1月の終わりに思う
2024年は6月の叔父の逝去に続き真夏と初冬に母の救急車搬送入院があり、母は今もリハビリ入院中である。一人暮らしが難しくなってきた。どうしたものか。家の掃除や片付け、自分と母の生活の見直しをしていた。工房を含めた3か所の場所の維持管理は場の移動や衛生ごみ捨てや食材の管理も含めて忙しい。工房の活動とは別に社会情勢の変化もあり障害者福祉の会議では高齢者福祉と線引きされた制度を勉強し考えることも同時に増えた。高齢者福祉は、すでに障害をもっていて福祉を利用しているか病を経て医療リハビリから入るか、介護予防介護保険の利用から入るかで全く違うルートがあるようだ。どこかしら障害のある高齢者が街では気になり、その暮らしをあれこれ考えてしまうようになった。仏壇の前や近所や所縁の寺社教会で祈り想うことも増えた。みくじをひくと励まされるようなものがくる。宗教の言葉や友人知人に助言や励ましをもらうことがあるのもありがたい。あれこれ不必要に抱え悩むな、仏教もキリスト教も事実を整理し率直にみつめとらえよとの教えがあるようだ。掃除、庭木の手入れ、繕い物、買い物、放送大学の講義や勉強、人の仕事の手伝い、携帯のゲーム、ラノベ、コミックがやるせない時間の埋めに役に立つこともある。2月の立春で運気が変わるのかもしれないけど、今できることを。と期待を込めて、ブログに書き込んでみた。