真の吾(まことのわれ)~本来の自分を生きる~ -5ページ目
以前参加したワークショップのこと。

二人組になって相手が抱えている問題を聞く、というのをやりました。

ただ、聞くだけなんですけど2回に分けて別の態度で聞きます。


最初は、

・うなずきながら 「うんうん。」
・共感しながら 「それは大変でしたね。」
・肯定しながら「あー、すごい、それ分かります。」
・最後まで聞く。


次に

・うなずかず 「・・・・・・」
・否定しながら 「それはあなたが悪いですね。」
・最後まで聞かない 「で、結局何が言いたいんですか?」


と聴きます。



最初の聞き方で聞かれると、

「ああ、分かってもらえた」

という安心感が生まれました。
目に涙をためていた人もいました。



逆に否定されながら聞くと

「ああ、この人に話しても無駄だ」

と、心がドンドン閉じていくのを感じました。



そして、これが驚きだったのですが、
肯定されながら、自分の問題、相手が悪い、だれだれがどうだ、なんて話していると、
最初は誰かを責めていた気持ちがどんどん薄れていって


「自分も悪いところがあるんじゃないか、改善点は無いだろうか」と


自然に、本当に自然に思えたのです。
そして、自分が変わろう、とする気が起きてきたのです。


もちろん、否定されながら聞いたときは、
そんなことは露にも思いません。



人は自分で物事を解決する能力と気力を持っています。
ただ、それが、負の感情が心の中に溜まっていると
つい、その力が弱くなってしまいます。

その感情を外に出してあげるだけで
自然と自分の望む方向へ歩んでいけるんですね。


「話す」は「放す」

心の中にある、行動を妨げている感情を外に「放し」てあげること。


だから、相手の話を聴き切ると、「放し」切ることになって
相手はとってもラクに行動できるんですね。


誰かの話を聞くとき、私は話を最後まで聞けているだろうか?
相手が悩んでいるとき、途中で無為に問題解決法を提示したり、
自分の優越を示すためにアドバイスをしたりしていないだろうか?


これを書きながらも、胸が痛い・・・・・


もし、あなたの大切な人が心を痛めていたら
判断を入れず、そのまま、相手の話をまるっと受け止めてあげてください。

社会的に常識的に外れたことであったとしても
あなたの中の価値観や正義と合致しないことであっても

まずは「そう思っているんだね」とぜーーーーんぶ聞いてあげてください。


それだけで、救われる心があります。


PS:

今日は息子がはじめてのスイミングスクール。
妻が一緒に行って、一生懸命頑張る姿に感動したって。

こうやって、どんどん大きくなっていくんだろうな。

こういうこともできるようになったし。途中からファミレス風になるのがイイネ!



今日の気づき。

ストレスがたまりすぎると胃潰瘍になるなど、
負の感情が蓄積されると、体を壊します。

「感情」は解消されないと「表情」に出て、
「表情」にも出せない状況が続くと「症状」になる、と言われています。


感情⇒体調ですね。


逆に、寝不足だったり、風邪をひいているときは、
どんどん良くない方向に考えてしまったりします。


体調⇒感情となります。


身体と心ってあたりまえだけど本当にリンクしてますね。


意外と、夜中まで考え事をしていたり、
ウェブサイトを見て悩みの気晴らしをしていたりしている人が
夜の8時くらいに寝てみると、あっけなく悩みが解消されたりします。

本を読んだり、難しいことをしなくても、
解決方法は意外とシンプルなところにあったりましますね。

ということで、今日は短めに。
もう寝ます。

おやすみなさい。


PS:

今日の息子との会話。

「かいとは大きくなったら何になりたい?」

「うーん・・・・・こんにゃく!」


・・・・・・息子よ、精進せよ。



たくさんの応援の声ありがとうございます!

鋭意準備中です!

■癒しのワークショップ 11月26日(土)都内にて


心吾
今日、サザエさんを見ていて思い出したことが一つ。



昔、


サザエさんが大嫌いだったなあ~ってこと。



あと、ディズニーランドも大嫌いでした。

それから、結婚式というものも大嫌いでした。


この3つの共通点は何でしょう?



それは、「とっても幸せそう」なことです。



とにかく、幸せそうなものが嫌いで嫌いでたまりませんでした。

サザエさんを見ると、あの穏やかで心地よい空気感が

たまらなくウソくさい感じがしました。



ディズニーランドはあまりにもありきたりというか

ベタ-な感じがして

バカっぽいと思っていました。



結婚式なんて、自分が結婚するのに

わざわざ忙しい人たちを呼んで安くないご祝儀を請求するなんて

おこがましいにも程があると思っていました。



幸せそうなものってうそくさくて、

浅はかで、バカみたいで、

いつも「ケッ!」て言ってました。



それから10年後。



今日、サザエさんをみながら、

何度も「ああ、いいな~」って思っていました。

なんて、理想的な家庭だろうとうっとりしてしまいました。



ディズニーシーに行く前日は、パレードでみんなで踊るダンス(ナミナミナっていうダンスです)

をマスターしてから入りました。

当日は、妻が軽く"ひく"くらいノリノリで、はっきり言って3歳の息子より楽しんでました。



友達の結婚式は、絶対にデジカメ持参。

前のめりで写真を撮りに行きます。

そして、まずまちがいなく、花嫁の手紙で号泣します。

一緒に参加する友達から、「泣きすぎだ」と毎度たしなめられます。



私はどうして、嫌いだった「幸せそうなもの」が

こんなにも「大好き」に変わってしまったのか。

自分でも本当に不思議です。



「幸せ」なものを避けていたときって

本当は「幸せ」になりたかった。

でも。自分は「幸せになる価値なんて無い」と思っていた。

そしてそんな自分がイヤでイヤで自分を傷つけてばかりいました。

その傷を仕事で埋めようとして、毎日15時間くらい働いて

体を壊しました。



あの時は本当に辛かった。

うつもやったし。

一通り、悩んだり、苦しんだり、悲しんだりしてきました。



だけど、本当に本当に本当に幸せになりたいと願ったとき

「このままじゃダメだ」と強く思いました。

そこから、私の「幸せ」への探求が始まりました。



そして、今。

本当に幸せになったと思います。



そして、その不幸の真っただ中にいた男が

心理セラピストになりました。

人に幸せになる方法を教える人になりました。



自己流ではなく、一流の先生にセラピーや人生を教わりました。

それでいて単なる受け売りではなく、自分の体験に活かして活用してきた

経験に基づくデータも蓄積してきました。



来月末、その方法を分かち合う場所を用意しました。

もし、お時間が合えば、お会いしましょう♪


■癒しのワークショップ

 「自分を癒し、他人を癒す」



PS:息子の名前は「かいと」と言います。

妻と私がソファに座っていると、

「かいとも~!」って必ず私と妻の間に割り込んで

チョコンと座ります。

こういう何気ない事がたまらなくかわいい。

ちょっとはサザエさん一家に近付けているかな?と思う今日この頃です。
去年1月から心理セラピスト講座を受け、5月に卒業いたしました。

8月からセラピーを個人セッションとして提供しておりますが
お客様からは

・一気にストレスから解放された。
・体と心が信じられないくらいラクになった。
・自分がどうして今の人生を生きているかが分かった。

などというお言葉を頂いております。

半年間の準備期間を経て、来月にワークショップを行いますので
お知らせいたします。

■癒しのワークショップ

 「自分を癒し、他人を癒す」

感情に関する基本的な知識をお伝えするとともに、
実際にワークを行うことで自分の「いまここ」で感じている感情に気がついたり、
過去に感じた完了していない感情を癒していきます。

自分の感情に気がつくだけで体も心もデトックスされ、
人生がより楽しいものになると言っても過言ではありません。

興味のある方は参加してみてください。

日時:2011年11月26日 13:00~17:00
場所:目黒区鷹番住区会議室 和室(学芸大学前駅より徒歩3分)
料金:4000円

ワークショップに参加希望の方は「参加します」とコメントしてください。
詳細はこちらからご連絡いたします。
定員があります。表明順に受付させて頂きます。

よろしくお願いします。
今日の気づき。

人はいつでも自分の都合で生きているな、と感じます。
自分の都合で観て、自分の都合で聞いて、自分の都合で話している。

そして、いつでも自分が正しい。

この「自分が正しい」、という感情から得られるエネルギーは
人のなによりのごちそう。

自分が正しいためには、相手が間違っていなくてはいけない。

だから、知らず知らずのうちに相手を責め始める。

「自分が正しい」というエネルギーを得るために
自分のことを過大に評価して、
相手の些細なことを責めていく。

そんな、姑息なことをするしくみは
「自分が正しい」という感情から生まれます。

このことを説明するために恥ずかしながら自分の体験を話します。


ある日のこと。
私は電車で椅子に座ってマンガを読んでいました。
すると、おばあさんが乗ってきました。




   席譲ろうかな。

   でもこのおばあさん、元気そうだから
   席譲るなんて言ったら、ちょっと失礼かな。

   てゆうか、この人おばあさんなのかな?
   おばさんなのかな?
   年齢よくわかんないな?
   そもそもおばあさんとおばさんの違いってなんだ?

   あーでも、この漫画今日読み終わんなきゃいけないしー。
   座っていたほうが読みやすいし。
   たぶんこの漫画、俺の人生変えることになるだろうから
   今、読んどかないとあとあと後悔すると思うんだよね。
   だから、座って集中して読みたいんだよね。

   他の人も席譲らないし、
   なんとなく、腰もだるい感じだし。

   いいよね、譲らなくて。
   譲ろうとしただけ偉いよね。

   んーなんか、モヤモヤしてきたなぁ~・・・・。

   そもそもおばあさんが、おばさんなのかおばあさんなのか
   はっきりしてくれれば良いんだよ!

   だったら、俺も「はいどうぞ」って譲れるのにさ。
   おばあさんなら、もっとおばあさんらしくしてくれないと!

   あ、杖とかいいね、
   次乗るときは、杖持っててくれよ!

   あーなんかムカいてきたぁーーーー。

   ・・・・・・・・・・



おばあさんはただ電車に乗っただけ。
おばあさんはただ、私の前に立っているだけ。

それなのに私は、
ひとりでいろんなことを考える。

挙句の果てには、
いつでも読めるだろう漫画を、「人生が変わる本」と過大評価して
ただ電車に乗っている人を、

「おばあさんかどうか分かりずらい」

とまったくもって意味不明な理由で責め始める。



おばあさんは何も悪くないよ。



自分のフィルターが曇っているだけ。



現象をちゃんと観れば、
私は「どうぞ」と席を譲り、
おばあさんがそれを受け入れれば、私は立って漫画を読む。
おばあさんがそれを受け入れなければ、私は座って漫画を読む。



ただ、それだけ。



なのに、どうして、こんなにも思考を働かすのか。

どうして、こんなにも無駄な考えが頭の中を回っているのか。



それは、どうしても、


「いつでも自分は正しい」


そう、思っていたいから。


「自分が正しい」って思えるために私は
見るもの、聞くもの、触るもの、五感のすべてと
感じること、考えることすべてが歪んでいきました。

冷静になって読めば、この話はただの私の恥ずかしい過去の体験です。
ただ、きっと誰でも同じような経験はあるはずです。
人間関係のいざこざは、「自分が正しい、相手は間違っている」の
心の働きから来るものが非常に多いと思います。


家族関係を例に上げても、
『私が正しい、お父さん(お母さん、娘、息子)が間違っているのよ!』
っていうことがどこの家庭でも起きています。


現象をあるがまま、そのままに観るようになると
いろんな矛盾が減っていきます。


明日は

「あのねぇ、他人と過去は変えられないんだ!自分と未来しか変えられないんだよ!」

って他人に説教(つまり自分を変えずに他人を変えようとした)経験について書きます。(すごい矛盾)
また日記をできるだけ書いていきたいと思います。

日々の気づきを更新していきます。

今日は「感謝」する人には、二通りの人がいるなと思いました。




・今の現状にまったく満足していなくて、
・理想通りじゃない現状をなんとか力づくでも良いものにするために
・強引に視点を変えたり、考え方を変えたりして
・本当に感じている気持ちは無いことにして


「感謝」する人




・今自分の置かれている状況がどれだけ恵まれているかを、
・強引に視点を変えたり考え方を変えたりすることなく、
・ありのまま素直に感じていて、
・その感覚を頭だけではなく心と体で感じていて、
・湧き出るように、押さえられない衝動として


「感謝」する人


①の人はほぼ間違いなく、生きるのがつらそうな人。
②の人は幸せな感じが伝わってきて、何度も会いたくなる人。

同じ感謝でも、幸せな感謝と不幸な感謝があります。

①はポジティブシンキングの弊害です。
多くは人生訓を語った本や特定の成功者と言われる人たちの教えの鵜呑みです。

感謝は自体はとても素晴らしいものです。
②のように生きている人を見るとそう思います。

ですが、そういった情報を咀嚼しないで
自分の中に取り込んでしまうと、①の人のように感謝が人生を辛いものにもしかねません。

感謝を使って良い方向に考えようとすればするほど、
本当の自分が感じている感情が抑圧されて、
押さえこまれて、ちょっとした刺激で感情的になります。

ささいなことで、すぐに感情がグラつく人、
誰かに何かを言われるとそれが大したことではないと分かっているのに涙がこみ上げてきて、
そんなささいなことで泣きそうになってる自分が嫌だから
目頭が熱くなっているのを必死に隠す人は抑圧の人です。

感情はありのまま、素直に感じたいものですね。
今日はちょっと面白い考え方に出会いました。


人は見たいように物事を見ている。

そして、自分自身に対しての見方も見たいように観ている。

さらに、一番見えずらいのは、自分の中にある本当に素晴らしい自分である。


という考え方です。


人は見たいように物事を見てます。

たとえば、僕の場合、

妻が妊娠したら、町に妊婦が増えました。

妊婦さんの数は以前から町に一定数いたはずなのに

自分の興味・関心が出た瞬間から

僕の目に妊婦さんが映るようになりました。


で、多くの人は悪いところを見たがります。

ニュースも幸せなニュースより、不幸のニュースの方が多いですね。


まったくおんなじ原理で、多くの人は自分自身を見るとき

自分の改善すべき箇所、足りない個所ばかりを観ているそうです。



そして、足りない場所が「よく見える」ということは

自分が望んでみていること、ということになります。



つまり、自分が素晴らしくない人間だから、そう見えるのではなく

(本当は素晴らしい存在なのに)

自分のことを素晴らしくない人間としてみていたいから、素晴らしくない人間に見えるということ。


で、人間はどうしても、自分のことを

「素晴らしくない」と見たがるので

なかなか、自分の素晴らしさに気がつけないのだそう。


私も仕事をしていると、問題点と改善ばかりに目が行くので

どうしても、自分自身に対しても足りないところばかり見てしまいがちなのですが



先日、インドの方で世界中の人々を無償で抱きしめるという活動をしている

人道活動家のアンマという方に会って



「自分は理屈を超えた素晴らしい存在なんだ」

「自分が素晴らしくない、と思わせるのはエゴ、恐れの働きだ」



と実感することができました。



自分を悪く見せようとする働きを観察して、認識すること。

そして、その奥にある自分の素晴らしさにもっと気づいていきたいな、

そう思いました。



真吾
今日、友人と話していた話題



「大人ってなんだろうね」



大人ってなんでしょう?



なんとなく大人って、自分のことは自分で管理できて

無駄がなくて、きちんとしていて、でも無理がなくて。

泣いたりわめいたり感情的に取り乱すことがなくて

それでいて他人には寛容。


こんなイメージですね、「大人」


こういう人になっていない自分を見つけると

ああ、大人になりきれてないな・・・

なんて言うんでしょう。


でも、冷静に考えてみると

何でも自分でできて、自己コントロールが完璧な人なんて

まず見たことないんですよね。


それに近しい人はいるけれども、

きっと表面的にはそう見せているだけで

誰も観ていないところでは凡ミスしたり、動揺したりしてるように思います。


誰でもオギャアと生まれて、成長するにつれて体が大きくなって

20歳になったら、「成人」と言われて

22歳くらいになったら「社会人」と言われて

年齢で「あなたは大人だ」という風に観られるけど

それは単なる外からの定義づけであって

何歳になっても内側は子供からの延長で生きている。


とすれば、甘えたい気持ちや、わがままを言いたい気持ちみたいな

幼児性はだれでも持っている。


大人になりきれない自分を責めたり、否定したりすると

逆に苦しくなったり、辛くなったり

無気力になったり、自分の価値が低く感じられてしまったりする。

そして、余計に自分の幼児性をもっとふくらませてしまう。


幼稚な自分を嫌うんじゃなくて

それも自分のうちとして、受け入れてしまうことが大事だとおもう。


友人と出した結論


大人とは





「自分の中の幼児性をきちんと認識している人。」




自分のことを分かっている人。

だから、どんな時に感情的になるかが分かっていて対処できる。

そして、自分の弱い部分を認められる強さを持っている人。

だから、他人の弱さも寛容になる。



自分のことをコントロールできて、他人には寛容。


うん、大人っぽい!


自分を成長させるには、自分のいろんな部分を

拒絶してはいけない=受け入れるのだな、と思いました。


真吾
「ユダヤ人大富豪の教え~再びアメリカへ編~」という本を読みました。


僕は正直最初、立ち読みで済ませようと思っていました。

本田健さんの本は読みやすいので、2時間くらいで読めてしまうからです。


数ページ読んだ後、私はレジに並んでいました。

この本、立ち読み無理!

ってくらい、深くて愛にあふれていて

幸せとは何かを教えてくれる本です。


この本の中で、



「家族との関係で自分の感情の動き方が決まってくる、

 それが分かってくると、なぜ自分は今の家族に生まれたのかが分かってくる。」



という内容がありました。

その時は「へ~」くらいに思っていたのですが、


読み終わって1週間後、私の尊敬する人から


「人は前世でやり残したことをするため、今世の家族を自分で選んで生まれる。」


という話を聞かされました。


おお、なんか同じようなことを聞かされるなあ~


と思っていたら、その5日後には

弟夫婦と、両親との一泊二日の箱根旅行

が待っていたのでした。


「シンクロニシティ」です。


別の言い方をすれば、

「君、このテーマについて学ぶことあるよ!だから、お膳立てしてあげる。がんばりや。」

と神様が言ってるんでしょう。


ありがたいです。


というわけで、箱根に行ってきました。

本当に楽しかった。

うちの弟と両親の関係は、みんな自立した関係なので

どこかそっけないというか、遠慮がちだったり

つながっていない感じだったのですが

今回は家族が一つになれた感じ。

心が満たされました。


そして、「なぜこの両親のもとに生まれてきたのか」

なのですが、直感で感じるのは


「いろんな形の愛を知るため」


ということです。


うちの両親は共働きで

子供のころはさみしい思いをしていました。

両親に褒めてもらうために中学生のころは

猛烈に勉強したり、でも期待通りに褒めてもらえなくて

すねて部活ばっかりやってたり。


いろいろ多感な時期は母にストレスを八つ当たりしていたりもしました。


母はすっごい褒めるわけでも、

愛情を分かりやすく表現するタイプでもありません。

ですが、私がやりたい、と言ったことに反対をしたことはありません。

いつも、「あなたがやりたいなら」と言ってやらせてくれます。


大学受験で膨大なお金を使わせてもらい、

その2年後に「役者になるから大学を辞める」と言った時も

「あなたがそういうなら」と言ってくれました。

私には到底まねできません。

(ちなみに大学はちゃんと卒業しました)


父は某小売スーパーで現場をビッシリ取り仕切っていました。

毎日帰りは23時であまり話をしませんでした。


そんな父親も自分のやりたいことに対して

反対したことはありませんでした。

大学在学中に会社に入社する、と言ったときは

さすがに「ちゃんと説明しろ」と言われましたが

説明したら、反対はしませんでした。



「大好きだよ」

「愛してるよ」

「あなたの味方だよ」


こういう言葉はあまり言ってもらった記憶がありません。

恥ずかしながら、男の子も幼少のころはこういったわかりやすい愛情が欲しいものです。


また、声を荒げて怒られたことも

あまり記憶にありません。



でも、両親は

私のことを「信じてくれていた」のは間違いありません。



褒めない。

慰めない。

癒さない。

怒らない。

口出ししない。

でも「信じる」


「信の愛」



そして、いつも自分のやりたいことを

無言で手を貸してくれていた


「行為の愛」


そういった両親のいろんな形の愛情に気付いた時

自分の心の幅が広くなった気がしました。


両親の愛をスタートにして

妻や息子はもちろん、他人や自然

この世界や宇宙に対して


慈しみの気持ちと言うか、優しい気持ちになれるような

そんな心の感覚の広がりを感じることができました。


箱根の旅行は

幸せの源をたどる旅でした。


読んでいただきありがとうございます。


真吾
この2日間、ゆっくりしていました。

瞑想をしたり、ウォーキングしたり、ヨガをやったり、ストレッチしたり。

直感で自分が求めているものが、「つまりを取る」ことだったので

やってみました。


すると、とっても気持ちが良くて、軽い感じになりました。

中でも瞑想はやっぱりすごく好きです。

昔は苦手で修行っぽい感じにとらえていましたが

今は完全に趣味。

時間があったら座りたい。


それくらい面白いものです。


その面白さはとても抽象的で日記に書けることではありませんが

とっても楽しいです。


今は瞑想に関する本がたくさん出ていますから

興味のある人はぜひやってみてください。


あと、ヨガも久々にやったらとっても良かったです。

僕は体が尋常じゃなく固いんですが

ちょっとポーズをとるだけで、いろんな余計なものが抜けていきます。


それから、ぼーっとするのがとってもいいですね。

これからきっとこのぼーっとするのが流行ると思います。

現代はフォーカスすることがすべて。

部分に焦点を当てることが素晴らしいこととされていますが

実はぼーっとする(焦点を当てない)ことで得られる

感覚や情報もたくさんあるんだということが

最近分かってきました。


なんにせよ、自分が気持ちいいな、と思うことを

自分にやってあげることがとても大事ですね。


毎日も暑いですが、みなさん水分とって

元気にお過ごしください。