■「地下アイドルシステム」の普及
さてさて、
「アイドル冬の時代」で…
アイドルがステージに立てる機会を作らなきゃ!ということで「歌姫伝説プロジェクト」を立ち上げて…
そのコンセプトが違う方向に行ってしまったために水野あおいとともに離脱して…
次の行動は至極単純。
もともと「アイドル冬の時代」からアイドルを盛り上げたい
ってことが自分の中にあったから、その継続。
水野あおいを中心として都内各地のライブハウスに「歌姫伝説」で培ったノウハウを解放。
「歌姫伝説」の成功もあり、当時安価でライブを制作する上で欠かせないツールとして採用したMDを各ライブハウスが導入していったこともあって、それは急速に広まって行った。
(MDのお話はこのへん とこのへん 参照)
あ、水野あおいに関してはこのへん で調べてねw
結局「歌姫伝説」は首脳部が私利私欲に傾いてしまった。
それでは業界全体は盛り上がらない。
アイドルが盛り上がるにはマーケット全体が盛り上がる必要がある。
マーケットは誰かが作ったものを刈り取っていくのではなく、自分たちで育て、作るものだと考えているので、ノウハウを解放することで業界が盛り上がると考えた。
当時「歌姫伝説」という手弁当&低価格企画が成功したことで、各所で小規模なライブを自主的に行いたいという動きが活発になっていたため「盛り上がるための土壌」は着実に広がっていた。
基本は水野あおいのライブを全面的にバックアップ、スタッフへの指導も行い、水野あおい以外のライブでもちょこちょこと指導して回ったりした。
いろいろとライブハウスをまわり、アイドルのライブをやれるライブハウスの開拓もやったっけ。
これをやることで自分が直接儲かることはなかったけど(笑)、マーケットが拡大して活性化したことで、結果的に自分の活躍する場を失わずに済んだw
この「地下アイドルシステム」のキモは実は「勝手に育っていくこと」にある。
僕がかつて直面した「アイドル冬の時代」は世の中のいろいろな変化の影響が大きかった。
芸能界というのはそのシステム上、景気その他いろんな事に左右されることは避けられない。
そういった影響に左右されず、そして誰かが特別に作り上げたものでもなく、ニコニコ動画の初音ミクのごとく、アイドルを好きな人たちが送り手も受け手もみんなで育てて盛り上げていけるマーケット、それが自分の理想の形だった。
DTPやDTMの普及によって似非デザイナーやミュージシャンがたくさん出てきてしまったが、逆に自由な発想で様々なクリエイターが世に出る機会が得られた。
それと同様に、「地下アイドル」市場ではアイドルが粗製乱造される結果を招いた側面もあるが、アイドルを目指す女の子がステージに立てる機会は大きくなり、そこからメジャーデビューする子も出てきた。
「功」と「罪」はどちらもある。
「地下アイドル」マーケットが成長する初期段階ではどうしても「罪」部分の方が目立ってしまい、悩む日々もあったが、これだけバラエティに富んでひとつの文化になった現在は結構楽しんで見ている。
いい時代になったんだなぁと思う。
もともと否定的な意味だった「おたく」が市民権を得たように
「地下アイドル」が「地下」というマイナスイメージを払拭できる日はそう遠くないだろう。
【関連記事】
●アイドル冬の時代の話
●「地下アイドルシステム」はこうして作られた#7
●「地下アイドルシステム」はこうして作られた#6
●「地下アイドルシステム」はこうして作られた#5
●「地下アイドルシステム」はこうして作られた#4
●それはまさに「輝きの描写(スケッチ)」だった!
●かくしてデジタル技術革新とともに「地下アイドルシステム」の第一歩は始まった
●それは総デジタル化時代の幕開けでもあった
●地下アイドル?
※「地下アイドル」という表現は個人的にはなんともしっくり来なくて好きでは無いが、わかりやすいので使ってます。
「アイドル冬の時代」で…
アイドルがステージに立てる機会を作らなきゃ!ということで「歌姫伝説プロジェクト」を立ち上げて…
そのコンセプトが違う方向に行ってしまったために水野あおいとともに離脱して…
次の行動は至極単純。
もともと「アイドル冬の時代」からアイドルを盛り上げたい
ってことが自分の中にあったから、その継続。水野あおいを中心として都内各地のライブハウスに「歌姫伝説」で培ったノウハウを解放。
「歌姫伝説」の成功もあり、当時安価でライブを制作する上で欠かせないツールとして採用したMDを各ライブハウスが導入していったこともあって、それは急速に広まって行った。
(MDのお話はこのへん とこのへん 参照)
あ、水野あおいに関してはこのへん で調べてねw
結局「歌姫伝説」は首脳部が私利私欲に傾いてしまった。
それでは業界全体は盛り上がらない。
アイドルが盛り上がるにはマーケット全体が盛り上がる必要がある。
マーケットは誰かが作ったものを刈り取っていくのではなく、自分たちで育て、作るものだと考えているので、ノウハウを解放することで業界が盛り上がると考えた。
当時「歌姫伝説」という手弁当&低価格企画が成功したことで、各所で小規模なライブを自主的に行いたいという動きが活発になっていたため「盛り上がるための土壌」は着実に広がっていた。
基本は水野あおいのライブを全面的にバックアップ、スタッフへの指導も行い、水野あおい以外のライブでもちょこちょこと指導して回ったりした。
いろいろとライブハウスをまわり、アイドルのライブをやれるライブハウスの開拓もやったっけ。
これをやることで自分が直接儲かることはなかったけど(笑)、マーケットが拡大して活性化したことで、結果的に自分の活躍する場を失わずに済んだw
この「地下アイドルシステム」のキモは実は「勝手に育っていくこと」にある。
僕がかつて直面した「アイドル冬の時代」は世の中のいろいろな変化の影響が大きかった。
芸能界というのはそのシステム上、景気その他いろんな事に左右されることは避けられない。
そういった影響に左右されず、そして誰かが特別に作り上げたものでもなく、ニコニコ動画の初音ミクのごとく、アイドルを好きな人たちが送り手も受け手もみんなで育てて盛り上げていけるマーケット、それが自分の理想の形だった。
DTPやDTMの普及によって似非デザイナーやミュージシャンがたくさん出てきてしまったが、逆に自由な発想で様々なクリエイターが世に出る機会が得られた。
それと同様に、「地下アイドル」市場ではアイドルが粗製乱造される結果を招いた側面もあるが、アイドルを目指す女の子がステージに立てる機会は大きくなり、そこからメジャーデビューする子も出てきた。
「功」と「罪」はどちらもある。
「地下アイドル」マーケットが成長する初期段階ではどうしても「罪」部分の方が目立ってしまい、悩む日々もあったが、これだけバラエティに富んでひとつの文化になった現在は結構楽しんで見ている。
いい時代になったんだなぁと思う。
もともと否定的な意味だった「おたく」が市民権を得たように
「地下アイドル」が「地下」というマイナスイメージを払拭できる日はそう遠くないだろう。
【関連記事】
●アイドル冬の時代の話
●「地下アイドルシステム」はこうして作られた#7
●「地下アイドルシステム」はこうして作られた#6
●「地下アイドルシステム」はこうして作られた#5
●「地下アイドルシステム」はこうして作られた#4
●それはまさに「輝きの描写(スケッチ)」だった!
●かくしてデジタル技術革新とともに「地下アイドルシステム」の第一歩は始まった
●それは総デジタル化時代の幕開けでもあった
●地下アイドル?
※「地下アイドル」という表現は個人的にはなんともしっくり来なくて好きでは無いが、わかりやすいので使ってます。