悲劇と喜劇と | 自由に美しく生きてゆく

自由に美しく生きてゆく

日常で感じたあれこれを、
ときに心理学の観点も織り交ぜながら、
徒然なるままに綴っています。
常識という見えない鎖から解放され自由に、
そして自分という個性を愛する美しい女性になれるような
情報を発信していきます。

冒頭のシーン。

主人公のアーサーは
笑っている。

しばらくの間、
笑っているシーンが続く。


ずっと見ているとその顔は、
笑っているようであり、
泣いているようでもあった。

不思議な顔で笑う人だな
というのが第一印象。




昨日観てきた映画『JOKER』は
いろんなことを感じたので
感想を書いておきます。

注意ネタバレたくさんになると思うので、
       嫌な方は読まないように
       ご注意を。


* * *
 

「どうせ私なんて…」
ついそんなふうに思ってしまう、

だけど自分を愛している、
自分を幸せにしてあげたいあなたへ。


「ココロも見た目もブスから美人へ」
心理カウンセラーのゆみねぇです。
 

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JOKERといえば
バットマンシリーズでは
有名なヴィラン(敵役)で、
過去にも多くの俳優さんが演じてきた

悪役でありながらカリスマ的で
人気のキャラクター。


私が知っているのは3名。

『ダークナイト』のヒース・レジャー


表情、仕草、やること、
全てが(良い意味で)気持ち悪くて
吐き気がするとさえ思った。


そして『スーサイド・スクワッド』の
ジャレッド・レト。


この映画はアクション・コメディの
要素が強かったので、
凶悪だけどスマートな印象。


そして今回のホアキン・フェニックス。


薄気味悪い、薄幸な印象の男。
実際、母親を介護しながら
雇われピエロの仕事で生活を支える
裕福とは言えない暮らしぶり。

コメディアンを夢見ながらも
残念ながらその才能は無さそうだ。


今回のストーリーは、
コミックでは描かれていない
映画オリジナルストーリーだとか。

主人公のアーサーがJOKERと
なるまでの物語。


舞台は格差が大きくなりつつある
ゴッサム・シティ。
富める者は益々豊かに、
貧しい者はどんどん追い詰められていく
厳しい世界。

物語の前半、不安な気持ちが続く。
つい共感してしまうのは
この現代社会と似ているからか。

特別な人の物語ではなく、
私たちにも起こりうる事件のようで
胸に迫ってきて苦しい。


誰からも見向きされず、
ただ虐げられる存在。

そんな彼がたまたま手に入れた銃。
自らの身を守るために
それで人を撃つことになる。


心の支えは優しい母親。

だがその母親には妄想癖があり、
実は血縁関係すら無かったことを
知ってしまう。
父親だと思った男から聞かされる。

自分の足元が音を立てて崩れていく。
アイデンティティの喪失。


相変わらず周りからはバカにされ、
ひどい扱いを受ける。


そんな不条理な出来事に見舞われて
いくうちに、
だんだん心が壊れていく。


心が壊れていくと書いたけど、
悪に染まっていくうちに
実は彼が少しずつ
軽やかになっていくのがわかる。

良心、常識、責任、肉親、罪悪感…
そんな重りを捨てていくと
人はそれほどまでに身軽になるのか。

JOKERと名乗り、
躊躇いなく人を殺めるようになった彼に
もう薄幸な雰囲気はなく、
ただ狂気じみた印象が残る。

そんな彼を見て、
共感を続けてきた私は
どこか嬉しい気持ちになっていることに
気付き、不思議だった。

だって、絶望の向こう側にあったのは、
彼にとっての唯一の居場所。


最後のシーンで
「カリスマ」JOKERとなったアーサーは
血を吐いた口に指を入れ、
その手を頬へと滑らせる。

自らの血で
ピエロメイクの口を笑顔にし、
ポーズを決める。

JOKERは虐げられてきた者たちの
反逆の象徴。
自分たちは生きている。
ここに存在している。
もう黙ってなんかいられない。
「自分のために立ち上がる」という訴え。


ピエロの顔って、
笑っているようでもあり、
泣いているようでもある。

その顔が
私にはとても悲しく、
泣いているように見えた。


凶悪極まりない悪役JOKERも
元はただの人間だった。
その裏にはとてつもない哀しみが
巣食っている。

彼は狂ってしまったのか、
それとも…?

正気と狂気は表裏一体。

それを感じさせてくれた映画でした


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