平野神社では桜花祭が行われていました。
桜コンサートのお琴の演奏や神幸行列を楽しむことができました。
午後1時から騎馬や織姫などの行列が氏子地域の町内を練り歩きます。
時代祭を縮小した町内のお祭と言う感じで親しみが持てます。
桜花祭
寛和元年(西暦985年)4月10日平野臨時祭として、花山天皇により臨時の勅祭が行われたのが始まりです。
「幾世の春を床しく匂えよ」と、仰せられ、舞楽「東遊」や競べ馬などが催されました。
世に「北山御幸」というのは、この平野の臨時の勅祭のことです。
この桜花祭は午前の神事に続き、午後は騎馬や織姫達の神幸列が氏子地域に繰り出し、その行列は時代絵巻の様で、氏子の住んでる町内を練り歩きます。
哲学の道の次にどこに行こうか、かなり迷いました。
平野神社か京都御所かどちらにしようか。
京都御所は一般公開の最終日でしたし、平野神社は桜花祭で神幸行列なんかもあるので。
京都御所の一般公開はここのところ連続3回で行ってるので、結局、平野神社にしました。
北野天満宮を参拝してから、平野神社に向かいました。
京都御所の桜も捨てがたいけど、平野神社の桜は素晴らしいです。人出も凄いけど。
平野神社
延暦13年(794年)、桓武天皇による平安京遷都にともない、平城京で祀られていた今木神・久度神・古開神を遷座・勧請したのに始まる。元々今木神は平城京の田村後宮に、久度神・古開神は大和国平群郡の式内・久度神社に祀られていた。比売神は承和年間より祀られるようになったものである。
神紋は桜で、今も桜の名所として名高い。平安時代の中ごろ花山天皇によって境内に数千本の桜が植えられたのが起源で、寛和元年(985年)4月10日に臨時勅祭が開かれ、平野桜祭りとして今に残る。
平野神社が原木の桜など珍種も多く、その種類は約50種。円山公園の枝垂桜の祖の桜も含め、境内全域では約400本の桜があります。
魁(サキガケ)、桃桜、染井ヨシノ、紅しだれ、平野妹背、虎の尾、寝覚、一葉、旭日(キョクジツ)、胡蝶、衣笠 、大内山、白雲、御車返(ミクルマカエシ)、大島、芝山、白妙、麒麟、楊貴妃、 嵐山(ランザン)、普賢象(フゲンゾウ)、おけさ、瓢箪、松月、手毬、撫子、有明、御衣黄、突羽根など。
約50品種、それぞれ風流な名前と京の名所の趣のある花が楽しめます。
安楽寺も法然院も桜よりは紅葉で有名です。
本当に紅葉シーズンは最高ですね。
安楽寺
安楽寺は、法然の弟子である住蓮房(じゅうれんぼう)と安楽房(あんらくぼう)が
念仏同情「鹿ケ谷草庵」を近くに開いたのが始まり。
後鳥羽院の女御松虫と鈴虫が、安楽寺にて内密に出家をしたことから、院の怒りを買い、念仏は禁止、道場は荒廃。
住蓮房と安楽房は死刑、法然は流刑になった。
のちに法然上人は二人の死を悼み、供養のため住蓮山安楽寺をつくった。
7月に中風除けを祈願するカボチャ供養で有名で、境内には、住蓮、安楽の五輪石塔と松虫姫、鈴虫姫の小さな墓があります。
法然院
法然院(ほうねんいん)は、京都市左京区鹿ヶ谷にある浄土宗系の寺院。
元は浄土宗内の独立した一本山であったが、昭和28年(1953年)に浄土宗より独立し、単立宗教法人となる。
寺の起こりは、鎌倉時代に、法然が弟子たちと共に六時礼讃行を修した草庵に由来するという。江戸時代になり、延宝8年(1680年)に、知恩院の第38世である萬無が、法然ゆかりの地に念仏道場を建てることを発願し、門弟の忍澂と共に再興したのが当寺であるとされる。
こんなに沢山の椿を観たのは人生で初めてかな、いろんな椿があるんですね。
桜もいいけど、椿も本当に綺麗です。
霊鑑寺は通常非公開ですが、毎年、春(椿)と秋(もみじ)に特別拝観が行われます。
春の椿も素晴らしいですが、秋の紅葉も凄いみたいです。
紅葉シーズンも拝観してみたいです。
霊鑑寺は臨済宗南禅寺派の門跡尼寺で、1654年(承応3年)後水尾天皇が皇女を開基として創建されました。
代々皇女が住職を務めて、谷御所、鹿ケ谷比丘尼御所とも呼ばれています。
御所人形・貝あわせ等、皇室ゆかりの品が多く、池泉鑑賞式庭園や、名椿が多数あることでも有名です。
熊野若王子神社から哲学の道に戻り、北に向かうと大豊橋があり、傍に大きな石灯篭があります。
この橋が大豊神社へ 続く参道となっています。
また、この石灯籠の脇に大きな桜の木がありますが、この木は珍しい「縦皮(たてかわ)桜」です。
大豊神社は京随一といわれる枝垂梅でも有名ですが、椿の花も楽しめます。
更に円山公園の枝垂れ桜と同じDNAを持つ三代目も咲いていました。
この枝垂れ桜は俳優の栗塚 旭さんがまだ細い木を担いで持ってきたとのことです。
栗塚 旭さんというと『新選組血風録』が当たり役ですが、私も結構好きでした。
大豊神社はかつて椿ケ峰天神と呼ばれており、平安時代887年に建立され、背後にある椿ケ峰の山中にあったが、寛仁年間に現在地へ移動したと伝わる古い神社です。
また大国主命を助けたとの言い伝えにより、大国社には狛犬の代わりに狛ねずみが鎮座しています。
狛ねずみは日本でもこちらだけみたいです。
この他にも、日吉社には鬼門除けの狛猿、愛宕社には火伏せの狛鳶(とび)などが愛らしく鎮座しています。
宗忠神社・竹中稲荷社・吉田神社の吉田山から京都御所方面か、南禅寺・インクライン・平安神宮の岡崎公園方面か、法然院・銀閣寺の哲学の道方面にしようか。
最初は南禅寺・インクラインに向かいましたが、永観堂まで行ったところで、結局、哲学の道にしました。
哲学の道の終点?(スタート地点?)近くの熊野若王子神社を参拝しました。
樹齢400余年ともいわれるご神木の梛(なぎ)の木や、サッカー日本代表のユニフォームでおなじみの八咫烏(やたがらす)のマークがこの神社のシンボルとなっています。
八咫烏は天の神から使わされ、熊野で神武天皇の道案内をして大和平定の手助けをしており、勝利の導き手、勝利のシンボルとされています。
裏山には桜花苑が整備されており、ピンクの陽光桜が満開でした。
まだ若木でしたが、もう数年すれば更に素晴らしくなるでしょうね。
哲学の道の桜はまさに満開でした。
人出も銀閣寺に近づくにつれもの凄いことのなっていました。
その点からいうと、やっぱり銀閣寺道との分かれる地点がスタート地点で、若王子橋のところが終点なんでしょうね。
しかし、哲学の道のさくらも最高ですね。
熊野若王子神社
1160年に後白河法皇が熊野権現を勧進して建立した永観堂の守護神としての神社で、京都の三熊野のひとつとして知られる。
哲学の道
若王子神社前の疎水にかかる若王子橋から銀閣寺橋までの約2キロの琵琶湖疏水沿いの散歩道をいう。
南禅寺境内の水路閣から送られてきた疎水(そすい)の流れに沿って続く道。
道沿いには桜が植えられ、春になると桜のトンネルを散策できる絶好の観光スポット。
京都の哲学者西田幾多郎(にしだきたろう)氏がよく散歩をし、「思索の小径(しさくのこみち)」と呼ばれていたのが、その後西田氏の弟子らも好んで散策したこともあり、いつしか「哲学の道」となり、1972年正式に銘々されました。
その他の動画もどうぞ。
http://youtu.be/BaKwmBJ5UII
熊野若王子神社の桜苑
http://youtu.be/KL2Nb4voKNw
哲学の道 桜
http://youtu.be/KAPkths_fcQ
http://youtu.be/g6VVNfe9Rww
白川疎水通の桜
http://youtu.be/9lHb7Nob5NY
哲学の道の先に白川疎水通があり、この疏水沿いにも圧巻の桜並木が延々と続きます。
こちらも昨シーズンの紅葉に時期に参拝しましたが、紅葉に比べると桜はちょっと。
紅葉が素晴らし過ぎるんですからしょうがないのでしょうね。
真如堂(真正極楽寺)
慈覚大師円仁作の阿弥陀如来を、984年に戒算上人が、比叡山常行堂から移したのに始まるといわれています。
京都市内の天台宗本堂としては最大規模を誇り、紅葉の名所として超有名。
動画もどうぞ。
http://youtu.be/GGxlFQ5PLds
天気予報ではいいお天気になりそうだったので、早起きして名神高速の春日井ICから京都に1人で向かいました。
今回は平安神宮のライトアップに行きたいと思っていましたが、後は特に予定で決めずに行き当たりばったりです。
それにしても、良く歩きましたし、かなり回り過ぎてしまいました。
名神高速は順調で、8時過ぎには黒谷さん(金戒光明寺)の駐車場に着きました。
こちらの駐車場は駐車料金が800円で打ち止めなので、たまに使っています。
まだ朝8時過ぎでしたので、参拝客が数人いるだけで閑静な境内を楽しめました。
紅葉の時期も良かったですが、満開の桜の黒谷さんもなかなかいいです。
金戒光明寺は
1175年、法然上人が比叡山を下り、草庵を結んだのが寺の起こりとされます。
浄土宗四ヶ本山の一つで、黒谷とも白川禅房とも呼ばれ、山門は1860年の建立、楼上の「浄土真宗最初門」の勅額は、後小松天皇の宸筆による。
地元では「黒谷(くろたに)さん」の愛称で親しまれています。
よかったら動画もどうぞ。
http://youtu.be/S-cvMBIJ31c
http://youtu.be/eMQoCHLYGUQ
http://youtu.be/errKgPbMYYU











































































































