素直に喜ぶでもないセツカの態度にカインは甘えるような仕草を取る。抱き寄せられるように近づけば蓮の黒髪よりダークでマットな質感の髪色をしたカインの頭がぽすんとむき出しの腹部にもたれてきた。肌の上を髪がなでる感触に、キョーコの背筋が泡立った。


「……っ」


くすぐったさ以外の奇妙な感覚にキョーコは思わず小さく息を止めてしまう。その奇妙な感覚の正体をその時のキョーコはすぐに理解することはできなかった。


「お前がいないとまともに寝れやしないんだ。これくらいいいだろう?」

「……」

「服くらい、いくらでも買ってやると前にも言ったじゃないか」


思わず何がこれくらいなのかと考えたキョーコは、話題が洋服だったことにはたと気が付ききゅっと目を閉じて気持ちを落ち着かせる。せっかくセツカになれそうなのに、些細なことで素の自分の思考がかぶさってくる。

瞬きをするくらいの時間だったはずが、目を開けば上目遣いで自分の機嫌を伺ってくる大きな子犬と視線がぶつかり、心の内のざわめきを見透かされたのではないかとまたしても鼓動が跳ね上がる。


「…兄さん、さっそくこれ着てもいいかしら?来るまでに汗かいちゃったからシャワー浴びてくるわ」


じっと見つめてくる黒檀のカインの瞳になぜだかあの碧が重なって、キョーコは見せられたばかりの洋服を手に取ると逃げる様にバスルームに滑り込んだ。








「…だめ、だな…」


キョーコの姿が消えたバスルームから小さくもれる水音を聞きながら、蓮は右手を拳に握り額に押し当てていた。

昨日、予定より早く会えるチャンスがあると知った時に感じたのは期待よりも不安だった。テンを通じてキョーコから断りが入ったことでほっとしている自分に気が付いて、その事実に愕然とした。


(…でも、止められなかったんだ)


身代わりでもいいと言い訳して、縋りついてきたキョーコに甘えた。

否、縋りついたのは自分の方か。拒否されずに受け入れられたことに喜びと、想い人に対して向けたであろうあの笑顔に感じた嫉妬と慕情。

自分のことをコーンと呼んで…、自らの想い人ではないことを分かりつつも肌を許した彼女。


キョーコがちゃんと現実として受け止めているか、自分が囁いた魔法の通りに夢と思っているか蓮には判断できなかったが、こうして向き合わなければならないときに感じたのは後ろめたさと切なさだった。


まるで恋人の様な距離感のカインとセツカを演じることになっても、お互い演技者として普通にこなせると思っていた。キョーコに至っては純情乙女だったのに兄妹として一緒に過ごすうちに、演技半分潤い半分で濃い目だった接触に慣れていき思わず赤面するような最上キョーコの表情を出すことは少なくなっていた。

それでも、いかに演じているとはいえセツカのベースは地のキョーコなのだ。カインとしてお叱りを受けた散財を思い出し、素のキョーコの普段の反応を見て安心したくて予防線を張るために、蓮は煙草や酒などカインのアイテムの他にブティックに足を延ばした。狙い通りの反応を得て安心しつつも、クールで気だるげなセツカが会いたかったとちらりと滲ませた兄への恋慕の表情にとった行動は何だったか。

つい昨日、触れたばかりの剥き出しの素肌にカインの仕草で手を伸ばしていた。素肌に頬を寄せて甘えたのはカインとしてだったかも危うい。ほんのちょっと息を呑むような反応を見せたキョーコに小さな愉悦を感じてしまったのも否定できない。


(…くそ…っ…)


こんなに苦しいと思わなかった。

セツカがカインに向ける愛情に、錯覚しそうになる。ましてやキョーコが妖精の王子として接した相手が自分であることに気がついてもいなければ、気づかせてもいけないのに。

蓮はのっそりと立ち上がり、冷蔵庫の扉を開いた。まだ確かめられていないが、この中身を見ればまたキョーコはセツカとしてカインを嗜めるだろう。それもまたいいかと、蓮は新しいビールの缶を手に取りプルタブを引く。

ぷしゅっと炭酸がはじける音をが嫌に耳に残る。一気に中身の半分を煽ると、南国の軽い飲み口のビールのはずなのに嫌に苦みが口に残った。


(あと、数日…)


このグアムでの撮影が終わればトラジックマーカーはクランクアップ。

それはヒール兄妹の解消を意味する。キョーコとの距離はまた元の先輩後輩の距離に戻るのだ。

こんな近くで、役柄としてもこんなに気持ちを向けられることはもうない。

完璧に仕上がっていくセツカの表現力の根底には、キョーコがやっと得た『失ったモノ』が潜んでいることを知ってしまった。

この近しい距離をどう過ごせばよいのだろうか。


惜しんで触れ合うにも良心が咎め、心の奥底で嫉妬心が燻る。

避けて逃げるのはカインはもとよりセツカの方が許さないだろう。


そしてこの関係が解消されたのちには…


蓮は自分の心を持て余すしかなかった。