家の中が整っている友だちの家に行ったあと、
自分の家に帰ってきてふと気づいたの。

 

小さなゴミ。


いるんだか、いらないんだかわからないもの。


中途半端な何かたちが、そこかしこにあることに。

 

あれ? こんなにあったっけ?


急に気になり出して、急いで片づけた。

 

でもね、数日経つとまた戻ってしまう。


そして、「やっぱり私って、センスないんだ」
「片づけられない人間なんだ」って、落ち込む。

 

気づかないうちに私は


「このくらい平気」って

自分の気持ちをごまかしてた。


「我慢しなきゃ」って

心にも住んでいる場所にも言ってた。

 

だからいつの間にか
いらないかもしれないものを手放せなくなっていて


「いる・いらない」の判断すら、できなくなっていた。

 

それって──
私の心の中と、すごく似ていると思ったの。

 

我慢して

平気なふりして
ほんとはもう必要ない想いを

ずっと持ち続けてきた。


それを

「整理する」「手放す」ってことに

怖さがあった。

 

でも本当は。


ちゃんと見てあげたかった。


「いらない」と決めて

手放す勇気を持ちたかった。

 

 

今も正直

怖さはゼロじゃないけど


ちょっとずつ

心の中の片づけもはじめてみようって思ってる。

 

💡次回は
「手放しにくさの裏にある“罪悪感”の正体」についてお話します。

 

シリーズ、心に響いたら「いいね」やコメントで教えてくださいね🌿

綺麗に整った友だちの家に行ったあとの

自分の家に帰ってきた時のあの感じ

忘れられません。

小さなゴミ

どこかに放置された空き箱

要るのか要らないのか曖昧なものたちが目に入ってきて


「あれ?私、こんなに“片づけないまま”でいたんだ」って。

 

でもそれまでの私は

気づかないふりをしてたのかもしれません。


「このくらい平気」

「生活できてるし」

って、自分に言い聞かせて。

 

心の中も同じだったかもしれない。


「このくらい我慢しなきゃ」

「これくらいのモヤモヤなら平気」


そんな風に自分の気持ちを見て見ぬふりしていたのかも。

 

本当は、ちゃんと向き合うのが怖かっただけ。


要るか要らないかを“決める”のが、怖かっただけ。

 

心の中で整理しきれずに置いていたものが

現実にも表れていたのかもしれません。

 

あなたの心の中にも

「これくらい平気」と見過ごしてるもの、ありますか?

 

📘**第1話**
掃除が嫌いだった本当の理由

 

私はずっと、掃除や片づけが苦手でした。


でも本当は、“苦手”だって自覚すらしてなかったかもしれない。


「このくらい片づいてたら大丈夫」
そう思うようにしてた。


それ以上に、散らかってることや、大切にできてないことに
**そもそも“気づけていなかった”**んです。

 

心さえしっかりしていれば、
環境がどうであれ、乗り越えていける。


そんなふうに思っていたし、


片づけや掃除に時間をかけるのは、


「なんかもったいない」って感じてた。

 

でも、少しずつ見えてきたのは、
私の中にずっとたまってた、
見て見ぬふりをしてきた感情たち。

 

本当は気づいてたのに、
「このくらい我慢しなきゃ」って押し込めてた。

 

そして気づいたの。
 

掃除が嫌いだったんじゃなくて、
**「自分の気持ちに向き合うことを避けてきた」**のかもしれないって。

これから数回に分けて、
 

片づけ嫌いの私がたどり着いた、
 

「心を整える」というテーマについて
 

少しずつシェアしていこうと思います。

 

共感してくれたら、ぜひ一緒に旅してね🕊️

🌿 優先すべき3プログラム

1. 古典エネルギー(Classical Energy)

  • 効果

    • 気の流れを整え、「頭でっかち」な思考ループをストップ

    • エネルギー不足による疲労感を軽減

  • 最適時間帯(起きてすぐ)

2. ヴァータ(Vata)

  • 効果

    • アーユルヴェーダの「ヴァータ乱れ」(不安・不眠・過敏)に特化

    • 感受性の高さからくる「神経の過緊張」を緩和

  • 最適時間帯(就寝1時間前)

3. 葛藤バランス(Conflict Balance)

  • 効果

    • 無意識の自己矛盾(例:「休みたい vs 頑張らなきゃ」)を解消

    • 思考の消耗を防ぎ、集中力を回復

  • 最適時間帯日中(思考が暴走し始めた時)


⏰ 時間帯別の具体的な使い方

🌅 朝のルーティン(25分)

  1. 古典エネルギー(15分)

    • 窓辺で自然光を浴びながら実施

    • アロマ:レモングラス(ディフューザー使用)

  2. 軽いストレッチ(10分)

🌃 夜のルーティン(20分)

  1. ヴァータ(15分)

    • 照明を暗くし、ラベンダーオイルを枕に1滴

  2. 深呼吸(5分)(4-7-8呼吸法:4秒吸う→7秒止める→8秒吐く)

⚠️ 緊急時(思考暴走中)

  • 葛藤バランス(5~10分)

    • こめかみにペパーミントオイルを塗布


📊 他のプログラムの使用目安

プログラム名 使用頻度 用途
古典身体(Classical Body) 週1~2回 肩こり・頭痛がある時
リバランス(Rebalance) 月1回 心身のメンテナンス
防御サポート(Defense Support) 風邪気味時 免疫サポート
カパ(Kapha)/ピッタ(Pitta) 季節限定 夏(ピッタ)・冬(カパ)
ザッパー/有益なフローラ 今のあなたには非推奨

💡 アドバイス:『3日連続ルール』で効果判定

  1. 古典エネルギーを朝3日連続 → 「思考のクリアさ」をチェック

  2. ヴァータを夜3日連続 → 「睡眠の質」を比較

  3. 葛藤バランスはスポット使用 → 使用前後の「心の軽さ」を記録

「この3つを2週間続ければ、疲れにくい心身の基盤が作られます」

 

私は、完璧でなくても、まっすぐな想いを届けている。
その想いに、ちゃんと価値がある。
私の与えるものは、小さくても、誰かの光になっている。

子どものころ、
欲しいものを「欲しい」って言えませんでした。

 

言ったらわがまま。


我慢するのが“正しい”。


そう思っていたからです。

 

 

気づいたら、大人になった今も、
本当に欲しいものをこっそり買って、
「別に欲しかったわけじゃないよ?」って
自分にすらごまかしている私がいました。

 

 

人にバレないように、
自分の“好き”を隠していた。

 

だって、それを見せたら
「わがまま」「ずるい」って
思われる気がしていたから。

 

分けるのが怖かった。


「欲しい」って言うこと自体が、
誰かを不快にさせると思っていた。

 

でも、本当は


「私はこれが好き」
「私はこれを使いたい」って、
堂々と言える私になりたい。

 

そして、
「もっと我慢しなよ」って
人にも自分にも思ってしまうのも
きっと昔の私の“生きるための声”だった。
 

だから、その声にも
「今までありがとう」って伝えてあげたい。
 

もう大丈夫だよ。
 

私は、欲しいって言ってもいい。
 

それでもちゃんと愛されるって、
もう知ってるから。

 

私はこれが欲しい。
 

私はこれが好き。
 

私はこれを使ってる。

 

そんなふうに、
自分をまっすぐに表現できるようになりたい。
 

その姿が、
いつか誰かの心も自由にすると信じてるから。

 

あなたにも
「欲しい」って言ってもいいんだよ

って伝えたくて書きました。


読んでくれてありがとう。
あなたの“好き”が大切にされる世界を、

一緒に育てていけたら嬉しいです🌱

 

元・看護師/3児の母。
韓国在住の今、
「自分らしく生きる」ことをテーマに
英語・こころ・母親心理学を活かしたセッションや発信をしています。

心が軽くなるきっかけや、
自分を信じる力を思い出すような場を、
必要な人に届けていきたいと思っています。

私は、自分の存在価値がわからず

「どうせこんなもん」と思って生きてきました。


けれど心の奥に、

「私はそんなもんじゃない」

という小さな声が消えずに響いていました。

 

その声をずっと押し殺し

無視して生きてきた私が


愛ある人たちとの出会いを通して
「この声に耳を傾けてみよう」

——そう思い始めたときから
少しずつ人生が変わってきたのです。

 

あのとき

無理やりにでも心を閉じなければ
生きていけなかった私。


でも今、私は確かに感じています。

——「私は生きていてよかった」と。

 

この気持ちを、同じように誰にも言えずに苦しんでいる人たちへ
そっと届けたいと思っています。

 

 

 

今、私が目指すのは——
誰もが必要とされていることを知り

それに気づき

応え合うことで喜びが生まれ

愛が循環していく世界。

 

どんな発想も非難の対象ではなく

「なぜそう思ったのか?」を一緒に考え
よりよい答えを探していける

そんな安心の空気が当たり前になる世界。

 

満たされているからこそ、誰かを満たしたくなる。
愛を中心に行動できるからこそ

悲劇が減り

もし悲しいことがあっても愛で乗り越えられる。
 

そんな世界を創っていきたい。

そのために、私はこうありたい:


🌿 わたしのありたい姿


子どもたちの個性や才能をありのまま受けとめ

支えられる心と体の健康を大切にし


生かされていることの喜びと

誰もが持つ無限の可能性に日々感謝しながら
 

自分の存在にも、子どもたちの存在にも、

希望とときめきを感じられる——


そんな“未来に恋する”大人でありたい。

 


文化や価値観の違いを学び、受けとめ

自分や他人を縛っていた常識をゆるめ
より自由に

自分らしい選択をしていける人でありたい。

 


恐怖や制限ではなく

「愛」と「希望」から行動を選び
その姿が周囲への勇気となり

愛の循環が広がっていくことを信じたい。

 


今ここにある小さな幸せを味わいながら

目の前の人を大切にし
そして自分の心の声にもちゃんと耳を傾けて

丁寧に応えてあげられる人でいたい。


💫 ビジョンの循環

私が私らしく生きること
そして私の家族一人ひとりが自分らしく輝けること。


その自然な姿から周囲にも良い循環が広がり
存在そのものが貢献となる

そんな世界をみんなと一緒に創っていきたい。

 

誰もが

「生まれてきてよかった」

「生きていてよかった」

と心から思えるように。
 

自分を信じ

他者を信じ

愛の中で育ち

与え

受け取り合える世界へ。

 

私が望む未来は、
まず私自身と家族がそれぞれの個性と才能を生かして、

生き生きと希望を持って生きられること

心も体も健康で、
その健康を支えるための衣・食・住が必要なだけ満ちている暮らし

 

自分の思いを大切にしながら、
同時に、相手の考えや気持ちも受けとめられる自分でいたい。


その在り方を広げていけるような、調和と尊重の循環が生まれていることを目指している。

 

そして私はいま、
「お金を受け取ること」や「お金を支払うこと」に、まだ怖さや罪悪感を感じている。

 

でも本当は、
お金は滞るものではなく、流れるもの


我が家にもその流れが必要で、必ず来るべきものであり、
それがあるからこそ、私たちは本来の自分で在れる時間と選択肢を持てる

 

だから私は、
これまで抱えていた「お金に関する自己イメージ」や「制限・不安・罪悪感」を癒し、
月に100万円という流れを、自分のもとに自然に迎え入れ、また流していける器になっていきたい。

 

100万円という数字は、
ただの数字ではなく、
神様が私を通して実現したいと願われる「体験」と「感謝」の器

 

私は、その器で在りたい。
感動の中で、家族と共に、感謝を深めながら、
お金の流れを社会の一部として喜んで循環させていけるような私になっていきたい。

 

私がつくりたいのは、
誰もが「自分は必要とされている存在だ」と知り、気づき、
その命の価値に自然と応えていける世界
です。

 

そこでは、
どんな発想も非難の対象ではなく、
「なぜそう感じるのか」を一緒に考え合える、
対話と理解を大切にするあたたかな空気が流れています。

 

人は、心が満たされていると、
自然と「誰かを満たしたい」「誰かに愛を注ぎたい」と思える。


そんな、“愛が自然な選択肢”になる日常を育んでいきたい。

 

だから私は、
自然と愛を中心に行動できる世界を望んでいます。

 

たとえ悲しいことが起こったとしても、
そのすべてを愛で受けとめ、愛で解決していける世界

 

私自身が愛を知り、
愛の世界を「心地よい」と感じられる私で在りたい

 

そしてその在り方を通して、
誰もが安心して愛を受け取り、感じ、
その愛をまた誰かに手渡していけるような
やさしく、あたたかい循環の世界
これから創っていきたいと思っています。

 

私がこれまで褒められてきたものは、
「笑顔」「安心感」「元気さ」、そして「素直さ」。
それらは私の“武器”ではなく、“在り方そのもの”です。

 

英語と韓国語という異なる言語との出会いは、
私の常識や概念を壊し、思考の幅を広げてくれました。

 

文化の違いを知ることで、
「日本での常識だけが正解ではない」ことに気づき、
多様な価値観を受け入れる視野が育ちました。

 

私は語学を「教えること」もできますが、
本当に伝えたいのはその奥にある【文化や思考の違い】です。


それは、視野を広げ、柔軟な考え方を育む“心の教材”になるからです。

 

また、私は人の中にある「素晴らしさ」や「美しさ」に気づき、
それに感動することができます。


それは、目の前の人の可能性を“心で受けとめる”力でもあります。

 

さらに、「お母さん心理学」を通して、
人が本来の才能を発揮するための“ステップ”や“土台”も伝えることができます。


特に、お母さんたちが自分自身の価値を見出し、
その姿を通して子どもたちの可能性を育むことに、強い願いをもっています。

 

世界平和を祈り、
相手の思いに心から共感し、
目の前の人が「本来の自分で生きる」ことを安心して選べるように寄り添う。

 

これが、今の私にできることです。