試写会HOLiCな日々。 -4ページ目

「1000の言葉よりも - 報道写真家 ジブ・コーエン - 」試写会、感想。

この映画は、現在、世界でもっとも危険地帯の一つであるイスラエル・パレスチナ地区、其処で妻子持ち(因みに奥さんはモデル業)である報道写真家ジブ・コーレンに迫ったドキュメンタリー映画である。


1995年、パレスチナ人の過激派によって爆破されたイスラエル人の乗ったバスを写した一枚の写真によって彼の名は世界中に知れ渡る。 しかし、彼は常にその場を避けて通る、何故なら、余りにも凄惨な光景が未だ脳裏に焼き付いているからだ。 その場で救助に当たった救急隊員、被害者などはセラピーの対象だったが、報道カメラマンは別、中には自発的にセラピーを受けたカメラマンもいるが。 一件スキンヘッドの彼、ヴィン・ディーゼル似な風貌をしている、彼は受けなかった。 あの肉片の飛び散った、人の焼けごげる匂いを未だに忘れられないのに。


報道カメラマンとして、編集部のデスクも一目置く彼の日常はスクープを貪欲に求める、その為なら、ある程度の犠牲はいとわない覚悟を持ち合わせた剛胆、且つ、アグレッシブな一報道カメラマンである。


「常に死と隣り合わせ」な現場、それはまさしく、ベトナム戦争での従軍カメラマンに似ていると感じた。 平和ボケしている日本人には実感できない、イスラエル国家からの抑圧で日々、「絶望的」なパレスチナ人の日常、そこから生まれる激しい憎悪、その修羅場に入り、イスラエル人であるフォト・ジャーナリスト、ジブは危険を承知で、スクープ写真を撮る為に、敢えて飛び込む。


彼を観て思うのだが、一種の「アドレナリン・ジャンキー」とも取れる危険地帯での撮影は、確かに真実を世界中に伝えるジャーナリズム精神が根底にある故の行動力だろうが、それだけでは説明できない、何かが彼を突き動かしている様に感じた、何故なら、上記にも記した様に「妻子持ち」で、奥さんは勿論美人、なのに、彼にとっての優先順位は、家族のそれよりも「スクープ写真」なのだ。


当然、仲間のカメラマン達は、その危険性故、独身、離婚者が多い。 観ていて思ったが、彼の奥さんも、かなりの強靱なメンタリティの持ち主かと思われ、何故なら、何時死んだと報告の入ってくるとも限らないパートナーと普通の神経じゃ、人生の伴侶にしたくないと思うのが普通、なのに、仕事上、滅多に帰宅できない彼と一緒に生活している、そんな特異性がどことなく奇異に映るから。


真のプロフェッショナリズム、そんな言葉か彼にはぴったりだ。


「よーし、自分も将来はフォト・ジャーナリストになるぞ!」って人には激しくお勧めしたい映画です。 

「花はどこへいった」シネトレ ブロガー試写会 感想。

夫を癌で失った喪失感を埋めるかの如く、今回の映画は作られ、その中で、監督である彼女は、精力的に未だにベトナム戦争時の枯葉剤作戦で苦しめられる現地人を丁寧に追う。


監督の坂田雅子氏は学生時代は反戦運動家、故、観る前は「ちょっと偏った思考の映画では?」と想像していたが、杞憂だった。 その時、その場で、「エージェント・オレンジ」と呼ばれた枯葉剤、ダイオキシンを含有するその枯葉剤を、凄まじい毒性があると分からず、浴びてしまった、当時の人達のインタビューに始まり、そして、浴びた故、生まれてきた子供は奇形児となり、生活に困窮する中、必死に彼らを育てる人達を映す。


治る見込みのない、奇形児を、見捨てず、家族の一員として育てる姿は、観る者に一種の「絶望感」を与えかねない。


しかし、彼ら、家族は、どん底の生活の中、優しく彼らに接する。 その、極限下での慈愛の心に自然と胸を打たれる。


あと、この被害をもたらした、アメリカ人に対し、彼らは「過去の事」と、憎悪心がない事に、某K国の様な、何時まで経っても「謝罪だ、賠償だ」と単細胞的思考では無く、其処にはベトナム人のアメリカ人に対して「赦す」寛大な心を持った素晴らしい誇り高き民族である事を証明している。 卑しい国は「自分達の国は素晴らしいんだぞ!」と自発的に叫び、しかし、そんな程度の低い民意では到底、世界の信頼を得る事は出来ない、それすら分からない愚かな民族もいれば、ベトナム人の様に、個人に対しては個人、あれは国の戦争、あんたには関係ない、これからは仲良くな、的発想に、この国を急速な経済発展させ得る理由が有るのかも知れない。


監督の夫は過去にベトナム戦争で枯葉剤を浴びた、それ故、癌を患い、妻を残し、若くして逝ってしまった。監督は、ベトナム人同様、夫の最期を受け入れられたか? その回答は、この映画制作に掛けた情熱を見れば自ずと理解できる。


因みにアメリカは、未だに枯葉剤が与えた災禍を認めていない。 膨大な国家賠償が生じるからだ。 所詮、その程度の国家なのだ。アメリカとは。

「バグズ・ワールド」試写会、感想。

この手の映画には「アース」とか「wataridori」等あり、大自然の中で躍動する動物達の美しさをスクリーンで観る感動がありました。 


翻って、今回の試写会で観た映画は、アリの生態に迫った丁寧なドキュメンタリー映画、それに、物語的エッセンスを加えた、そんな仕上がりになっています。


何でしょ? アリを延々と映しただけじゃ、観客が飽きるから、ベースに物語的な演出を入れたんじゃないかなと。


ぶっちゃけ、眠かったです。 ナレーションの声がフランス語で更に眠気を誘う声質だったので、尚更で。


うーん、冒頭、叶姉妹が登壇しましたけど、何故?みたいな疑問があり、それを考えていたら、いつの間にか、眠気が、、、


映画の出来としては中庸でしょう。 可もなく不可もなし。


ディスカバリーチャンネルで放送している番組のノリでした。

「BUG/バグ」試写会、感想。

観る前は、ちょっとだけ期待していました、制作者陣が、それなりに出来の良い映画制作に携わっている人達だったので。

しかし、まず、導入部が、非常に冗長。 何時、肝心の本編は始まるのかと、苛々... で、この映画、「起承転結」が無いと感じました、、、普通、中盤辺りで、映画はダレるので、見せ場みたいなシーンを用意しているのに、それが無い(;´Д`)

最後も「え?これで終わり?」ってのが正直な感想です。

あと、幾つか伏線みたいなのを張っていますが、プロデューサーに大幅カットされたのかなと思ってしまいました。 で、その辺は未完になっちゃったと。

正直、サイコ・サスペンスなら、もっと出来の良い映画がありますので、そちらをお勧めします。

こりゃ、煮ても焼いても食えないなぁ、な映画でした。

「築地魚河岸三代目」試写会、感想。

この作品、やたらとBGMが掛かります、特に前半、中盤、地上波のテレビドラマの比じゃありません、幾ら何でも掛け過ぎかと…


観ていて、女性は「きゃー!大沢たかおはやっぱりイケメンだわぁ」で彼が画面に出ているだけで満足でしょうが、こりゃ、一応、「映画」ですよね? 何ですか?このテレビドラマレベルの話は(--;


荒川良々とか、彼の抜群の個性を全く生かしていない演出にまずおいおいと。


それに、伊原剛志ったら、「硫黄島からの手紙」とか「ヒート・アイランド」で良い演技していました。 まぁ、頑張ってはいましたけど、いかんせん、映画自体が、彼の強い個性を持ったキャラクターを生かし切っていない。


「もう目を閉じて眠って良いよね?」な出来の映画でした。 ぶっちゃけ、酷い出来。 この地味な原作を何故映画化したのか?監督含め、制作者陣に問いただしたいです。


もう、観終わったあと、著しい脱力感に苛まれました。 試写会だから良いけど、これに1800円払えって、詐欺だよ…300円で十分。


原作のミスチョイス、監督、制作者の力量不足、総合的に、典型的な邦画=つまんないダメ映画になっちゃっています。


これだったら、「西の魔女が死んだ」を観ていた方が良いです。

「西の魔女が死んだ」試写会、感想。

男性は、正直言って、この映画から、シンパシーを感じることは困難だと思います。 うーん、原作に忠実、それ故、全編、演出が淡々としています。


それは、「原作に忠実に映画制作をする」事の表れだと思いますが、原作を知らない、一男性が、この作品を「映画」=ひとつのエンターティメント作品として捉えるなら、ちょっと厳しい評価になってしまうかもです。


女性側の視点だったら、共感できる箇所もあると思います。 だから、メンタルを乙女にして、この映画のストーリーについて行こうと思いましたが、それは、やっぱり無理矢理で、あくまでも、この作品のターゲットは若い女性観客かと思われ。


逆に、聞きたいですね、原作を読んで涙して、この映画に共感した女性陣の感想を何となく、知りたいです。


ぶっちゃけ、ひとつの映画としては、退屈と思うのは、原作で泣いた、そんな人達とは、全く正反対のパーソナリティ、と言うより、性別の差異故かなぁ、、、


この映画、女性にはお勧めできます、しかし、一般的な男性には全くお勧め出来ません。 非常に退屈な、静止画像を見ている様なカメラワーク、抑揚のないストーリーテリング、あ、あくまでも男性側の視点ですよ。この感想。 映画の出来云々としては、何とも言い難い、そんな出来でした。

「シークレット・サンシャイン」試写会、感想。

今年に入って韓国映画は「黒い家」に引き続き二度目の鑑賞となりました。


2007年、カンヌ国際映画祭、主演女優賞を受賞した、チョン・ドヨンの演技はこの賞に値する、正に「熱演」と言える演技を見せています。


冒頭、主人を事故で亡くし、その主人の故郷「密陽」と言う地名の街へ引っ越しに来るのですが、いきなり、そんな「不幸」で始まるこの映画、兎に角、不幸、不幸、重ねて不幸が彼女に襲いかかります。


一瞬、救われたかな? と、観客に思い込ませ、とある人物に出会って、その人物から発せられたとある言葉に、愕然とし、再び不幸ロードへ、結果、彼女はラストまで救われません、極めて、アン・ハッピーエンドな最後でした、、、


エンターティメントとして観るなら、主役のチョン・ドヨンの演技に注目です。もう、どうしようもなく、これでもか! まだだ! と、追い打ちを駆けられる不幸まみれな生き様をリアリティ過ぎる程の熱演で見せています。


一観客としては、「もういいじゃん、最後くらいはプチ幸せにさせろよ、監督」と言いたくなる、メンタル澱んでいる時に観ると、激しく堕ちる事請け合いな、そんな映画でした… 嗚呼、、、悲劇のヒロイン。


って、これ、主役=ヒロイン って図式が通用しない感じ。


映画に単純に「ハッピー」を求める人には、著しくお勧めできない映画でした。

「クライマーズ・ハイ」試写会、感想。

上映時間は、145分の長尺。 1985年に御巣鷹山に墜落したジャンボジェット機、それを追う地元の一地方新聞社で働く彼らの、葛藤を描いた作品です。


ジャーナリズムとは如何なる物か?を問うている作品かと。 新聞社だって、一企業、収入がなければ、成り立たない。


しかし、読者に情報を正確に伝える責務、そのバランス感覚が、時には激しい怒りとなり、またある時は、著しい脱力感、無力感を痛感したり、それらを、個性派俳優陣が演じています。


個人的には、堤真一に対して遠藤憲一のマジでぶち切れぞた!な、やり取りが見応え有りました。


遠藤憲一と言えば、映画「自虐の詩」で、中谷美紀に片思いな、不器用な笑える男性を演じていましたが、こっち「クライマーズ・ハイ」での凄みのある演技が彼の持ち味であり、素かと思われ。


あと、山崎努は一癖、二癖もある社長役を、貫禄有る存在感で演じていました。


ジャーナリズムとは、新聞の購読者、その読者に対して、現場の生の事実を詳細に、正確に、伝える義務、それが正義感となり、彼らを如何なる困難が前方に有ろうとも、それを突破し、突き動かす原動力と成させる。 しかし、一企業として「広告」も掲載しなければ収益として成立しない。


お金、その為に動いている部署もある。 そんな部署から言わせれば「金なんて、降ってくるもんじゃねぇ、湧いてくるもんでもねぇ、俺たちが必死に営業しているからお前ら『ジャーナリスト』を食わせているんだよ」と。


翻って、現場の取材記者は、上記の責任感から、ペンを取り、文章を紡ぎ上げる。 その必死になって書いた文章を全否定されたら、「ふざけんな!こっちは命賭けて現場に行って記事を書いているんだよ!」でしょう。


その二つの相反する人間達のせめぎ合いをこの映画は丁寧に描いています。


兎に角、事有るごとに衝突を繰り返す彼らに熱い血を感じました。


演出はドキュメンタリータッチ、それ故、実際の事故の重さを再認識させられる映画に仕上がっています。


はっきり好き嫌い分かれる映画かも知れません、、、しかし、個人的にはこう言う映画、好きです。

「シューテム・アップ」試写会、感想。

本日の試写会は、「ダイブ」の時の同伴者様と。

その時「フールズ・ゴールド」の試写状をお渡ししたお礼でしょうか、今回の試写会に誘って頂けました。

しかし、肝心の映画の内容が(;´Д`)

凄まじくつまらなくはないですけど、「単なるガンアクション」映画でして、感想を書くにも書けない、内容の無さに脱力...

帰りの電車の中で「今日の試写会の感想、どういう風に書こうか」と考えていましたが、これだけ、内容が無いと、正直言って書けない、、、

ホント、空っぽの映画でした。 ガンアクションに力を入れ過ぎて、肝心のストーリー、脚本が、蔑ろにされている印象です。

適当に観る分には、良いですけど、お金払って観るとなると、100円でも「金と時間を返せ!」って言いたくなる出来でした。

久しぶりに、酷い洋画を観た感じです...

帰りにスポンサーの「ルーツ」缶コーヒー一缶を係の人から貰って帰りました。 それでも何となく許せないこの感覚。 つまらん!この映画はつまらん! って、書きたくなる、そんな映画でした。

「イースタン・プロミス」試写会、感想。

さっき、一時間かかって書いた感想が全部消えました、、、なので、再度書きます、かなりショック。 落ち込む。脱力。

※注意!

以下の「イースタン・プロミス」の感想は完全ネタバレです。 なので、これから先、絶対この映画を観る、って人は、スルーして下さい。 この映画のチラシにも概要だけで、重要な事は一切書いてありませんから、尚更。 では、「別に観ないから良いよ」って人だけ…



開映時間を過ぎてもなかなか上映されない、何故?取り敢えず、観客を中に入れ、30分遅れで上映開始。 これは想像ですけど、映倫と、もめていたんじゃないかと…

以下反転で。


冒頭、理髪店の何気ないシーン、このまま次のシーンに移るかな? と思っていたら、いきなり、カミソリで客の喉を掻っ切ります。 普通、そう言うシーンは、カメラがパンして敢えて見せないですけど、この映画は、しません。 切るところをじっくり見せます、いきなりR-18指定な映像にうわぁぁ、と。

物語はロンドンのロシアンマフィアでの出来事、薬局へ逃げてきて助けを求めに来た14歳のロシア人少女、レイプされ、妊娠している、その場に倒れた少女は、病院に緊急搬送されるが、母体は死亡、唯一、女の子の赤ちゃんだけが生き残る。

その少女の遺品である日記帳をナオミ・ワッツ演じる助産婦が自宅に持ち帰り、おじさんにロシア語で書かれたその日記帳の翻訳を頼む。

かなり、エグい事が書かれている事に、危険を察知したおじさんは、その日記帳を警察へ渡すべきだと言う。 しかし、ナオミ・ワッツは、亡くなった少女の住所が知りたい、赤ん坊の母親の唯一の遺品だからと断る。

しかし、ロシアンマフィアのボスが、その日記帳の存在を知り、ヴィゴ・モーテンセン演じるロシアンマフィアの運転手にそれを取り返す様、指示する。 ナオミ・ワッツは亡くなった少女の住所を教える事と引き替えに、その日記帳の原本を(コピーしていた)彼に渡す、が、肝心の住所は結局教えてくれない。

ボスは、日記帳の内容を知ってしまった祖父の暗殺を再びヴィゴに命じる。 それと共に、ヴィゴのロシアンマフィア内での地位が上昇する。

タトゥーをその証に彼の身体に彫り込む。 彼の親友であるボスの息子は、それに納得いかない様子。

物語の初めから、接触のあったヴィゴとナオミ、彼の素性は実は○○××、だからか、おじさんを殺さない。 ボスに殺しましたと嘘を言ってしまう。 それを知ったボスは彼の抹殺を部下に命じる。

何も知らないヴィゴ、幹部の一人と一緒に共同浴場のサウナへ向かう。

彼がトイレに行くと嘘を言い、更衣室で二人の部下へ指示を下す。 そして、彼の帰りを待っていたヴィゴの所へナイフを持った二人が襲いかかる。

このシーンが、凄まじい…再度R-18指定シーン いきなり襲われたヴィゴと二人組との格闘戦、全裸なヴィゴはナイフで体中を切られるも、しかし、辛うじて二人を殺害、生き残った。 深手を負った彼が病院に運ばれ、病室のベッドでナオミと再会、行方知らずだったおじさんの所在を彼が明かし、○○××だと言う事以外、事の概要を彼女に教える。

実は、上記の赤ん坊は、ロシアンマフィアのボスが少女をレイプした証拠、DNA鑑定すれば、そのボスをキョウカン罪で告訴できる。

再び、部下、それも彼の親友であるボスの息子が、赤ん坊を誘拐、それを知ったナオミはヴィゴと一緒に死体を遺棄する場所へ急いで向かう。

何も知らないボスの息子を取り込んでいるヴィゴは、何とか赤ん坊を取り返す。

ラスト、台詞は無い、ただ、誰もいないレストランの椅子にスーツをびしっと着たヴィゴが映されるだけ。

監督の意図は「最後、どうなったかは、観客の思考に委ねる」と言わんばかりの演出。

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ざっと、細かい部分は省いて、この映画を簡単に説明しましたが、全編に漂う、ロンドンに実在するロシアンマフィアの危険な空気感は、観客に伝わってくるかと。

あと、ヴィゴ・モーテンセン、今年のアカデミー賞、主演男優賞にノミネートされただけの事はあります。 会話の半分はロシア語。 ロシア訛りの英語を話す彼の存在感は、この映画を引き締める重要なエッセンスになっています。

しかし、指を切ったり、ざくざく切り裂くシーンの多い、そんな、かなりグロい映画でした…

けど、デヴィット・クローネンバーグのファンなら、観て、損は無い出来の映画だと個人的には思います。

「世の中、ロンドンには、こう言う社会もあるんだ」って事を知るだけでも観る価値はあるかと。