「花はどこへいった」シネトレ ブロガー試写会 感想。 | 試写会HOLiCな日々。

「花はどこへいった」シネトレ ブロガー試写会 感想。

夫を癌で失った喪失感を埋めるかの如く、今回の映画は作られ、その中で、監督である彼女は、精力的に未だにベトナム戦争時の枯葉剤作戦で苦しめられる現地人を丁寧に追う。


監督の坂田雅子氏は学生時代は反戦運動家、故、観る前は「ちょっと偏った思考の映画では?」と想像していたが、杞憂だった。 その時、その場で、「エージェント・オレンジ」と呼ばれた枯葉剤、ダイオキシンを含有するその枯葉剤を、凄まじい毒性があると分からず、浴びてしまった、当時の人達のインタビューに始まり、そして、浴びた故、生まれてきた子供は奇形児となり、生活に困窮する中、必死に彼らを育てる人達を映す。


治る見込みのない、奇形児を、見捨てず、家族の一員として育てる姿は、観る者に一種の「絶望感」を与えかねない。


しかし、彼ら、家族は、どん底の生活の中、優しく彼らに接する。 その、極限下での慈愛の心に自然と胸を打たれる。


あと、この被害をもたらした、アメリカ人に対し、彼らは「過去の事」と、憎悪心がない事に、某K国の様な、何時まで経っても「謝罪だ、賠償だ」と単細胞的思考では無く、其処にはベトナム人のアメリカ人に対して「赦す」寛大な心を持った素晴らしい誇り高き民族である事を証明している。 卑しい国は「自分達の国は素晴らしいんだぞ!」と自発的に叫び、しかし、そんな程度の低い民意では到底、世界の信頼を得る事は出来ない、それすら分からない愚かな民族もいれば、ベトナム人の様に、個人に対しては個人、あれは国の戦争、あんたには関係ない、これからは仲良くな、的発想に、この国を急速な経済発展させ得る理由が有るのかも知れない。


監督の夫は過去にベトナム戦争で枯葉剤を浴びた、それ故、癌を患い、妻を残し、若くして逝ってしまった。監督は、ベトナム人同様、夫の最期を受け入れられたか? その回答は、この映画制作に掛けた情熱を見れば自ずと理解できる。


因みにアメリカは、未だに枯葉剤が与えた災禍を認めていない。 膨大な国家賠償が生じるからだ。 所詮、その程度の国家なのだ。アメリカとは。