彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた -8ページ目

241.踏み台

<おはよう。ゴールデンウィークも終わっちゃったけど、ゆうじも仕事始まった?あんまり無理しないようにね>
<おはよう。ベタに五月病。いってきます>
<そんなに休みっちゅ~休みなんてしてないのに五月病?!ってか仕事が忙しすぎるだけなんじゃない?>
<あぁもうアホか!!っちゅ~ほど忙しいよ。頑張る>
たった2往復の会話に1週間を費やす。
それでも私は嬉しかった。
途切れぬ会話に永遠さえ感じる。
終わらない会話がずっと続けばそれでいい。
ただ、少しだけそこには寂しさが伴う。
二人の時間はゆっくりゆっくり流れるけれど、お互いの時間はどんどん過ぎ去ってゆくのだ。
今、何を考えているの?
今、何を想っているの?
<えーそんなに?!最近朝も早いみたいね…。頑張って>
私から伝える想いも少ない。
心を探すけれど、空っぽの気がする。
何もでてこなくて…。
胸に詰め込んだ想いは何処へ行ってしまったのだろうか。
<お疲れ。今日は早く仕事が終わったけど、もうダメだ。寝るよ>
お互い探り合っているみたいだ。
彼との時間と日常の狭間に孤独を感じてみたりする。
私、何でロールキャベツ煮込んでるんだろう…。
ゆるりと流れる時に意味を見つけ出そうとしたり…。


飛び越えた2週間に一人驚いてみる。
彼にはやり遂げた仕事が一つや二つあったりするのかななんて考える。
自分には彼を待つことしかないことを解りながらも目をつぶった。
無気力、孤独、そして幸せ。


何かやりたい。
動けない自分を認め始めたのはこの頃だ。
仕事がしたいと常に胸に抱きながらも動けなかった自分。
私はずっと彼を待ってたのだ。
いつ来るかもわからない連絡を取り損ねたくなかった。
突然会おうと言われる日に予定を入れたくなかった。
ドラえもんの四次元ポケットから取り出されるが如く、私は存在する。
私はどうなりたかったのかな…。


携帯を握り、私は彼に電話していた。
繋がらない電話。
いつものことと思いながら、だからだと彼を責める。
いつでも側にいてくれたら…。
掛かってこい!携帯相手に祈りをささげる。
プルルルルル プルルルルル。
一瞬願いが通じたのかと思ったら、家の電話だった。
やーめた、電話が繋がったって何をどう話していいかさえ解らない。
彼が側にいるという保障があっても、邪魔をする何かがある。
私にはまだそれが何なのか気づけてはいない。
胸をドンと締め付ける何か…。
私は携帯を手に取り、また彼に電話する。
彼と話をしていると気づける気がいつもするのだ。
コール音がしない…。
「もしもし?」
「もしもし…」
どうやら繋がっているようだ。
「もしもし!」
「は…はい」
「何?そのリアクション」
「え、いや、お前から電話あって切れたからかけ直したら、何故か家に繋がってて、お父さんかな?が出たから焦って切ってもうて、あたふたしてるところにまた通話中なってたから…」
「あはは、あれゆうじだったんだ」
「焦った~、マジで焦った」
「別にゆうじなら繋いでくれると思うよ」
「もうそれどころじゃなかった」
「クールに見えても、普通なんだね」
「俺をどんな目で見てんねん」
「あははははは」
「元気してたか?」
「元気してる。忙しくしてたか?」
「おぅ!今、東京出張の帰りや」
「お土産は?」
「ないよ!」
「ないんや…」
「どうした?」
「何が?」
「声、聞きたかったんか?」
「声、聞きたかったんか?」
「俺が聞いてんねん」
「うん、聞きたかったの」
「そっか、ごめんな。連絡せやなな~と思ってた」
「うん」
「寂しかったか?」
「寂しかったか?」
「俺が聞いてんねん」
「いっつも、ウチばっかりでズル~イ」
「そんなもん、早いもん勝ちや!どんくさいから悪い」
「どんくさくないわ」
「はい、答える!」
「寂しかった…会いt…」
「会いたかったか?」
「もぅ!!アホー」
「俺が先やで!」
「会いたかったよ…」
「ほな、譲ったるわ」
「え?!…えっと、エッチしたかったか?」
「あはは、もうないんかい!!あぁ、いっつもお前の裸を想像してたよ」
「言い過ぎ!そこまで聞いてない」
「今度は絶対バックでやろうとか」
「あぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ」
「聞いてる?」
「聞いてるよ」
「バックd…」
「あぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ」
「解った解った。それにしても腹減った」
「何食べたい?」
「ハンバーグ」
「そればっかり」
「ちょちょいと出来るやろ」
「あぁ焼くだけの売ってるよね」
「そんなもん自分で買えるわ!早く作って持ってきて~」
「そんなこと言ったら本気で言っちゃうよ」
「あれやろ、電柱の影からずっと覗いてるんやろ」
「そんなことせんわ」
「おまわりさ~ん、通報や」
「もう行かへん」
「来る気もないくせに」
「…何…で…?」
「色々、思ったこと出来るようになるとえぇよな」
「何それ…」
「怖がらずにさ」
「何の話…?」
「俺を踏み台にしてさ」
「……」
「やったら出来る子なんやから」
「あはは、おばさんみたい…あはは…あは…」
「ちゃんとずっと見てるから…大丈夫」
「何か励まされてる、ウチ」
「明日も頑張ろうな」
「うん」
気づかないフリをしていたのかもしれない。


吐き出さずに頑張れることがいいことなのだろうか。
吐き出して頑張れることがいいことなのだろうか。
踏み台…彼は私の何を知っているっていうの。
見透かされてる気がすること、何もできない自分、彼が側にいること、ただ私がそこにいるだけ、噛み合わず単体で回る歯車のように孤独が広がる。


私は一体何がしたいのだろう。
今はただ彼が側にいることの幸せだけが私を支えていて、それも意味を成さず私はただ彼に頼りここに立っている。
彼が必要だと思った。
だけど、彼がずっと側にいてくれたら、きっとそれは私にとって不必要なものなのかもしれない。



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240.手のぬくもり

結局、約束の日には会えなかった。
彼のおじいさんが倒れて、彼は実家に逆戻り。
夜中まで「絶対行くから」と言い続けたものの、やっぱり抜けることは出来なくて、ゴールデンウィークに会うことになったのだ。


ゴールデンウィークを向かえ、間に合わなかった仕事に追われる彼から連絡が届く。
<仕事上がったけど、爺ちゃん少し心配やから病院よってから行く。21時には出れますか?>
その後も頻繁に連絡をくれた彼に、私は返事を返さなかった。
忙しかったわけでもないし、彼と話すのが嫌だったわけでもない。
行かないつもりもないし、準備は昼から進めてる。
彼を怒らせたかったわけでもないし、困らせたかったわけでもない。
今、何故返事をしないのかと聞かれたら私が困る。
できれば、そのまま迎えに来て欲しい。
今の感情は、誰にも悟られたくはない。
清いようで醜い私の感情。
消し去りたくはない、このまま彼に…。


20時彼から連絡がくる。
「もしもし?来る気ある?」
「え?!あるよ」
「何で返事しない」
「え、ん、どうせどんな返事したって来るんでしょ」
「私行きたくな~い、とか言われたら行き損やろ!」
「損なことあるわけないじゃん」
「来んかったら、ガソリン代請求するから」
「金か!お前は金か!」
「何で俺が迎えに行かなあかんねん、姫でもあるまいし」
「えーー、呼ばれたら行くよ~」
「どうだか!」
「呼んでくれたことなんて一度もないじゃん」
「…そうやったな」
「9時にくるんでしょ?もう大阪出た?」
「あぁ、もうお前の家の前にいるよ」
「はぁ?」
「返事くれんから勝手にきたんや」
「ほんと、いつもいつもいつもいつも勝手だよね」
「解ってるやん!俺、待たないから」
「9時って言ったのはそっちでしょ!今、ご飯作ってるからもうちょっと大人しく待ってて」
「待たんって!」
「帰りたきゃ帰ればいい。ゆうじはどんな時でも待っててくれるって信じてるもん」
「過信しすぎや!ホンマに待つの嫌やから」
「電話してたら遅くなるから切るね」
普通だった。
寂しかったなんて泣きべそもかかないし、会いたくないなんて駄々もこねない。
会いたくて、許せなくて、私はこのまま会いに行く。


家事を済ませ、玄関を出る。
家の前に見慣れた1台の車。
彼の車のタイヤばかりを見て近寄る。
初めてなんじゃないだろうか、助手席のドアの前に立つ私に彼は車内から助手席のドアを開けてくれた。

否、思い出せないだけ…ドキっとした。
ぎこちない笑顔を噛み砕き、笑顔を作ってみせた。
「久しぶり」
「そうだね」
私は車に乗り込みドアを閉める。
「何してた?」
「ご飯作ってた」
「今の今じゃなくて」
「別に…」
「何かしないとダメだぞ」
「う…ん、そうだね」
「体調の方は、どう?」
「元気。ゆうじは?お腹…痛いの?」
「う~ん、痛いっていうか、常に吐き気がする感じかな」
「病院いってるの?」
「いや、薬でなんとか」
「そか…」
「心配かけたな」
「別に…」
「入院中、いっぱいメールくれてたもんな」
「そうなっだかな…」
「ごめんな、返事してやれんくって。嬉しかったよ」
「別に…」
「何も言わんのな。言いたいことあったんじゃないの?」
「別に…」
「今日はいつにも増して無口や」
「そう?」
「腹減ったな!なんか食う?」
「うん、なんでもいい」
「聞いてないし!」
「とりあえず聞いてよ」

「お前からは食材しか出てこんからな!スパゲティ食べに行こうか」
「うん」
彼の顔が、どこか悩んでいるかのように見えた。
答えは用意されてあって、彼から漂うそれを虚勢に感じた。


国道沿いにあるパスタ店へ迷わず車を走らせた彼。
いつものように私のかばんに荷物を勝手に詰め込み、手ぶらで店内へと入って行く。
私は少し駆け足でそれを追う。
席が空くまでの間、入り口付近に置いてある椅子に腰かけ待つ。
壁際に並ぶ椅子5脚。
二人で全てを陣取った。
彼との間に椅子一つ。
その空席が二人の言葉をかき消していたに違いない。


席に案内され、メニューを広げ案内してくれたウェイターにその場で二人分をオーダーした彼は、何だか面倒な作業を片付けているかのように見えた。
開くこともなかった私に渡されたメニューも、すばやく回収しウェイターに手渡す。
その場を去ろうとするウェイターに何も言わせはしまいと、彼は私に話し始めた。
「せのり、何でも聞いて欲しい」
「え?!」
「聞きたかったこと、確かめたかったこと、知りたかったこと、この場で全て答えようと思う」
「何で?」
「何で…って…」
「何もないよ」
「嘘つけ!俺はお前に言わなかったことが沢山ある」
「じゃ、自分から話せばいいんじゃない?」
「そうだよな…」
「私は、何もない」
「それは聞きたくないってことか?」
「……多分、もう聞いたと思う」
「言ってないだろ!」
「……だから、来たんだもん」
「自己処理したってことか?」
「あはは、そう思う?」
「そうだろう?だって」
「ウチが思ってる事とゆうじが思ってることはやっぱり違うのかな?」
「……聞かなくていいんだな」
「何、その間」
「あとからグダグダ言われても知らんからな」
「そりゃ言うよ!不安になったらグダグダ言うさ」
「知らん!」
「んじゃ、聞いとこうかな…」
「何や?」
「やっぱり、いぃ~」
「何やねん!何かそういうの俺好かん」
「だったらもうシカトしないで」
「あぁ、悪かった」
「もう、気持ち整理できたんでしょ」
「あぁ、心に決めたことはある」
「そう、だったらそれでいい。話してくれるの待ってる」
「俺に期待してんの?」
「期待?!」
「期待!」
「ふふふ。期待…してるよ」
「そっか」
彼の笑みがどういう意味だったのかよく解らなかった。
スパゲティが運ばれてきて、他愛のない話をして、1人前も食べられなかった彼を見て、珍しく私は自分の皿を平らげた。
「お腹すいてたんか?」
「ゆうじもいっぱい食べれるようになるといいね」


店を出て、街を歩き、映画を見た。
彼と歩く街が思い出に見えるのは何故かな…。
思い出には早すぎて、私は急いで払いのける。
彼の背中が幻のよう。


「せのり」
振り返り立ち止まる彼に追いつけなくて足を止めた。
「どうした?疲れたか?」
「へへっ」
「手、繋ごう」
彼が笑顔で手を差し伸べる。
「うん」
私はゆっくり歩をすすめ、彼の手に手を重ねた。
しばらく重ね合わせた手を握ることはできなくて、彼は何を思ったのだろうか、彼もまた重なった私の手を指でそっと何度も撫でていた。
そっと彼の手を握ってみる、少しずつ力を加え。
手から彼に何かを分け与えるかのように。
握り返された手に包まれているそれを私は愛だとその時信じた。
「あったかいな」
「そだね」


0時を過ぎて彼が駐車場に足を運んでいるのに気づいて寂しくなった。
何も聞かなかった自分が悪いのだけれど、信じ切れない自分が悪いのだけれど、もう二度と会えないような感覚に襲われた。
自己処理…そうかもしれない。
私は一体何をしに来たんだろうか。
コツコツン…コツコツン…二人の足音だけが駐車場に響いていて、不思議にその音に安らいだ。
二人ということに…なのかな。
彼の足音を聞き終わらない内に、私は1歩を踏み出す。
もう離れはしない、何て考えながら。
彼の足音が聞こえなくなって、私は出しそびれた足をそっとその場に置き直す。
誰もいない静かな駐車場には、そっと置いたはずの私の足音だけが「コツン」と響いた。
「ゆうじ?」
少し斜め後ろから彼の横顔を伺う。
彼が少し震えてた。
彼が鼻をすする音が響く。
泣いてるの?
彼は少し上を向いていて、私には彼の表情が解らなかった。
「ゆうじ?」
彼は呼びかける私をぐっと引き寄せ抱きしめた。
身長差のある彼の胸にすっぽり埋まる筈の私に抱きついた彼が小さく思えた。
私の首筋に顔をうずめる彼。
「ゆうじ?」
そっと彼の腰に手を回す。
顔をうずめる彼の頭を撫でてみる。
強く抱きしめたら、彼が壊れそうだった。
そんなもろく崩れ落ちそうな彼は、力いっぱい私を抱きしめていた。
「会いたかった」
少し力を緩めた彼と向き合う為、そっと離れようとしてみる。
「このままで…」
「う…うん…」
「ごめんな、せのり」
「うん」
「ずっと苦しめてきたよな…」
「うぅん」
「俺にはお前が必要だから…」
「うん…うん…」
「泣いたらあかんで」
「泣かないよ」
「俺、お前が好きだから…」
「うん」
「本当に何も聞かないの?」
「十分だよ…」
彼はまた私を強く強く抱きしめた。
「もう少し、待っていればいいんでしょ」
しばらく彼は何も言わず私を抱きしめていた。
彼の大きな体を包み込んではあげられなくて、彼に口づけをした。


彼の車で人気のない国道を走る。
今夜はこのままお別れ。
無言の時にもう一つだけ言葉が欲しかった。
このまま別れたら、まだダメになってしまいそうで…。
「せのりの部屋ってどんなの?」
「入れてあげないよ」
「解ってるよ!」
「本当に解ってんのかな~、何度も何度も聞いてきてさ」
「俺も一緒だし」
「え?!」
「で、どんなの?」
「うんと、部屋の色がベージュで机とか鏡台とか固い家具はクリームっぽい白で、お布団とかクッションとか柔らかい物はオリーブグリーンって感じ」
「結構統一感あるねんな」
「意外?!」
「田舎娘やからな」
「どういう意味よ!」
「俺の部屋、興味ある?」
「生活感なさそう」
「はぁ?バリバリ漂ってるよ」
「何か噴水とかありそうじゃん」
「それは、お前の好きなガクトやろ」
「あなたってそういうイメージよ」
「理想?それ」
「な、わけないじゃん!水道代かかるから止めな!」
「何であること前提?!」
「あはは、でも拘ったりしてるんでしょ」
「実家ではな!今はそれどころじゃないし」
「ふ~ん」
「全く興味なし!と」
「いや、そういうわけじゃないけど…」
「解ってるよ、リアクションとられへんだけ」
「ま、まぁ…」
「興味があるのは部屋じゃなくてあなただから~」
「何それ?」
「お前が言いそうじゃん」
「バカにしてんの?!」
「今度、俺ん家来るか?」
「え?!」
「来る?」
「な、何で?!」
「何でって。そろそろ来てもいいんじゃねぇ?」
「そろそろ…ねぇ…」
「まだ、か…」
「何…が?!」
「まだ、お前に言えてないことあるしな。それから…だろ?!」
「…で、ゆうじの部屋ってどんななのよ」
「来てからのお楽しみでいいんじゃない」
「意地悪だね」
「今度の休みは、お前が会いに来いよ」
「うん!行く」
「迷子になんなよ」
「迎えにきてくれるんでしょ」
「やっぱ、そうなるわな」


家族が寝静まった家の前に車が止まる。
彼はエンジンを切りサイドブレーキを握っていた手を私の頭にのせた。
彼の愛情を感じ、彼の戸惑いを感じる。
彼の悩みは私の胸をも痛めさせる。
今は聞けない彼の気持ち。
彼は心に決まったものがあるといった。
出た答えを覆そうとするものは一体何?
無言で彼は私の髪を撫でる。
「今度、ウチん家にも来てね」
「えぇんか?」
「ゆうじの為にご飯も作るよ」
「ハンバーグがいいな」
「本当に、来たいって思う?」
「正装してくればいいか?」
「何それ?!」
「お前が家に呼ぶって、それくらいって事だろ?」
「パパに紹介できる人…」
「そうだな…楽しみにしてるよ」
「うん!帰るね」
「あぁ、今度のデートはゆっくりしような」
「いっぱいメールしてね」
「あぁ、いっぱい話そう」
「忙しかったらいいけど…」
「できるだけするよ」
「やっぱりダメ!ゆうじ倒れるから」
「気をつけるようにする」
「またね…」
「あぁ、またな」
「大好き」
「俺も好きだよ」
彼が見えなくなるまで見送った。


「幸せ…」
呟いてみた。
言葉にしたら口から逃げていっちゃいそうで、思った程声はでなかった。
守らないと壊れそうな幸せが胸にあって、しばらく動けなかった。


ねぇ、私なんで彼女になれないの?
今更、見えなくなった彼に聞いてみる。
たかが25年しか生きていない私には、感じ取った愛情が何なのかわからない。
ホッとした。
心地よかった。
ここに立っているのが不思議。
もう二度とその手を離さない。
あたたかかったから…。


真っ暗な家の玄関を開ける。
後ろをそっと振り向いてみる。
彼がそこに居るのを想像した。
涙が溢れた。



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239.会うという覚悟

あとどれくらい待てばいいんだろう。
次に彼から連絡がある時、彼には何て言われるんだろう。
なるべく返事をすると言ってくれた彼に、私は連絡を取ることはなかった。
思う存分考えればいいさ…そんな気分だった。
待ち続ける私に、皆は言った。
「最低な男だという事に早く気づけ」
そんな声に私は彼を信じてると言い返し続けた。
「手放さない為に信じさせるのが男だ」
私が信じているのは彼が私を好きだという事ではないと言い返し続けた。
「裏切られて傷つくのはあなた」
彼が私を選ばなかったら裏切りなの?
呆れられたかもしれない。


意外にも早く、彼からの連絡は1週間と待たずに届いた。
<金曜からの3連休の内の一日実家に戻ります。逢えるか?>
彼らしい勝手なメールに私はたてつく。
<嫌。傷つけられたくないから行かない。私はゆうじが元気な時だけの暇つぶしじゃないです>
<そう思うんだ…。残念だよ。もう一度だけ聞きます。逢ってくれますか?>
想定内だった。
私が信じている彼が在るのならば、こうなることは解っていた。
恋愛関係だけならば、彼からこんな言葉はなかった筈だと思っている。
だけど、私が彼に伝えたい思いは、恋する私なのだということ。
伝わらずにそう言われているのか、伝わっていてそう言われているのか、確かめたかった。
<何で会おうと思ったの?何で嫌だって言うか解る?何でずっと会いたくて待ってたのに、こんな風に言うんだと思う?気持ち伝えずに会わないって言った私の気持ちが解る?私には無視し続けてたゆうじが何で会おうと思ったのか解らない。今まで無視されてた人に会おうって言われて会いにいけるわけないじゃん。呼び出されてホイホイ付いて行って、セックスして捨てられたことある?それでも、また次に会える日を待ったことってある?断ったら捨てられるかもしれないって恐怖を知ってますか?だったら今私は終わりにする。ちゃんと恋愛がしたいから断るんだよ。あなたがそういう人だって言ってるわけじゃない。会って傷つくものがあるのなら、私は行かない>
<せのりごめんな。反省してます>
<ここまで意固地になる必要もないのかもしれない。でも、答えて!一言で片付けないで。あなたの言葉を察してあげられる心の余裕はないの。その一言が怖いって言ってんだよ。どう解釈すればいいの?もう少し話をして欲しい>
彼からの返事はなかった。
彼が恋愛として答えを出すには早かったのだと思い知らされる。
彼が会おうとしたのは、私が必要だったんだ。
どんな形かなんて解らないけれど、会うことで得られるものがある。
そうだったんじゃないかと、勝手に彼を推測してみる。
私と彼が今まで一緒にいた理由だと思う。
彼を失いたくはないけれど、私は彼との恋愛の道を今は選びたいと思うのだ。


彼の返事がないまま翌日には連休を迎える時まで過ぎた。
<また反応なし…。言葉に出来ないなら出来ないってことくらい言えないかな?いつ折れてあげればいいのか解らないじゃん。私はゆうじが好き。だからあなたにどう思われてるのかちゃんと確かめたいと思う。ゆうじが何で私を好きだって言うのかを聞くのは、私の好きとは違うと思ってるから。無視されてる人に必要とされてるなんて思えないし、そんなあなたに私の気持ちを受け止められるわけがないよね。私は次に会える時、あなたには私の全てを受け止めて欲しいと思ってる。中途半端になんてさせない。抱きしめられて、チューして、セックスもする。ゆうじにそれが出来る?会うってことがどういう事か解る?私は確かめ合った上で会いたかった。ゆうじにその気がないなら会わない。私はゆうじが好き。何も言えないのなら言わなくてもいい。ただ会いにくることの意味を理解して欲しい。来る日はいつ?>
私の完敗宣言。
話をしてくれない彼に、全部責任を押し付けたのだ。
誤解したって私は悪くない…と。
もう疲れたから…。


翌日の朝、彼からの返事が来る。
<今夜会いに行きます>
彼の言葉の意味を考えることはなかった。
<わかった>
素直に喜ぶことは出来ない。
何だかまだまだ曖昧な気がしてならない。
私の気持ちはちゃんと伝わったと思ってもいいのだろうか…。
じわじわと押し寄せる喜びと、とどまり続ける恐怖と不安が入り混じる。


これで、良かったのだろうか。



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238.リセット

彼が入院してから1週間後の朝、彼からの着信で目が覚める。
携帯を見つめ、無感情のまま見つめ、身動きとれずに見つめた。
しばらくなり続けた着メロが鳴り止みため息一つつく。
元の位置に置き直し、また鳴る携帯をゆっくり持ち上げる。
今度は直ぐに鳴り止み、不思議を残す。
今の短い着信はなんだったのだと、私に携帯を開かせる。
メールだった。
何故直ぐに気づかなかったのかと、自分を戒める。
とりあえず携帯をまた置き直した。
何も聞きたくはない。


置き去りの携帯は、役目を果たさず時を越える。
<昨日退院しました。心配かけたね。今日から出勤してきます>
3日前の彼の言葉。
それだけだったのかと、やっとメールを読んだ私は肩を落とす。
<よかった。通院するの?完治したのかな?ウチ、少し熱が出てて返事返せなかった。仕事、大丈夫やった?あんまり無理しすぎたらあかんよ。5月会えそう?ゆっくりデートできたらいいね>
彼が普通だったから…。
聞かずにいられたらそれでいい…。


それでいいわけなんかなくて、返事の返ってこない彼から喜べる言葉が返って来る筈もなくて、それでも言葉が欲しくて、失いたくなくて…。
<ウチ、まだ無視されてるのかな?それとも今までみたいに忙しいから返事しないだけ?ウチ、ゆうじと話してたいんだ。それだけで頑張れるの。返事が欲しい。言葉が通じないと生きてる気がしなくて不安になる。今は何を考えてるの?友達には話せて、ウチには話せないことなの?好きだと言われて無視されて、理解が追いつかなくて、どうしていいのか解らない>
送信しましたと映し出す携帯の液晶をしばらく眺めた。
自分がどんな言葉を彼に伝えたのかなんて覚えてはいない。
それは嘘。
心に詰まる想いが崩壊するのを恐れて必死に忘れようとした。
だけど、送り届けたこと、携帯の液晶を見ながら何度も確かめた。
送信しました…取り消せない。
私の意志に反し、携帯の液晶は移り変わる。
受信中…。
しばらくすると私が彼用に設定した画面に切り替わり着メロが流れ始める。
そして、またさっきまで眺めていた、送信しました画面に戻った。
そう、私が送った言葉の返事が、今届いた。
携帯は閉じれない。
逃げない為に、何度も何度も確かめた。
彼の返事を見なくちゃいけない。
<返事できなくてごめんな。せのりの事は確かに好きやけど、今しばらくは誰とも付き合ったりしたくないんだ。一人で考えていたい。勝手なことばかりでごめん。色んな意味でリセットできていなくて、正直焦ってる。返事はなるべくするようにするよ。ごめんね、せのり>
そっか…そうだった。
彼の言葉に一人納得した夜だった。
きっと誰にも理解できない思いなのだろうなと、笑いがこみ上げた。


今まで書き溜めた彼への想いが詰まった日記を読み漁る。
やっぱりそこには確かな好きがある。
私は彼を信じてた。
疑うことなんて一つもないし、不安に思うことなんて微塵もない。
彼を失うことなんてないし、彼はずっと側にいる。


漠然と思う。
彼が私に恋をすることはないだろう…。
もう少し彼を困らせても罰は当たらないよね…。

だって、好きになっちゃったんだもん…。



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237.綺麗事

彼が入院してから、3・4日経った頃くらいから妙な高熱にうなされた。
頭がパンクしてしまいそうで、するならするで弾け飛んでしまえと思った。
モワ~ンと目には見えない湯気が出る。
メガネや鏡は、私の熱で直ぐに曇った。
風邪ではなかった。
大きな病気でもなかった。
私に与えられた薬は、バファリンだ。
「しんどい…」
「体が?それとも心が?」
「何で熱で苦しんでる人を目の前にしてそういう事を聞こうと思うわけ?」
「知恵熱だろ!それ」
「誰がやねん」
「お前、考えすぎなんやって…もっと人生楽なもんやで」
「何も考えてない」
「俺、愛情そそいでたつもりやってんけどな…」
「何の話?!子供の前で子育ての反省しないでよ」
「もっと俺の愛情を感じとれよ」
「だから何?!」
「愛してるで」
「もーー!何なのよ!しんどいからあっち行ってよ」
私の部屋で愛を語る父親を追い出した。
うるさいのは父親だけじゃなかった。
熱があるからと誘いを断ったのにも関らず、家に押しかけてきた親友。
「オーバーヒートしてるね…」
「何が?!」
「私、そんなに人を好きになったことないかも」
「今日は愛を語る輩が多いのは気のせい?」
「え?!」
「なんでもない」
「てか、何であんたがこんな状態になってるのか解らない」
「そりゃ、医者じゃないんだし…」
「早く決着つければいいじゃん」
「ゆうじのこと?」
「何で入院したからって先延ばしにするわけ?」
「病室じゃ携帯つかえないんじゃないの?」
「公衆電話だってあるし、伝える術はいくらだってある筈じゃん」
「やぃやぃ言うたって、とる行動は一つなんだよ」
「あんたがそれでいいならそれでいいけど!」
「いいわけないじゃん…」
「だったら…」
「返事が返ってこないんだもん!どうしろって言うの!」
「おかしいよ!皆、おかしい!」
「かもね…」
「ウチの彼氏だって、結婚する気はない、愛してないとか言いながらずっと付き合い続けてる」
「愛情表現が下手なだけじゃない?」
「違う…解るよ…好きな人の気持ちくらい」
「だったら何で付き合ってんの?」
「別れようと思う」
「そう…」
「せのりは、プロポーズされたら結婚する?」
「また、その話?押しかけてきた理由はこれ?」
「違う…あんたが心配やったけど、あんたみてたら自分の恋愛が情けなくなった」
「何それ?」
「何となく…」
「You Go Your Way…」
「何?」
「ケミの歌」
「あぁ…」
「ウチ等の歌」
「…どんな歌詞?」
私はプレイヤーにCDをセットして、その曲を流した。
その曲を聞かせたかったのか、自分の思いを伝えたかったのかは解らない。
曲が始まると同時に私は、彼女に話し始める。
「彼を好きになった時、私たちの結末はこうなるって予知に似た感覚があった」
「どんな?」
私は無言で彼女の注目をCDプレイヤーに向けた。
彼女は私から視線をCDプレイヤーに向け、言葉を探るように聞いている素振りを見せる。
─心がわりじゃない 誰のせいでもない 出会う前からわかってたこと 恋に落ちるまでは─
「そういう事…なの…?」
─愛したことを忘れる人を愛したわけじゃない─
「どういう事?!」
彼女は言葉を拾っては、呟いた。
最後まで聞き入り、止まってしまった曲から足らない言葉を探しているようにお互い、口を開けないでいた。
「綺麗事じゃん!」
「かもね」
「誰が別れを前提に付き合う?」
「逆だと思う…」
「付き合ったから別れ…る?」
「恋愛ではないけれど、愛してしまった…」
「それで何で別れがくるわけ?」
「いつか気づく時がくる」
「恋愛じゃなかったって?」
「でも、そこを避けては通れなかった」
「でもあいつは…あっ!」
「ふふっ、ゆうじが何て言ったかは大体予想がつく。でも、今でも悩んでいるのは確かだと思う」
「恋愛じゃないってことを…?」
私は彼女の言葉に声を出して肯定することが出来なかった。
ただただ、何度も頷いた。
「でも、せのりの想いは確かに恋愛だよね?」
「…彼がいないと生きていけないと思った」
「せのりも恋愛じゃないっていいたいの?」
「解んない、でも、ゆうじは私を生かしてくれた」
「えっ…?!」
「ちょっと重い?!でも、ゆうじに出会ってどんな時も生きようと思った」
「ちょっと待って!だったら別れが来たらどうなるの?!」
「そんな…死のうなんて考えないよ」
「それでもあんたは、消えようとするでしょ…」
「そんな余裕はないよ、働いてないんだしお金ない。それに家族も守っていかないとだし」
「頭、おかしくなりそう」
「別に、そんなに悩まなくてもいいよ」
「悩むよ!何が足りないって言うの?必要として尊敬できる相手でセックスもしたいと思う、一緒にいたいと思う、愛してるって感情もあって、恋愛として成立してんじゃん」
「口滑らせてない?」
「もういいよ!あんな奴との約束なんて!」
「それこそ綺麗事なのかもよ。ただセックスがしたいだけかもしれない、お互い」
「マジで言うてる?」
「ただ、愛し合うことにかわりなんかないよね」
「……」
「何で恋愛にこだわったんだろうって思ったら、ウチは愛した彼とセックスがしたかった」
「違う…じゃん」
「綺麗事って何で言うんだと思う?」
「誤魔化すためのものじゃん」
「でも、綺麗事を頭っから否定できる?」
「それだけじゃないから、嫌うんでしょ」
「そりゃ、汚い部分気づかないフリしてる奴もいるけど、汚い部分だけの奴なんて最低じゃん。少なくてもだよ、口先だけであっても、そんな綺麗な部分にに気づけたことだけで、ウチは十分意味のある事だと思う」
「そ…う…」
「どっかで聞いたことのあるような綺麗事でもさ、いっぱい悩んでいっぱい考えて自分の事も相手の事も周りの事も出来る限り考えて出した結論なんでしょ」
「綺麗事が?」
「愛されてないから別れようと思う…って」
「あぁ…」
「汚い部分さらけ出すことに意味なんてないと思うのね。そこで終わらせるなんて適当な奴だなって思う。汚い部分ももちろん大切で、寧ろ重要。でもさ、何でそう思うのかとか、もっともっと考えれば綺麗に磨かれるようになるんだと思うのよ」
「そうだね…」
「納得しちゃったね。思いっきり綺麗事並べてみたんだけど」
「っていうか、あんたが言うから納得するんだろうけど」
「ウチ、そんなに人生経験豊富じゃないよ」
「ヒッキーだもんね」
「どうせ別れないんでしょ」
「だろうね」
その後3・4日続いた高熱。
布団の中で、必死に自分を正当化した。



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CHEMISTRY, OSANAI MAI, MAESTRO-T, TATSUTANO JUN, MATSUBARA KEN
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