6039ff9a.jpgチームNISMO(ニッサンモータースポーツ)へ、ピットスタッフのコンディショニングのため出向く。









写真は館内への入館証。

中は当然、機密事項の塊だから、撮影厳禁。
セキュリティ完璧。


今週末はいよいよGTシリーズの最終戦。
来年からF1が開催される富士スピードウェイにて。


頑張って~



トレーニングに行った時、
場合によってエアロビクスに参加することがある。
難しいことは出来ないので、もちろん初心者クラス。


通常はウエイトやコーディネーション、バランストレーニングをやって、最後は2~3㎞のランニングで締めるのだが、精神的疲労度によっては最後のランニングに向かえない時がある。
(気合いが入らない)

そういう時、エアロビクスは打ってつけ。
参加した以上、インストラクターの方に強制的に動かしてもらえるからである。



ただ、そんな時感じるのは、
やはりランニングに比べると心拍数が上げられないということである。


これはインストラクターが悪いとか構成が悪いとかではなく、
エアロビクスダンスというものの特性と、
私のような身体特性の人間の組み合わせの問題である。



エアロビクスとランニングの最も大きな違いは、圧倒的に水平移動量が少ないことである。



当たり前の話だが、スタジオという限られたスペースで、それなりの人数でやるのだから限界はある、
もちろんインストラクターも工夫して構成するのだが、ランニングならば一歩が1メートル以上。エアロビクスはせいぜい半径2m程度の範囲で動くことになる。
とは言っても頻繁にストップ&ターンを繰り返すので、動きがつま先重心になりがちで、ふくらはぎ主体。
どうしても大腿や殿部などの大きな筋肉が使えない(使いにくい)傾向になってしまう。



よって、筋肉の運動量がかなり異なる。
結果的に、一部の小さな筋肉が疲労する割に心拍数が上がらない。
ふくらはぎはパンパンに張るが(特にアキレス)、全身運動になっていないような感じになる。



もちろん、自分の動き方の問題も大きいのだが。



では、もっと動きをダイナミックに、関節角度一杯いっぱい動けば良いのでは?ということになるのだが、
私のように体重があり(90㎏超)、且つ身長もある(180㎝超)だと、常に支点から作用点の距離が遠いので(レバーアーム)、大きく動くにはどうしても時間が掛かる。
それを無理やり曲のリズムに合わせようとすると、関節の動きの切り返し時に負荷が多く掛かり、やはり難しい。


私のような体格には、動きとしてはつまらないが、スクワットやジャンピングスクワット、ランジなどを繰り返していた方が適度な有酸素運動になる、ということになってしまう。



また、ある程度のアップテンポで限られたスペースで動こうとした場合、大腿前面にはそこそこ活動は起こせても、大腿後面や殿部を働かせるのは結構難しい。
ある程度、関節角度の深さが必要で、それをスピードを確保しながら動くのはまた難しい。


ま、最終的には自分の動き方の工夫次第なんですが…



良い研究テーマだから、考えてみよっと。


asahi.com: メタボリック市場、太る 2千万人に熱視線?-?健康




メタボリック市場、太る 2千万人に熱視線

2006年10月21日16時58分

 脳卒中や糖尿病などの生活習慣病を引き起こす「メタボリックシンドローム」(内臓脂肪症候群)。今年になって大々的に知られるようになった「国民病」に、医師会や大学、フィットネス業界などが熱い視線を送っている。人気がなかった運動指導の資格を復権させたい国や医師会、就職支援につなげたい大学、商機ともくろむ健康関連業界……。目指すは、予備群を含め約2000万人といわれる大市場だ。

 運動指導の民間資格には、厚生労働省所管の財団法人「健康・体力づくり事業財団」が認定する「健康運動指導士」がある。フィットネスクラブなどで働いているが、活躍の場が少ないとの指摘もあり、88年の発足から20年近くたっても取得者は約1万1000人だ。

 厚労省は健康運動指導士を増やすため、即戦力として、体育系大学の卒業生らに白羽の矢を立てた。来年度から一定のカリキュラムを満たす体育系大学の卒業生の受験資格を緩和する。いわば「養成校」だ。

 筑波大は9月、「体育専門学群」(240人)を健康運動指導士の養成校として申請した。同大の久野譜也助教授は「体育系の学生が就職活動に生かせる資格になれば」と期待する。スポーツ科学部がある早稲田大も「学生獲得の売りになる」と名乗りを上げた。

 日本医師会(日医)も、生活習慣病予備群に運動の指導をしてもらおうと、「健康スポーツ医」の研修制度を見直すことにした。無理な運動による事故防止や競技指導者へのアドバイスの役割で91年に創設され、約1万8000人が登録しているが、活動の場は地域のスポーツ会などに限られていた。

 新たな制度は、従来の座学中心の内容から、生活習慣病を予防する運動指導に力点を置く。「運動指導にも医学的な判断ができる人材は欠かせない」と今村聡・常任理事。

 日本人間ドック学会と日本病院会は「人間ドック健診情報管理指導士」(人間ドックアドバイザー)という資格を新たに設ける。人間ドックの結果をもとに生活・運動指導をする。医師や看護師、保健師などを対象に、今年度は約500人の育成をめざすという。

 フィットネス業界も中高年の取り込みに躍起だ。日本フィットネス産業協会(約120社加盟)は9月16~18日、全国の加盟施設を60歳以上に無料開放した。メタボリック症候群に焦点をあてて指導・助言。3日間で、約1万6000人が利用したという。

 大手のルネサンス(東京都)は今後数年間で、全国80店舗以上に健康運動指導士を常駐させる予定だ。インストラクターに資格を取らせ、地域で開かれる健康作り教室などにも派遣する。

 筑波大は9月、「体育専門学群」(240人)を健康運動指導士の養成校として申請した。同大の久野譜也助教授は「体育系の学生が就職活動に生かせる資格になれば」と期待する。スポーツ科学部がある早稲田大も「学生獲得の売りになる」と名乗りを上げた。

 日本医師会(日医)も、生活習慣病予備群に運動の指導をしてもらおうと、「健康スポーツ医」の研修制度を見直すことにした。無理な運動による事故防止や競技指導者へのアドバイスの役割で91年に創設され、約1万8000人が登録しているが、活動の場は地域のスポーツ会などに限られていた。

 新たな制度は、従来の座学中心の内容から、生活習慣病を予防する運動指導に力点を置く。「運動指導にも医学的な判断ができる人材は欠かせない」と今村聡・常任理事。

 日本人間ドック学会と日本病院会は「人間ドック健診情報管理指導士」(人間ドックアドバイザー)という資格を新たに設ける。人間ドックの結果をもとに生活・運動指導をする。医師や看護師、保健師などを対象に、今年度は約500人の育成をめざすという。

 フィットネス業界も中高年の取り込みに躍起だ。日本フィットネス産業協会(約120社加盟)は9月16~18日、全国の加盟施設を60歳以上に無料開放した。メタボリック症候群に焦点をあてて指導・助言。3日間で、約1万6000人が利用したという。

 大手のルネサンス(東京都)は今後数年間で、全国80店舗以上に健康運動指導士を常駐させる予定だ。インストラクターに資格を取らせ、地域で開かれる健康作り教室などにも派遣する。

 フィットネス市場ではここ数年、中高年の会員が急増し、50歳以上が全体の約4割を占める。同協会の斎藤敏一理事は「業界にとってあまり魅力のなかった資格がビジネスチャンスを生み出しそうだ」と話す。






う~ん。そうかな~?



あまり立場上語りにくいが、ちょっと違うような…。

AFAA JAPANさんから依頼を受けて、
ワークショップをちょこっとやることになりまして。


すっかり宣伝、忘れてましたわ…

商売への関心がいまひとつなあたし…ダメね。



パネルディスカッション
PFT Power Meeting
~これからのPFT(パーソナルフィットネストレーナー)の
 あり方を考えよう!~
パネラー:最上 晴朗、山本 十史彦、小林 邦之
長谷山 留美、大森 恵美子    
モジュレーター:清宮忠




腰痛に関する判定基準と対処
現場で遭遇しやすい腰痛に関する判定基準と
対処の基本
     伝承医術養生所長 最上晴朗



リンクから飛んでご覧くださいまし。

お申し込みは、まだ間に合うと思います。



先日、将来は世界レベルを目指したい希望を持っているアルペンの選手に会う機会があった。
膝の調子が悪いらしく、リハビリとトレーニングの相談を受けた。



まだ中学生だが、都のスキー連盟では有望選手らしい。



リハビリの事とは別に、中年のおせっかいだとは思ったが、一言今後のアドバイスを。



「たとえ嫌いでも、勉強をしっかりせい」
ということである。


これは誤解されると困るのだが、
成績として表れるに越したことは無いが、
結果として偏差値などには表れなくとも、
「勉強をする姿勢、何かを考え学び、という習慣を嫌がるな」
という意味である。



私はこういう仕事を25年近くやって来ているので、
その中で世界レベルの選手に携わってきた。
オリンピックに行った選手も数多い。


水泳、バレーボール、バスケット、格闘技、スキー、…


共通しているのは、「頭の悪い選手は一人もいない」という一点であった。
もちろん学校の成績が良い選手もいたが、そうでなくとも「物事の考え方の¨ツボ"」のようなモノが抜きん出ていた。


要は、広い意味で「頭が良い」ということである。



私なりに、その理由を考えると、
まず一つは
「最終的には、筋に命令を発するのは脳である」ということと、
「人の話やアドバイスを理解したり、他の人が気付かない重要なポイントに気付くのは、頭の悪い人には出来ない」
ということである。


頭が悪い、というと表現として不適切に聞こえるが、
分かりやすく表現すると、こうとしか言えない。
別の言い方をすると、
「重要なポイント、勝負所に気付ける能力」と、
「その勝負所で辛抱して踏ん張れる能力」
であると思われる。



これはアスリートに限らず、社会人でも学生さんでも、全てに当てはまる。
だが、なかなか分からない。
分かったとしても、そこで頑張れない。踏ん張れない。



これを身につける方法論は色々あるのだろうが、分からなかったら「勉強する」に尽きる、
学校の成績に結び付くかは別にして、「意欲」の問題だ。
ある一時期でも良い。



結局、「文武両道」というのも、
学問と武道が出来る、勉強とスボーツが出来る、という問題ではなく、
全ては通ずる、という意味だと思われる。



逆に言えば、世界レベルのアスリートは、
必ず「頭が良い」のである。


逆も真なり。
16ad360b.jpg今日は明大スキー部の早朝練習に、トレーニング内容の確認て出向く。


4時起きだったから、寝みー。












写真は腹筋トレーニングの画だが、
面白いもので同じ種目をやらせても、そのやり方の精度を見ると、
10人いれば1~10位まで順位が付けられる。


決してサボろうとしているワケではないのだろうが、
要はそこを「気に出来る」か「気に出来ない」かは、本人の習慣や意識によるものである。
だが、その些細な積み重ねの差が、いつか大きな差になり、最後は自分に返ってくる。



仕事もまったく同じで、
お茶汲みでもコピーとりでも、その精度には差があり、
その人の意識や習慣が反映され、完成度からいうと必ず一人として同じ仕事はない。


それが順列になり、評価に繋がる。


ものごとにどこまで「こたわれるか」が、最後は明暗を分けることも多い。

仕事も競技も、同じである。



最近、自宅の付近に立て続けに理容店や美容院が出来、
まさに駅周辺は乱立している。



私の住んでいるところは、東京通勤圏一時間ほどの郊外。
便利な割にはのどかな場所である。
それでも美容院などは、まるで表参道や青山にあるようなおしゃれな店。
これが街に適合しているかどうかは分からないが…



で、理容店は、最近はやりの「1000円理容店」。
駅周辺にほぼ隣に2軒あり、最近もう一軒出来た。
熾烈な戦争、といった様相。



今日は夕方に時間が出来たので、
新しく出来た店に入ってみることにした。
以前は、漠然と安いところは信用できない感じを持っていたが、
一度入ってみると、髪形に特別なこだわりが無い限りは、
「これで十分じゃん」といえる出来栄えだったので、
それからは1000円店で済ましている。



通常の1000円店は、特別スタッフの感じが良くもなく悪くもなく、と、
まあ特にそんなことも期待しているわけではないので、気にもしていない。
だが今日入った店は、くど過ぎずおべんちゃらでもなく適度に会話を試み、
他の店とは違った対応のようだった。
期待をしていない分、結構心地よさを覚えたのであった。



普段はそういう場所で会話をしない私も、いろいろ話を聞いてみた。
聞くとその店はFC(フランチャイズ)で最近店舗展開をしているかしい。
オーナーが、おそらく誰でもが知っている1000円理容店の先駆けのチェーン会社に元所属していたそうで、
(名前は伏せておきましょう)
何人かの仲間を引き連れて独立したそうだ。





どこの業界も、同じような現象があるんですなぁ…






聞いてみると、比較的、接客の感じが良い理由が分かった。



そもそも、その大型チェーンから離れたのが、
「マニュアル化された接客システム」に馴染めなかった、ということらしい。
確かに通常の1000円店は、効率よくガーっと切って、バキュームで髪を吸い、
10分程度で仕上げて、余計な話は極力しない、というスタイルがほとんどである。
しかし、それではお客様のさまざまな髪の悩みを聞いてあげたり、
本当の要望が汲み取れない、と。
それで自分たちの納得いく、尚且つ安価な設定でサービスを提供しようと、
有志で独立したらしいのである。



確かに私も、何となく釣られて、
最近特に量的に寂しくなってきた、髪の相談などをしたりしてしまった。
不覚にも。



さらに聞くと、私を担当してくれたスタッフは、
どうも組織の幹部のようで、新規店を立ち上げた時などに軌道に乗るまでフォローしたり、運営指導をしたりする教育的立場の人のようだった。



どうりで、接客サービスが自然だったわけだ…
と納得。



前述のとおり、髭剃りなどを希望せず、洗髪も不要で、
髪型に特別なこだわりが無ければこういう店で十分で、
もしかしたら、その基本的なカッティングの技術だけだったら、どの店でも大差は無いのかも知れない。
そうなってくると、安心感やちょっとした髪の悩みを相談出来る存在の方が、
同じ金額なら有り難い、と思える。



この店が出来るまで行っていた同様の1000円店があるのだが、
そこは決して感じが悪い、ということでも無いが、
何となくあまり細かい注文を出しにくそうな雰囲気が漂っている。
もちろん私はほとんど坊主頭なので細かいこだわりは無いが、
それでも微妙な長さや丸みなど、少しは気にしている事がある。
たいして面倒なことでも無いレベルで。


だが、ほとんどカットが終わりかけて、「もうちょっとこうして欲しいな」と思っても、
それを言い出しづらい雰囲気を醸し出す店や、スタッフはいたりするものだ。
気の弱い、私のようなお客さんならなおさら。



私は仕事でさまざまな顔を持っているが、そのほとんどはサービス業である。
そのうちのひとつ、フィットネスクラブなどももちろんその範疇に入る。
最近では置いてあるトレーニング器具に大きな差は無く、
運動プログラムにも大差はなく、といった感じで、
スタッフもハイレベルな専門知識を持っているよりも、
「感じが悪い」接客さえしなければ、大きな問題は無い。
よって、大抵のクラブは「感じが悪い」ことは少なく、ほぼ快適に使える。




だが、先ほどの新しく出来た1000円店のように、
「あとちょっと」とか、「一工夫」とか、
「何だか分からないけど、あの人がいると安心」とか、そういう部分。
もちろん、「一部の人にだけ受ける」ではなく。
全員は難しいにせよ、幅広い層に受け入れられる雰囲気。
だが、この部分は結構、自己評価が高くなるもので。

(自分は多くの人に受け入れられている、という勘違い。妄想。)

いずれにしろ、やはり最後は「人」の部分になるのであろう。


(大きな組織の場合、ボリューム勝負になるのでそんなことも関係なくなるが…)




それは必ずしも専門知識とは限らず、
「感じが良い」の、ほんのもうちょっと「上」。
トレーナーしかり、施術者、治療家、しかり。




この理髪店も、そういうことを理念としては目指しているらしかった。


それで最後に私が、


「ほんとにそういう事が大切ですよね。でも肝心なのは、確かにあなたの接客サービスは配慮に富んでいたと感じますが、同じような人材をどれだけ作れるか、ですよね~」

と言った。


さすがにそのスタッフも、黙ってしまいましたが。
(やべ、余計なこと言っちゃった~)


いわゆる“エース”が店にいる間は良いが、
その人は新規店のたびにまた次に異動するのだろうから、ほかのスタッフがその思いを継承できるかどうか?
が勝負の分かれ目である。



大手が強くなるのは、採用などをある程度の数を採れるため、
要は「分母が増えれば分子が増える」。
数多くの中には、それだけ優れた人材が含まれている確立が高い、ということだ。
それをエースに仕立てて、配置すれば「生きた手本」が存在することになる。



それでも、この新興1000円理容店、ぜひ頑張って欲しいなぁ~



前のエントリーでも書いた通り、
ここ最近は自転車(マウンテンバイク)を利用することが多くなった。



ガソリン高騰、とは特に関係ないが、
車に積みっぱなしにしてあるので、時間が無くジムにトレーニングに行けない時は補完すべく、移動の途中にちょっと走ったり、
訪問治療の際、訪問先に駐車場が無い時など、
短い距離ならば前の訪問先から自転車で移動したりなど、けっこう重宝している。



こうなる以前から感じていたことだが、
都市を走ったりしていて改めて感じることがある。


要するに、
「車に乗っている時は歩行者や自転車を邪魔に感じ」
「自転車に乗っていると車を傲慢に感じ」
「歩行者の時は自転車を身勝手に感じる」
ということである。




つまりは、人ってのはホントに勝手な存在、と言える。





エコの観点からも最近は自転車が見直されてきたりするが、
日本(特に都市部)は自転車が走りやすい環境にはない。
皆さんは、基本的には自転車は歩道を走ってはならないことをご存じだろうか?




自転車は「車両」に分類されるので、
本来は車道を走るべきものである。
表示があり限定された歩道のみ、一部歩道を走ることが許されるに過ぎない。



ところが歩道を走っている自転車の多くはそれが当たり前のように走り、
中には(けっこう多い)ベルを鳴らしながら
「どけどけ!」と言わんばかりに走り抜けていく人がいる。
人によっては「チッ」と舌うちしながら脇を過ぎていく輩もいたりする。


だが、百歩譲って見ると、致し方のない面もある。
というのは車道を走るのが本筋である自転車も、
車道に出ると今度は車から邪魔扱いされるのである。
読者の皆さんの中にも、正直に言えば、
車を運転していて自転車を「ったく、邪魔だなぁ」と思った人は多いだろう。



で、歩行者が少ない歩道で自転車を走らせようとすると、
経験者なら分かるだろうが、これが事のほか走りづらい。
歩いている時には分からない凹凸が、自転車にはかなり堪え、バランスも崩しやすく、
場合によってはかなり危険な場合もある。
地方都市などは歩道の真ん中に電柱があったりして、
車道を走るしかない場合も多い。

(…というか、本来は車道を走るのだが…)

だが車道を走れば邪魔扱いはもちろん、
車と歩道の間にほとんどスペースのない道幅が多く、
これまた危険になる。




とは言うものの最近の自転車はマナーが悪いのも事実で、
メール打ちながら、電話で話しながらは当たり前。
歩行者などお構いなし、というパターンもかなりの数に上る。


基本的には歩行者の安全が最優先で守られるべきはずなのであるが、
しかし歩行者にも他者への配慮がまったく無い人も多い。
狭い道幅、横に広がって歩くのは学生だけとは限らない。
だが、それを後ろから自転車で近づいた時、
「ジリン、ジリン!」と「どけどけ!」とけたましくベルで威嚇するのもいかがなものか?
「すいませ~ん」と一言掛ければ済むことなのに、と思う場面も、これまた多い。












長々と書いてきたが、
車に乗る人も、たまには自転車に乗ってみることも必要で、
それでも悲しいかな、車に乗ると自転車に乗っている時の気持ちを忘れてしまうもので、
少しでもその感覚を忘れないでいられれば、もう少し事故は減るのだろう。
人は誰でも歩行者になるのに、車に乗ると歩行者の気持ちを忘れてしまうことも同様である。


ま、かくいう私も人さまのマナーにとやかく言えるほど、立派な日々を送っていないが…













と、まあそんなことに関連して。







仕事がら、いろいろな組織や集団のリーダーや管理職の方々と接することが多いのだが、
特に最近は「人材育成」について意見を交わすことが多い。
要するに、「こちら側の意向を汲んでくれない」とか、「部下の為に言っているのだが…」とか、そういう類いのことである。





これも前述の自転車、歩行者、車の関係と同様で、
部下は上司になったことが無いので仕方がないが、
上司は部下の経験があるわけで、基本的には上の者が「意識上で膝を折ってやる」しかない。
その場合、非常に「優秀な」部下時代を過ごすと、いわゆる「普通の」部下の気持ちが測れない。
「名選手、必ずしも名コーチならず」というのも、多くの場合ここに要因がある。





結局は「コミュニケーション」というキーワードになり、
ほとんどのリーダー、管理職はこの言葉を出し、重要性を痛感しているようだ。





以前から何度となく「コミュニケーション」について書いているので、検索などして過去エントリーもお読みいただきたいが、
私が考える、コミュニケーションにおいて重要なファクターは、
「イマジネーション」と、そこから派生する「配慮」であると思う。





先ほど、「部下は上司になったことがないから仕方が無い」と書いたが、
それでも「イメージ」して「想像、推察」は出来る。
つまり「自分がこういう行動したら、上司の立場としてどう感じるのだろう」とか、
「リーダーの人は、自分にどうなって欲しいと言っているのだろう。それをしないとリーダーは何が困るのだろう?」とか、
そういう「イマジネーション」である。





無論、経験があればそのイマジネーションも持ちやすいが、
経験がなくとも出来ないことではない。
だが、その前提条件になるのが、
基本的な「愛」である。
「配慮」と言い換えてもよい。




私は別に宗教家ではないし、何かを信仰しているということもない。
だが何らかの形や方法で、他者への「愛」を学ぶことは大変重要に思えるのでる。




私は以前に、企業で人事、採用などを担当していた時期があるが、
採用の際、最も重視したのがこの部分である。
これさえ心の中に持ち合わせていれば、教育は何とかなるものである。





逆に言えば、小学校までにこういうことが教育されるシステムやカリキュラムになっていないと、
昨今のような青少年の凄惨な犯罪に繋がるのでは?と考える。





前述のように、私も偉そうに他者への配慮などと言えた義理ではないが、
今より少しでも、ちょっとづつ「想像」して「配慮」出来れば、けっこう良い世の中になりそうな気がするのだが。










交通事情の話から、かなり広がっちゃいましたな。




失敬。



20060924153552.jpg

先日、半休を利用して、マウンテンバイクでちょっと遠出をしてみた。
と言っても総行程30�ほどだが。







途中、遠目にもかなり立派な真新しい建物が目についた。
運動指導者ならばすぐにスポーツ施設であることが一目瞭然で分かる。



途中で気が向けばジョギングでもしようと思って、シューズと替えのウェアを持っていたことと、予定を定めない気ままなぶらり旅だったこともあり、
せっかくなので立ち寄って利用してみることにした。


外観は写真の通り。
かなり金が掛かっているのは明らか。
おそらく5~7億ぐらいは掛かっているだろう。それに加えて東京圏郊外ということもあり、
潤沢な土地に駐車場が200台ほどある。


民家施設のそばにこんなもの出来たら、たまらんわな…




で、入ってみると、
水着は持っていなかったのでトレーニングジムを利用しようと思ったら、
初回は必ず「講習」を受けなければならないシステムになっている。
公共施設にはよくある仕組みなので、予想はしていたが…


その時間も決まっていて、一日三回。
事前予約が必要で、どんな人も必ず受講しないと使えない。
民家ならばある程度フレキシブルに対応するが、公共はそのような融通は利かない。



ここまで来て、気持ち的に引っ込みもつかないので、
多少納得の行かない気持ちもありつつ、帰り道にちょうどの時間帯の講習の予約をして、ツーリングを続けることにした。



そして帰り道に再び寄り、講習に参加。



施設は外観は立派だが、中は無駄なスペースが多い。
ロビーやら階段やら。
外観の割に、肝心の運動スペースが少ない。
利用導線も妙な仕組みで、
ジムと別フロアに今流行りのスパゾーンがあるのだが、
ジムと両方使いたい場合は、ジムを使った後で一旦着替えるか、着替えを持ってジムのゲート(自動改札みたいなやつ)を出て、
一階上がり改めてスパゾーンのゲートを入り、専用ロッカーで脱衣をしなければならない。


なんじゃ、こりゃ…


加えて、スタッフには「ご不便掛けて申し訳ありません」の気持ちのかけらも感じられない。
前述の講習にしろ、「受けなきゃ使えないんだから、嫌なら帰れよ」という雰囲気。



こういう公共施設は、ほとんどは民間会社に運営を丸投げ委託しており、ここも同様。
公務員ならいざ知らず、民間会社であるにも関わらず、このありさま。



ここのスタッフもほとんどがアルバイトで、
受託会社側も税金から自社に委託料が自動的に入ってくるのをいいことに、
手抜きしてアルバイト教育もほとんどしていない為にこのような事になる。


(念のため、アルバイトが悪いわけではないので悪しからず…)



で、ジムに行き、講習に参加。


私は指導者だから、内容が不必要なのは当然だが、
もし初心者だとしても、お世辞にも必要性が高いとは言えない内容。
要するに利用のルールが中心で、つまりは一人づつ同じ話しをするのは非効率なので、ということらしい。
その割に一日三回しか行わず、「その時間以外は受け付けない」というかたくなな態度。


「公共サービス」って、分かってんのかしら…


ジムも、明らかにロビーや廊下の踊り場より狭い。
更衣室に入るゲートと、別にジムに入るゲートがあり、それぞれ違うカードを差し込まなければならない。
(管理上のことなのだろうが、どこまで必要?)

おまけに、ジムカウンターにいるスタッフはほとんど座っていて、
あくびの連発。


いや、ひっどいね~





怖いのは、民間が受託しているにも関わらず、
この現状に何も感じないのか?ということ。


そもそも、その会社自体が質が低いのかしら…?
(会社名は聞きましたが、とても書けまへん)

公共からの受託だし、余程ひどいことしない限り契約打ち切りはないから、
社内でもレベルの高くない管理者を派遣している…?





…ま、とは言っても
利用者からすれば一回数百円で使えるわけだから、
たいして気にならない人にはこれで大喜びなんでしょーな。



逆に、民間施設のスタッフがちょっと意識が低かったら、
「これだったら公共のが安くてイージャン!」
となるわけで。



互いに反省と、再確認が必要かも知れませんな~
台風が近付いているので開催が危ぶまれたが、
無事に雨もふらず、比較的条件の揃った試合になった。


一位・葛西紀明選手(土屋ホーム)

二位・伊東大貴選手(土屋ホーム)

三位・岡部孝信選手(雪印)


至極、真っ当な結果。