オースター「見えない人間の肖像」より、好きな文章(1) | 法律系試験、ドイツ語その他、しろうと勉強メモブログ

(この手の記事は基本、写すだけですが…すいません、備忘録ということで。)


手もとにあるのは:


・ ポール・オースター(著)、柴田元幸(訳)、『孤独の発明』(新潮文庫、1996-4刊。 ※もとは、1991-4 新潮社刊。)


・ PAUL AUSTER, The Invention of Solitude.(faber and faber, 1992. ※初版は 1982年、Sun Press 刊。) ←買ったのは 1996.5.28



写すだけというのも何なので、ひと言感想めいたことも書くと、これをまともに読んだのは確か数年前、「見えない人間の肖像」もかなり好みだけど、「記憶の書」は泣いた。(←こういうのは「感想」とは言えないな;)


今回、もう内容も忘れてるしまた読み返そうとして、上の訳本の「訳者あとがき」を先に読んだのだが、このあとがき、いいなぁ好きだなぁと思った。(時間がある時、またこのあとがきについても、何かまとめるなり抜粋するなりしてみたいと思った。)


ちなみに、柴田氏がオースターと会ってじかに聞いた話によれば、「『孤独の発明』については、「これは自伝ではない。僕自身をモデルにして、自己というもののなりたち方について探った作品、と考えてほしい」とのこと」(299)らしい。




(本題。ちょこちょこ写していきたいと思っているので、ひとまず(1)とした。)



「とにかく父の人生は、住んでいる場所を中心として成り立っているのではなかった。生活の中心というものを欠いていたせいで、父はいわば恒久的な部外者、自分自身の人生の旅行者になっていた。この人はここにいるんだという実感を、人々は父に対してどうしても抱くことができなかった。」(16)


The point is: his life was not centered around the place where he lived. His house was just one of many stopping places in a restless, unmoored existence, and this lack of center had the effect of turning him into a perpetual outsider, a tourist of his own life. You never had the feeling that he could be located. (9)