ブルゾンちえみのお笑いネタがパクリだという見出しがあったので、記事に飛んだ。

 

 NEWSまとめもりー

http://www.akb48matomemory.com/archives/1065188608.html

 

 

 この記事によると、ブルゾンちえみのネタ〝『女性は自分から男を探しに行っちゃダメ』『花は自分からミツバチを探しに行ったりしないでしょ?』(同記事からの引用)〟などのネタが、下記の本からのパクリじゃないかという。

 

 

 

 

 確かに引用されている頁の画像などを見ると、そのままである。

 

 

 こういうのを何と言えばいいのだろう。これをお笑いネタに変えたのはブルゾンの功績である。ある書籍の文章にあるから、その文章を使用してはならないというものでもない。考えるまでもなく、そんなことでパクリと言われるなら、世の総てはパクリで成り立っていると言っていい。

 

 

 ただこのフレーズの順番、組み合わせは、そう何処にでもあるというものではない。おじさんはこの手の本を読んだ試しはないのだが、著者にセンスの良さを感じるし、この人の話は信用できる気がする。この記事を読んで,そう思うおじさんは沢山いると断言する。

 

 

 つまり、著者に信用が付与されている訳だ。誰かネット諸君の一人が書いていたように〝インスパイア〟されたというのが正しいのではないか。著者に使用許可を得るべきだという意見もあったが、もし許可を得るとすれば今しかないだろう。

 

 

 ある芸人が読書によって、ある著書内のフレーズがお笑いネタに使えると判断しても、全く受けなかったり、ブルゾンほど人気が出ないまま終わっていたとしたら、許可を得る以前の問題だと思われる。

 

 

 つまり太めの顔の大きな女芸人が、美女の振る舞いをする仕草に笑うのである。ブスすぎてもいけないし、スマートでもいけない。本当に奇跡的に噛み合って生じた笑いである。著者も『ありがとう』とは言わなくても、笑って『どうぞ』と言うはずだ。

 

 

 『盗用だ』、『使用禁止だ』と言ったなら、もともと人をインスパイア(啓発)するために書いたものが、ちょっと方向を変えて実を結んだくらいで怒るような人物なら、人を啓発する書籍を書くべきではない。このほのかなユーモアが感じられる文章を書く人が怒るとは思えないと断言しておく。

 

 

 ブルゾンは著者に一日も早く、お礼と謝罪をし、許可を得ておけ。

 

 

by 考葦(-.-)y-~~~

 我々は時代の最先端を行っていると思っている。なんとなく古いものより新しいものがより進化していると考えている。だが、果たしてそうか。

 

 

 おじさんも小学生の頃まではそういう感覚でいたように思う。自分が此処にいて、世界が回っているというある意味自己中の感覚は、誰しも経験があると思う。

 

 

 やがて、彼方此方(あちこち)で躓(つまず)き、頭を打たれ、この世が決して自分を中心に回ってはいないことに気付く。それこそが成長だという意見に異論は無い。だが、そのせいで思考の柔軟性が失われ、新しい物事に対し総じて疑いを持つようになるのは如何なものか。

 

 

 躓いた事柄も、世間の常識とズレているとか、無礼な言動ということが多いだろうし、頭を打たれた事柄というのも、敬語の使用を誤ったり、普通ではない理由で同僚や上司の誘いを断わった為かも知れない。

 

 

 そう考えると、社会で摩擦なく生きていくための、いわゆる処世術を学ばせられていると見ることもできる。つまり成長とは社会で生きていくためにより摩擦の小さい方策を採ることだと言い換えることもできる。

 

 

 現代の日本は、保守陣営の諸賢が憂えておられるように、左に傾きすぎている。おじさんなどは中庸だと自認しているけれども、日本社会の中では右に位置しているように見えるのだろう。

 

 

 話は変わるが、今の新聞とテレビに代表されるマスメディアは、報道しないということで自らの公平性を放棄し、読者・視聴者の知る権利を害している。例えば沖縄の辺野古基地建設について、反対派と称される者が多くの日本人以外の人間で構成されており、金を貰って動員されているという〝事実〟を報道しない。

 

 

 これは明かな政治活動ではないのか。外国人の政治活動禁止を知らないのか。何が問題なのかと乗り越えネットの共同代表である辛 淑玉氏は言うらしいが、民団や総連のこれまでの違法活動の延長にあり、これまで大目に見て来られたという事に寄りかかって安心しているのではないか。どうせ何も出来はしないと。

 

 

 おじさんは朝鮮半島を出自とする人々の日本帰化に反対する。人口減少を理由に大いに受け入れるべきだという馬鹿もいるが、減少すれば総体的に彼等の人口比率が多くなり、そうなれば余計にのさばるのが彼等の民族性だ。そして大体大声で移民受け入れを褒めそやすのが民進党だ。彼等の多くは日本に軸足を置いていない様にみえる。

 

 

 たとえ在日3世、4世になっていたとしても、口ばかり達者になって、日本の良き文化を理解も吸収もせず、摩擦ばかりを起こす連中に日本人になって貰いたくない。

 

 

 話を戻すと、一般的に陰謀論を唱える人やそれを信じる人を、ある種の変わり者と捉えるのが常識人だと考えられている。また、科学的ではないという理由で、廉価で安全なフリーエネルギーを否定する人が大部分であろう。

 

 

 仮に入力するエネルギーの量が、生み出すエネルギーを上回っていたとしても、入力エネルギーが少量で且つ太陽光や風力、地熱、磁力等で賄なえるのなら、夢のエネルギーになると思うのだが、それを言うと、それができるのならとっくに世界で誰かが発明している筈だ、エネルギー不変の法則からいってそういう手法が成立しないか、入力エネルギーに比べ、取得エネルギーが僅少で採算が合わないからこそ、現実にそういう装置が存在しないのだ、との答えはいわゆる専門家に多い。

 

 

 だが、果たしてそうだろうか。人類は科学を極めていると言えるのだろうか。おじさんは昔から何か不可思議な事があるに違いないと、ヒントを求め続け、そして量子力学を知った。これが近代人類が到達した最先端の科学の現実である。

 

 

 

 

 世間の良識ある人々の科学的とする知見は、アナログのニュートン力学から一歩も出ていないように見える。何も無い空間からエネルギーを取り出せる可能性に頭が付いていかない。人間の検測機器で測定できないと言うことは即ち〝無〟なのではなく、まだ人類が検出する手段を有していないだけなのだと柔軟に考えられないのだ。

 

 

 同時に、そういう発見・発明を葬り去ろうという勢力も現実に存在する。その理由は、自らに巨万の富を築かせてくれた化石エネルギーという儲かる商売を無にされてなるものかという、利己的な動機によるものである。人類の為にとか、未来の子孫の為にと言った観念は一切無いようだ。巨万の富を抱えて永久に生きられる訳でもないのに、ご苦労なことだと思う。

 

 

by 考葦(-.-)y-~~~

 おじさんは不思議な事が大好きである。もうさすがに驚くような話は少なくなってしまったが、今回の本(下記)は超弩級の驚きであった。これを書くとすぐに監視している組織から気付かれると著者は話している。

 

 

 しばらく(数十分)熟考した結果、逆にこういう書物に触れないのことこそ真理に対する裏切りではないかと腹を決め、ご紹介することにしたものである。

 

 

 

 

 

 

 長いサブタイトルの中のソマチットとは何か。闇の支配者がひた隠しにする微小生命体の事だそうだ。ひた隠しにすると言っても、発見が困難な訳ではなく、光学顕微鏡でぎりぎり見える大きさであり、光ったり素早く動くので細胞の研究者のほとんどが見たことがあるはずである。

 

 

 本書は対談の体裁をとっている。その前に序文が置かれ、序文を書かれた船瀬俊介氏によると、ソマチットという名前を初めて聞いたのは、氏の尊敬する森下敬一博士(国際自然医学界会会長)からで、博士が研究者としてスタートしたばかりの頃、細胞を顕微鏡で覗いていて、細胞とは違う光る点が素早く横切ったり、くるくる回ったりするのを見た。そこで教授にそれを報告すると、それはプラーク(ゴミ)だと言われたそうである。違う機会にまた発見して周りの先輩研究者に訊くと、誰もがもプラークだと口を揃えて一笑に付される。森下博士はやがてミスタープラークという渾名がついたというエピソードが紹介されている。

 

 

 フリーエネルギーを取り出す機械は、世界中で研究され、何度か発明されたと言われた事があるが、その後、何故か続報がなく、研究者も以後沈黙してしまったり、経済的に破綻させられたという噂が聞えてきたり、人格攻撃や研究者として貶められたりするようだ。それでも果敢に研究に取り組むと、最後は行方知れずになったり、不慮の事故や突然の病気で亡くなるといったことが多い。

 

 

 結局、それはエネルギーを支配する闇の勢力が研究を潰してしまうからだと言われている。そしてここからは本書に書かれている船瀬俊介氏の序文からの引用だが、闇の勢力とは国際秘密結社フリーメーソン、さらにその中枢であるイルミナティーを支配するロスチャイルド財閥とロックフェラー財閥の事だという。ロックフェラーは総資産1000兆円、ロスチャイルドは1京という途方もない資産を有していると船瀬氏は書く。

 

 

 アメリカは格差社会と言われ、1%の人間が富の70%から80%を独占していると言うのだが、実はその1%の人間達を少数の超エリートが支配しているというのがこの世界の構図だという。彼等にとっては我々庶民は人の数にも入れて貰えない存在である。

 

 

 このソマチット研究でも闇の面々には都合が悪いものを含んでいるのだろう、研究者がフリーエネルギーと似たような末路を辿るようだ。人が医者いらず薬いらずになることを防ぎたいのであろうか。医療・製薬の方もなかなかうま味のある業界のようである。このままだと人はいずれ病にかかり死んでいく。尽きぬ泉のような商売をロスチャイルド、ロックフェラーが指を咥えて見ているはずがない。必ず裏で糸を引いていると思われる。

 

 

 お読みになれば分かるように、人間の健康にとってソマチットは救世主となり得るのである。ソマチットは宇宙の塵の中や小惑星の中にいて、どのような環境でも生き延びられるという。地球の生命もソマチットの働きで誕生したのではないかと、著者二人は推定している。

 

 

 多くは語らないが、著者(対談者)の一人、増川いづみ氏はソマチットを電磁波を無力化する事に用い、グッズが販売されている。もう一方の福村一郎氏は軟骨が蘇るというサンゴ化石粉末も売られている。福村氏は既に故人になられているようで、ご冥福をお祈りする。

 

 

 関連書籍を検索すると『ソマチット』とあるものや『ソマチッド』とあるものが入り乱れている。ここではソマチットで統一したいと思う。

 

 

 人間はもっと費用がかからず、健康で長生きできるようだ。船瀬俊介氏は序文の中でこう書く。『知ろうとすることは闘いであり、知ることは、勝利なのだ……。』と。近頃、ドイツ製のフリーエネルギー発生装置が売り出されているそうだ。次回はそれをご報告する。

 

 

by 考葦(-.-)y-~~~

  このどうしようもない民族、朝鮮民族がまたぞろ捏造しようとしているようだ。特ア以外の国は何か他国を非難しようとするときには、その証拠となる資料の出処を確認し、それが非難する内容を示す資料なのかどうかまで確認する。

 

 

 ところが特アは大声を上げて言った者勝ちという信念で、次々と捏造を繰り返し、こちらが時間を掛けてデタラメを指摘する事の繰り返しである。さらに日本にはそれに乗るマスコミが犇(ひし)めいていて、韓国がこういう事を言っているとの立場で報道する。まだ騒いでもいない事を注進してまでしてどこどこがこう言っているという立場を取りたがる。本来、自らの立場を鮮明にして裏を取り自らの意見を伝えるのがマスコミの王道である。

 

 


 

 

  こんなマスコミが存在する国なんて日本以外にあるのだろうか。もちろん特アは真の報道の自由がないので論外である。元々はGHQの策略だったかもしれないが、それとマルクス主義が合体して、教育を始めとして日本の様々な骨格を歪めてしまっている。特に情報空間は酷いものだ。今日本人の大多数がまともな思想をもっていられるのは、各家庭のしっかりした教育に拠るところが大きい。

 

 

 今話題を独占している森友学園問題にしても、籠池という人物は相当に怪しいけれども、彼が行おうとしている教育は間違ってはいない。子供に特定の思想を押し付けようとしていると言った〝馬鹿〟なコメンテイターがいたが、現に天皇制が存在する国で天皇を敬愛する言葉がなぜ特定の思想なのか。教育勅語が時代錯誤だと言うコメンテイターもいたが、あなたは一度でも最後まで読み通したことがあるのか。冒頭の天皇家の祖先のあたりで止めてしまっているのではないか。下記サイトは良く出来ているので、お薦めする。

 

チューさんの今昔ばなし

  http://chusan.info/kobore8/4132chokugo.htm

 

 また話が逸れそうになったので、この辺で終わらせていただこう。σ(^_^;)

 

 

by 考葦(-.-)y-~~~

 以前にも「踏む絵」問題で、教科書を執筆している歴史学者連中のセンスのなさを書き、聖徳太子を教科書から消し去ろうとする暗い意図をもった学者をサイコパスと断定したが、ただ間違ってはいないという理由だけで変更を加える学者は、歴史が人の営みが生んだ絵巻物で、そこここに人間の感情がちりばめられている事を感得できない何かが欠如した輩である。

 

 

 おじさんは歴史学者と小説家は殆ど同じだと思っている。決定的に異なるのは、小説家は常に人を念頭に置き、歴史の舞台に人を立たせ紐解き解釈するのに対し、歴史学者はその時代のその場所で、人々を動かすことが出来ない点である。

 

 

 宮部みゆきが時代劇を書くとき、勝手に人が動きそれを書き写すだけだ、といった趣旨の事を書いていたが、宮部ほどではないにしろ、他の小説家も多かれ少なかれ、貴賤老若男女を問わず人々が空想の中で動き、感動し、怒り笑い泣いているはずだ。

 

 

 文章力も無い発想も貧弱な歴史学者風情が教科書の言葉を変えるなど、思い上がりも甚だしい。

 

 

 皆さんも流じゅーざさんのブログの下部にあるリンクからパブリックコメントを出して下さい。お願いします。

 


 

by 考葦(-.-)y-~~~

 

 先日、クイズ番組をぼけっと観ていると、江戸時代に幕府が信者を発見するために云々とあったので、おじさんは踏絵(ふみえ)と答えたところ、回答者もそう答え正解した。ところが解説で、現在の教科書では踏む絵と教えており、絵を踏むことを絵踏みと教えていると言ったので、またかとカッと頭に血が上った。

 

 

 踏み絵のことを絵踏みとも言うのは日本人なら自然に解釈できる。ところがそれに用いられた絵を何というかは特に決まった名詞があった訳ではない。まあ、絵を指しても踏み絵で通用していた。そこにセンスの悪い学者がチャンスとみたか、命名の栄誉を得んとしたか、ふむえ(踏む絵)などという生硬な言い方を恥ずかしげも無く持ち出し、何も知らない子供に押し付けようとしている。

 

 

 かつて丸谷才一が国語学者が数多の名文に接していながら、ご当人の文章が冴えないと嘆いていたが、この教科書を執筆した歴史学者か何か知らないが、名文に接することさらに少ない連中であろう。文法のことはさておき、どちらが言いやすく美しいか言うまでもないだろう。

 

 

 江戸時代に幕府が「踏む絵を踏ませてキリスト教徒をあぶりだせ」とでも言ったのか。大昔、パソコン通信の時代、ある人が不可逆的を非可逆的と書いたので、読んだ人がそれを指摘したところ、非可逆的で間違いないと強く反論してきた。おじさんも幾つかの例を出し、可の前は不であると証明したところ、その人が学生時代の教科書を探し出してきて、確認したが間違いないと言い始めた。

 

 

 結局、その人は理科系で、『非可逆的』と書いてあったのは理科系の教科書であることが判明。理科系の学者が英文の論文を翻訳する際、可逆、不可逆という言葉があるにも拘わらず、非可逆と翻訳してしまった。優れた論文だったので、後世の学究が当該の翻訳した論文をベースに論を組み立ててきた。よって、理科系には非可逆が蔓延してしまったという結論でその論争は終結した。

 

 

 皆さんは、つい最近、不可逆という言葉をお聞きになった事があるだろう。そう日韓慰安婦合意の際に盛り込まれた文章に入っていた。聞いたとき不可逆という言葉が韓国人に理解できるのかと案じたものだが、案の定、民間人がしていることなので強制的に像の撤収は出来ないと仰せになった。大統領が替われば、合意は破棄され、またぞろ過去の架空の史実を根拠に日本を責め立てて来ると考えられる。

 

 

 日本の学者さんは定着した歴史を変えるのがお好きなようで、聖徳太子を教科書から消して厩戸皇子(うまやどのみこ)としようとしているらしい。聖徳太子というのは後の謚(おくりな)であって存命中はその名で呼ばれていない、初出は100年ほど後の文献だと云うのが論拠だそうだ。

 

 

 昔を暗く殺伐とした時代と捉えたいという、ある種の信仰を有する学者には、聖徳太子など存在しないという事なのだろう。生きていたときに呼ばれていない、本人はその謚号(しごう)を知らないという点だけを見て、後世の人間がどういう感情をもってその名を口にし、記してきたかという点は見えないらしい。

 

 

 放っておけば、一応の屁理屈を楯にどんどん改悪されるだろう。おじさんはこういう学者はサイコパスだと考えている。

 

 

 

 

by 考葦(-.-)y-~~~

 

 素晴らしい演説でした。おみなごの心にしっかりと愛国の灯が点され、不自然な国連の〝原住民〟指定に異議を唱えています。これ以上は申しませんが、近年まれにみる快挙と言えましょう。おじさんは安心してあの世へではなく、ゆったりとした気持で記事が書けます。

 

 


 

 

  沖縄で猛威を奮う左翼メディアの偽善や薄っぺらな嘘が、彼女に何の影響も与えていない事が痛快です。先頃のSEALDs代表の発言の軽さに比べたら、なんと重量感のある言葉の選択でしょう。ご両親もきっちりお育てになったのでしょう。言葉とは歴史だと直接ではなく振る舞いから伝えられたのでしょう。教育とはそういうものです。

 

 

 それともう一つおじさんの中に反省が生まれました。リブログのことです。ともすれば読者の便の為にリブログという大切な人の輪を軽んじて、直接、元記事からリブログするケースがあったことを告白しなければなりません。愛国の記事なら当然、愛国者の輪が形成されているという当たり前のことにすら気付かず、記事の数を増やさなければと何処か焦る気持があったようです。

 

 

 実は今、幾つか〝大作〟を書いているのですが、なかなか完成に至らず困っています。今後はじっくりと取り組むことにします。この演説をきっかけに知った国を愛する皆様に読者登録したことは言うまでもありません。

 

 

by 考葦(-.-)y-~~~