前回、損害賠償請求について色々と書きました。今回は別の視点から。

断っておきますが、私は東電関係者ではありません。


福島原発1号機について、震災直後の3月12日夜、真水がなくなったので海水を注入したところ、菅直人が注入を止めさせたそうです。時間にして1時間ほど。

東電は真水がなくなったら海水、とマニュアル通りに事を進めていたようです。



今まで、政府の対応が東電の損害賠償額を増やしているんじゃないかと思っていましたが、今回は決定打です。何事も初動が大切ですが、今回の原発の場合は特にそうです。政府が原発被害を広めたのはもう確実です。


東電は政府に対して損害賠償裁判を起こせば勝てるのではないでしょか。

そうすれば損害賠償額は減らせると思います。


できれば、初動対応を遅らせた張本人を名指しで訴えてもらいたいくらいです。

例えば火事を消そうとしている人を、権力を持っている人間が業務命令だと言って止めさせて全焼させてしまった場合、民事、刑事のどちらになるんでしょうかね。こういうことには詳しくないので例えが違うかもしれませんが。。


国が負けると、結局は我々国民が負担することになってしまうんですけどね。



東電が悪いという現在の世論は、「海水を入れて廃炉にしたくないという東電のスケベ心が事態を悪化させた」とまことしやかに言われていたことも関係あると思います。

その世論をバックに、損害賠償に上限を設けないと言ってみたり、国有化するだのしないだの、言いたい放題勝手放題ですが、最初から政府が海水注入を止めていたことが知れ渡っていたら、こんなこと言ってられなかったのでは?と思わずにはいられません。


とにかく、総理大臣からの指示で、初動が遅れたのですから、賠償額に上限を設けないと言われても、「いや、設けてくれ」と言いたくなるでしょう。

それでまた世論の反発を買ったわけですが。


海外からの原発に関する援助も、政府が断った、いや東電が断った、などと言われていて正確な情報がわからないのですが、はっきりと言えることは、外国が打診するのは日本国政府だということです。

実際、フランスから援助として送られた放射線防護服2万着をずっと使用せずに放置していたことがバレていますが、これは政府の所行です。

東電が断ったということで、また世論が(以下略)。


菅直人は、3月12日の午後8時20分から異例の事態だが海水注入したと発表していましたが、これは事実を正直に言っていませんでした。


こんな政府に生殺与奪権を握られ、政府のおかげで世論からは憎まれ、政府の対応が悪いため増え続けている損害賠償を負担させられているのが東電です。



政府が口を挟んだ結果どうなろうが、更には政府が判断を間違えようが何しようが、最終的に上限無しの損害賠償という形で責任を取らされるのは東電です。


これが正しい状態だとは思いません。



もちろん、東電の隠蔽体質、電気事業独占、役員が天下り、関連会社しか仕事をまわさない、偉そうにしてた、利権がらみ、社員の給料が高すぎる、などなどこの際言いたいことは山ほどありますが、それとこれとは別なんです。

原子力安全に関しては、国が絡むことです。


もう何もかも東電の責任にしたいのであれば、原発事故関連のことは政府は口出さずに、すべて東電に任せれば良いのです。

でもそれは無理ですし、原発は国策ですので国が責任放棄できるわけでもありません。


結局のところ、政府が腹をくくって対応するしかないのです。




福島JAや茨城漁協組合が東電に賠償請求をしたとのこと。

賠償請求は当然ですね。

しかし、国が窓口にならなくてもいいのか?と思ったのは私だけではないでしょう。


賠償スキームもまだ決まらず、NHKのニュースによると昨日(17日)に損害賠償の専門委員任命したとのことですが、今頃になってから?というのが印象です。

こういうのを後手に回ると言うんですね。


東電も、まさか言い値をそのまま鵜呑みにすることはないと思いますが、検証ができるとも思えません。これは被害者に対し公平性が保てないということです。

さらに言うと、この機に乗じて、、という弁護士が出てこないとも限りません。



個別にいろんなところから損害賠償請求が来ると、東電だけでは手に負えなくなるのは目に見えています。


世間は東電憎しの風潮で、原発事故は東電が起こしたという感じですが、原発は国策であるということを忘れてはいけません。国策を民間企業が負っていたのです。

菅直人が首相に就任してすぐに、原発への依存度を50%以上に高めていくという「エネルギー基本計画」を閣議決定したことを覚えている人もいるかと思いますが、原発とはつまり一企業が勝手に進めているモノではないのです。


東電の首根っこを押さえつつ、東電の陰に隠れている政府ですが、本来であれば、政府が前面に立って収束を計らなければならない事態です。


一刻も早く基準を作って、迅速に損害賠償できるようにしなければ、このままでは収集がつかなくなります。



政治主導という言葉が虚しく聞こえてしまう昨今ですが、ここは政治主導で文字通り不眠不休でがんばってもらうしかありません。



電気料金値上げと言っても、東電の賠償とは別の話です。


日本の発電は、原子力のコストが安いのでフル回転、火力のコストは高いのでピーク時対応ということになっています。

原子力事故が起こったから結局コスト高じゃないか、とか、燃料の後処理でカネがかかるじゃないか、などの意見もあるかと思いますが、3.11前まではそういうことだったという話です。

そして、今現在も、それが前提で電気料金が決まっています。


そのコストの安い原発が、動かせないでいます。


たしか、数年前に原油価格が跳ね上がったときには、電力会社の企業努力で電気料金を上げなかったということがありました。これには少なからず原発も貢献していたと思います。


しかし、これからは、火力が主体になっていくと思われますので、原油価格や円高、円安などに今まで以上に振り回されるかもしれません。


発電コストは電気料金に転嫁できます。


例えば、電力料金の自由化なんかをすれば(電力販売の自由化)、電気料金をおいそれと上げることはできないのですが、今はそうなっていません。



東電については、今は世論が値上げを許さないでしょうが、他の原発を動かせないでいる電力会社が値上げをしたとしても、これは黙って受け入れるしかありません。


なぜなら、生活が不便になってでも原発を止めるのが世論だからです。


その不便が電気料金値上げという形で現実になるということです。


実際値上げの可能性は低いと思うのですけどね。

まあ、値上げされたとしても、東電を助けるためなのか、原発を止めたゆえの結果か、よく見極める必要があります。

マスコミも煽ってくるかもしれないですから、注意しましょう。




浜岡原発停止。


中部電力は知らなかった。

東電も知らなかった。

東電との連絡役の細野政務官も知らなかったらしい。


計画停電の影響の調査も政府機関からは発表されていない。

そもそも計画停電が必要だったのかどうか。検証もされていない。

電力供給を止めるとどうなるか、事前に調査もしていない。


5月12日のTBSの「ひるおび」で、原発停止の影響は?というテーマで話がされていましたが、経済に対しての影響については「大変大きい」と一言のみ(メインは原発停止ドミノでありました)。

あきれ返りました。


ちなみに「原発止めて生活レベルを落とせば」なんて言っていた(元?)弁護士もいましたが、まあ甘いですね。

たとえば工場の生産量は確実に減ったりするわけです。そうすると失業者が出てくるのです。

失業した人に対して「生活レベルを落とせ」なんて言えるのでしょうか?

そもそも生活レベルを落とすということはどういうことか、真面目に言っている人は見たことありませんが。



経済は電力なしでは語ることはできません。

被災地の復興には経済をまわさなければならないのです。

だから原発を動かせと言っているわけではありません。


浜岡原発停止後の報道を見ていても、何もかもすべてが後手に回っています。

現地への交付金の件もそう。原発ドミノが起こりそうとい件についてもそう。

国が物事を決めるのに、これでいいのかと問いたい。



自分がした決断の影響をほどんど何も考えず、後から出てきた問題については場当たり的ことを言っておしまい。こういう人間が日本の総理大臣をしています。これは非常に危険なことです。この記事を読んでくれている人もわかってくれると思います。

しかし、評価するマスコミもいるもんだから、もうめちゃくちゃです。



止める必要がある原発は浜岡のみと政府は言っていますが、とにかく止めて、あとはなるようになれではだめなのです。止めたらどうなるかを考えることで、あらかじめ対策を打つことができ、影響を小さく抑えられるのです。

何度も言いますが、止めるな、ではなく、止めるにしてもちゃんと考えろと言っているのです。


電力の一定の割合を原発に頼っているのが日本の現状です。

これはすぐにどうこうできる問題では決してありません。


原発を止めると復興も遅れるということを、真面目に考えてください。




最後に余談ですが、安易に住宅の震災基準を緩めたり、安易に交付金は保障すると言ったり、その他もろもろ安易に大盤振る舞いしすぎているという印象を持っているのは私だけでしょうか?財政は大丈夫なのでしょうか?

大盤振る舞いが何も考えなくても良い一番の方法なので、まさか、とは思いますが。


5月9日の報道ステーションで、原発で働く人たちのことがニュースになっていました。


体育館で200人が雑魚寝状態で、まあ酷いものです。

日本のために働いてくれているのに、これはないだろうと思いましたが、一番酷かったのは、シャワーが今までなく、最近になって使えるようになったとのことでした。

それまでは濡れタオルで身体を拭いていたとのこと。


放射能は花粉と同じというのは聞いたことがある人もいるかと思いますが、放射性物質が身体に付着すると、その放射性物質から放射線が出続け、身体が被爆してしまうのです。


身体に放射性物質が付いたらどうすれば良いか。


答えは簡単。水で洗い流せば良いのです。


シャワーが今まで使えなかったということは、それができなかったとういことです。


放射性汚染を防護する服を着用するにも脱衣するにも、きちっとした順序があり、クリーンルーム(ホコリがほとんど0の部屋、半導体工場などにある)と同じような管理をしているのは分かります。

だから放射性物質は外部にはきっと出ないのでしょう。


しかし、シャワーが使えないという精神的な不安はどのように解消すれば良いのか。

衛生面の話ではないのです。

放射線測定機でチェックして安心という話でもないのです。


東電も政府も、もう少し現場で働く人たちのことを真剣に考えてもらいたいものです。