Book OFFで本が全品半額というセールをしていた。
大胆なことやるなぁ、と思いつつも入ってみた。
手塚治にはまっているので、短編集を二冊手に取り、宮部みゆきの火車も買った。
会計は、通常の値段であった。

ナヌ?

と思い、レジにセールのチラシがあったので、店員に詰め寄ろうとしたら、そのチラシには小さく


「コミック・105円以下の本は除く」

と書いてあった。
非常に悲しい。
僕は、こういうデザインにひどく悲しむ。
広告は人の視覚をいろどるもので、社会を明るくするものでなければならない。
このような働きは、売り上げはあがるかもしれないが、未来が暗い。
ダイナマイトを作ってしまったノーベルの気持ちが分かる気がする。
たかだが、500円くらい多く払っただけで、ノーベルの気持ちなど分かるはずもないのだが、憤りではなくやるせなさを感じたのだ。

僕の仕事は、そのような社会的な流れに負けないよう、いやらしい大人達の声に屈しないよう、純粋な仕事にしたい。
今日仲間と別れた。
別れた仲間はいっぱいいるが、今日は記録しておこうと思う。
いままで別れてきた、沢山の人に感謝しながら、分かれるという事に立ち会った自分を記録してみたい。
と真面目に書き始めたが、別れたあと再会する事は意外に多く、そう悲観する事はない。
僕は今まで別れた人で、もう一生会えないだろうという人はいない。
当然のごとく、いずれ皆と会えると思っていたりする。
いままで会って来た人らと、無人島でも買って、仲良く暮らしたいと思っている。
その賛同者を募る為に、この空想を物語にして販売し、一儲けした上で、土地購入の頭金にしたいと思っている。
だから、僕は特別誰かを思いやったり、気を使いたくないと常々考える。
今日の別れは、辛いかもしれない。
でも明日の出合いには期待しない。
一つだけ、どんな願いも叶うとしたら何と言うだろう。

「願いを100にしてくれ」

と言いたい。
しかしそれでは安直だし、試験なら落第だ。
金か、権力か、名誉か。
こんな話がある。


昔、老夫婦がいた。
老夫婦は貧しく、子もなかったが、まじめで誰にでも親切だった。
ある日、二人の前に神が現れて言った。

「あなた達は、もっとも純粋だ。だから、一つだけ願いを叶えてあげよう。」

老夫婦は言った。

「それでは、私たちの息子が、金の皿でお腹一杯ごはんを食べているところを見せてください。」

そしてそれは叶えられた。


中東かどこかの寓話だ。本当はもう少し長い。
この話からはいろいろな事を考えさせられる。
僕の好きな話だ。
HTML5に興味がある。

livedoor ラボ「EDGE」 開発日誌 : EDGEのトップページをHTML5化しました - livedoor Blog(ブログ)

いままで、idとして使っていた
headerやfooterがタグとして昇進しただけでなく、

article
section
navi
aside

などというタグも新たにできた。
ライブドアのトップで、全て使われている。
ここに分かりやすい図がある。

HTML 5では「article」タグでページの「本文」が取れる - Zopeジャンキー日記

HTML5は、またの名をWeb Applications 1.0という。
これは、興味深い。
製作者のメンバーは、Apple と Opera、そして Mozilla Foundation、W3C。
マイクロソフトは参加していない。
Ajax や CSS よりも習得が簡単とも言われている。
驚くべき事に、Netscape4やIE5でも、それなりに表示できるというのだ。
デザインさえ抜きにすれば。

よーし、勉強するぞぉ。
スネーピーの本を読んだ。
いや、大人だからチャーリーブラウンの本を読んだというべきか。
こうした本をして、大人向けの教訓という。
そうかもしれない。
でも、そうじゃないかもしれない。
僕にとってはただのマンガで、それが楽しい。
あんまり、意識し過ぎてもなぁと思う。
そんな話がスネーピーにあった
電車のレールに敷き詰められた砂利は何なのか。
道路やレールは、重いものが走る。
その道が容易に沈んだりしないようにした床のことを、道床(どうしょう)という。
道床にはいろいろあるが、電車のレールの場合バラスト軌道という道床を使用する。
バラストとは、砂利の事。
砂利を敷き詰めると、上から力が加わったときに、下だけでなく左右にも力を分散する事ができ、沈下を防ぐ。
力を分散する時の振動が低騒音であり、コストも低く、水はけもよい。
ただし耐久性は低く、軌道にズレが生じやすいので、メンテナンスが大変なのだとか。

これに対し、スラブ軌道というコンクリートの道床がある。
耐久性にすぐれ、ズレなどが起こりにくい。
ただしこちらは騒音が激しく、コストが高い。
もしズレが生じた場合には、大きな費用がかかってしまう。

電車の砂利にはちゃんとした理由があった。
こないだフリーペパーを読んでいて思った。
コラムニストって大変だな。
コラムニストという職業をしてみたいと思う事がある。
コラムニストというよりはエッセイストかもしれないが、
ブログをまじめに書くというところで、興味がある。
ほんと、ちょっと気になるという程度で、読んでいた。
読んでいて、この職業の大変さを知った。
面白くないのだ。
ぜんぜん、面白くない。
面白くないのだけど、文章は巧く、博識でボキャブラリーも豊富。
なのに面白くない。
テーマはさまざまで、政治や書評や生活のことなど。
すべて興味のあるテーマなので、頭ごなしに面白くないと決めて香かっていたわけではない。
なんかこう、性格が合わないのだ。
作者との性格の不一致。
また、紙面のデザインも影響する。
一ページに二段組なのだ。
上下に二段。
見開き、四分の一が広告。
行間が狭い。
タイトルが小さい。
編集者との性格の不一致。
こういう作り手とのズレがあって、僕はこのフリーペーパーを二度読むことはないと思う。
ブログなら、もう一度見る可能性があるかもしれない。
ただ、作者→編集者という工程をとると、なんとなく合わないまま終わる。

ところで、僕が好きなエッセイストは、東海林さだおと椎名まこと。
ほかにもいろいろいるが、この二人は多くの人から支持されていると思う。
おそらく、書き方が個性的である事と、間に編集者の顔が見えない事、それから読み手との距離の近さなのだと思う。
彼らが別の仕事を持っていることもいいのかもしれない。

ブログが流行ってきて、僕のように簡単に書き手になれると思っている人が増えたように思う。
本を多く読み勉強し、知識やテクニックを身に付けて、書き手を名乗る。
確かにそうした行為は容易にできるようになった。
しかしそうして書かれた文章は、情報としての一瞬の輝きで、書き手をいかすものではない気がする。
書き手が輝く文章を書くのは、体験が重要なのではないか。
体験のある書き手にならんとなぁ。。。
ブログをリニューアルしたいと思っている。
ホームページのリニューアルは、デザインとかシステムとかが重要ではない。
リニューアルとは決意だ。
決意を新たにし、何かし始めるという事だ。
自分は何の決意を求めているのだろう。
決意が欲しい。
決意をくれ。
決意を求めるためにリニューアルしたい。
うーん。
今日は飲んだよ。さんざん