法律系試験、ドイツ語その他、しろうと勉強メモブログ -18ページ目

Duke Ellington's Original "In a Sentimental Mood"


去年10月、このブログで投稿した最初の音楽記事で、自分は次のように書いていた。

「音楽、ここ二年ほど、YouTube をよく見る・聴くようになって、いろんなジャンルのものを楽しんでいるのですが(こことは別のアメブロで、特に「おっ!」と思ったものについてはちょこちょこ記事にまとめて溜めていってます)、最近(でもないかな)新たに、古いジャズの曲(いわゆるスタンダード)を少しずつでも着実に聴いていきたいなぁ、という思いが芽生え…いや、ようやく根づき始めています。 まぁ、ジャズって(特に古いものは)もともとあんまり馴染みがないし、聴いたら知っている曲でも、曲名と一致しなかったり、誰がやってるのかもぴんとこないし。(ミュージシャンについても、有名な人はもちろん知ってるけど、全然詳しくないので。) 他のブログでもたまに触れてたのですが、ここではちょっと体系的な感じで、積み上げていこうかなと思って。 ひとまず、http://en.wikipedia.org/wiki/Category:1930s_jazz_standards をきっかけにして。」

特に1930年代にこだわってるわけでもなく、1920年代でも、1940年代でも、それ以降でも、このブログではとにかく、音楽ならジャズのスタンダードに絞っていこうと、んで、気が向いた時にぽつぽつと投稿していこうと、漠然と思っている。


今日は久々に、妙にこの曲が懐かしく、改めて聴きたくてたまらんようになってしまって、調べてみたら、やはりまた1930年代のスタンダードであった。

YouTube で探してたら、いろんなバージョンが投稿されているのだが、上に貼ったものが自分にはいちばん馴染みがある(そして、いちばん心地よい)ように思う。

http://en.wikipedia.org/wiki/In_a_Sentimental_Mood

この曲は、ウィキによれば、デューク・エリントン(1899-1974)が1935年に作曲、彼の楽団で演奏されたものが同年録音。歌詞は後に(っていつやろ?わりとすぐかな?)つけられた。(マニー・クルツ(Manny Kurtz)と、エリントンのマネージャーのアーヴィング・ミルズ(Irving Mills) による。)


上のバージョンのほか、YouTube に投稿されているもので、いくつか気になったもの、気に入ったものを以下に貼ります。


Benny Goodman And His Orchestra - In a Sentimental Mood



いきなり飛んで…

Mark Isham - In a Sentimental Mood



コルトレーンのものはちょっとパスして…


Sarah Vaughan - In a sentimental mood.wmv
サラ・ヴォーンのんを投稿してる人は、欄外(?)に歌詞も載せてくれてるので、あえて動画を埋め込まずにYouTubeへのリンクだけ。(冒頭広告が出ると思うけど…。)


ペトルチアーニの、日本での演奏動画も、リンクだけ。
Michel Petrucciani Trio / In A Sentimental Mood (1988)


Sonny Rollins w/ The Modern Jazz Quartet 1953 - In A Sentimental Mood



Ella Fitzgerald - In a sentimental mood




ひとまず、このくらいで。

(この手の記事は基本、写すだけですが…すいません、備忘録ということで。)


手もとにあるのは:


・ ポール・オースター(著)、柴田元幸(訳)、『孤独の発明』(新潮文庫、1996-4刊。 ※もとは、1991-4 新潮社刊。)


・ PAUL AUSTER, The Invention of Solitude.(faber and faber, 1992. ※初版は 1982年、Sun Press 刊。) ←買ったのは 1996.5.28



写すだけというのも何なので、ひと言感想めいたことも書くと、これをまともに読んだのは確か数年前、「見えない人間の肖像」もかなり好みだけど、「記憶の書」は泣いた。(←こういうのは「感想」とは言えないな;)


今回、もう内容も忘れてるしまた読み返そうとして、上の訳本の「訳者あとがき」を先に読んだのだが、このあとがき、いいなぁ好きだなぁと思った。(時間がある時、またこのあとがきについても、何かまとめるなり抜粋するなりしてみたいと思った。)


ちなみに、柴田氏がオースターと会ってじかに聞いた話によれば、「『孤独の発明』については、「これは自伝ではない。僕自身をモデルにして、自己というもののなりたち方について探った作品、と考えてほしい」とのこと」(299)らしい。




(本題。ちょこちょこ写していきたいと思っているので、ひとまず(1)とした。)



「とにかく父の人生は、住んでいる場所を中心として成り立っているのではなかった。生活の中心というものを欠いていたせいで、父はいわば恒久的な部外者、自分自身の人生の旅行者になっていた。この人はここにいるんだという実感を、人々は父に対してどうしても抱くことができなかった。」(16)


The point is: his life was not centered around the place where he lived. His house was just one of many stopping places in a restless, unmoored existence, and this lack of center had the effect of turning him into a perpetual outsider, a tourist of his own life. You never had the feeling that he could be located. (9)


Chris Barber's JB 1957 The Sheik of Araby (Live)


ほんまは「ハイ・ソサイエティ」(Porter Steele が 1901 年に作曲したとされるマーチの曲)で1つ記事を作ろうと思っていろいろと YouTube 動画を視聴しててんけど…、「古いジャズ」ということで、途中からこの曲へ流れて、こちらで今日の音楽記事を作ることに。

http://en.wikipedia.org/wiki/The_Sheik_of_Araby

シークは、シャイフのこと。ビートルズをはじめ、たくさんの有名ミュージシャンがこの曲を演奏している。

もともとは、1921年、ルドルフ・ヴァレンティノ主演の米サイレント映画『シーク』がきっかけで作られた曲らしい。作曲は、Ted Snyder、作詞は Harry B. Smith と Francis Wheeler で、もともとは「ティン・パン・アレー・ヒット」(おそらく、NYで当時音楽産業の中心だった「ティン・パン・アレー」発、簡易な楽譜が一般大衆に大量に売れた=消費された、という意味でのヒット)だったが、プロのジャズバンドにも多く演奏され、特にニューオーリンズでの定番になった。(文学においても、例えばフィッツジェラルドの『グレイト・ギャツビー』でこの曲への言及がある。)

(なお、「アラビー」というのはもともとはアラビアを指すが、ルイジアナ州に「アラビ」という地名があり、そのせいもあってニューオーリンズのジャズメンに受けたのかも?という見方もある。)

カバーバージョンで特に有名なのは、やはりDエリントン(1932)、Bグッドマン(1937)、そしてビートルズ(1962)だろう。

上の動画のクリス・バーバーは、1930年生まれの英・トロンボーン奏者。ニューオーリンズジャズを中心に演奏してきた英国ジャズ界の巨匠。(…とか書いてるけど、ジャズには詳しくないので、というかこうやってこれからぼちぼち聴いていこうと思っているところなので、調べて書きながら「ほぉ!」「へぇ!」となっている。)

Bethさん投稿(2013年12月11日)の記事: Photo Of Man In Drag Riding Women-Only Carriage Trends Online がおもしろそう…と言うと不謹慎?かもしれんけど。



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記事を見ながらちょっと英語の勉強をすると-


「チカン(行為)」は groping という表現になっている。


ちなみに、私の持っている古い電子辞書(SHARP Papyrus PW-A8410)に入ってる和英(ジーニアスだっけ?確認してないけど後で見ればわかる)によると、チカン行為をすること(動詞)は、grope(手探りする)のほかに、molest というのがあって、それの名詞形は molestation(チカン行為)。(チカン(をする人)は、molester(第二音節にアクセント)、groper など。)



女性専用車両(women-only carriage)の導入は、incidences of "groping" を避ける狙いがあるが、批判もあって、例えば、そうでなくても満員の通勤電車がさらに混むやん、といった意見など。


この記事が紹介しているのは、女装した男性が女性専用車両に乗っている様子がSNSに投稿されていること、そしてその投稿が、いわゆる「ネチズン」にはおおむね(好意的に)受け入れられているようだ、といった話。




(さっと流し読むするだけじゃなくて、こうやって記事にすることで、もっと英語の細かい表現を取り上げて勉強してみたいんだけど、とりあえずこれは以上で。)



今朝たまたまネットサーフィンの流れで見た日刊SPA! のPDF (27ページもある)より、メモ


この文書、ユーザープロフィールや広告出稿メリットなども書いてあって、全体的におもしろい。


(日刊SPA!って、3000万PV、500万UUらしい)


ポジションニングマップのページをちょっとスクショさせてもらうと-


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広告料金のところ、具体的な金額が書いてあって、「へぇ~」ておもた。


例えば、スタンダード記事企画やと、「誘導枠掲載期間」1週間で、掲載料金60万円。

プレミアム記事企画やと、同じく1週間で100万円。

特集スポンサード記事企画やと、 〃 240万円。


カテゴリーアライアンスやと、掲載期間1か月~で、掲載料金(月)100万円。

バナー広告の場合、サイトジャック(PC)やと掲載期間1週間で200万円。

(表示場所によって、80万円や60万円のんもある。)

スマホのプレミアムバナーやミドルバナーやと、2週間掲載で50万円とか70万円とか。

モバイルヘッダーバナーやと4週間掲載で10万円とか。




新聞広告でどのくらいやったかな?電車の吊り広告とか公共的な場所のポスターとかも含めて、話のネタとして、昔から「○円もするらしいで!」とよく耳にしてはきたものの、具体的な数字はあんまり知らないので、WEB雑誌の広告やタイアップ記事のようなものにかかるお金が相対的に高いのか安いのかもあんまりぴんとこないけど…。

テーマは、英語の勉強系で。



ちなみに、この小説について、巽孝之さんの書評
から引用させてもらうと-



「アメリカの新進女性作家エリザベス・コストヴァが二〇〇五年に発表するやいなや全米ベストセラー第一位となり、百万部以上を売り尽くし、ハリウッド映画化も決まった第一長編小説『ヒストリアン』は、そのタイトルどおり、「歴史」と一体となった「書物」の魅力と恐怖を、じっくり味わわせてくれる。」




日本でもよく売れたんだろうな、古本屋でハードカバーの本(NHK出版の、Ⅰ・Ⅱ巻)が安く売られてるのをよく見るし、わたしもそれで買ったもん。(英語版ペーパーバックも同様に105円で買えた。)





Elizabeth Kostova - Wikipedia, the free encyclopedia


Early life - The Historian - Current - Bibliography


Elizabeth Z. Johnson Kostova was born Elizabeth Z. Johnson in New London, Connecticut and raised in Knoxville, Tennessee where she graduated from the Webb School of Knoxville. She received her undergraduate degree from Yale ...


http://en.wikipedia.org/wiki/Elizabeth_Kostova



ウィキ記事や公式サイトによれば、彼女は 1964年生まれ(もうじき49歳)、イエール大卒、ミシガン大でMFA(芸術修士)取得。幼少期、ブルガリアの伝統音楽に興味を持ったらしく、20代には東ヨーロッパ(特にブルガリアとボスニア)を旅行し、だんなさんもブルガリア人の学者(研究者)。彼女は生まれはアメリカみたいやねんけど、1972年頃スロベニアに住んでたことがあって、ちょうど『ヒストリアン』に書かれてるみたいに、父からドラキュラの話を聞いたりヨーロッパ旅行をしたり(お父さんは大学教員、お母さんは司書、彼女には姉妹がいるみたい)。 まだ『ヒストリアン』と『スワン・シーヴズ』の二作しか書いてへんのかな。






英語の勉強ということで、気が向いた時に、この小説から、いわゆる「原書」の文章と、訳本(高瀬素子さん訳)の文章を切り取って載せていこうと思って。





まず第1章から。





「私」が十代の頃の回想で、個人的には全文写したいくらい好きな感じ。



部分的にはもちろん変えてあるんやけど(父は外交官、母は「私」が赤ん坊の頃にすでに亡くなっている)、やっぱりモデルは著者自身なんやろな…と思うような設定で。



今日はここにしよう。以下引用。




いまにして思えば、世界じゅうの若者がドラッグに手を出したり、ヴェトナムでの帝国主義戦争に反対していたなかで、十代になっても従順だったのは妙な感じがする。けれども私はおとなになってからの学者生活が向こう見ずな冒険に見えるほど、過保護な環境で育っていた。まず、私には母親がなく、父は二倍の責任感で徹底的に、私を守ろうとした。(11頁)



It seems peculiar to me now that I should have been so obedient well into my teens, while the rest of my generation was experimenting with drugs and protesting the imperialist war in Vietnam, but I had been raised in a world so sheltered that it makes my adult life in academia look positively adventurous. To begin with, I was motherless, and the care that my father took of me had been deepened by a double sense of responsibility, so that he protected me more completely than he might have otherwise. (p.3)




=====

2015.9.9(水)

改めて、続き。とりあえず、まだ第1章にとどまる。

小説全体の評価はともかくとして、わたしの趣味的にはこの第1章の文章だけでも、じゅうぶん繰り返し読むだけの魅力があるから、ゆっくりじわじわと味わうことにする。

(主人公の「私」の少女時代の回想だが、外交官の父との関係性や主人公が育った家庭の雰囲気などがよく伝わってくるし(その「私」自身のキャラクターも)、この章に限らないけど、部屋の雰囲気や街の雰囲気など、空間のイメージを伝えるのがうまい――「うまい」かどうか、技術的なことを分析できるほどの評論家性はわたしにはないから、少なくともわたしの趣味に合う、波長が合う、といった主観的な印象だけを言うほうがいいかな――と思う。)

引用する前に、基本的なことの確認。「私」は1972年に16歳で、アムステルダムのインターナショナルスクールに通っていた。母親は「私」がまだ赤ん坊の頃に亡くなっていた(一家はアメリカにいた)。父と娘だけの家族で、父親は「私」を過保護なまでに大切にしてくれた。しかし外交官の彼は忙しく(しかも基本的に無口)、「私」は彼の雇ってくれた家政婦と過ごすことの多い、孤独で物静かな少女だった。ただ、父と似て「私」は読書が大好きで、よく父の書庫で過ごし、友達がいなくても幸せだった。そんな「私」に冒険(と呼ぶのが適切かどうかはわからないけど)のきっかけが訪れる。父の所有する図書の中に、「私」がたまたま或る一冊の本と手紙(そのうちの1つは1930年12月12日付)を見つけてしまったからだ。手紙の内容は奇妙なものだった。父とゆっくり話をしたい「私」は、珍しく父の出張に連れていってほしいと無理を言い、親子はウィーンを経由してエモナ(今のリュブリャナ)へ向けて旅行した。

…あらすじ的なことしか書いてないけど、時間がないので今日はここまで。(結局今日は、邦訳&原文からの引用はできず;)


2015.9.12(土)

わたしの持ってるペーパーバック(Elizabeth Kostova, The Historian, Back Bay Books 2006. ※2009年7月31日にぶっくおふで105円でげっとした)より。

p. 4
I preferred solitude anyway; it was the medium in which I had been raised, in which I swam comfortably.



p.7
Every autumn mellows it a little more, in aeternum, each beginning with the same three colors: a green landscape, two or three yellow leaves falling through a gray afternoon. I suppose the Romans ―― who left their walls here and their gargantuan arenas to the west, on the coast ―― saw the same autumn and gave the same shiver. When my father's car swung through the gates of the oldest of Julian cities, I hugged myself. For the first time, I had been struck by the excitement of the traveler who looks history in her subtle face.


(今日はここまで。好きな文章メモ、続く。



2015.9.15(火)

このブログには過去、この2013年12月11日に最初にあっぷした記事と、あともう1つ、この小説に関する記事があるので(そっちはリュブリャナの或る場所の、ストリートビュー画像を貼った記事→2015年5月19日)、本からの抜粋の続きはそっちのほうでやることにして、それ以外のことでメモっておきたいことを最後に。

まず、オーディオブックについて。

YouTube にこの本の文章を女性が朗読した(たぶん市販?)オーディオブックが投稿されていることに気づいたのはいつ頃だったか、覚えてないので、いろんなことを記録してある非公開ダイアリーをチェックすると…それは今年の4月22日のことだった。(履歴メモによると、昼休みに The Historian Elizabeth Kostova Audiobook Part1 を聴いている。それ以降ちょくちょくと。) でも、よくあることだが、もうその動画はない。(ってことはやっぱり市販のものの無断投稿やったんかな?) ゆっくり聴こうと思って結局試し聴きのようなことしかしてなかったので、なくなってしまったのは残念だけど、そもそも投稿がだめやったんならしょうがない。

今改めて検索してみたら、こんなのがあった。

Audiobook: The Historian by Elizabeth Kostova


これもまだあんまり聴いてないけどとりあえず埋め込んどく。



あと一件、メモっておきたかったのは、上の動画の最初のほうもそこを読んでたと思うけど(もっかいちゃんと確かめよう…あ、わかった、今聴いて場所確認した、下にちゃんと書く)、A Note to the Reader(「読者へ」)のページほか、小説の第1章よりも前の部分についてだ。

わたしの持ってるペーパーバックには、いちばん最初、タイトルページの前に、International acclaim for Elizabeth Kostova's The Historian が3ページあって、それはそれで見てておもしろい。

タイトルページの次、献辞は、以下のようになっている。

For my father, who first told me, some of these stories


また、この小説はエピローグも入れて全部で80章からなっていて(ペーパーバックで816ページ)、それが三部に大きくわかれている。

その各部の最初にいわゆるエピグラフのようなものがある。そのどれもが、ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』(1897)からである。

例えば、第1部のそれはこういう引用だ。

How these papers have been placed in sequence will be made manifest in the reading of them. All needless matters have been eliminated, so that a history almost at variance with the possibilities of later-day belief may stand forth as simple fact. There is throughout no statement of past things wherein memory may err, for all the records chosen are exactly contemporary, given from the stand-points and within the range of knowledge of those who made them. ―― Bram Stoker, Dracula, 1897


ドラキュラ、読んだことなかったんだけど、今ウィキで読めることに気づいた。

https://en.wikisource.org/wiki/Dracula

(コストヴァが自著のエピグラフの1つに引いている上の文章は、ストーカーの著作で、献辞と目次の間に置かれている Note だな。)

わたしは『吸血鬼ドラキュラ』に興味を持ったことも、もちろん本を手に取ったこともないのだが(それでも話はあまりにも有名だし映像作品もいろいろとあるのでなんとなくは知っている感じ)、どうやら、このゴシック小説・ホラー小説は、体裁としてはドキュメンタリータッチというか証言集的なものに近いらしい。

ウィキ記事(吸血鬼ドラキュラ)より。「小説の舞台背景は1885年で、小説が書かれた時代の現代劇であり、当時の価値観からして近代科学技術を織り交ぜながらよりモダンに書かれている。物語は3人称で語られ、全て日記や手紙、電報、新聞記事、蝋管式蓄音機などによる記述で構成されている。各々の記述者や叙述者の発言によって、徐々にドラキュラの企みが浮上していく構成となっている。」


話をコストヴァの本に戻す。

コストヴァも、「読者へ」の文章を読んだらわかるように、話の題材だけでなく、スタイルにおいてもいくらかはB.ストーカーの本にならったのだろう。(話の全体的枠組みなど根本的に異なるとは思うけど。)

この「読者へ」の文章もとても好きなのだが、そういえば上の朗読動画がどこから始まっているかというと、xiページから(ほとんど末尾)。

... Dr. Radu Georgescu of the University of Bucharest's Archaeological Museum, Dr. Ivanka Lazarova of the Bulgarian Academy of Sciences, Dr. Petar Stoichev of the University of Michgan, the tireless staff of the British Library, the librarians at the Rutherfaod Literary Museum and Library of Philadelphia, Father Vasil of Zographou Monastery on Mout Athos, and Dr. Turgut Bora of Istanbul University.

My great hope in making this story public is that it may find at least one reader who will understand it for what it actually is: a cri de coeur. To you, perceptive reader, I bequeath my history.

Oxford, England
January 15, 2008


(↑また削除されるかも?しれないけど、上の動画はここの箇所から朗読始まり。)


この「読者へ」の部分の最後の一段落だけ、高瀬素子さんの邦訳(NHK出版)からも。

「本書を公にするにあたり、この物語をありのままに受け止めてくれる読者が、"心の叫び"だと理解してくれる読者が、少なくともひとりはいるのではないかと大いに期待している。そんな洞察力鋭い読者に、私の過去の物語をここに残す。」


この最後の動詞、bequeath は、例えば、本文最初に出てくる手紙(1930年12月12日付の)にも使われている。

最後にそれも引用する(第1章、ペーパーバック 6ページより)。

... and I feel sorrow at bequeathing to another human being my own, perhaps unbelievable, experience of evil.

(ここの bequeath を訳者は「継承する」と訳しているのに対し、上ではあっさりと「残す」と訳しているけど、上ももうちょっと重々しく(?)訳してほしかったような。遺言で残すとか、遺言で譲るとか、そういう意味らしいし、文脈的にもそのくらい重みがあったほうがしっくりくる。)

過去記事でも、第44回のんはメモった記憶があるけど、先月前半に届いた第45回のんもあわせて、年が変わる前にメモっとこ、とおもて。(もちろん、合否区分はどっちも不合格やで。)


来年も、また受けることは受けるんちゃうかな…と書くとまるで他人事のような感じだが、決してそういうわけではなく。


(すでにさんざん書き散らしてきたような理由から、社労士試験そのものにはあまりリアルにがっついてないのだが、同時にそれを自分にとっての大切な機会とも捉えている――受けるかどうか真面目に悩むことも含めて。)


今年は合格率だいぶ低かったみたいやし、来年の受験者数にも影響するんかなぁ。興味深いな。



第44回(平成24年度) 社会保険労務士試験 成績(結果)通知書


労基及安衛  選4/5   択8/10

労災(徴収法含) 5/5     8/10

雇用( 〃 )    5/5     4/10

労一         2/5

   労一及社一        3/10

社一         2/5

健保        3/5     5/10

厚年        3/5     6/10

国年        5/5     7/10

総得点      29/40    41/70


この年もあんまり準備は実質的にできてなかってんけど…


(↑よく「全然勉強してないし~」とか言いたがる人が変なアピール?で言うそういうんと違って、普通に過ごしてての普通の自己モニタリングの結果として、あんまりでけんかったという事実を書いてる。どのくらいの準備でどのくらいの結果?というのもデータとして集めていこうと思ってるので、そこらへんは正直にモニターすることにしてる。どう準備でけんかったかはすでに過去記事に記録してあるはずやし(もう細かいことは忘れたし記録しといてよかった、またヒマな時に参考に見よう)、今はおいとく)。



※ちなみに、この年の合格基準は以下の通り:


①選択式は総得点26点以上かつ各科目3点以上(ただし厚年は2点以上)、②択一式は総得点46点以上かつ各科目4点以上、という二条件を満たした者が合格。





第45回(平成25年度) 社会保険労務士試験 成績(結果)通知書


労基及安衛  選4/5   択8/10

労災(徴収法含) 2/5     6/10

雇用( 〃 )    2/5     3/10

労一         4/5

   労一及社一        6/10

社一        3/5

健保        1/5     3/10

厚年        2/5     3/10

国年        4/5     5/10

総得点      22/40    34/70


下がりすぎやな!(笑) 去年のんと比べると。でも、まぁ、ほんまにさらに準備らしき準備がでけんまま、ほぼ前年用の不十分な(偏りのある)準備状態のままで受けたにしては、マシなほうやと自分では満足している。


苦手なんが雇用、健保、厚年っていうんがハッキリした。一般が今回マシやったんは、まぐれや。


それにしても択一が半分切ってるって…。択一って、いわゆる「救済」なしで46点以上、というのが続いてるけど、各科目では最低4割でOKとはいえ、総得点では約65%は正解しやなあかんねんから、もしぎりぎり4割が一つでもあったら、あと全部7割でもやっとぎりぎり、って感じやんな。



※ちなみに、この年の合格基準は以下の通り:


①選択式は総得点21点以上かつ各科目3点以上(ただし社一は1点以上、労災、雇用、健保は2点以上)、②択一式は総得点46点以上かつ各科目4点以上、という二条件を満たした者が合格。





表の作り方(HTMLタグ)知ってたらもっときれいに表示させられるんやけど、まぁいいや。


あと、今さっき一度「全員に公開」押して、記事確認しておかしかったからまた下書きに戻ってるねんけど…、たまにあるよな。公開ボタン押したり下書き(非公開)ボタン押したりしたらなぜかタグが勝手にぐちゃぐちゃになって、「?」な表示になってびっくり、みたいなこと。それになって焦った。今度はいけるかな…

今朝改めて確かめてみたら、ここの最初の投稿は 2011年11月11日のことだった。


その年の 9月と 10月に、初めてのブログとサブブログをアメブロで開設させてもらって、確かその年の 10月に、ここも開くだけ開いて、二週間ほどだったかな、(最初の2つのブログを試運転させつつ)ここは放置していた。そうするとランキングがどのくらいまで下がるのかな?と思って、最初の(いちばん古い)投稿(「放置してたらこんなことに 」)もそのネタでやったのだが…


ザ・法律オンチの、社労士試験を楽しむブログ


今でも、マイページの左側に表示されるランキングが一千万台以下の日もちょくちょくあるけど(笑)、ランキングはともかく、Page View とか Unique User(Unique Visitor)の話からまず少し。


周知のことのようだが、この 10いくつの PV数や UU数は、どういう仕組みでカウントされているのかはわたしには全くわからないものの、「人の目」としては0であるかもしれない、いや、確かにゼロなんだろう。


このブログの左上にちらっと表示されているように、先月からここにようやく Ninja Analyze のツールを置いたのだが、それによれば(それも本当かどうかはわからんけど)、一昨日、PV 64/UU 51 の日は、実は(?)PV 9/UU 2 と出た。←自分をカウントから除外するのを忘れていたので(というか、忍者ではその除外設定が一カ月しか有効じゃなかったみたいで、知らない間に除外設定がクリアされてて)、そのうち PV 8/UU 1 は自分だった(笑)。


もちろん、そういうのってさびしいな、もっとたくさんの人に見てほしいな、と本気で思えば、それなりの行動をしていくんだけど。


自分の場合、見てほしいという思いも多少なりとも持ちつつも(=リアルなPV数が増えればやっぱり嬉しいだろうけど)、別ブログでの経験上、やっぱりブログでの友達付き合いができるとそれだけ拘束力も大きくなるところがあるから、ここではそれはしないと決めている。今のところ。(ブログにあまり縛られたくないというか、PC自体が他人のものだったりしてあんまり自由に使える状況でもないし、あちこちに遠慮しながら誠意を尽くすのは無理が生じるので。)


実質PV0でも、これからも気にしない(仕方ない)。とにかく、もう二年も経ってしまったけど、これからもまずは自分がしたいようにやらせてもらおう。本当にそれで自分が整理されて、落ち着いて、それでもなお目標に向かってコツコツやっていくなかで、結果的に「ひとのためにもなるような」そんな記事があっぷできるだけの自分になれば、その時はおのずと「外向き」に発信できるようになるだろう、という感じで。それまでは、本末転倒は避けたい。


初投稿から二年と二週間ほど経ってるわけだが、あくまでサブ・サブブログとして開いたつもりだし、ここは。


もっとも、「本体(メイン)ブログ」や「サブブログ」の更新の方針やペースも、この二年あまりの間でだいぶ変化してきたし、今は「本体ブログ」でさえ、もうほとんど非ソーシャルで、一方的に公開記事をぽつぽつ投稿している感じなので、どれがメインだとかサブだとかも自分の中で薄らいできた。(自分的に例えばここがメインのつもりでやっていくと思えばそれでもいいわけだし。)


アメブロの仕様についても、記事ペタ機能がなくなったりして、いろいろと変化がある。(一方でまた、アメブロをやめたり、アカウントを削除されたりしたブロ友さんもちょこちょこいてる。とにかく、二年も続けていれば、ブログをめぐる状況もだいぶ変わってくる。) 「本体ブログ」でのブロ友さんとのお付き合いにおいて、相互の記事ペタはしばし休止させてもらっているつもりだったのだが、「いいね!」ボタンになって、ブロ友さんとのお付き合いへ復帰する気持ちがほとんど消えてしまった。 (「いいね!」ボタンはFBのそれからしてわたしはずっと設置反対だったし…、そもそも仲間を探す目的は当初全くなく、ただただ自分を整理する目的で(&リアルの知り合いへのメッセージとして)ブログを始めた自分が、それでもまだソーシャルな面をぎりぎり保ちつつ続けていた「本体ブログ」。それだからこそなおさら、理解してくれるブロ友さんの存在には心からありがたいと思いつつも、自分に正直でありたい気持ちもなお強いので、少なくともそこには「いいね!」ボタンを置くつもりはない。でも、今見てみたら、ここは1つ過去記事に「いいね!」をすでにもらっていることもあり、ここだけはこのままにしておこう。)




長いついでに、もうちょっとだけ。


さっきも、ふと、過去の或る長い自己紹介的な記事(「改めまして 「はじめにお読みください」的な…?」 )の文末表現(です・、ます→だ・である)などをついつい書き直してしまったのだが(笑)、忙しい時に限って無駄なことをしたくなるという、われながらアホだわ汗と思いつつ。


ここの「テーマ」設定だが、今のところ、以下のようになっている。


ブログ(私事~ニュースまで、その他的に) ( 28 )

超基本的な事および横断的な事の確認など ( 1 )

国年 ( 16 )

労基 ( 0 )

安衛 ( 0 )

労災 ( 0 )

雇用 ( 0 )

徴収 ( 0 )

一般(労働も社会もごっちゃで) ( 0 )

健保 ( 0 )

厚年 ( 0 )

音楽 ( 1 )

独語系 ( 0 )

英語系 ( 1 )


初めてアメブロでブログというものを体験させてもらってから、アメブロ外を含め、今は十個ほどブログを持っていて、まだほとんどどこもここみたいな感じでスカスカなのだが(それなりに、それぞれ別々のテーマで埋めてはいっている)、それだけ同時にやっていると、テーマ設定がややこしくなってくる。重なるものがでてきたりして。(ここだと、音楽・独語系・英語系はそういう重なり系のテーマ。ここにまだ、読書系のテーマも或る日設定するかも。)


まだブログのテーマ設定のやり方というのが苦手なところがある。いろんなブログ(の可能性)があって、自分でも試しつつ、ひとのブログというのもまだ見始めて二年あまりだからそんなに数は見てないけど、参考にしつつ、日々まだまだ発見がある。どういうブログがいちばん(自分にとって、あるいは、見るひとにとって)いいのか、おもしろいのか、やりやすいのか…。長い目で見て、発展させやすい形ってどんなんだろうか。とにかく、まだまだ試行錯誤中!!

(コメント書きに行くほどでもないのでひとり言で…。※ここ、先月から忍者アナライズをつけてるねんけど、新記事を書いても誰ひとり見に来ないことがそれではっきりしたので、もう安心して、思っていることを或る程度ちゃんと書いとく。)


わたしは、資格で食えるか?という議論には意味がないというのは暴言、とまでは言わないけど詭弁だと思う。あるいは、やや無理のある(現実離れした)希望的観測であり、複雑な現実の単純化。


もちろん、複雑な現実について、こういう面もある、いや、こういう面もある、と言い出すときりがないし、だからだいたいみんなその場で適当に――自分に心地よいように――事態を単純化して暫定的な結論を出し(あるいは単にだれかから借用し)、それを自分の意見として持って安心しているところがあるだろう。


そういう意味では、どの意見が絶対に正しいとか間違ってるとかいうことは言えない。わたしは基本そういう考えなので、資格で食えるかどうかの議論に意味があるかどうか?といったテーマについても、特に強く意見するほどの執着はない(だからここでひとり言を言ってるだけにしてる)。


ただ、やりようによってはマーケットはあるものだ(客観的に「もうこの資格では飯は食えない」なんていう資格はなくって、たとえ厳しくっても、工夫次第、努力次第で、道は開ける)といった議論は、社労士に限らずそりゃ何についても言えるだろうけど。


でも、社労士の資格は現実に飯が食えない率が高いし、そういう具体的な記事を過去あちこちで見てきて、そちらのほうがより説得力があると感じているわたしには、正直、「どんな仕事でも工夫次第で顧客は開拓できる」的な根性主義的・精神論的主張だけだと、「まぁ気持ちはわかるけど…根拠が薄い、絵空事っぽいな」と感じられる。


限られた人生、ほとんど無数の選択肢があるなかで、何で飯を食うか?は重大な選択だが、それがなんで社労士でないといけないのか、そこが曖昧な人には、そういう無責任なガンバリズムはむしろ有害だと思う。


事実、資格試験があることで「受験」産業というマーケットができるわけで(各種学校や講座など)、そっちの(実務的というよりは)教育的マーケットは、資格試験勉強にどんどん人々を誘導することで大きくなる・潤う。出口はどうでもいいと言えばどうでもいい。とにかく、そちらの教育的マーケットでは常に「お客さま」を作る必要がある。


だから、業界は資格試験の存続を求めるだろうし、そちらの業界の人なら、「この資格を取ってもなかなか飯は食えない」などとはなかなか正直には言えないだろう。(もし、現役の社労士じゃなくって、社労士試験のための「先生」であることがメインの仕事ならば。)



こういうことは、一般の資格試験業界だけでなく、例えば大学院でもよくある構造だし(ポスドクの増殖)、小中高生の塾・予備校業界も同じことだろう。



ついでに書くと、わたしは昔、塾や予備校の存在に強い疑問を抱いていた頃、(実は今もそれは多少は名残としてあるけれど)、塾・予備校が大好きな人たちがごく当たり前のように次のようなことを言うのを聞いて、われながらナイーブにも、びっくり!したことがあった。


彼ら彼女ら曰く: 塾・予備校の生徒群はピラミッド構造をなしているもので、ほんとうにいい学校に入れるのはごく上のほうだけ。それはそういうものだからそれで構わない(仕方がない)。あとの大多数の子らは、ものにはならなくてもとにかく通ってくれて(親が)お金を払ってくれるからこそ、上層の生徒や塾・予備校そのもの(講師陣や事務員らの人件費やら諸経費)が金銭的に回って成り立つのだ、と。


(それはそういうものなんだろうけど、資本主義の社会だし。でも、それならそうだとハッキリ言ってほしいなという気が少しする。「君も○○大に入れる!」とか「偏差値○○アップ!」とか安易に宣伝して、綺麗事で釣って、あとは自己責任よ、というのではなんか詐欺っぽいというか…いや、こういうことを言うのが綺麗事なのかもしれんけど(笑)。




ともかく、わたしがそれでもあえて社労士の資格の勉強をしようと思い続けているのは、これまでも散々書いてきたようなことで、別に「食えるから」とは切り離している。(それなら別のことで修業するって。)


こういうスタンスの者からすれば、「社労士の資格を取っても食えない」というまっとうな議論に(何にでも当てはまるような精神論で)難癖をつけようとすること自体、かえっていかがわしいというか…いや、そこは、いったん正直に認めてしまってくださいよ、と思うのであった。


ザ・法律オンチの、社労士試験を楽しむブログ
euronews.com/2013/10/23/russia-lifts-piracy-charges-against-greenpeace-activists/



さっきふと「アメブロ以外のお気に入り」からこのページに飛んだら、たまたまこのニュースがトップになっていた。


(スクリーンショットで画像とってみたけど、見にくいですね;)


ほんとは、右側の、Most Viewed (7 Days) だけ、なんとなく保存しときたかっただけなんだけど、ついつい欲張ってしまって、左側のニュースも入れてしまったせいで、全体的に文字が小さく、見にくくなってしまいました。



左側のニュースについてもついでにちょっと書くと-


この記事は、↑アドレスにもあるタイトル(Russia ...)の記事で、日付は、10月23日(21:45)付けですが、参考に、関連する(と思われる)日本語でのニュースをちょっと貼っておきます。それはちょっと古いですが。


CNN.co.jp : ロシア当局、グリーンピース活動家ら30人を訴追 「海賊行為 ...
2013年10月4日 - ロシア連邦捜査委員会は3日、北極圏のバレンツ海における油田開発への抗議活動を 行った国際環境保護団体グリーンピースの活動家ら30人を「海賊行為」で起訴したと 発表した。 起訴されたのは、抗議船「アークティック・サンライズ」に乗っ ...

cnn.co.jp/world/35038058.html


古い(20日ほど前)というか、今回の記事によれば、GPが起訴されたのは9月なんですかね。



こっち↓の日本語記事が今回の euronews の記事に対応してるものですね。


時事ドットコム:グリーンピース、軽い容疑に=「海賊」を撤回-ロシア当局


【モスクワ時事】ロシア捜査当局は23日、北極圏バレンツ海でロシアの油田開発を妨害 して逮捕・訴追された環境保護団体グリーンピースの活動家30人について、容疑を「 海賊行為」から、より軽微な「フーリガン(暴徒)行為」に変更したと発表 ...

jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2013102400050

あぁ、あちこちでまだやってるんだなぁ…というのが正直な感想ですが、詳しいことは知りません。


GPの言い分としては、自分たちの抗議は peaceful なので、piracy charges は馬鹿げてる、ということだったようですが…。


内容はともかく、英語の勉強を少し。


~を海賊行為の罪で訴える、といった表現は、prosecute ~ on piracy charges が一般的ですよね。


今回の記事の lift [has lifted] piracy charges against ~ というのは、それとほぼ同じことを言ってると取っていいのかな、それともちゃうんかな。


今回の記事では、ロシア当局がGP活動家を訴えたことがテーマなんじゃくなくて、前にAの罪で訴えていたのが、Bの罪に(訴えが)軽減された、ということ。


Russia has lifted piracy charges against 30 Greenpeace activists and replaced them with accusations of hooliganism.  If found guilty, the 28 campaigners and two journalists could face a prison sentence of seven years instead of 15. …


最初の them は piracy charges を指していて、それを accusations of hooliganism に変えた、ってことですよね。(それによって、もし有罪となっても、禁固が15年じゃなく7年に。)


この内容を、他の報道(英語)でもちらっと見てみると-


... it had reduced piracy charges against the detained crew of Greenpeace's Arctic Sunrise protest ship to "hooliganism", ...


のように reduce を使っていたり、


... the charges against the Greenpeace activists from the Arctic Sunrise have been softened from “piracy” to “hooliganism”.


のように、(受け身で) soften が使われていたり。


あと、よく見るのが、drop という動詞なんだけど、drop charges で、 罪を軽くする、みたいな意味になるの?それとも…


ちょっと検索したら、アルクのページ http://eow.alc.co.jp/search?q=charge+against が参考になった!

取り下げる、の意味になるんやな。


(訴える、の場合は、bring や file をよく使うのかな、これによれば。)



…というわけで、結局、Most Viewed (7 Days) については触れずに、そろそろここらで終了。