無地ラーというわけではないのですが、家にはちょこちょこ無印アイテムがあります。
シリコンスプーンとかおしゃもじとか、主にキッチン用品なのですが、かゆいところに手が届くのが便利なんですよね。

出雲旅を控えていた今、無印良品週間で気になっていた旅行グッズを買ってみました。

圧縮タイプの仕分けケースです。


冬服は分厚いし、一週間ちょっとの旅で宿泊先を変えるので、荷物の入れ替えで毎回スーツケースの中身を引っ掻き回すのが悩みのタネでした。

ホテルで休むのにパジャマは持っていきたいし、旅先だからこそ少しでも快適に…となると、持ち物でパンパンになって、ファスナーを締めるのも一苦労!


でも、今年は余裕を持って旅ができそう。


チャックが3つあり、メッシュ側と無地側に仕分けできるようになっています。
真ん中(写真左端)のファスナーは、無地側の圧縮用。

インナーなどの薄いものはメッシュ側に、カットソーやニットなど厚手のものや下着を入れて、使い分けようと思っています。


他にも無印のターバンタオルとか、重炭酸タブレットが気になるんですよねえ…。

ホテルは髪専用のタオルがなくて、毎回手拭き用のタオルの2枚のうち1枚を髪用にしているから、ターバンがあると便利だろうな。

重炭酸タブレットは、移動続きの疲れをほぐすのに役立ってくれそう。
運転で後半は脚がパンパンになるのも低減できるかな、と。


無印週間は3日までですが、そうでなくても手に入れたいアイテムです。








※本記事は2018年のメルマガを再編集しています


古事記・日本書紀は、人の手によってまとめられた伝承であり、「神話」です。
そこに真実を求めるのは無理があるのは承知の上ですが、神さまと接していて強く感じるのは、「神話が全てを物語っているわけではない」こと。
そして、神社に祀られている神さまは神話の姿そのままではなく、日々変わっていることです。

神さまは人の想念と自然のエネルギーで成り立ち、人とは違えど「生きている」からこそ、ご神威がある。


人の想念とは、シンプルに言えば「人の願い」です。
でも、そこには自身の願いだけでなく、子々孫々も幸せに・・・という先達の切なる想いを感じます。

もちろん、全ての祈りが神を成すわけではないでしょう。
また、神さまの成り立ちを支える、純然たる「祈り」に浄化するには、土地のエネルギーも強く関係していると思います。


人の想いと自然。守られ、受け継がれてきたものが「神」となり、恩恵として還る。
そんな循環が、特に「神社」という祈りの場で機能しているのではないかと思っています。
だからこそ、神社に行ったら気分がスッキリしたり、恩恵を得るのではないかというのが、私の考えです。


神さまはどこにでもいて、いつでも見守り、必要とあらば助け船を出してくれる。
神社は「場」として整っている分、実感しやすい。

これが絶対的な正解ではないですし、全てをお伝えしきれてはいない面もありますが、そんな風に思っています。


ふ、と力を抜いて神さまに想いを馳せ、祈る。
純然たる願いは心に風を起こし、その風が神さまの手助けする「すきま」になる。

そこに人が自分に立ち返り、気づきの力を得ることで神さまを始めとする、「見えない導き手」の通り道が作られるのだと思います。


それは科学というものがなかった時代を生きた先人達の知恵であり、今なお息づく一つの、自然の摂理だという気がするのです。


人生を変容させる後押しを求めている方に。

ただいま受付中です。





神さまインタビューの中で「無条件の愛」を知り、昨日は丸一日呆けていた。

他者から承認を得る手応えで自己価値を測り、自分にダメ出しをしていた私にとって「それも愛の形」だと知るのは、それだけ大きな衝撃だったのだ。

幻想から、また一つ目が覚めた気がした。


神さまの後押しは、そんな「気づき」にこそある。
後押しが深まれば深まるほど、地道にコツコツ進む要素が増えて、ぶっちゃけ言えば「キセキがすごく地味」なんである。

ただし、それだけ意識していなかった、文字通り無意識の領域にまで届いているということだから、地道だろうがなんだろうが、「自分にできる」ことが増えていくので、生きる手応えも着実に重ねられる。


10月は、そんな「自分にできること」を見直し、自分で認め、受け入れることが多かった。
一方で、「自分の領域ではないこと」を知り、信じて委ねる練習も続いていた。
今なお続いているのは、定着するまで終わらないから。
気付きから実践迄ワンストップで、メンタルを鍛えてくれるのがうちの神さまの特徴である。
か弱いアテクシでいるなんて、とんでもないのである。

期待することと、信じること。
諦めることと、受け入れること。

これらは混同されやすいし、どちらの意味でも使っていたりするからややこしい。
だから、自分の中で定義を明確に分ける必要がある。

今の私は、本当に信じているのか、それとも期待する意味で「信じる」としているのか。
受け入れているようでいて、実は諦めていただけかもしれない。
あるいは信じることを諦めて、期待しているのかも?

どんな細かいことでも、そんな見直しが必要だった。
そこでエネルギーを徹底的に整え直していた。

効率化や合理化。
最近の風潮であるタイパもコスパを度外視して、逆行するスタイル。
もとい近道なんて、ハナからないのだ。


そんなこんなで、あっちゅーまに11月。
できていないこともまだあるけれど、そのうちできるようになるし、何があろうがするようになっている。
ありのままの自分で、自由に生きることができる。
あとは自分で、そこに向かうだけ。

魂の意志がそれを知っていて、素直に従えばそれは自ずと叶うものなのだ。

自分が「現実」としていることの向こう側に行くのは、決して現実離れすることではなく、どこまで行っても今ここ自分の現実に「気づく」ことでしかない。

11月は、そんな自由気ままな魂の私で、神さまに会いに行けるといいな。
出雲旅を控えた今、もう過去のエネルギーにしがみついて、生きている場合じゃないのだ。



魂の自分で生きる道を求めている方にオススメです。

追加募集です。





こんばんは。神さまインタビュアーの紗妃です。


うん、なんかまだ話をしなきゃいけない気がして、今になりました。

対話の中でも気づきが続々出てきて、「ああああ」な気分です。
忘れちゃう、気にしちゃう、度外視しちゃうの、なんとかならんものか。

でも、そういうときこそ神さまが「また」教えてくれたりするんですよねえ。


では、さっそく風の神さまのインタビューをどうぞ☆
 


◆終わらなかった

見事に課題が終わりませんでしたっ!ドンパフー♪
…うぅ…ちょっと、泣いてもいい?

まあ、いいんじゃないの。
「終わらせる」ことが目的じゃないんだし。

え、そなの?

そだよっ。
終わらせるのは結果であって、過程こそが重要なんだからさ。

うう、そうだね…うん…そうなんだよね…
けどさ、そうなんだけどさ…!

うんうん、ホントは早く終わらせたかったんだね。

そうなのよー!終わって「めでたし、めでたし☆」
…まではいかなくても、もう少し楽になって、スッキリするかなーって思ってた!期待してた!

実際のところは、どう?

えー…正直なところ、結構キツイッス。
いや、後押しがキツいんじゃなくて、むしろそれはラクにさせてくれている方だとわかってるんだけども、自分と向き合う過程のがキツイっす。

うんうん、よしよし。そうだねえ。
それだけマジメに取り組んでいる証拠だからねえ。
もうすぐ終わるよ。

ホント!?
ホントにホントのホント!?

いや、落ち着けって。ウソつかないよ。
まあキミの「思った通り」じゃないにせよ(笑)
必ず終わることは確かだよ。

くっ…なんかビミョーにごまかされた気分だわ。

ごまかしていたのはキミ自身でしょ。
そうカリカリしない。

うっ…その通りだから、ぐうの音も出ない…。


◆ごまかしてきたのは自分

これまで見ないようにしていた自分自身が出てきたときって、ホントにこれまでのパターンが効かなくなって、見直さざるを得なくなるね!

その通り。みんな、「ありのままの自分自身」を否定しすぎて、もう諦めになっちゃってる。
そこそこの、社会的に幸せと「されていること」で満足しようとしているからね。

それもまた、誰かにとっては本当に幸せなんだろうけど、それが自分自身に当てはまるかは別だよね。

魂の自分と出逢ったからにはねえ…。
もう、そこで満足しようとしてもできないよねえ。

「現実」とされていることの向こう側に何度も押しやられては、そこで踏み留まることを幾度となく強いられていたよ。

だってキミの見ている現実って、キミにとっての真実にはならないからねえ…。

おっしゃる通りです。
起きたことや、それが「事実」であっても、捉え方次第で選択肢がいくらでも広がっている。
というか、魂の意志を行使すると、選択肢が1つしかない!…みたいなことになるね。
なんなら、だいぶ「現実の度外視」も入っているような…。

フフ、それが事実であっても、魂の意志を優先させて「怖いこと・悪いこと」にはならなかっただろう?

いや、そうなんだけどさ…。
どうしても、「たまたま幸運だっただけで、次はこうは行かないんでは」って、つい疑っちゃう。
でも、そういえばこういうこと、前にも何度があったな?

ほら、気づくでしょう。
「恐れていることなんて何一つ起きない」ことに。

ホントだ…。あれ!
…ってことは、思い通りの脅威にはならない?

ならないよ…。
何のためにボク達がついてると思ってんの。

ボク「達」なんだ。…そりゃそうか。
守護が一柱きりとは限らないもんね。

そうだよ。総出で全力で押し上げているよ。

ありがたやー!…いやコレ私だけじゃないよね?

もちろん!他の人たちだって、ついている神や守護がいるから、それぞれで連携を取っているよ。

風の神、自由と思いきや意外と協調性あるな…。

ボクたちをなんだと思っているんだい!
一応ヒトの子を見守る立場なんだから、そりゃそうに決まってるよ!

へい、そうっすね。あざっす。サーセン。

おざなりー!そういうとこ…そういうとこ…!

ごめんて。

◆魂の意志とその流れを信頼して、委ねる

なんか今、それしかできなくなっているよ。

それはそうでしょ。それが目指すところなんだから。

フシギなことに、「全ては【元通りに】うまくいくしかない」って思っているのね。
でも、言っている自分でもその意味はわかってない。

魂が全てを知っていて、自分の認識として追いつくのはあとなんだろうなって、フシギな感じだわ。
それこそ「うまくいく過程」をこの身で深く味わっているような。

そうでしょう。
それがキミの望む「生きる手応え」というやつだよ。

なるほど…。これが、そうなのか…。
しっくり馴染むような、この先に行くのが怖いような…。

行けば、どういうことか嫌ってほどわかるよ。
心配しないで。

◆で、メッセージどうする?

あの、一応締め切ったんですけど…。

まだ、すれば?しばらく終わらないんだし。

やっぱり、そうなる?
いや、今さらだけど何度も延長するのはどうなんだろって思っていて…。

でもキミが「したい」んでしょ?

そうなんだよ!
〆切で駆け込んでくれた方には申し訳ないんだけど!
なんかまだ、伝えきれてないとこがあるし!

もういっそ全力で、とことん気が済むまでやればいいよ。

そうだね!そうする!!
出雲までまだ時間あるし。
ちょっと今は「送り届けること」に力を入れたい!

それでいいんだよ。
キミが決めたら、他が追従するさ。

…。神さまも?

「神さま」も。

ホント?

今まで、そうしてやってきたんじゃないのかい。

…。………。あ。そういえば、そうだった。
どうして、すぐ忘れるんだろう。

それはね、キミがいちいちヒトの反応を気にして、自分に理由をつけて誤魔化してきたからさ。

ぐっ…またぐうの音も…2回目…!

でも、身に覚えあるだろ?

いやっちゅーほど、ありますね。

だからね、今度はもう気にせず、期待せずに好きなことを好きなようにやりたいだけ、やればいいんだよ。

そうだね。
そういえばさっき、お風呂上がって髪を乾かしている途中、この自由度が愛されている証拠なんではって思ったのね。

今さら、気づいたの?(笑)

◆自由であること=愛されている証

うん。だって、目に見えないし手応えないから。
でも、よく考えたらわたし、縛られるのがニガテなんだった…。

よくそれで巫を続けてこられたねえ(笑)

全くだね!
ヘンな衣装も着ないしさ、参拝も普通の作法だし、手ぶらだし。

気持ちを届けていたって考えることはないの?

あるよ。でも、なんか形がないから、これでいいのかなぁって不安だったんだよねえ。

で、それでなんか困った?

いんや。全くだね。
面白いほど、なんっも言われなかったね。
神さまにも。

そういうことだよ。

どういうことだよ。

だから、「好きにしてもいい」って。

これもやっぱり、他の人と比べて自信なかったんだなあ。

でもキミ、神々と仲いいでしょ?

うん!それは、もう。
行く先々で良くしてくださるからね、ありがたいことこの上ない限り!
私って、愛されているなあ…って、あ。

ほらぁ…。

あー…すみません、「なかったこと」にしてたみたいです。

あーあ…(笑)

あー…すみませぬー!
いや、一応お会いするときは感謝の心はある!

だから、それでいいって。それだけでいいんだって。余計なものを足そうとするのはよしなさい。

ぁぃ。
じゃ、とりあえず神さまメッセージ続行ということで、今しばらくよろしくお願いします。
今週末辺りから、応援する人が増えていますので。

あいよ。じゃあね。

あーい。おやすみなさい。


 

 
以上、風の神さまインタビューでした!


…。なんだろ、ここで伝えたいことが沢山あるはずなのに、衝撃が大きすぎてもう何も出てこない…。


ちょっと巫、電池切れしちゃったみたいです。
後日改めてインタビューの所感を書きますね!

では、おやすみなさいませ☆


魂の自分で生きる道を求めている方にオススメです。

追加募集です。




自分のあり様を受け入れたからこそ、いかに誰かの承認を頼りにこれまで生きていたかが、嫌というほどわかります。

条件をつけ、制限をかけていたのは他の誰でもなく、自分なのです。


今日はそんな、私の犠牲者フィルタとしがみついていたこだわりのお話。


【風の神さまのお話】


神さまの後押しを受けているうちに、私はこんなこだわりを持ち続けていることに気づきました。

思った通りじゃないとダメ。

思い通りにできないと「できない」と捉え、思う通りじゃないと、なかったことにする。
とにかく、思い込みや決めつけが多かったのです。

その中で神さまの後押しも「なかったことにしてきたもの」が、沢山あるに違いありません。


なんせ、世の中は自分中心ではないし、ましてや「神さまの後押し」なんてものは、形のない、目に見えないのですから、思う通りになることの方が少ないのにも関わらず、です。


こだわり続けていた理由は、私の恐れにありました。

思った通りにならない=現実の脅威がある

現実には、全くそんなことはないのですが、自分の気持ちを「現実の上での真実」と捉えていたんですね。

「思ったとおりにならないということは自分はダメなヤツだからだ」と自分を非難しながら、「こんな私を救ってくれる人」を探して、まるで悲劇のヒロインのように悲嘆に暮れていました。
とんだ自作自演です。

その犠牲者のフィルタを自分に(無意識で)かけることで、誰かから承認をもらう理由にもなるし、自分の「怖い」という感情や無力感からも逃げ回ることができる、というメリットがありました。


気づいたからには、もうそのフィルタをかけ続けることはできないとはいうものの、そのメリットを手放したくないばかりに心の中で葛藤が起こります。

でも実際、いかに物事や人に対して犠牲者という色眼鏡で見ていたかが、よく理解できます。
単に「私の思い通りじゃない」というだけで、これっぽっちも誰の責任じゃないのです。

私に欠けていたのは、自分の意志で選択する勇気と、相手の選択を尊重する思いやりでした。
私は、今まで自分よりずっと思いやりのある人に囲まれていたのにな…。


これもまた書いていて恥ずかしいお話ですが、自分への戒めという意味でも、ここに記しておきます。

もう、たくさんの恩恵をすでに受け取っています。
誰にどうお返ししたらいいかわからないくらいですが、目下いまはその「想い」に感謝しながら、自分の道へと邁進するのみです。



魂の自分と出会い、その道を歩みたい方へ☆
本日24時〆切です。