オバマ大統領が使った2つのno more ~ than …は否定的な意味に解釈する方が適する場合と肯定的に解釈する方が相応しい場合があることは以前の記事で紹介しました。学校文法で伝統的に行われてきた説明は、クジラを用いた例をもとに「Aが~ではないのは、Bが~ではないのと同じだ」と否定的に解釈するのが一般的ですが、それは明治・大正期から使い回わされてきた漢文を読み下す技法の延長です。

 現行文法には、和訳の技法、標準語の規範的規則、現象に対する命名など、言葉が伝わる仕組みとは異なる性質のものが混在しています。このブログでは、できるだけ多くの現象を、可能な限り簡便な原理によって、表現が伝わる仕組みを述べることを文法説明と考えています。 

 その観点からすると、以前は、no more ~ than …を取り上げて、否定的な解釈と肯定的な解釈があり得るということを紹介しただけで何の文法説明もしていません。今回は、多くの現象を幅広く視野に入れて、文法説明をしていきます。

 

 前回取り上げたオバマ大統領が使った表現を単文で抜き出して再掲しておきます。

1)a. For the American people can no more meet the demands of today's

   world by acting alone than American soldiers could have met the

   forces of fascism or communism with muskets and militias.

 

 b. President Obama says marijuana use is no more dangerous than

   alcohol.

 

 このうち、用例(1a)は下線部を否定的に訳す方が適することは前に示した通りです。また、用例(1b)に類似したMarijuana is no more harmful than tobacco and alcohol.という文の適切な解説をした論文から引用します。

 

 「クジラ構文の公式では、「クジラが魚でないのは、馬が魚でないのと同じ」と no more ~ thanの場合は、than 以下を否定で訳すような公式化した説明がよくされるようであるが、than 以下が否定か肯定かは、この構文が決めていることではなく、frame 知識にアクセスした結果わかることである。

 「マリワナの有害度は、たばこやアルコールより高いと皆さん思っているでしょうが、その有害度は同じである」というのが文字通りの意味で、タバコやアルコールが危険と思っている人には、どちらも同様に危険という解釈になり、タバコやアルコールをそれほど危険と思っていない人には、マリワナも思っているほど危険でないとう解釈もあり得ることになる。

 ある母語話者の意見では、普通は、前者の解釈が普通ということである。しかし、どちらが普通の解釈であるかは、frame 知識、背景知識、文脈や文化的知識(cultural literacy)などの関数として決まることであり、言語表現だけでは決まらない。」

 今井 隆夫『No more than 類の意味を perspective の違いから考える―認知言語学を参照した英語学習支援法の観点から―』

 

 この解説には、現代英語の特徴が含まれていて示唆的です。特に次の2点はこの構文の説明に限らず大切な視点になります。文字通りの意味」と個々の発話における「解釈」は別のものであること。「解釈」は言語外の要素を含めた広い意味の文脈が重要で「言語表現だけでは決まらない」こと。

 

 言葉には、文字通りの意味を解釈を変えて使うことはよくあります。一般の読者を対象に広く伝えることを想定する文語に比べて、言語外の情報が多い限られた人との会話では顕著になる傾向があります。文字通りの意味と解釈を変えて慣用化した意味の違いをストレスの置き方で表すことがあります。

 発音と文意との関連について述べた論文の記述を紹介します。

 

「一般的に強く発音されるか弱く発音されるかは、その語彙の持つ情報量や価値による。品詞で言えば、大きな情報量を持つと考えられている名詞、形容詞、動詞などの内容語は強く発音される。それに対して、情報量よりも語と語の間の文法的関係を構築するために用いられる代名詞、冠詞、前置詞、不定詞の toなどの機能語は弱く発音される。

 不定冠詞 a anは I saw a man near the building. において、特別男性の数がひとりであったことを強調する必要が特にない場合には、曖昧音であるが、強調する時には/ei/とゆっくり発音されることがある。

 位置の違いでセンテンス全体がまったく異なるメッセージを伝える例もある。例えば、Donʼt mention it.は文字通りの意味は「それを言うな」という禁止の命令文であるが、その場合は Donʼtの部分を強く発音する。もし、Thank you.と言われて答える「どういたしまして」の意味で使う時には mentionの部分を強く発音する。このように強形の位置次第で文字通りの意味と慣用的な意味のいずれかを表す例として以下がある:

 

 文字通りの意味             慣用的な意味

DONʼT mention it. (それは言わないで)  Donʼt MENTION it.(どういたしまして)

HERE it is.  (ここにあります)     Here IT IS. (はいどうぞ)

THATʼS it.  (その通りです)      Thatʼs IT.   (以上です)

YOU said it. (あなたが言ったんです)   You SAID it. (その通り)

HOLD on.  (しっかり掴んでいて)    Hold ON.   (ちょっと待って)

 

小林 敏彦『英語リスニングにおける学習者が留意すべき音変化と「類音語」の克服に向けた指導』

 

 上にあるTHATʼS it. (その通りです)は、日本語では最近耳にする言葉では「それな!」というような言い方に近いと思います。次のような表現もよく知られています。

文字通りの意味 You can SAY that AGAIN. (もう一回いっていいよ)

慣用的な意味  You can say THAT again.  (その通り)

 

 

下の動画『The Berenstain Bears Go To The Movies Car Trip』の22:23のあたりのセリフに出てきます

The Berenstain Bears Go To The Movies Car Trip Ep 30 (youtube.com)

 

Sis.“This trip is great.”

Bro.“You can say that again!”

Sis. “Ok, this trip is great.”

 

 物語の文脈を見ると分かりますが、Brotherはこのセリフを「その通り」という慣用的な意味で使っています。それを受けたSisterは、わざと文字通りに解釈して、もう一度大きな声で叫びます。

 元の表現は文字通りの意味で使っているわけですが、同じ表現が別の解釈で使われて社会的にコードされると慣用的な用法になります。高頻度で使われる表現には、文字通りの意味と慣用的な意味があるという場合はふつうにあります。この根本的なことに思い至らないで一面的な解釈にとらわれることは往々にしてあるのです。

 

論文の記述を引用します。

「be going toのtoは不定詞だが、これは前置詞のtoと語源的に同じであり、前置詞が「行動の行き先、方向を」を示すなら、不定詞は「気持ちの向かう方向」と考えれば……

 Sunshaine2(開隆堂)の「すでに決まっていることを言うときには、<be動詞+going to+動詞の原形>を使います。この形は、今決めたばかりのことには使いません。」という定義がふさわしい。

③Suddenly the phone rang. “Oh, I'll get it.”

④Suddenly the phone rang.  *“Oh, I'm going to get it.”

④はジーニアス英和辞典第4版では不可とされているが、be going toは「いま決めた(=電話が鳴った時の時点で出ると決めた)ことには使えないからである。」

  山田正義『未来表現の指導に関する一考察』2009

 

 この論文の記述ではbe going toは「今決めたばかりのことを言うときには使いません」という教科書や辞書の記述を相応しいとしています。この用法説明はこれまでも取り上げてきましたが、実際には、いま決めたばかりのことに使います。このような頻出表現は短編のアニメなどを見ていれば数例は簡単に集められます。

 問題はbe going toは「今決めたばかりのことを言うときには使いません」という実態とは違う規則がなぜ広まってしまったかです。その主な原因は、基本語で構成された表現には、文字通りの意味と慣用的に使われる意味があることが念頭にないことです。

 

 この記述にある「不定詞は「気持ちが向かう方向」……」の分析は、文字通りの解釈を言っています。be going toの文字通りの意味が「~へ向かって事態が動いている」というのはいいでしょう。問題はその先で、文字通りの意味を解説したところで、そこから派生した用法が無いという根拠にはなりません。。be going toは機能語の連鎖でできた語句です。先ほど示したように、機能語はしばしば元の意味を失い広く使われるので、よく慣用的な意味に転用されます。

 このように言うと、goは内容語だから機能語ではないのでは、考える人もいるかもしれません。一般的には動詞は内容語で、機能語は代名詞や冠詞など限られた語群とされます。英語の機能語はもともと内容語だった語が文法機能を担うようになったと考えられています。この文法化の過程で意味内容を漂泊化させます。goは動詞としてよく使われる語ですが、be going toのような連鎖した型として語彙化した場合には、元の意味は漂泊化していることが考えられます。

 機能語の連鎖に関する論文から引用します。

 

「一つ例を挙げると,かつて ABC News の看板キャスターであった Peter Jennings が首脳会議の取材で日本を訪れた際に,京都から北陸自動車道に移って金沢に来た時があった。北陸に移動したら,太平洋側の交通と比べて非常にスムーズだったので,放送されたニュースで“Yesterday we said it was a nightmare… ”とレポートし始めた。学生は yesterday やnightmare は聞き取れるが,その間の…we said it was a….が聞き取れず(あるいは,分節化できず),ここに中学生レベルの語彙が並んでいると知って愕然とするのである。

  本稿では暫定機能語に最頻出動詞を含めたので,文を構成する例も機能語連鎖とみなせる。例えば,以下のような例である。

  Now you're talking!

これは暫定機能語で構成される機能語連鎖であり,構成される語彙の合算からは生まれない特殊な意味を有する。

 

2)a.A: Shame I missed that.(「しまった,聞き逃したぞ」)

       B: (radio)… and now here's Major Bowes…

                                 (「さあ,メイジャーボー(の曲)です」)

       A: Now you're talking.(「おお,来た,来た)

 

   b. A: Let's get out of here. Grab some chow.

                               (「外に出よう,腹に何か入れてな」)

      B : Now you're talking. (「そうこなくっちゃ」)

 

     澤田 茂保『話しことばでの機能語類連鎖の働きについて』2023

 

 ここに示されたtalkingは、Now you're talking.という慣用的な意味を構成する能連鎖の中で使われています。このとき一般的なtalkの意味「話をする」という内容から離れています。機能語連鎖は「構成される語彙の合算からは生まれない特殊な意味」を持ちます。このような現象を構文化ということもあります。構文化した機能語連鎖の構成要素の1つになっている語は元々は内容のある語であっても意味を漂泊化していると考えられます。

 

 定型化した慣用表現のYou can say that again.をYou may say that again.とはふつうは言いません。これも構文化しているからです。I'll get it.も「いま起きた事態に対して自分が対処する」ことを述べる慣用表現とみなすことができます。I'm going to get it.と言い換える人がいないのは構文化しているからです。この現象をbe going toが今起きた事態に使えない根拠にするのは的外れです。この論文の筆者がこのような説明法をしていることが、文字通りの意味と慣用表現の区別ができていないことを示しています。

 be going toは文字通りの意味として「すでに事態が動いる未来」を表すことができることは確かです。しかし、高頻度使用される機能語連鎖が「強い意志を表すこと」や、「その場で決めたこと」など広くこれからのことに使い回されるのは不思議なことではありません。生きて使われる表現の用法は文字通りの意味からはなれた慣用として意味を視野に入れてみることが大切なのです。

 

 反対に文字通りの意味で使うことがあっても派生した意味が慣用として定着しないこともあります。それを社会的コードとして定着したかのように規則として扱うこともあるので注意を要します。その典型例が「not … bothは部分否定」です。

 文字通り解釈すれば、「bothを否定する」ですから「2つともは不可」ということを意味します。つまり文字通りの意味は2、1、0のうち2だけを否定しています。だから、不可が1つ(部分否定)なのか、可は0(全否定)なのかは、文字通りの意味ではない別の解釈になります。「not … bothは部分否定」は文字通りの意味ではないので、社会的に慣用になっているかを多くの用例をあたって調べる必要があります。

 not … bothの解釈として英米の辞書、文法書、語法辞典などが認めているのは文字通りの意味だけです。文字通りの用法ではない、可は1つ(部分否定)は慣用として定着には至っておらず、可は0(全否定)にも使われます。現状では、部分否定か全否定かを問わない文字通りの意味以外で使う場合は、勝手に部分否定と決めてかからないことです。

 

 今回の記事で表題に掲げたno more ~ than …は、機能語がまとまって意味をなす構文です。つまり、構文化が進んだ表現であることを意味します。従来の文法書に見られる否定的な訳「AがBではないことは、CがBではないことと同じだ」は慣用的な意味として解釈したということです。これはyou can say that again.が「その通り」という意味になることと同じです。

 従来の定訳の問題点は、慣用の意味についてだけを扱い、文字通りの意味について触れていないことにあります。さらに、このような問題が起こる要因をあげると慣用的な意味は高い頻度で使われることが多いので、得てして文字通りの意味を思い至らないことです。

 

 従来の英文法説明は、使用頻度が高い用例を基本と呼び、頻度が低い用例を例外とする傾向があります。例えば、かつてanyは肯定で使う頻度が高くないから例外とされてきたました。これは全くの的外れです。anyの肝は肯定でoneを含意することが最も重要でこれこそが基本です。この基本から、否定では「1つもない」、疑問では「1つでも有るか無いな」という意味が生じるのです。頻度が高い表現を基本とする単純化ルールは学習者の便というより、ルール創作者の無理解によるところが大きいと思います。

 

 高頻度の慣用表現を優先的にとりあげるというのは辞書の扱い方に見られる傾向です。例えば、LDCEのsayの項目には次のように用例が載せてあります。

 

21 you can say that again! used to say that you completely agree with

  someone:“Gosh, it is hot today.”“You can say that again!”

 

「その通り!」と相手に同意することを意味する慣用の方の説明です。この文自体が一体で意味を成す、つまり語彙化しているので、語彙の意味を集めた辞書に採用されています。一方で文字通りの意味を解説するようなことはしません。文字通りの意味は自明なので説明は不要と考えているのです。それは、文字通りの意味が全く使われないことを意味しません。

 

同じくLDCEのmoreの項目にある記述を引用します。

 

14 no more … than … used to emphasize that something is not true, not

  suitable etc.: He's no more fit to be a priest than I am!

 

 いわゆる和式文法のクジラ構文です。ことがらが事実ではない、あるいは適切ではないことを強調するためにthan以下を引き合いに出す表現です。この用例は、クジラ式なら「彼が牧師になるのは私と同じくらい適任ではない!」というところでしょう。このように辞書に載っているのは慣用としての意味で、よく使われるからです。

 考えてみましょう。ここには文字通りの意味は説明されていません。だから文字通りの意味で使われることは無い、と判断していいでしょうか?

 

 これまで検討してきたことから分かるように、文字通りの意味が使われないから載せないとは限りません。公式どおりに否定的に訳すと一見上手くいくように錯覚するのは、事実ではないことを強調するという特殊なレトリックに使う定型化した構文だからです。公式を文字通りの意味で使われている文に適用すると不具合が出ることがあるので注意が必要になります。

 この構文は次のように説明することが定番のようになっています。

 

(a)    More than 10 customers were in the coffee shop.

(b) Far more than 10 customers were in the coffee shop.

(c) A little more than 10 customers were in the coffee shop.

(d) No more than 10 customers were in the coffee shop.

 

 ここで注目したいのは、more than の前に置かれている表現である。(4)(b)(c)(d)ではそれぞれ、far, a little, no という表現が置かれているが、比較級の前に置かれる表現は、差を表すものである。例えば、次の例を(5)をみてみよう。

 

(5) There were 5 more students in the classroom than I had expected.

 

「予想よりも 5 名多くの学生が教室にいた」という意味の文であるが、予想した数との差が 5であることを表わす文である。比較級の前に置かれる数は、差を表わすことがわかる。

今井 隆夫『No more than 類の意味を perspective の違いから考える―認知言語学を参照した英語学習支援法の観点から―』2012

 

 比較級の直前に置かれた数量詞は差を表すというところがポイントです。no moreは比較級moreの直前にnoを置いているので差が無いということになります。よって、no more ~ than …構文は、主節で述べられた事象とthan以下の事象では差が無いという構造としてとらえられます。これが文字通りの意味に近い解釈です。

 文字通りの意味に近い解釈は、「主節の事象とthan以下の事象の程度はたいして変わらない」です。だから、元々は主節とthan以下の事象を肯定的に解釈するか否定的に解釈するかは問わないということになります。

 下の2つの用例を比較しています。

 

1b)President Obama says marijuana use is no more dangerous than

   alcohol

 

1c)President Obama said Thursday that Syrian refugees are no more

    dangerous to the U.S. than tourists, ... (Web)6 b.

 

本多 啓『Solving the riddles of the No More...than construction』2017

 

 文字通りの意味は「程度が同じくらい」なので、それぞれ次のようになります。

(1b)は「マリワナの危険性はアルコールと同程度」

(1c)は「シリアからの難民の危険性は観光客と同程度」

 ここからは文脈による判断として、大統領が危険だと思っていると判断すれば肯定的な意味に解釈し、大統領が危険ではないと主張していると取れば否定的な解釈になるわけです。

(1b)は「マリワナは危険だ」とするのが妥当と判断し「マリワナの危険性はアルコールと同じくらいのものだ」という肯定的な解釈になります。

(1c)は「シリア難民の危険ではない」と主張していると取れるので「シリアからの難民は観光客と変わらないくらい危険ではない」という否定的な解釈になります。

 

 否定的な解釈は、文字通りに近い広い意味の「程度が同じ」から、文脈によって判断し否定的に解釈した結果特殊な意味になるということです。文字通りなら「同程度」という意味なのに「構成される語彙の合算からは生まれない特殊な意味」として否定を含意するから構文として扱うということになります。だからLDCEではmoreの項目に、「真実ではないと否定すること強調する」特殊な表現として載せているのです。

 入試で特殊な意味ばかり出題するのは、知識が無いかあるいはこの構造に気づかなければ解釈が難しいので、差をつけ易いからでしょう。和製の文法参考書は、基本だからではなく入試過去問に頻出だから特殊な構文を優先して載せるのです。 生きた英語では必ずしも否定を強調する構文に限らず文字通りの意味でも使います。

 コーパスデータに基づいてno more ~ than …の型の文の用法を調査・分析した論文の記述を紹介します。

 

「この構文の特徴を綿貫(2000: 372–3)に従って整理しておく

a. この構文では「A が B ではない」ということを言うために,常識的にまたは文脈

 から C≠D とわかる例を引き合いに出す。

 

b. A≠B および C≠D と両方とも否定している。

 

c. no more のすぐ後には名詞句に加えて,形容詞句,副詞句,動詞句,前置詞句な

 どが生起する。

 

d.〈no more ~ than …〉の変種として〈not any ~ than …〉という構文もあ

  る。「クジラの公式」として構文扱いすることに賛成するけれども,この構文に

  現れる語彙関係はあまり議論されていない。

 

He (= Fries) used no more of the professional terminology of linguistics than he felt absolutely necessary.

 

 一見したところ「クジラの公式」のようであるが,実際には比較構文で「フリーズは絶対に必要だと考えるのではなくては,言語学の専門的術語を使用しなかった。」という意味である。no more の否定のスコープは than 以下まで及ばず,かつ than 以下は実現された事柄であり,決して「フリーズは全体に必要だと感じなかった。」という意味ではない。類例をコーパスから引用しておく。

 

3) a. There is surely no more important right in society than the right 

     to read.

 

  b. We can do no more for the time being, then than acknowledge

        that a refined version of associative theory might be capable of …

 

  c. I can suggest no more precise test than that.

 

  d. … you’ll probably need no more equipment than a basic word

        processing system.

 

 例えば(3a)は,there 構文と no more … than を組み合わせて一つの構文を形成している。その証拠に,British National Corpus に there is no more … than という連鎖が 86 例も実現している。

    深谷 輝彦『クジラの公式とコーパスの相性』2004

 

ここに挙げられた用例の意味を和訳しておきます。

a. 社会における最も重要な権利は、読書の権利に他ならない。

 

b. 当分の間、連想理論の洗練されたバージョンが… と認める以外に、今のところ私たちにできることはない。

 

c. それ以上の正確なテストを提案することはできない。

 

d. ...おそらく基本的なワードプロセッシングシステムさえあれば、それ以上の装備は必要ないでしょう。

 

 これらの用例はno moreが「それ以上はない」ことを表し、than …が「…より」を表す基本的な比較構文です。「…以上のものはない」は文字通りの基本的な意味です。同じ構造のno more ~ than …が文字通りの意味と「否定を強調する」特殊ないわゆるクジラ構文に使われるということです。

 

 従来の英文法は、[That 's it][You can say that again]、[be going to]、[not … both]、[no more ~ than …]などの用法を個々に説明して来ました。それは「not … bothは部分否定」というような社会的にコードされていない用法を基本であるかのように錯覚させる規則を生んできました。刹那の規則は文法というより機械的な訓読法でしかありません。これらは基本語(広義の機能語)がいくつかまとまって意味を成す表現として体系的に捉えることができます。

 英語では、広義の機能語の連鎖(あるいは、まとまり)が意味を成すとき、文字通りの意味で使われる他に「構成される語彙の合算からは生まれない特殊な意味」が慣用として使われる場合があるといえます。文字通りの意味で使われるか慣用の意味として使われるかは、それぞれの表現によって頻度や構文化の進み具合が異なります。刹那の規則ではなく、言葉が変化するものととらえ、現状どの位置にあるのかという見方ができるわけです。

 

[be going to]は文字通りの意味は「事態が~に向かって進んでいる」です。そこから慣用的な意味としての未来標識や意思といった意味が生まれ、現状では「その場で決めたこと」にまで使われるようになってきています。

 

[not … both]は文字通りの意味は「2(両方)ではない」です。現状は文字通りの意味だけが正用とされ、そこからの派生である「1つだけ=部分否定」「0=全否定」は慣用としては安定しておらず文脈次第です。言葉は変化するので、今後、慣用としてどちらかの意味に収束していく可能性はあるかもしれませんが。

 

[no more ~ than …]は1つの文字通りの意味は、比較構文としての「…以上のものはない」です。その典型は存在を意味するThereで始まる型です。またもう1つの文字通りに近い意味はno moreを「差が無い」ととらえる解釈で、「主節と…が同じ程度であること」を意味します。この同じ構造を「主節の事象を否定することを強調し、…を引き合いに出す」という否定的な意味で使うレトリカルな構文がいわゆるクジラ構文です。

 

 広義の機能語のまとまりが意味を成すのは現代英語の特徴です。それらは、しばしば元々の内容語が漂泊化して「構成される語彙の合算からは生まれない特殊な意味」が生じます。その結果として、文字通りの意味の他に慣用の意味もあるということになります。

 今回取り上げた表現以外にも多くの文法事項にあてはめることができます。この言語変化の中で体系的に位置付けると各用法の今が掴みやすくなると思います。