237.綺麗事 | 彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた

237.綺麗事

彼が入院してから、3・4日経った頃くらいから妙な高熱にうなされた。
頭がパンクしてしまいそうで、するならするで弾け飛んでしまえと思った。
モワ~ンと目には見えない湯気が出る。
メガネや鏡は、私の熱で直ぐに曇った。
風邪ではなかった。
大きな病気でもなかった。
私に与えられた薬は、バファリンだ。
「しんどい…」
「体が?それとも心が?」
「何で熱で苦しんでる人を目の前にしてそういう事を聞こうと思うわけ?」
「知恵熱だろ!それ」
「誰がやねん」
「お前、考えすぎなんやって…もっと人生楽なもんやで」
「何も考えてない」
「俺、愛情そそいでたつもりやってんけどな…」
「何の話?!子供の前で子育ての反省しないでよ」
「もっと俺の愛情を感じとれよ」
「だから何?!」
「愛してるで」
「もーー!何なのよ!しんどいからあっち行ってよ」
私の部屋で愛を語る父親を追い出した。
うるさいのは父親だけじゃなかった。
熱があるからと誘いを断ったのにも関らず、家に押しかけてきた親友。
「オーバーヒートしてるね…」
「何が?!」
「私、そんなに人を好きになったことないかも」
「今日は愛を語る輩が多いのは気のせい?」
「え?!」
「なんでもない」
「てか、何であんたがこんな状態になってるのか解らない」
「そりゃ、医者じゃないんだし…」
「早く決着つければいいじゃん」
「ゆうじのこと?」
「何で入院したからって先延ばしにするわけ?」
「病室じゃ携帯つかえないんじゃないの?」
「公衆電話だってあるし、伝える術はいくらだってある筈じゃん」
「やぃやぃ言うたって、とる行動は一つなんだよ」
「あんたがそれでいいならそれでいいけど!」
「いいわけないじゃん…」
「だったら…」
「返事が返ってこないんだもん!どうしろって言うの!」
「おかしいよ!皆、おかしい!」
「かもね…」
「ウチの彼氏だって、結婚する気はない、愛してないとか言いながらずっと付き合い続けてる」
「愛情表現が下手なだけじゃない?」
「違う…解るよ…好きな人の気持ちくらい」
「だったら何で付き合ってんの?」
「別れようと思う」
「そう…」
「せのりは、プロポーズされたら結婚する?」
「また、その話?押しかけてきた理由はこれ?」
「違う…あんたが心配やったけど、あんたみてたら自分の恋愛が情けなくなった」
「何それ?」
「何となく…」
「You Go Your Way…」
「何?」
「ケミの歌」
「あぁ…」
「ウチ等の歌」
「…どんな歌詞?」
私はプレイヤーにCDをセットして、その曲を流した。
その曲を聞かせたかったのか、自分の思いを伝えたかったのかは解らない。
曲が始まると同時に私は、彼女に話し始める。
「彼を好きになった時、私たちの結末はこうなるって予知に似た感覚があった」
「どんな?」
私は無言で彼女の注目をCDプレイヤーに向けた。
彼女は私から視線をCDプレイヤーに向け、言葉を探るように聞いている素振りを見せる。
─心がわりじゃない 誰のせいでもない 出会う前からわかってたこと 恋に落ちるまでは─
「そういう事…なの…?」
─愛したことを忘れる人を愛したわけじゃない─
「どういう事?!」
彼女は言葉を拾っては、呟いた。
最後まで聞き入り、止まってしまった曲から足らない言葉を探しているようにお互い、口を開けないでいた。
「綺麗事じゃん!」
「かもね」
「誰が別れを前提に付き合う?」
「逆だと思う…」
「付き合ったから別れ…る?」
「恋愛ではないけれど、愛してしまった…」
「それで何で別れがくるわけ?」
「いつか気づく時がくる」
「恋愛じゃなかったって?」
「でも、そこを避けては通れなかった」
「でもあいつは…あっ!」
「ふふっ、ゆうじが何て言ったかは大体予想がつく。でも、今でも悩んでいるのは確かだと思う」
「恋愛じゃないってことを…?」
私は彼女の言葉に声を出して肯定することが出来なかった。
ただただ、何度も頷いた。
「でも、せのりの想いは確かに恋愛だよね?」
「…彼がいないと生きていけないと思った」
「せのりも恋愛じゃないっていいたいの?」
「解んない、でも、ゆうじは私を生かしてくれた」
「えっ…?!」
「ちょっと重い?!でも、ゆうじに出会ってどんな時も生きようと思った」
「ちょっと待って!だったら別れが来たらどうなるの?!」
「そんな…死のうなんて考えないよ」
「それでもあんたは、消えようとするでしょ…」
「そんな余裕はないよ、働いてないんだしお金ない。それに家族も守っていかないとだし」
「頭、おかしくなりそう」
「別に、そんなに悩まなくてもいいよ」
「悩むよ!何が足りないって言うの?必要として尊敬できる相手でセックスもしたいと思う、一緒にいたいと思う、愛してるって感情もあって、恋愛として成立してんじゃん」
「口滑らせてない?」
「もういいよ!あんな奴との約束なんて!」
「それこそ綺麗事なのかもよ。ただセックスがしたいだけかもしれない、お互い」
「マジで言うてる?」
「ただ、愛し合うことにかわりなんかないよね」
「……」
「何で恋愛にこだわったんだろうって思ったら、ウチは愛した彼とセックスがしたかった」
「違う…じゃん」
「綺麗事って何で言うんだと思う?」
「誤魔化すためのものじゃん」
「でも、綺麗事を頭っから否定できる?」
「それだけじゃないから、嫌うんでしょ」
「そりゃ、汚い部分気づかないフリしてる奴もいるけど、汚い部分だけの奴なんて最低じゃん。少なくてもだよ、口先だけであっても、そんな綺麗な部分にに気づけたことだけで、ウチは十分意味のある事だと思う」
「そ…う…」
「どっかで聞いたことのあるような綺麗事でもさ、いっぱい悩んでいっぱい考えて自分の事も相手の事も周りの事も出来る限り考えて出した結論なんでしょ」
「綺麗事が?」
「愛されてないから別れようと思う…って」
「あぁ…」
「汚い部分さらけ出すことに意味なんてないと思うのね。そこで終わらせるなんて適当な奴だなって思う。汚い部分ももちろん大切で、寧ろ重要。でもさ、何でそう思うのかとか、もっともっと考えれば綺麗に磨かれるようになるんだと思うのよ」
「そうだね…」
「納得しちゃったね。思いっきり綺麗事並べてみたんだけど」
「っていうか、あんたが言うから納得するんだろうけど」
「ウチ、そんなに人生経験豊富じゃないよ」
「ヒッキーだもんね」
「どうせ別れないんでしょ」
「だろうね」
その後3・4日続いた高熱。
布団の中で、必死に自分を正当化した。



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CHEMISTRY, OSANAI MAI, MAESTRO-T, TATSUTANO JUN, MATSUBARA KEN
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