朝起きると、ひどいめまいと吐き気

 

動いていないのに、天井が回って見えて、歩くどころか、立っているのも無理な状態なので、会社を休んで寝ていることにした。

 

ひょっとして貧血が進んだのでは?

 

持病の骨髄線維症の症状で、中度の貧血状態にあるし、消化器からの出血も何回かあり、うち2回は入院している。

 

とはいえ、どうも消化器出血をしたような形跡はない(血便ではないし、ましてや吐血もない)。

 

それに貧血であれば、めまいの原因は酸欠であろうから、いわゆるふわふわするめまい(浮動性めまい)ではなかろうか。

 

今回は回転性めまいのようなので、平衡感覚の方(三半規管)かもしれない

 

ただ、病院に行こうにも、そもそも立って歩けない、嘔吐しそうになるし、どうにも動きようがない。かといって救急車までは・・・。

 

頭痛はなし、手足のしびれや麻痺もなし、言葉も普通通り喋れるので、脳出血等の脳の病気ではなさそう。

 

なので、とりあえず安静にすることにした。もしも、症状が継続するようなら、救急車を呼ぶようにしようと。

 

結果、昼過ぎからだんだんと落ち着いてきて、夕方には症状がすべて収まり、普段の状態に戻った

 

今のところ再発はないので、一時的なもの(良性発作性頭位めまい症?)かもしれないが、もちろんそうでない可能性もある。

 

今後、めまいの症状(たとえ軽いものであっても)があれば、すぐに病院に行くようにしようと思っている。

 

梅雨も明けて、本格的な夏到来。暑さでへばり気味。元気なのはひまわりとセミの声か。

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今年も半年終わって、もう7月も半ば。

 

思えば、骨髄線維症と診断が下ってから、もうちょっとでまる4年経過。5年目に突入するところ。

 

4年前の7月、腹痛で救急搬送され、静脈血栓症として医大病院に入院。

 

そこで脾腫があったため、念の為骨髄検査を行ったところ、骨髄の線維化が確認され、遺伝子検査の結果、JAK2V617F変異による骨髄線維症と診断された。

 

もともと本態性血小板血症であったため、ここから骨髄線維症に移行した二次性の骨髄線維症である。

 

4年前と血液検査の数値を比べてみると

 

白血球 12000→12000(正常値4000〜9000)

 

赤血球 420万→340万(男性正常値365万〜600万)

 

ヘモグロビン 14→9(男性正常値14〜18)

 

血小板 50万→20万(正常値15万→40万)

 

乳酸脱水素酵素 620→620(正常値120〜245)

 

総ビリルビン 2→4(正常値0.4〜1.5)

 

大きく下がっているのが、赤血球・ヘモグロビンと血小板。

高止まりが白血球と乳酸脱水素酵素。

上昇しているのが総ビリルビン。

 

骨髄線維症の症状としては、だんだん進行していっていると言える。

 

正常な造血ができなくなるので、赤血球が減少して貧血が進行(輸血が必要に)、血小板が減少して出血リスクが高くなり、白血球が減少して免疫力が低下して、感染症感染リスクが増加。これが大まかな進行の流れ。

 

最終的には、感染症に感染するか、あるいは急性白血病を発症することが主な死因となる。

 

しかし、服用しているジャカビの効果なのか、貧血の進行具合はだんだんと緩やかになっているように思える。余命もちょっと伸びているならいいが

 

とはいえ、患者の努力や生活態度の改善で病気が好転するものではない。原因が遺伝子の変異なのだから。

 

だが、規律正しい生活や栄養バランスの良い食事、適度な運動、ストレスをためないなどは健康の原点であり、遺伝子の問題以外の体調不良で病気が悪化することは避けることができるだろう。

 

今のところ、病気への対処法はジャカビ等の薬の服用しかない(骨髄移植はリスクがメリットを上回るとの判断で見送っている)。これと健康習慣で病気の悪化をなんとか先延ばししていく。これしかないのである。

 

ストレス発散、というわけではないが、タリーズのコーヒータイム

でも、健康のため飲み過ぎはダメ、よね。

令和6年6月24日、グラクソ・スミスクライン社が、骨髄線維症の治療薬「オムジャラ錠」(モメロチニブ)の製造販売承認を取得。

 

(グラクソ・スミスクライン社ホームページより)

 

 

昨年、9月11日に承認申請していたので、わたしは秋ごろの承認かなと思っていたのだが、予想より早く承認された。

 

「60日ルール」により、あと60日程度で薬価収載・保険適用となり、患者が使用可能となるもよう。

 

(以下の記述は医学の専門家でないわたしの個人的な見解で、事実と異なる理解や思い込みなどが含まれている可能性があるので、責任は負いかねます。鵜呑みにされず、医師等専門家の判断・指示を仰ぐよう)

 

骨髄線維症は、造血幹細胞に異常が発生し、骨髄内に線維物質を分泌する未熟細胞が増え、コラーゲンが大量に産生された結果、骨髄が繊維化して、骨髄での造血ができなくなる病気。

 

骨髄で造血ができないため、、肝臓や脾臓で代替的に造血が行われるようになるが、この血球は未熟で正常な血球機能を有さないものである。また、肝臓と脾臓に負担がかかりや肝腫や脾腫(肝臓や脾臓が大きく腫れる)になることが多い。

 

また、肝臓においては、血中への鉄の供給を抑制する「ヘプシジン」と呼ばれるペプチドホルモンが産生され、これによって、赤血球の機能が低下し、貧血などの症状が進んでいく

 

骨髄線維症に多く見られるのが、JAK2という遺伝子の異常。この異常な遺伝子の働きを抑えるのがJAK2阻害薬である。

 

日本で承認された骨髄線維症のJAK2阻害薬にはジャカビ錠(ルキソリチニブリン)がある。病気の完治は困難だが、脾腫の縮小や全身症状の改善が見られ、線維化の改善や生存期間の延長も報告されている。

 

一方でジャカビの副作用として貧血があり、病状が進行して貧血が進めば、ジャカビの服用ができなくなることがある。そうすると治療薬の選択肢がせばまってしまう。

 

グラクソ・スミスクラインのニュースリリースには

 

“GSKのオンコロジー・グローバル・プロダクト・ストラテジー部門シニアバイ スプレジデントのニナ・モージャスは次のように述べています。 

「骨髄線維症は、脾臓の腫大、倦怠感、寝汗、骨の痛みの症状に加え、貧血による治療の中止や輸血依存など、患者さんに深刻な負担を強いる疾患です。 オムジャラの承認により、日本の骨髄線維症患者さんにとって、この複雑な血液がんに対する新たな治療の選択肢が加わることとなります。」”

 

“オムジャラは、JAK 1、JAK 2の阻害に加え、ACVR1阻害という3つのシグナル伝 達経路を阻害する独自の作用機序を有しています 1,20,21,22。JAK 1およびJAK 2を 阻害することで、腫瘍増殖抑制作用を示すと考えられており 1,23,25、さらに、 ACVR1を阻害することにより、骨髄線維症で増加し貧血の要因となるヘプシジ ンを減少させ、造血を促進すると考えられています。”

 

とある。

 

貧血が進行してジャカビの服用ができなくなったり、ジャカビの効きにくい体質の人などに、もうひとつの選択肢となってくれればいいと思う。

 

わたし自身も骨髄線維症で、ジャカビを服用中であるが、貧血は徐々に進行中だし、脾腫の縮小効果は見られない状態なので、この薬が将来的に助けとなってくれるならばとてもありがたいことと思う。

前回の血液内科に続いて今回は消化器内科の診察

 

血液内科では、造血幹細胞の後天的遺伝子異常(JAK2 V617F変異)が原因となる骨髄線維症の診察をしてもらっている。

 

骨髄線維症の症状である貧血、脾腫(脾臓の腫れ)、肝腫(肝臓の腫れ)、出血について「症状の緩和」と「予後(余命)の延長」をめざすことが主眼である。

 

一方、消化器内科では、骨髄線維症の影響で生じた消化器の症状を診てもらっている。

 

具体的には胃および食道静脈瘤、消化管からの出血(特に大腸上部)。

 

これらの出血は命に関わる可能性もあるので、専門の消化器の先生に見てもらっている。ちなみにこれまで上部消化管出血で2回、胃静脈瘤切除で1回入院している。

 

今回の診察では、特に血液検査では大きな問題はなかったので、経過観察でいこうということになった。

 

ただ、前回、1年ぶりにヘモグロビン値が10.0まで回復して喜んでいたところが、今回は9.2に逆戻り。そううまくはいかないものである。

 

月ごとのヘモグロビン値の推移は

9.2→9.7→9.6→8.0→9.1→9.6→10.0→9.2

 

8.0はかなりヤバい数値ではあるが、それを除くとだいたい横ばい。

 

ただし年単位で平均値を見ると

13.6→11.3→10.2→9.5→9.1

 

ゆるゆると下がっていっている。ただ、下がり方がだんだんゆるやかになっているのが救いではある。

 

 

7を切ると輸血が必要な状態になるというが、思っていたよりもちょっと先になるような感じもする。

 

ただ、血栓による脳梗塞や、急性白血病への移行などの可能性もあるので、このまま大事に至らずに・・・というわけでもないので、今後とも病状に注意が必要である。

 

診察後のルーティンはタリーズ。

この日は久々のキャラメルラテ。

4月に父親が亡くなってから、ほぼ2ヶ月が経過。やっと死亡後の必要手続きもひと段落ついた。

 

3人兄妹であるとはいえ、地元に残っているのはわたしだけであり、母も90歳を超えているので、死亡後の手続きは実質一人で全て行うことになる。

 

母と子供三人の相続人4人で遺産分割協議書を作成し、財産一切は母が相続することと、相続人代表者(相続等手続きを行う者)をわたしとすることにして、これをもって銀行・証券会社・年金事務所(母が受け取る遺族年金の請求)を回って相続財産を受け取る母の代理として手続きを行う。

 

と同時に、菩提寺連絡をとって四十九日法要と納骨の段取りを決めつつ、出席者の確認・法要の供物の手配・精進落としの手配。

 

一方で葬儀は家族葬にしていたが、それでも親戚・知人から香典や供物が送られてくるので、これらも満中陰志(香典返し)を送る。

 

それから、実家にある父の不用品の処分、老朽化して危険な箇所をリフォーム(なんせ築50年超)、一人暮らしになる母のために某大手警備会社の高齢者遠隔見守りサービスを契約するなどのいろいろな手続きを行う。

 

そして、本日、不動産の相続登記を司法書士に依頼して、2ヶ月にわたる手続きも終了した。この間、土日はほとんど潰れるし、平日も何日も休みを取らなくてはならなかった(金融機関、役所は平日でないとダメだし、しかも1回で終わるものばかりではない)。

 

次の行事は来年4月の1周忌となるが、今年の初盆の前にはもう1回不用品処分が必要になるだろう。なんとて、なんでこんなものを置いておくのだ、と思うくらいの不用品の山である。生きているうちは本人が必要を見い出して保管していたのであろうが、亡くなってしまうと途端に不用品になってしまうのは、ちょっと虚しい気分にもなる。

 

わたしも血液の難病(癌の一種)の骨髄線維症で、だいたいあと10年くらいの余命と思われるので、自分の身辺整理は常々行なっていて、モノはほとんど残さないよう心がけている。

 

さて、月1回の血液内科の診察。

 

主治医の開口一番。「調子がいいようですね。血液検査の数値は良くなっています。」

 

白血球、ヘモグロビン、血小板、総ビリルビンの検査値の推移はこちら。

 

 

なんと、ヘモグロビン値が1年3ヶ月ぶりに10.0と二桁復活

 

一時期は8.0まで低下していたが、ここ2ヶ月で嬉しい増加傾向。他の検査値も特に注意するべき変動はないようで。

 

ちょっと、ほんのちょっと寿命が伸びた、そんな感じではある。

 

診察後はいつものタリーズで一人祝杯。

カフェラテ、である。

実はとても忙しい

 

仕事のほうでは、決算時期なので、決算監査を実施し、監査報告書を作成。社外監査役に内容を報告して承認を得るというところまで3週間で終えたところ。

 

あとは、取締役会で報告などいろいろまだやることが残っており、ドタバタは5月末まで続く。

 

プライベートでは、4月に父親が亡くなったので、その後のいろんな処理をちょっとずつ片付けていっているところ。ガス・電気・水道・新聞・携帯電話・年金・介護保険・健康保険・生命保険・火災保険その他のもろもろの名義変更や支払方法変更などの手続き、会葬者へのお礼・四十九日法要の手配・お位牌の準備・・・と結構やることが目白押し。

 

それでも、銀行や証券の資産相続や土地建物名義変更などは、四十九日法要で相続人全員集まった上で、遺産分割協議書を作成してのちの手続きになる。こちらも5月末まではかかる。

 

そんな中でも、骨髄線維症という持病の治療のために血液内科と消化器内科の診療を受けねばならない。

 

こちらの方は、先月、ヘモグロビン値が8.0に急降下したことで、かなりドッキリする状態となった。

 

血液内科的には、骨髄線維症の症状が進んでいて、このまま7を切るようになるといよいよ輸血が必要になる、というところ。

 

消化器内科的には、静脈瘤破裂による出血のおそれがあり、ヘモグロビンが下がるようなら緊急入院で検査が必要といったところ。

 

ということで、両内科とも、通常より短いスパンでの診察予約となっていたのだが、今回の血液検査の結果は

ヘモグロビン値は8.0→9.1→9.6と一年前くらいの値に戻ってきていた。とりあえず安心。

 

けれども、3年前はヘモグロビン値12くらいだったものが、ジリジリと下がってきているので、大丈夫ということではない。急激な減少ではないが、それでも何年がのちには輸血が必要な時が必ず来るのである。

 

ビリルビンは下降、LDHは横ばいと、とにかく、今すぐにどうなるという状態ではないようで、引き続き現状のジャカビ服用の治療の継続となった。

 

ホッとしたところで、診察終わりのタリーズ

 

今回は定番メニューのカフェラテ

 

父が亡くなってドタバタしていて(というか、いまだにいろんな手続きが残っている)、その直前に受診していた、わたしの血液内科受診結果についてあらためて書いておく。

 

わたしは骨髄線維症という血液疾患を患っていて、これはだんだんと造血ができなくなってしまうという病気。

 

効果的な治療方法もないが、急激に病状が悪化するものではない。とはいえ、だんだんと悪くなっていくもの。

 

よって、毎月、採血して血液検査をしてから血液内科の先生に診察してもらっている。

 

今回の血液検査の結果は・・・

 

ヘモグロビン値が大きく減少してしまっていた。

前回、9.6g/dLだったものが、今回は8.0g/dL。びっくりである。

 

もちろんヘモグロビンが低くなったということは、赤血球数も減少しているということ。

前回328(10^4/μL)から269(10^4/μL)へ。

 

ヘモグロビン値が7を下回ると輸血が必要とのことで、次回の診察はちょっと早めの5月2日となった。

 

後の血液検査の結果は次のとおり。

 

 

ヘモグロビンの減少とビリルビンの増加がちょっとヤバい。次回、血液検査でどのような結果になるか、ドキドキではある。ここで輸血が必要となるとなれば全く予想外のことである。

 

とりあえず診察後はタリーズのコーヒータイム

季節の新商品、アーモンドミルクラテ。ちょっと前のことなので、もう今は販売終了みたい。

父が急逝。

 

享年92歳。解離性大動脈瘤破裂(大動脈解離)。

 

朝、倒れて、病院に救急搬送され集中治療室へ。これ以上治療の効果は期待できないとの救命医の診断で、延命治療中止とした。

 

これまで脳梗塞などで何回か倒れたが、初期段階で治療したため、障害も残らずに命拾いをしてきたが、92歳という年齢から、次に倒れたらもう無理だろうという予感はあった。

 

なので、母親(90歳)から倒れたという連絡を受けた時には、覚悟を決めていた。

 

死亡以後の流れを以下にまとめておく。

 

1日目(当日)

死亡が自宅であったので、警察の事情聴取と倒れた現場(自宅)確認、検死が行われる。警察的には病院以外での死亡は「変死」と判断されるので、事情聴取と病院の救命医の所見から事件性を判断する。

 

遺族にとってはちょっとキツい時間かもしれないが、警察も大事な仕事であるし、事情聴取も別に厳しくするものではない。今回は外部原因ではないので、事件性なしとの判断。

 

その後、兄妹に連絡をとったあと、医師の死亡診断書の作成を待って、葬祭場に連絡。霊柩車にて葬祭場に移動する。

 

葬祭場にて打ち合わせ。本来なら喪主は母か兄というところだが、母は90歳、兄妹は県外在住であり、やむを得ずわたしが喪主となることにした。

 

お通夜、葬儀の日時、内容を決める。基本は家族葬。祭壇や花、棺、骨壷を選ぶ。

 

死亡届を書いて、死亡診断書とともに葬祭場に渡し、葬祭場から役場に提出。死亡診断書は葬儀後の諸々の手続きに使う可能性があるので、コピーを多めにとっておいた。

 

菩提寺に連絡し、通夜、葬儀の読経を住職にお願いし、ここで通夜、葬儀の日程が確定。

 

それを兄妹に連絡して、通夜、葬儀の出席を案内した。

 

2日目(通夜)

通夜、葬儀の出席者確定。通夜と精進落としの食事の個数が決まるので、葬儀場に手配依頼。

 

昼前に湯灌。夕方の納棺までに通夜出席者が葬儀場に順次到着する。

 

夕方、菩提寺住職が到着し、枕経をあげてもらって納棺。お通夜に。

 

3日目(葬儀)

昼、葬儀のために住職到着。葬儀開始。

 

葬儀終了後、出棺、火葬場に移動。

 

こちらでは、火葬炉のスイッチを喪主が押すことになっているので、わたしが押した。もちろん、火葬場の職員さんにお願いすることも可能だし、火葬炉のスイッチといっても、点火スイッチではなく、火葬炉裏の職員さんに「点火準備ができました」のランプを点灯させるものである。

 

2時間後、骨上げのあと、葬儀場に引き返し、引き続き初七日の法要。

 

法要後、住職にお布施とお膳料を包んで渡し、四十九日法要の日程を決めた。

 

そして、精進落としの会食後、解散。

 

4日目

諸手続を行う。

ガス、水道、電気、ケーブルTV、NHK、固定電話、携帯電話、新聞、牛乳配達等の契約者名変更(父から母へ)。だいたい電話で変更可能である。同時に、支払方法変更変更届ももらっておく。

 

保険会社に連絡して、保険金の請求手続き。請求書の送付依頼。

 

四十九日法要の時には、位牌が必要になるので、仏壇店へ行って位牌を注文。

 

五日目

諸手続、続き。

 

市役所の手続き。世帯主変更、印鑑証明返還、後期高齢者医療関係手続、介護保険関係手続、税金関係手続等。

 

持っていかなくてはいけないのは、故人の印鑑登録証、マイナンバーカード、国民年金手帳、後期高齢者医療被保険者証、介護保険被保険者証、火葬許可証(葬儀場からもらえる)、死亡診断書(コピー)

 

手続きする人(相続人)の本人証明書類(免許証、マイナンバーカード等)、預金通帳(葬祭費振込先)

 

これが揃っていれば早く終わる。

 

以後の預金、証券、土地建物の相続登記手続きのため、次の書類をとっておく。

 

故人の出生から死亡までの戸籍(除籍)謄本、本籍地の記載のある住民票除票、土地建物の固定資産評価証明書

 

相続人(母および子供たち)の戸籍謄本、住民票、印鑑証明書

 

わたし以外の兄妹は県外在住のため、次の四十九日法要の時に、戸籍謄本、住民票、印鑑証明書を持ってきてもらうことにする。その時に「相続財産一切は母が相続する」という遺産分割協議書を作成し、相続手続き(預金、証券、土地建物)を行う予定。

 

年金事務所に連絡。年金関係の手続きを行うのだが、予約が簡単には取れない状態。一番直近の空いている日は5月30日。仕方ないので、その日を予約。

 

だいたいの手続きは終わらせたが、全て終わるのは5月いっぱいとなりそう。また葬儀費用の請求書も来るだろうし、もう少しバタバタした日が続きそう。

4月から社内監査役(役員)に就任したわたし。

 

取締役会だの株主総会だの仰々しい会議を経ての就任手続きだの、社員から退職しての就任となるための退職手続きだの、3月終わりから4月にかけてはなんだかんだで多忙である。

 

定年前の58歳、退職は定年退職でなく勧奨退職となり退職願を会社に提出して退職する。会社の方も、本人が納得して退職した記録をきちんととらなくてはいけないので、何月何日にどういった説明をしたとか、いつどこで同意を得たとか、時系列ごとの文書を作成して保存しておかなくてはいけない。(本人の了解なしに解雇したと言われてはいけないから)

 

というわけで、社内監査役の部屋に移って一息、というところだが、やっぱりどうも役員の部屋というのは落ち着かない。どうもわたしは役員という柄ではないのかも・・・。

 

などといっていても仕方ない。早速、3月の決算が締まると監査業務である。

 

監査役の監査には業務監査と会計監査がある。業務監査は会社の業務に不正がないか、現場に赴いての監査。会計監査は決算が適正に行われているか(不正にお金が使われていないか、ウソの数字がないか)の主に書類上の監査。

 

決算監査は会計監査であるので、まずは社内監査役が中身を監査した結果をまとめ、監査役会に提出。監査役会では社外監査役(弁護士や会計士など)に対して監査結果を吟味して承認をもらう。そのあと、株主総会で会社が決算発表をして、監査役が決算監査の意見を述べる。

 

これが4月から5月の1ヶ月間にあるので、今から緊張しているのである。

 

さて、役員になってみて、そうなんだ〜!とビックリしたことがあって。いや、会社員ならそんなの知ってて当たり前だろ!という内容かもしれないけど、わたしは案外、出世や待遇なんかにあんまり固執していない、鷹揚に生きていたものなので、へ〜っと思うことが多かったりする。

 

まず、社員は会社と雇用契約を結ぶが、役員は委任契約である。よって、役員は雇用されているのではないので、就業規則に縛られない。(特に監査役は社員と兼任できないから、100%役員となる)

 

つまり、出勤・退勤時間、労働時間、休憩時間、休暇などの決まりがないのである。

 

だから、何時に出社しても、何時に帰ってもいいし、いつ休んでも構わない。休暇届も不要(ただし、県外出張届は必要)。出勤簿もない。

 

常勤役員なので、会社から要請があった時のみ出勤する非常勤役員と違い、社員と同じように出勤するのであるが、じゃあ、週何日以上というのも明確に決まっていないのである。(だいたい社員さんと同じように出勤し、同じくらいの休みを取るようにしている)

 

確かに、言われてみればそうであるが、自分が本当にそんな立場になったのかと思うと、自分ごとながら「すご〜い」なんて思ってみたりする。

 

でも、いいことだけではない。

 

労働時間の決まりがないということは、労働基準法の労働時間上限も休憩時間の付与の義務もない。24時間ぶっとうしで働いても違法ではない。(まあ、そんな状況になることはないだろうが)

 

また、取締役会で解任決議されれば、すぐクビ。社員はそう簡単に解雇することはできないよう、法律で保護されているが、役員は雇用者ではないので、そんな配慮は一切なし。

 

雇用者でないので雇用保険もない。失業給付も(ある一定の条件を満たさないと)もらえない。

 

いいとこもあれば、よくないところもある。気楽になったところもあるが、責任が重くなったところもある。

 

まあ、昔からそうだったけど、これからも、まず自分のことは一旦横に置いておいて、自分の職務を粛々とこなすこと。これは変わらないわたしの仕事の流儀。

3月末日にて会社を退職とあいなった。

 

58歳であるので、定年退職というわけではない(会社の規程では定年は60歳)。

 

定年以前に退職となる場合は大雑把にいうと3つ。

1、自己都合退職・・・社員の都合による退職

2、会社都合退職・・・会社側の都合で社員に退職を促し、社員が同意した場合の退職

3、解雇・・・会社側が一方的に労働契約を解除することによる退職。

 

わたしの場合は2にあたる。

 

会社都合退職というと悪いイメージもある。例えば、人員削減による希望退職とか、いわゆる肩たたきと呼ばれるもの、不祥事による退職ながら解雇では退職金が出ないので会社が退職を促すというのもある。

 

まあ、ここに公に書くくらいであるから、後ろめたい事由による退職ではないのである。

 

来年度から社内監査役に就任することになったからである。

 

社内監査役というのは、会社の役員であるけれども、取締役の業務執行、会計上の不正がないかを監査する役職。

 

わかりやすく言えば、刑事ドラマなんかで最近よく出てくる監察官みたいなもので、組織内部で不正が行われていないかを監視する役目。なんか、刑事ドラマの中では嫌われ者となっている場合が多いのだけれど・・・。

 

そういった独立的な立場ゆえに、監査役は他の役職(他の取締役や従業員)と兼職ができない。監査する人と監査される人が同一人になってしまうからである。

 

なので、監査役になるにあたっては従業員を辞める必要があるので、退職願を提出して3月末で退職ののち、4月1日から監査役就任となる。

 

監査役の話を受けたのは、骨髄線維症という病気を患っていることが大きい。

 

収入という面ではいまの役職よりも下がるし、ここで一旦退職金を受け取ることになるので、退職金額も下がる。役員であるという名誉を得るということもあるかもしれないが、わたしは名誉とかは別にこだわらない人間。

 

骨髄線維症という病気で、だんだんと貧血は進行するし、消化器にも影響があり、静脈瘤や大腸炎による出血などで、年一回は入院している状況。

 

現状の職務のプレッシャー(目標数字や部下の統率etc)はかなりキツイことから、数年前から職務の変更(ぶっちゃけ降格希望)を役員に願い出ていたが、ずっと却下され、昨年には「あと1年だけ続けて」といわれたのである。

 

そして1年後、降格ではなく役員登用という提示をいただいた。これはとてもありがたい条件であり、わたしとしてもこれ以上は考えられないため、ありがたく受けることにした。

 

会社の業務監査、会計監査という重大な仕事をしなくてはいけないものの、数値目標の達成や人事・部下統率のプレッシャーから解放されるのは大きい。

 

新年度からは、より病気の養生にも気をつけて仕事ができるようになるだろう。ちょっとでも生存期間が伸びてくれるのならいいのであるが・・・。