今日はちょっと面白い考え方に出会いました。
人は見たいように物事を見ている。
そして、自分自身に対しての見方も見たいように観ている。
さらに、一番見えずらいのは、自分の中にある本当に素晴らしい自分である。
という考え方です。
人は見たいように物事を見てます。
たとえば、僕の場合、
妻が妊娠したら、町に妊婦が増えました。
妊婦さんの数は以前から町に一定数いたはずなのに
自分の興味・関心が出た瞬間から
僕の目に妊婦さんが映るようになりました。
で、多くの人は悪いところを見たがります。
ニュースも幸せなニュースより、不幸のニュースの方が多いですね。
まったくおんなじ原理で、多くの人は自分自身を見るとき
自分の改善すべき箇所、足りない個所ばかりを観ているそうです。
そして、足りない場所が「よく見える」ということは
自分が望んでみていること、ということになります。
つまり、自分が素晴らしくない人間だから、そう見えるのではなく
(本当は素晴らしい存在なのに)
自分のことを素晴らしくない人間としてみていたいから、素晴らしくない人間に見えるということ。
で、人間はどうしても、自分のことを
「素晴らしくない」と見たがるので
なかなか、自分の素晴らしさに気がつけないのだそう。
私も仕事をしていると、問題点と改善ばかりに目が行くので
どうしても、自分自身に対しても足りないところばかり見てしまいがちなのですが
先日、インドの方で世界中の人々を無償で抱きしめるという活動をしている
人道活動家のアンマという方に会って
「自分は理屈を超えた素晴らしい存在なんだ」
「自分が素晴らしくない、と思わせるのはエゴ、恐れの働きだ」
と実感することができました。
自分を悪く見せようとする働きを観察して、認識すること。
そして、その奥にある自分の素晴らしさにもっと気づいていきたいな、
そう思いました。
真吾