杉山 召のブログ -107ページ目

杉山 召のブログ

超能力と宇宙人のことを書いています。

私は、「人を救え」と常々書いてきました。

しかし、

イエスは一度も、「誰かを救え」と言った事が無い。

 

ただ、「神とつながっていなさい」と、だけ諭した。

 

要は、「自分を救いなさい」としか言っていないのです。

 

具体的には、天井に扇風機を付ければ良い・

         時計を天井に張り付けて見れば良い。

 

それだけで、「救われる、まじない」は完成する。

 

イエスは「アルファとオメガ」=「阿吽」について

説明したけれど

阿吽について、「~しなさい」と言ってません。

 

時計も、扇風機も、天井に張り付ければ「左回り」です。

天井が壊れないように貼り付けましょう!

 

まず、「自分が救われる」事が最も大事なのです。

「右回り」は「虐め、差別、戦争、災害」を起こす

「魔方陣(邪方陣)」です。
「右回り」は

「富む者は益々富み、持たぬ者は生贄となる」作用を生みます。
 

「(右回りの)扇風機」と「(右回りの)アナログ時計」です。
 

権力者は、「おまじない」の
「富む者は益々富み、持たぬ者は奪われる」

を普及させようとしました。(普及させました)
しかし、

時計も、扇風機も、天井に付けると「左回り」になります。
下から見ると「右回り」ですが

上から見ると「左回り」なので、

邪方陣を「天井に付ける」と、良い「魔方陣」になる。

 

工夫次第で「不況」を打ち砕けるのです。

 

良い魔方陣は「人を平等にします」なので、
権力者は天井の「扇」を「わざわざ羽根を作りかえて」

一見左回りだけど、

上から見て、「右回りに扇が回る」ようにしました。

権力者は「おまじない」を重視しています。
なぜならば、「おまじない」は、

   宇宙を作る「根幹のルール」だからです。
摩訶不思議な強制力を持ちます。

 

霊力は「不幸」を退ける「通貨」の様な物です。
大事に貯めて「幸せ」を手に入れましょう。

霊力は、幸せを買い取る。

注:ギャンブルに「霊力」は、効きません。

   勝っても負けても人が堕落する。
 

少しずつ「左回り」を「貯めて」幸せに成りましょう。

爬虫類人類でも竜人でも良い。

どちらも、レプタリアンと、見なします。

 

人と違う点

 

簡単な、血液検査で「レプタリアン」判別できます。

 

赤血球に「核が有った」らレプタリアン

 

赤血球に核が「無かった」ら人です。

人はなぜ「予知夢」を見るのか?

 それは起きていると「夢が見られない」から、

と書くと怒るでしょ?
 

でも、意味が有るのです。

シュメールでは「起きていると見られない」と教えています。

霊界と呼ばれる場所に「時の進行は有りません」

これを「0次元」とシュメールでは定義しています。
一次元は「不可逆的な時の進行」

(過去に戻らない一方通行の時の流れです。)
二次元は「実際には存在しない概念上の平面」です。
三次元が「この世界」を形作ります。

四次元も五次元も~無限次元も、物質界に、存在しません。

この0次元には、過去から未来までの全ての

結果を記す「アカシックレコード」が有ります。
でも、「アカシックレコード」と「予知夢」は関係ありません。
 

古代の職業に「イタコ」が有ります。

おそらく字で表すと「意を託す」から「意託」です。
地球人が第三の目と呼んでいる

「プロビデンスの目」は「T」(タウ)

「T」(タウ)は、ヘブライ語の「世界」です。
 

「T」は霊界と現世を「肉体と魂」をつなぐ

アンテナ

「T」は「子宮と卵巣」で、ふつう男に有りません。

だから「イタコ」は、女の職業です。

過去の「Aさん」と、未来の「Aさん」と、今の「Aさん」は、

0次元でつながっています。
イタコは死者と交信すると信じられていますが

「イタコが呼ぶ相手は死んでいません」生きています。
正確には

「生きている頃の死者」を相手に呼び出しを掛けている。
ですが、
みんなイタコに呼び出された経験が有りません。

なぜならば、

起きている時には「0次元」が閉ざされていて

「(何も)呼べない」からです。
 

覚醒している時に「0次元」に、アクセスする事は、

出来ないのです。
故に、イタコは死者が生きている頃の「夢」と、

自らも「夢」の状態で接触して

「意託(イタコ)」の情報を得るのです。
トランス状態は、

この「覚醒していないが、寝てもいない」状態を維持している。

イタコの訓練は、

「寝入り端に、過去の自分にメッセージを送る」事

それが、日々の日課になります。
 

「子宮と卵巣」(T)は「レーキ」とも呼ばれます。

レーキとは「UHFアンテナ」(T)みたいな形の物です。
子宮と卵巣で「T」(タウ)と、

地面「 _ 」とは、アース(土は女)

「人と人をつなぐ」ので「巫」となる。
 

「巫」とは「架け橋」で「魂と肉体」をつなぎます。

「予知夢」が「起きている」時に「見られない」とは、

「トランス」状態を意味しています。

エルフは11(Eleven)

これは士の事、本来の士は、武者ではなくて、ム者

「ム」は救い。

暦を覚える際に「にしむくさむらい」と覚えませんでしたか?

古代人は、暦を作る時に

 

365日を 均等に割り振りません でした。

 

ふしぎですよね?

 

実は、

「にしむくさむらい」とは、未来を予知した者が、

こっそり残した「アナグラム」

みんな(とくに悪党)に気付かれないように

暗号を残したのです。

 

2月4月6月9月11月で、二四六九士

 

右に倣えとは、「左を見倣う」事です。

西向く士とは、「西を見る士」(Eleven)11=士

エルフは士

 

天下布武の布武は、与える(布)と奪う(武)ですが、

布=与える・・・得る布

これは、

男が女に「霊力」=「マ」を与えられて「勇」になる。

「勇者」=「さむらい」を意味します。

 

織田信長は天皇制を拒絶して、

「天下布武」=「運命は天が決める」を使いましたが

もしかしたら

もっと、遙か昔から有った言葉だったのでしょう。

 

ヘブライの数秘術で、11は特別な数です。

数秘術の11

霊力の有る者とは、エルフの事です。

 

救いを為す者は「西(女)に従え」=「姫(女臣)と、臣下」

女が与える「マ」

男は「マ」を得て「勇者」=「士」(Eleven)となる。

一般的な石女は「若い男」ですが、

 

アメノウズメは、「雨(あめ)の巫女」=「雨女」

雨巫女

 

多産だった女が雨を呼ぶ巫女に奉られた感じ・・・。

 

 ※雨女は石女(ウズメ)ではない。

 

 

巾(ふくろ)=「子宮」に、「幺」=「ヽ」(小さい粒)=「子」

「神下ろし」を為した女

多くの「子」を産み落とした「祝女」(いわめ)

雨の岩女

 

 ※「岩」と「祝」の語呂合わせらしい。

  まだ、調べ中

  イワナ(岩魚)と、ヤマメ(山女魚)にヒントが有る。

 

「雨の巫女」=「雨女」

 

もともと「风」=「低気圧」には「目」が有る。

神無月に雨巫女(雨女)は、出雲に集まり

神在月の出雲となる。

 

出雲とは「くも いずる」(雲が出る)場所

 

 

阿吽の「阿」は「阿頼耶識」で、「首(道標)」の事

「吽」は「牛」=「労働者」

「牛」は「右氏」(うし)→右者→勇者

 

「女」は「マ」

天女(あめ)、海女(あま)、尼、巾(ふくろ)+幺(ヽ)=雨

 

「幺」とは「心」、

注 : 「心」は「小ゝ」(小、幺、ヽ、は同じ意味)

 

女は「幺」を「山=男」に与える

すると

「マ」を与えられた「男=勇」となる。

 

「マ」を得られないと「マ抜け」となる。

(社会認知の無い行い)

「右」(男の考え)だけだと、「うつけ」(右付け)となる。

(社会に認められない考え)

 

左右とは、白湯(よいもの)

 

左の「エ」(巫)は、察知する力、女の勘です。

「子宮と卵巣」で「T(タウ)」=「田」

 

右の「ロ」(労働者)は「牛」才覚の無き者は「午」(まご)

「まご」とは「母子」の事で、保護が必要な者

 

昔は、成人男性を「牛」(吽)、若者を「石」とした。

神に仕える巫女は男

「石女」(うづめ)

「ウズメ」とは、「石」=「若い男」が女装した姿となる。

 

女が巫女をすると、女神が「いやがる」らしい。

天女(雨)=妻と、田=稲で、稲妻(雷)となる。

全ての物質(光や音や熱を含む)は空間に所属しています。
時の進行は空間に所属します。
粒子(物質)は時の進行が無いと動きません。

 空間が無いと「物質」は移動しない。
 時が止まると「物質」は動かない。

故に、時と物質は空間に所属している。とします。


一枚の布を空間と仮定して、一点をつまみ上げてください。
この状態が物質の在り方です。

物質が動こうとする時、空間から離れようとする力が働きます。

先ほどのシーツをつまんだ状態が、空間から離れようとする

物質の在り方
それが「シーツ」=「空間」を少し歪めている。
これが、
空間が圧縮された状態です。


この「空間と物質」の関わりが「質量」を生み出している。
物質が「空間に留まる力」それが「質量」です。

この「質量」が生まれる際に、「空間」は少し圧縮されます。
言い換えると、
「空間を圧縮する」と「重力」が生まれます。

「重力」とは「空間を平らに均一に戻そうとする力」です。
粒子(物質)が動く際に
つまみ上げた空間が「元に戻ろうとする」際に、
空間が
周りの「物を引き寄せる」=「重力」が発生するのです。

つまり、質量とは重力で、重力とは質量なのです。

最近はシュメール文化を学んでいる。

 

阿吽の仁王像

 

これが、どうも腑に落ちない。

 

「王」とは「司」と言う「職」であり、男ではない。

「司」=「イスラ」

「仁」=「やさしい」=「女」

「女司」=「女王」を意味する。

 

仁王像・・・どうみても、「女」に、見えない。(゚д゚)

 

本来は、「阿吽の左右像」だったらしい。

 

「左右は白湯」=よいもの