
少し前のことになりますが、長女が紙芝居を作るというので、その作業に付き合ったことがあります。
親としては、子どもが紙芝居を作るというのですから、“手伝う”という選択肢もあるのですが、我が家の場合は、手伝うというよりも伴走するという感じです。
あまり細かい経緯は聴きませんでしたが、どうやら学校のクラスの中の係だか委員会だかの役割として、長女が急遽紙芝居を作って、週明けに学校に持っていくことになっていたようでした。
ここでの私の方針は、
長女が自分のチカラで創り上げること
この日の半日間で完成させること
の2点の条件を満たしながら、伴走することです。
完全に放っておけば確かに自力で創り上げることになりますが、半日で完成するのは心許ないかも。
私が紙芝居を書いたり、描いたりする作業に手を出せば早く終わりますが、長女が自力で創り上げたとは言えません。
こういう時に思い出されるのが、青山学院大学のワークショップデザイナー育成プログラムで学んだ「ヴィゴツキーの発達の最近接領域」と「足場かけ」。
適切な助言など協働的なスタンスで関わることで、本人の力だけではちょっと達成が難しい目標のクリアを助け、その経験によって本人の発達を促すような関わり方が「足場かけ」(学術的な意味というより、私の解釈ですが)。
私のこのときの長女に対するスタンスは、
問いかけ 95%
実演 5%
くらいです。
ということで、長女が紙芝居を自力で書き上げる(描き上げる)までの、主な問いかけをご紹介します。
ちなみに長女は、私に対して
紙芝居を作っていかなくちゃいけないから、一緒に作って~
とアプローチをかけてきています。
でも、ここで一緒に“作って”しまったら必ずしも本人にとってもよくないと思って、
長女が自分のチカラで創り上げること
この日の半日間で完成させること
の2点の条件を満たしながら、伴走するという方針で臨みます。
前提として、長女は紙芝居というモノをあまりよく知らないかもしれないし、もちろん書き方(描き方)も分からない。
さらには、どんなお話を創ったらいいかも分からないし、どうしたら創りたいお話を想像できるのかも分からない。
要するに、
な~んも分からない
に違いない、という前提で臨みます。
そんな長女に序盤で問いかけるのは、
・紙芝居を作ることになったの?
・どんな経緯で作ることになったの?
・作ったら上演するの?
といった、中身の話ではないことが中心。
この序盤の問いかけで、本人がどんな気持ちで紙芝居づくりに向き合っているのかを感じ取ったり、問いかけから始まるやり取りの中で私自身が「ちゃんと一緒に伴走するよ」ということを感じてもらいます。

その後、前半では、作業方針の確認とプロット作り。
・紙芝居ってどんな構造(裏面表面)か知ってる?
・紙芝居の作り方って知ってる?
・紙芝居にするお話は考えてある?
・どんな登場人物が出てくるお話にしたいの?
このあたりは、いくら問いを立てても、長女自身の中に答えがない場合もあるので、そういう時は少しだけ私が実演します。
例えば、今回長女が作ろうとしていた紙芝居は“冷蔵庫ちゃん”というキャラクターが主人公のお話だということでしたが、私が“子犬”が出てくる紙芝居の絵コンテを5枚でお話が完結するように描いてみて、
・冷蔵庫ちゃんが出てくるあなたの紙芝居は、こうやってお話が始まって終わるまでに、どんなことが起こるのかな?
・冷蔵庫ちゃん以外に登場人物は出てくるのかな?
(このあたりは結構しっかり足場を作ってあげていて、時間の制約が無ければ、もっと関与の度合いを小さくしてもよかったかも。判断が難しいところでした)
などと問いかけて、長女が自分の中で考えを深めたり、広げたりするのを待ちます。
ここまで一切、
「こうしたらいいよ」
「こうしなきゃダメなんだよ」
ということは言わず、私が代わりに描くこともありません。

そうやって、長女も“冷蔵庫ちゃん”のお話について5~10枚程度の絵コンテを描き上げました。
お話の中身には基本的に干渉する必要は無いので、作品をより好くするためにという視点ではなく、あくまで鑑賞者の視点で純粋に疑問に思った点を何点か問いかけました。
・この人(他の登場人物)は何かお仕事しているの?
・冷蔵庫ちゃんはおしゃべりするの?
・これはどこから見た部屋の様子なの?
などなど。
これらに対する長女の考えを聴いても、一切「それならこうしたらいいんじゃない?」という助言はせずに、「そうなんだ~、面白いね~」と頷いたり、感想を口に出すだけ。

あと、途中で登場人物の顔の描き方が難しいということだったので、これについては顔のパターンを実演して見せました。
上手く描けたり、失敗したりしながら多少真似して描いていたようです。

後半、画用紙に本番として絵を描く頃には、ほとんど私が問いかける必要は無くなり、一心不乱に画用紙に向かっていました。
この頃は問いかけよりも、長女からの問いかけに対して「いいよ、いいよ~」「お~、カワイイと思うよ!」などと答えながら、後押しするばかり。失敗したって、また新しい画用紙に描き直せばいいだけ。
最初から半日かけて創れればいいことにしているのだから、少しでも早く終わればいい、なんてことも思わず、描き進む様子をただニコニコと見ているだけ。

そうして完成した紙芝居「冷蔵庫ちゃん」。
最初の観客は次女でした。
写真だけ撮らせてもらって、実際に上演しているときはあまり注意を向けずに、私は他の作業をやっていました。
本人が私に読み聞かせたいと思えば読んでくれるでしょうが、そうじゃなくても一向に構いません。
長女が学校で上演するために創った紙芝居。そこに、一緒に伴走しただけの私にも聴かせなさいよ~などと思う必要はないと思うんです。
一所懸命に創っていた彼女の横顔を見られたことの方が、何百倍もワクワクしたのですから。
ちなみにその週の月曜日に学校に持って行き、クラスで上演をした長女。
クラスのみんなに喜んでもらえて、どうやら大成功だったみたいです。
よかったね
こちらのブログで書いたこととも近しいのですが、
泣きじゃくる次女、何とか描き切った!
結局、創り上げるのは子どもたち自身。
そうだとしたら、親が正しいと思うやり方なんて、そんなに役に立たないものです。それよりも大切なのは、子ども自身が、如何に自分を信じて楽しく熱中できるかということ。
そのために必要なのは、知ったような顔で「もっとこうしたら~」と言う親の指示やアドバイスではなくて、「あなたのやってることは超素敵だよ!」という肯定するエネルギーなんじゃないのかな~って思います。
皆さんは、如何お考えですか?