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かろうじて、瀧本選手が判定勝ち。


かなりしょっぱい試合で、
決めるべきところで決めきれない。


実戦での体力不足。
防御技術不足。






はっきり言って、練習不足、学習不足としか言いようがない。



期待しているだけに残念。


このままでは、総合では立場が危ういかもで…
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何やかんやで、
来てしまいました。
さいたまアリーナ
「やれんのか!」。



いや~超満員でっせ~
すごい熱狂!



試合内容がしょっぱくないことを祈る…
今日、発生したスポーツクラブにおける銃乱射事件。
長崎・佐世保にて。


実は私が以前にいた会社…


不幸にもアルバイトのスタッフが撃たれて亡くなった。



撃たれて重傷を負ったマネージャーも知り合いである…





不謹慎ながら、
こういうことが身近に起きて、
初めて近くに危機があることが実感される。




はやく犯人が捕まって欲しいし、
怪我をされた方々の早い回復を祈るばかりである。



しかし…





銃を所持していたらどうしようもないが、
どんな暴漢が乱入してくるか分からない時代。



スポーツクラブにも、
「さすまた」のような防御用具が常備すべき時代になったかも知れない。
往年の名ゴルファー、アーノルドパーマー氏を尊敬する青木功氏の記事が雑誌に出ていた。



内容の第一は、アメリカのゴルフツアーの事についての驚きのコメント。



たまたま見ていたゴルフ中継のテレビを見ていて、そのレベルの高さに驚いていたら、
それがPGAツアー(野球でいうメジャーリーグ)ではなく、
下部ツアーであるネイションワイドというツアーであった、ということ。


どうりで顔の知らない選手ばかりだった、と青木氏は語っているが、
アメリカツアーの層の厚さを物語る話である。




それと印象的だったのは、
往年の名選手、アーノルドパーマー氏について語っているくだりである。


当時の快進撃は今のタイガーウッズ以上であったが、
その全盛期、勝っても負けてもサイン責め。
悔しくて仕方ない時でも、表情には少しも出さず、
ファンの求めに応じてさっさとサインをしたそうだ。
不機嫌な顔を一切見せずに。



青木氏も「これは見習わなければ」と、どうやって気分転換していたのか聞いたことがあったらしい。



すると…






家に帰ってから、ゴルフクラブをぽんぽん放り投げたそうだ。
早い話、「うさ晴らし」。



青木氏いわく、

ファンに見えないところで自分の心を整理し、
その上で試合においては何十年も勝っても負けても、ずーっと長きに渡り気合を入れ続け、
真剣にプレーし続けて来たからこそ、
例え全盛期を過ぎても多くのギャラリーを引き付けられるのだろう、

と。




そういう「プロ意識」が存在感に醸し出されるのだろう、と結んでいる。



さて、私のいるトレーナーの世界では果たしてどうだろうか?

あるいは手技療術(治療家)界、
専門学校などの教育界、しかり…




青木氏がさらに言うには、
「たとえ世間はその人をスターといっても、本人はスターと思わず、気を入れて、その場をその時にやれることを精一杯やること」
こそが大切である、としている。




云うのは簡単だが、実行、継続は難しい。




真のプロ、とはこういうもの。



どこまで近付けるか分からないが…
永遠に目指してはいきたいものである。
これは「人脈の作り方」と言い換えても良いかも知れない。


これから社会に出る学生に、たびたび口にする言葉。



以前にこのblogでも書いたが、大切なことなので、
手を変え品を変え…





社会に出て生きていくには、
「人脈」が必要不可欠である。
言い方を変えると「人間関係をどう築くか」である。



最初から最後まで一人でやる仕事は有り得ないし、
そもそも仕事は人が運んでくるものである。



会社に入ったりすると気付きにくいが、
仕事は誰かが与えてくれるもの。
それが無ければ、収入に繋がらない。



人間関係が築けないと、会社ならば干されるか、最悪はリストラ。
面倒だが、それが現実ならば仕方ない。




人脈をつくる、というのも、
では名刺を配りまくれば作れるか?と言えばそんな単純なものではない。

人間関係も、愛想を振り撒けば出来るものでもない。




大切なことは、
今、目の前にいる人たちの役に立つこと。



いや、少なくとも、
「役に立つと思わせること」。
さらに出来れば「結果を出すこと」である




いま目の前にいる先生、友人、関係者…


その人たちの、少なくとも役に立つ存在、
あるいは、些細な雑用レベルであっても、
それを完璧にこなし結果を出すことが、
すぐにでなくとも、五年先、十年先に、必ず自分に返ってくる。




結局はそれの積み重ねでしか、人の信頼は得ることが出来ない。
その連続が人間関係の構築になり、
それが人脈になるのである。




いま、目の前にいる人との関係を疎かにしてはならない。




それすら大切に出来ない人に、
未来は何も開けないし、
味方しないのである。




人生のおよそ三分の二を過ぎた、私の中間決算である。




だが、若い人は、そこが分からないようだ。
デイリースポーツonline/W杯ジャンプ、葛西の11位が最高/スポーツ速報


W杯ジャンプ、葛西の11位が最高

 ノルディックスキーのワールドカップ(W杯)ジャンプは1日、クーサモ(フィンランド)で個人第1戦(HS142メートル、K点120メートル)を行い、日本勢は葛西紀明(土屋ホーム)が135・5メートル、133メートルの280・8点で11位になったのが最高だった。

 国外でのW杯初参戦となった湯本史寿(東京美装)は131メートル、107・5メートルの220・3点で30位。トリノ冬季五輪ラージヒル覇者のトーマス・モルゲンシュテルン(オーストリア)が146・5メートル、137メートルの308・8点でW杯通算3勝目を挙げた。

 竹内択(北野建設)と岡部孝信(雪印)は上位30人による2回目に進めなかった。





デイリースポーツonline/ジャンプのコンチネンタル杯 伊藤は12位/スポーツ速報

ジャンプのコンチネンタル杯 伊藤は12位

 ノルディックスキー・ジャンプのコンチネンタル杯は1日、イタリアのプラジェラート(HS140メートル、K点125メートル)で行われ、伊藤謙司郎(北海道・下川商高)が130・5メートル、132メートルの合計252・0点で12位だった。

 小山内佳彦(東京美装)梅崎慶大(雪印)作山憲斗(長野・中野実高)は2回目に進めなかった。



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今日はコンディショニング調整の為、
チームNISMOへ。


GTシリーズの今シーズンも既に終わり、
チームは既に来季のマシンづくりに。







来季はマシンがZ(フェアレディ)から、
いよいよ万を持して今話題のGTRに刷新される!
今シーズンの不振を挽回すべく、メカニックを始めスタッフも既に気合十分。


ファンの皆さま、期待して下さいまし~




さて、写真の通り、
毎年恒例のファン感謝デー、
「NISMOフェスティバル」が、12月2日(日)に富士スピードウェイで行われる。




例年、ものすごい数のファンの皆さまにお集まりいただいているが、
今年は話題のGTRも参加!
さらに熱い一日になること請け合い!




ぜひお越し下さい~
あっという間に11月も半ば。


この年になると、判で捺したように、
この時期同じセリフを連発する。



「一年、早いね~」




あたしなんか、
「ついこの間、年賀状書いた気がしますよ~」
なんて、よく患者さんなんかと話したりする。



さすがにそれはオーバーだろ…
とも言われるが、
実感としてはホントにそんな感じ。





この手の会話は、あまり若い人はしないようだが、
歳を重ねると時間の進み方が違うからであるとも言われる。



それは、歳を重ねるほど、
何事においても「未経験」のことが少なくなるからである。




つまり、ほとんどの事柄が以前に経験してきていることで、
そういうことは段取りや対処なども分かっているが故に、
最初からストーリーが出来上がっている。



ある意味、始まりながら既に終わっている状態になり、
時間感覚が速く進行していくようだ。


まあ、もっとも未経験の事でも、
余りに入り組んだことだと、
それに忙殺されて、それはそれで時間が早く感じるが…





他にも、この時期、
定番の挨拶、

「めっきり冷えましたね~」



暑くなったらなったで、
「暑くなりましたね~」




毎年繰り返して起こる現象だから、
いちいち言わなくても良いじゃん、
てのは若憎の感覚。



こういう、当たり前の意味のない挨拶が出来ることが、
大人への登竜門。




若者たち、
こういう意味ない挨拶が出来て一人前。


覚えておきたまえ。







と、前置きはこれぐらいで…






先日もある患者さんとも話したのだが、
人ってやつぁ、歳を喰ってきて改めて感じることがある。




所詮、自分一人の力ででやってきたことなどは、ほんの少しである、
ということである。



一見、
「オレ一人の力でここまで来た」
と息巻いても、そんなことは有り得ない。



そもそも生きて来られ、生活出来てこられただけでも、一人の力では有り得ない。
今使っている道具は誰かが作ったもので、
食べ物さえも誰かが採ったり加工したもの。



交通手段は誰かが操作し、道路や線路も同じ。



仕事も何から何まで一人で、ということも有り得ず、
もしかしたら「運」でさえ、
誰かの何かの力が関わっていないと起こり得ないかも知れない。



人を使う立場の人も、
実は自分に「使われてくれる」人がいて、その関係が成り立つ。
「先生」などと言っても、教わりたい人がいて成立する。




そのようなことは、
何も人ばかりではない。森羅万象、何かしらの目に見えない力によって、
人は影響を受け、
「生きている」のではなく、
実は「生かされている」のかも知れない。



目に見えない、もしかしたら物理的には存在しないかも知れない、
だが、確実に何かに支えられて「生きる許しを得ている」。




目に見えないが「陰の存在」。


それに対する感謝の気持ちが、

「お蔭さまで…」

という言葉、想いなのであろう。



もちろん、部下の方や自分に付いてきてくれる方々、
明らかな「お蔭様」には心からの感謝の意を表すべきである。




たとえ不器用であっても、
何らかの形で。




それは「有り難い」の精神にも通ずる。
(以前に当blogで書きました)

以前にも何度か書いた通り、
大昔にバレーボール界に携わっていたこともあり、
大きな大会は一応注意して見ている。
さすがにテレビ放映をくまなく見ているわけではないが。






まず興味を引くのが、競技以外の部分。





昔と違い、ちょっと過剰にも程があると感じざるを得ない、物凄い演出。

何故ジャニーズのタレントが出てくるのか理解出来ない、
意味のない応援体制。


オリンピックの出場権もかかる重用な大会であるワールドカップが、
何故毎回日本で開催されるのか、
何ともうさん臭い政治的背景。


日本の試合は必ず毎日、最終試合に組まれる、
恥ずかしくなるような露骨な身内ひいき。



完璧な劣勢でも無理矢理日本チームを褒めたたえるバレーボールOBとテレビ局。






…やっぱ、異様だわ。





ま、数え挙げたらキリがない…



元選手のバレーボールタレントたちは、恥ずかしくないのだろうか…?
テレビ局内部のスタッフは、もはや感覚マヒを起こしているだろうが。





さて、本題の競技の部分。




バレーボールという競技は、
日本が勝てる可能性がある、数少ない競技の一つである。




ネットで相手方と分離されていて、
直接のボディコンタクトがない。
体格差でどうしても劣りがちな日本人には向いているスポーツと言える。


現在は女子の大会が行われているが、
一時期オリンピックの出場すら逃した低迷期からすれば、
世界の5、6番手までチーム力を上げてきた柳本監督の手腕は評価されるべきだろう。



だが監督には申し訳ないが、
結果としては前回オリンピックから比較すると、
絶対的能力は上がったかも知れないが、
相対的にはほとんど向上が無かったとしか言えない。



直接コンタクトがない、ということは、
全てのプレーが直接的に相手から邪魔をされることがない。
ブロックはあるが、身体に触れるわけではない。



つまり理論上、自分たちがやるべきことの完成度を高め、
精度や威力などを完璧に近づけて行き、
それらが相手を上回れば勝てるスポーツ、ということになる。




これまた、分かり切った理屈上の話だが、
勝つための要素は次の通り。

(1)成功率9割を越えるサーブレシーブ。
(2)相手方の手の上から打てるだけの最高到達点に達するジャンプ力、プラス身長。
(3)30%を越えるようなサービスエースを取れるサーブ。
(現実的にはジャンプサーブ?)




これは「当たり前だろ、そんなこと」と言われることばかりだが、これが普遍的事実。
これらがあれば、大抵のプレーが可能で、
どこかが弱ければ、他の要素を強化することで補填できる可能性もある。




つまり、この数年、
日本協会はこれらの何をどう考え強化してきたのか?
ということが重要になる。




敗戦後の解説者のコメントを聞くと、
「やはりサーブレシーブがきちっと返らないと、日本のコンビバレーが出来ない」
のオンパレードだが、
それは他の国も同じこと。
だが、欧米の選手たちは高身長を生かし離れたトスもバシバシ決めてくる。



だがサーブレシーブというのも、
これだけジャンプサーブ全盛では、
もちろん練習で精度は上げられるものの、強力なサーブに対しては限界があるのも確か。



他の二つの要素も当然高めなければならないが、
もし練習による強化に限界があるのなら、
そもそもの「人選」を見直す必要がある。




高橋みゆき選手は素晴らしいし、竹下選手も素晴らしい。
だが、この数年はこの二人に依存したチーム構成から脱却出来ていない。

厳しい言い方をすれば、アテネ以降はマイナーチェンジのみで、
チームとしてはほとんど成長していないことになってしまう。
相対的に。
(他チームとの力関係に於いて)





「高さにやられた」
「パワーにやられた」
「サーブで崩された」

といつまでも言っていても何も始まらない。
直接コンタクトがないスポーツだからこそ、手の打ちようはあるはず。



もし発想が変わらないのなら、
それは指導陣や戦略部隊の刷新が必要なのかも知れない。


時間はないが、まだ間に合う。
こんなようなネタ、以前にも書いたが、
ま、改めてということで…





ジムにトレーニングに頻繁に行くのだが、
私の場合、筋肥大は基本的に目指しておらず、
持久力を含めた「動ける身体」を維持することが主目的になる。



必然的に自重のトレーニングの配分が多くなり、
跳んだり跳ねたりもしなければならない。




そうなると、困ったことになる。






ジムに定期的に通っている人はわかると思うが…





そういうことを思う存分出来る場所が、
民間フィットネスクラブには意外に無いのである。



以前にこのblogで、
「最高のジムは、何も置いてないところ」
と書いたが、
これは優れた指導者がいる、という前提の話。




つまり、トレーニングマシンやランニングマシンを置いて、
「その目的以外には使いようがないもの」
に出来ることを限定し、一定以外のことはさせないことで安全や秩序を保つのである。





数少ない、自由度のある用具も、
本来の目的以外に用いることは、大部分の場合は許されない。



例えばミニパーベルを床に置いてピョンピョン飛び越すとか、
プレートを目印代わりに置き、短いダッシュを繰り返すとかしていると、速攻で注意されることがほとんど。





これはその現状を非難しているのではなく、
民間フィットネスクラブに通ってくる方々の現状を考えれば仕方ないこと。



だからこそ、私のような人間は、
マシンが乱立する場所を避け、
何とか空きスペースをコソコソ探し、
他人に迷惑にならないかと気にしながら、
端の方でヒッソリとシコシコやっているのである。





これまた見ていて気の毒なのが、
最近流行し、導入しているクラブも多い
「パーソナルトレーナー」の方々。



パーソナルで売り上げ上げろ!と言われている割に、
それに使えるスペースが余りにも少ない。



見ていると私同様、廊下の隅やトイレの側、用具庫の前など、涙ぐましいスペース探しをしていらっしゃる。
混雑している時間帯などは、本当に気の毒だ。



この辺りは、経営陣が考えなければならない問題だろう。
パーソナル指導を本気で根付かせるのであれば。