こないだフリーペパーを読んでいて思った。
コラムニストって大変だな。
コラムニストという職業をしてみたいと思う事がある。
コラムニストというよりはエッセイストかもしれないが、
ブログをまじめに書くというところで、興味がある。
ほんと、ちょっと気になるという程度で、読んでいた。
読んでいて、この職業の大変さを知った。
面白くないのだ。
ぜんぜん、面白くない。
面白くないのだけど、文章は巧く、博識でボキャブラリーも豊富。
なのに面白くない。
テーマはさまざまで、政治や書評や生活のことなど。
すべて興味のあるテーマなので、頭ごなしに面白くないと決めて香かっていたわけではない。
なんかこう、性格が合わないのだ。
作者との性格の不一致。
また、紙面のデザインも影響する。
一ページに二段組なのだ。
上下に二段。
見開き、四分の一が広告。
行間が狭い。
タイトルが小さい。
編集者との性格の不一致。
こういう作り手とのズレがあって、僕はこのフリーペーパーを二度読むことはないと思う。
ブログなら、もう一度見る可能性があるかもしれない。
ただ、作者→編集者という工程をとると、なんとなく合わないまま終わる。
ところで、僕が好きなエッセイストは、東海林さだおと椎名まこと。
ほかにもいろいろいるが、この二人は多くの人から支持されていると思う。
おそらく、書き方が個性的である事と、間に編集者の顔が見えない事、それから読み手との距離の近さなのだと思う。
彼らが別の仕事を持っていることもいいのかもしれない。
ブログが流行ってきて、僕のように簡単に書き手になれると思っている人が増えたように思う。
本を多く読み勉強し、知識やテクニックを身に付けて、書き手を名乗る。
確かにそうした行為は容易にできるようになった。
しかしそうして書かれた文章は、情報としての一瞬の輝きで、書き手をいかすものではない気がする。
書き手が輝く文章を書くのは、体験が重要なのではないか。
体験のある書き手にならんとなぁ。。。
コラムニストって大変だな。
コラムニストという職業をしてみたいと思う事がある。
コラムニストというよりはエッセイストかもしれないが、
ブログをまじめに書くというところで、興味がある。
ほんと、ちょっと気になるという程度で、読んでいた。
読んでいて、この職業の大変さを知った。
面白くないのだ。
ぜんぜん、面白くない。
面白くないのだけど、文章は巧く、博識でボキャブラリーも豊富。
なのに面白くない。
テーマはさまざまで、政治や書評や生活のことなど。
すべて興味のあるテーマなので、頭ごなしに面白くないと決めて香かっていたわけではない。
なんかこう、性格が合わないのだ。
作者との性格の不一致。
また、紙面のデザインも影響する。
一ページに二段組なのだ。
上下に二段。
見開き、四分の一が広告。
行間が狭い。
タイトルが小さい。
編集者との性格の不一致。
こういう作り手とのズレがあって、僕はこのフリーペーパーを二度読むことはないと思う。
ブログなら、もう一度見る可能性があるかもしれない。
ただ、作者→編集者という工程をとると、なんとなく合わないまま終わる。
ところで、僕が好きなエッセイストは、東海林さだおと椎名まこと。
ほかにもいろいろいるが、この二人は多くの人から支持されていると思う。
おそらく、書き方が個性的である事と、間に編集者の顔が見えない事、それから読み手との距離の近さなのだと思う。
彼らが別の仕事を持っていることもいいのかもしれない。
ブログが流行ってきて、僕のように簡単に書き手になれると思っている人が増えたように思う。
本を多く読み勉強し、知識やテクニックを身に付けて、書き手を名乗る。
確かにそうした行為は容易にできるようになった。
しかしそうして書かれた文章は、情報としての一瞬の輝きで、書き手をいかすものではない気がする。
書き手が輝く文章を書くのは、体験が重要なのではないか。
体験のある書き手にならんとなぁ。。。