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simachyanのブログ

シャンソンを日本語に訳詞して唄ったりして遊んでいます。
ご隠居さんの手慰みであり、自己充足的な世界です。

 生命をかけて Io ti darò di più
オルネラ・ヴァノーニ Ornella Vanoni
1965年にサンレモ音楽祭デビューし「強く抱きしめて(ABBRACCIAMI FORTE」で
見事入賞を果たした翌'66年の第13回大会に、この「生命をかけて Io ti darò di più」を
オリエッタ・ベルティ(Orietta Berti)と共に歌い、連続入賞した作品。

本来は、メモ・レミージ(Memo Remigi)が作曲して歌っていた曲。
作詞 アルベルト・テスタ(Alberto Testa)

本編の静止画は全てyahooブログで知り合った「ORIHIME」さんの
貴重な愛蔵作品をお借りして構成させていただきました。
公開の場ですが、ありがとうございました。

訳詞・歌 Sima / 写真撮影・提供 ORIHIME
Pf  にしかわまこと     /   in  市川 ラ・メール
訳詞 no.86 (初稿)

シャンソン・訳詞のチャンネル
http://www.youtube.com/user/fwhy3109?ob=0&feature=results_main

愚かな日々に JE PORTE PLAINTE COTRE NON COEUR
エンリコ・マシアス & ENRICO MACIAS

「愛と平和の歌い手」とも言われるマシアスの作曲。
作詞はバルベリヴィアンとJ.J.マレルヴで1983年のアルバムに収録。
自らを顧みて、力不足や至らなさを反省したり、戒めたりというという心情を描いているが、人々に訴えてもいるような内容。
原詩のタイトルの直訳は「自分の心に戒めを」というようなことか・・。
邦題に「愛の秘密」とあるので、既に訳されて歌われている曲かと思われるが聞いたことが無いので、この邦題タイトルの意味は分からない。

訳詞・歌 Sima 
Pf  江口純子     /   in  市川 ラ・メール
訳詞 no.85 (初稿)

シャンソン・訳詞のチャンネル
http://www.youtube.com/user/fwhy3109?ob=0&feature=results_main

1973年の第四回世界歌謡祭でジルダ・ジュリアーニ Gilda Giuliani (伊)が歌い、準グランプリを受賞した曲。
作詞 ヴィト・パラヴィチーニ Vito pallavicini 作曲 アルフレッド・フェラー&ジノ・メスコリー gino mescoli
この時、彼女は19才だったが、最優秀グランプリを受賞した「あなた」の小坂明子は16才だった。
ジュリアーのはこの後、シャンソンに傾倒して行ったせいなのか圧倒的歌唱力をもつものの、あまり活躍できなかったようだ。

訳詞・歌 Sima 
Pf  豊島裕子     /   in  市川 ラ・メール
訳詞 no.83 (初稿)

シャンソン・訳詞のチャンネル
http://www.youtube.com/user/fwhy3109?ob=0&feature=results_main
パリは不思議(愛の流れの中に) Parigi a volte cosa fa
1984年に発表された「雨のブリュッセル」というアルバムに収められた、
作詞;ミッシェル・ジュヴォー、作曲;ジェフ・バルネルによって創られた作品。
このコンビは、'83年の話題作だった、上記「雨のブリュッセル」や
「歌いつづけて」等の日本でも人気のヒット曲を提供している。


訳詞・歌 Sima  /   in  赤坂 バルバラ
訳詞 no.83 (初稿)

シャンソン・訳詞のチャンネル
http://www.youtube.com/user/fwhy3109?ob=0&feature=results_main

作詞・作曲はロベルト・カルロスとエラスモ・カルロスとの共作。
タイトルの直訳は「愛のために」だが、イタリアのオルネラ・ヴァノーニがイタリア語で
SE NON E PER AMORE 「愛のためでないなら」と変えて
’73年のアルバム『ORNELLA VANONI E ALTRE STORIE』の中で発表しています。
日本では「アラビア」と言うタイトルで独自に訳詞されて、
シャンソンやカンツォーネ歌手の方たちに人気のナンバーとなっているようです。

私の訳(作)詞は、数々のシャンソンコンクールで歌い、歌唱賞や高評価で入賞をされている
「村田ナオミ」http://shinshun-chanson-show.tumblr.com/ 氏に翻訳をお願いし、
スペイン語の歌詞があったということで対訳をしていただいたものを原典とさせていただいています。
長年の念願曲がアップできて、とても嬉しく感謝いたします。
公開の場ではありますが、ありがとうございました。

原詩にはアラビアを想起させるフレーズはありませんので、
私の歌詞タイトルは「それが愛でないなら」とさせていただきました。

訳詞・歌 Sima 
Pf  にしかわ まこと        /   in 市川 ラ・メール
訳詞 no.82 (初稿)

シャンソン・訳詞のチャンネル
http://www.youtube.com/user/fwhy3109?ob=0&feature=results_main
二人の旅路 & 私を連れて行って EMPORTE MOI
アラン・バリエール & Alain Barrière

1967年のアルバムの中に収められ発表された作品。
この曲にスペイン語歌詞が付けられ「私は帰っていくでしょう」
Y VOLVERE となり、イメルダ・ミジュールが歌い大ヒット。
それ以後ラテン・ポップスのスタンダードナンバーともなっているという。
ヴィッキー・カーも歌っていて、流石の歌唱力を聴かせてくれる。

訳詞・歌 Sima 
Pf  江口純子        /   in 市川 ラ・メール
訳詞 no.81 (初稿)

シャンソン・訳詞のチャンネル
http://www.youtube.com/user/fwhy3109?ob=0&feature=results_main
ひまわり Sunflower (Loss of Love)
スコット・ウォーカー & モニカ・マンシーニ / 訳詞初稿 Sima 
イタリア映画「ひまわり」の主題歌で、作曲はヘンリー・マンシーニ & Henry Mancini
ソフィア・ローレン&マルチェロ・マストロヤンニ主演の戦闘場面は出てこないけれど
時代に翻弄された男女の悲劇的反戦映画。
ソフィア・ローレンの代表作といってもよい作品ではないでしょうか。

歌の方は、ボブ・メリル Bob Merrill が詞を付け、スコット・ウォーカー Scott Walker や マンシーにの娘の モニカ・マンシーニ/Monica Mancini が歌っていて「Sunflower」&「Loss of Love」と、紹介されてもいます。

シャンソンではありませんが、以前から取り組んでみたい曲でした。

訳詞・歌 Sima 
Pf  江口純子        /   in 市川 ラ・メール
訳詞 no.80 (初稿)

シャンソン・訳詞のチャンネル
http://www.youtube.com/user/fwhy3109?ob=0&feature=results_main

ひとり星の上に Seul sur son étoile ジルベール・ベコー & Gilbert Bécaud
1966年にベコー自身が作曲し発表された作品。
翌年の’67年にアメリカの女性シンガー、ヴィッキー・カー & Vikki Carrが
「この恋に生きて& IT MUST BE HIM」 と言うタイトルで歌詞もまったく変えてリリースしたものが、
大ヒットとなり世界的にも知られるようになりました。

ベコーは、本国のフランスにおいてはフアンが好きか嫌いかにハッキリと二分される言われます。
日本では、大人気の歌手の一人だと思います。

訳詞・歌 Sima 
Pf  江口純子        /   in 市川 ラ・メール
訳詞 no.79 (初稿)

シャンソン・訳詞のチャンネル
http://www.youtube.com/user/fwhy3109?ob=0&feature=results_main
今宵・君とのあの歌を STANOTTE SENTIRAL UNA CANZONE
今宵あなたが聞く歌は」 として1968年のサンレモ音楽祭で岸洋子氏が
アンナリータ・スピナーチ をパートナーにして歌い、入賞をした作品。
ミレイユ・マチュー によってフランス語でも歌われていて、
すっかりミレイユの歌みたいに定着しています。
男性編として訳詞するにあたり「今宵・君とのあの歌を」とさせていただきました。

訳詞・歌 Sima 
Pf  江口純子        /   in 市川 ラ・メール
訳詞 no.78 (初稿)
シャンソン・訳詞のチャンネル
http://www.youtube.com/user/fwhy3109?ob=0&feature=results_main
作詞 ジャック・ドマルニー Jacques Demarny  
作曲 エンリコ・マシアス Enrico Macias 

1981年10.月6日 中東和平の推進者でノーベル平和賞 を受賞をしていたエジプトのサダト大統領が、軍のイスラム復興主義過激派の将校によって暗殺されました。
大統領とも親交があり、アルジェリア出身でアラブとイスラエルの平和共生を強く願っていたE・マシアスは怒り・哀しみ、翌日のうちにこの曲を創り、大ヒットもしてゴールド・ディスク大賞を受賞した。
当時の国連のワルトハイム事務総長から「平和の歌手」の称号を受けたりしているマシアスは「政治を超越して、人間に起こっている問題を歌にして世界中の人々に訴えてゆく」ことを目的とした歌手になる決心をしてフランスに渡ったという。

訳詞・歌 Sima 
Pf   砂原嘉博        /   in 市川 ラ・メール
訳詞 no.77 (初稿)

シャンソン・訳詞のチャンネル
http://www.youtube.com/user/fwhy3109?ob=0&feature=results_main