ACT205妄想【9】 | 妄想最終処分場

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10/19発売の本誌ACT205の続き妄想です

ネタバレものなので、未読の方、コミックス派の方はバックプリーズ!!


今回の続き妄想に関しては別途お知らせがあります。読み進めの前にこちらを一読の上お願いいたします→ACT205妄想についてお知らせ
※お知らせを未読の状態でのご意見・質問(特にクレーム)に関しては厳しい反応を返すやもしれません。必ずご確認ください。


気がつけば1ヶ月以上空いてしまいました…!

でもこの後も順調に進められる自信は皆無ですがね(汗)

それでは自己責任でご覧くださいませ↓









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弱い心が求めた逃避はやはり毒でしかなかった


分かっていたのにそれを本当に理解するのは…



ACT205妄想 【9】



「……兄さん。コレ、どういうこと?」


キョーコは当初の予定通りの日程でセツカに扮し、カインの滞在するホテルの部屋にいた。

そして今、セツカとなったキョーコは既視感に眩暈を覚えていた。



グアム入りした時に蓮に早く会えると逸る気持ちを抑えきれず、再会できることに心が浮き足立っていたのに、昨夜はテンからの誘いを断ったのはキョーコの方だった。勝手に前倒しして蓮のもとに押し掛けようとしていたことや、テンにも叱責された砂浜で寝こけていたことを蓮に知られればお説教が待っているだろうこと。やはり予定外のことをして蓮に迷惑をかけてしまうかもしれないという心配を前面に押し出してテンには断り入れたが、キョーコの中で燻ぶっていたのはそれが主題ではなかった。

白昼夢だったと思っても、いや夢だったかもしれないならなおのことだ。あんな地獄に落ちる覚悟で抱いた想いを、コーンに重ねて逃げてしまった自分の弱さにキョーコは戸惑いを隠せない。

それが会いたくてたまらなかったはずの存在のもとに飛び込むことを躊躇させていた。

テンのもとでセツカのメイク、衣装を身に纏ってもなかなか切り替えられない意識はホテルのドアの前まで続いた。


(私さえしっかりすれば大丈夫…。だって敦賀さんは何も知るはずないもの)


いつかと同じように、ホテルのカードキーを手にしたままキョーコは目を閉じ大きく深呼吸した。


(この部屋に居るのはカイン。今必要なのは最上キョーコじゃない、雪花・ヒールだけよ)


ゆっくりと開いた両目には気怠いルーズな表情が浮かべ、キョーコはその奥で久方ぶりに愛しい兄に会う妹の喜びを織り交ぜる。


(敦賀さんに会いたかったこの気持ちだって、セツカの演技に活きるんだから…)


意を決してキョーコはセツカとしてホテルのドアを開錠したのだった。



「久しぶりに俺のもとに戻ってきたというのに、最初に言うことはそれなのか?」

「…ただいま兄さん…って!もうっ、またこんな…っ!」


最愛の兄にただいまとセツカが言う前に、室内に足を踏み入れた妹に気が付いたカインが『遅かったな』と言いつつ紙袋を手渡したのだ。

遅かったなという言葉に、蓮はキョーコの前日入りは知らないはずなのにどうも責められているような気がしてドキリとセツカの中のキョーコの鼓動が跳ねる。

しかし、手渡された袋に目をやるとその後ろ暗い感覚は一瞬で吹き飛んだ。思わずセツカというよりはキョーコの態度でベッドの上でその紙袋を逆さにすると、ひらひらと落ちてくる高級そうな薄絹たち。


「グアムは暑いだろう?まだ肌寒いイギリスから来るんだ、この気候に合った服を見繕っておいただけだ」

「…でもっ!」

「すまんな、数が少なかっただろうが我慢してくれ」


(そういう問題じゃない……っ!)


明らかに最終ロケの期間に対して多い洋服たちは、確かにセツカが身に着けてもおかしくないテイストのものばかり。あとクローゼットの中のもだと言うカインの言葉にあわてて示された場所を確認すると、黒い編上げのサンダルの入った箱が置かれている。


「……っ!」


物言いたげにキョーコはビールを煽るカインを見てしまうが、以前同じように交わした会話のやり取りでセツカのファッション感覚や兄に甘える妹として大きく文句を言うこともできない。

手の中の洋服たちを眺めては極上の手触りに一体いくらするのか思わず考えて身震いする。ちらりと自分を見たカインの表情が子犬のようなそれに変化すると、キョーコははっとしてため息をひとつ吐き出した。


(いけない…今の私はセツよ…)


ベッドの上に洋服を残して、床に転がる空き缶を拾い上げソファで寛ぐ兄に近づく。

思ったよりも緊張せずに振舞えたのはこんな突飛なカインの行動があったからで、それならば、兄から離れないと豪語するブラコンの妹がしばらくぶりに愛しい兄に再会したらどうするのかを冷静に考え始めた。それと同時に、セツカを通してではあるが、蓮に会いたかった自分の気持ちもゆっくりと動き出す。


「…ダメっこ兄さんね。またこんなに買い物なんかして」

「喜んでくれないのか?」

「そんなわけない」


近づけば大きな手が伸びてきてセツカの腰を攫う。そんなわけないと否定はしているものの、素直に喜ぶでもないセツカの態度にカインは甘えるような仕草を取る。抱き寄せられるように近づけば蓮の黒髪よりダークでマットな質感の髪色をしたカインの頭がぽすんとむき出しの腹部にもたれてきた。肌の上を髪がなでる感触に、キョーコの背筋が泡立った。


「……っ」


くすぐったさ以外の奇妙な感覚にキョーコは思わず小さく息を止めてしまう。その奇妙な感覚の正体をその時のキョーコはすぐに理解することはできなかった。


「お前がいないとまともに寝れやしないんだ。これくらいいいだろう?」

「……」

「服くらい、いくらでも買ってやると前にも言ったじゃないか」


思わず何がこれくらいなのかと考えたキョーコは、話題が洋服だったことにはたと気が付ききゅっと目を閉じて気持ちを落ち着かせる。せっかくセツカになれそうなのに、些細なことで素の自分の思考がかぶさってくる。

瞬きをするくらいの時間だったはずが、目を開けば上目遣いで自分の機嫌を伺ってくる大きな子犬と視線がぶつかり、心の内のざわめきを見透かされたのではないかとまたしても鼓動が跳ね上がる。


「…兄さん、さっそくこれ着てもいいかしら?来るまでに汗かいちゃったからシャワー浴びてくるわ」


じっと見つめてくる黒檀のカインの瞳になぜだかあの碧が重なって、キョーコは見せられたばかりの洋服を手に取ると逃げる様にバスルームに滑り込んだ。








「…だめ、だな…」


キョーコの姿が消えたバスルームから小さくもれる水音を聞きながら、蓮は右手を拳に握り額に押し当てていた。

昨日、予定より早く会えるチャンスがあると知った時に感じたのは期待よりも不安だった。テンを通じてキョーコから断りが入ったことでほっとしている自分に気が付いて、その事実に愕然とした。


(…でも、止められなかったんだ)


身代わりでもいいと言い訳して、縋りついてきたキョーコに甘えた。

否、縋りついたのは自分の方か。拒否されずに受け入れられたことに喜びと、想い人に対して向けたであろうあの笑顔に感じた嫉妬と慕情。

自分のことをコーンと呼んで…、自らの想い人ではないことを分かりつつも肌を許した彼女。


キョーコがちゃんと現実として受け止めているか、自分が囁いた魔法の通りに夢と思っているか蓮には判断できなかったが、こうして向き合わなければならないときに感じたのは後ろめたさと切なさだった。


まるで恋人の様な距離感のカインとセツカを演じることになっても、お互い演技者として普通にこなせると思っていた。キョーコに至っては純情乙女だったのに兄妹として一緒に過ごすうちに、演技半分潤い半分で濃い目だった接触に慣れていき思わず赤面するような最上キョーコの表情を出すことは少なくなっていた。

それでも、いかに演じているとはいえセツカのベースは地のキョーコなのだ。カインとしてお叱りを受けた散財を思い出し、素のキョーコの普段の反応を見て安心したくて予防線を張るために、蓮は煙草や酒などカインのアイテムの他にブティックに足を延ばした。狙い通りの反応を得て安心しつつも、クールで気だるげなセツカが会いたかったとちらりと滲ませた兄への恋慕の表情にとった行動は何だったか。

つい昨日、触れたばかりの剥き出しの素肌にカインの仕草で手を伸ばしていた。素肌に頬を寄せて甘えたのはカインとしてだったかも危うい。ほんのちょっと息を呑むような反応を見せたキョーコに小さな愉悦を感じてしまったのも否定できない。


(…くそ…っ…)


こんなに苦しいと思わなかった。

セツカがカインに向ける愛情に、錯覚しそうになる。ましてやキョーコが妖精の王子として接した相手が自分であることに気がついてもいなければ、気づかせてもいけないのに。

蓮はのっそりと立ち上がり、冷蔵庫の扉を開いた。まだ確かめられていないが、この中身を見ればまたキョーコはセツカとしてカインを嗜めるだろう。それもまたいいかと、蓮は新しいビールの缶を手に取りプルタブを引く。

ぷしゅっと炭酸がはじける音をが嫌に耳に残る。一気に中身の半分を煽ると、南国の軽い飲み口のビールのはずなのに嫌に苦みが口に残った。


(あと、数日…)


このグアムでの撮影が終わればトラジックマーカーはクランクアップ。

それはヒール兄妹の解消を意味する。キョーコとの距離はまた元の先輩後輩の距離に戻るのだ。

こんな近くで、役柄としてもこんなに気持ちを向けられることはもうない。

完璧に仕上がっていくセツカの表現力の根底には、キョーコがやっと得た『失ったモノ』が潜んでいることを知ってしまった。

この近しい距離をどう過ごせばよいのだろうか。


惜しんで触れ合うにも良心が咎め、心の奥底で嫉妬心が燻る。

避けて逃げるのはカインはもとよりセツカの方が許さないだろう。


そしてこの関係が解消されたのちには…


蓮は自分の心を持て余すしかなかった。