2006-05-19

236.恋人になるのは簡単ではない

テーマ:彼女じゃない恋愛

ブログ(このブログとは別のものだ)に彼が彼女と別れたということを書いた。
私と彼の関係を知っている人達、お世話になった人達に彼が彼女と別れたということを伝えた。
反響は大きかった。
喜びの声は大きい。
このような展開を想定していなかったわけではない。
寧ろ、喜ばせようとしたものだった。
いずれも私の幸せを願っていてくれる人達ばかりで…。
私は少し意地悪だったかもしれない。


私は幸せなんかじゃない。
裏切る形で、釘をさす。


『やっと、彼は答えを出したんだね』『おめでとう』『彼女になれてよかった』殆どの人達が、彼が彼女と別れたという事実だけで話を先行させた。
『これからは幸せが待ってるね』『もう苦しめるものはなくなってよかった』殆どの人達が、私を幸せだと言ったんだ。


彼の気持ちが解らない。
目を向けるべき相手を改めるべきだ。


『彼は何を話そうとしていたんだろう』『彼は何をしようとしているの』『怖い…』そんな風にコメントをくれたのは、所謂2号と呼ばれる浮気相手にされている女性達からだった。


私は思う。
何より相手を見つめ、愛し合うことを真剣に考えている者は、浮気相手にされている者なのではないだろうかと。
愛されてはいないことを知っている。
彼に彼女がいなかったとしても、叶わぬ恋だといういうとを知っている。
誰よりも本当は、彼の気持ちが解る。

彼が誰一人愛してはいないこと、知っている。


だからこそ、私は一度も彼女と名乗ったことはない。
好きだと言われ、セックスもする、彼には先に彼女がいたけれど、私は彼の第二の彼女だ。
どちらが上なのかなど、関係ない。
私は彼の彼女になった覚えはないのだ。
愛されてもいないのに、彼女は名乗れない。
彼が私を想う好きが確かなものでも変りはない。
中途半端な愛で、彼女は名乗れない。
微かな望み、彼が私を愛してくれるまで…。


浮気をしない男を誠実だと言える確かなものはあるのだろうか。
そんな男の彼女になって、本当に愛されていると言えるだろうか。
端から見て幸せそうに見えても、本当の所はどうだか解らない。
ただ、付き合っているだけの恋人たちは幸せなのだろうか。


人を愛するという事がどういうことなのか私には解らない。
愛している実感も愛されている実感も、確かに感じたことはないかもしれない。
何をもって、愛だとするのかは解らない。


もしも、たった今、私が彼の彼女になれるのなら…。
愛を語って、彼女を名乗る気はないと大口叩きながらも彼女になるだろう。
だけど、幸せはもっと別のところにあって、彼女であることが幸せではない。


彼はよく批判される。
二人の女性を好きになって褒められることもないだろう。
もしも彼に彼女がいなかったら、周りの目はどう変っていたのだろうか。
私の目に映る彼に変わりなどない。
もしも彼に彼女がいなかったとしても、彼が私を想う気持に変りはなかった。
好きだといわれ、セックスもする、浮気はしないけれど…ただ付き合っているだけの恋人にしかなれていなかった、そう思う。
私には彼に愛されている実感はない。


だけど、私が彼を好きなのは、幸せだと思える相手だから。
彼に彼女がいたって、私は彼と過ごす日々を幸せだと思った。
そんな幸せな時を奪う、恋愛という感情を時に恨む。
出せない答えに答えを望み、今出される答えに恐怖する。
過去を振り返り、今思う。
彼が私に抱く感情は恋愛ではなかった。
いつかそんな感情が恋愛であればいいと願った。


臆病になる。
彼を失ってしまうなら、彼女になんかなりたくはない。
一生大切な人のまま、側にいて欲しい。
そう、恋愛ではなく、彼が私を想う気持ちは十分に感じ取っているから。
それはまた、別の愛。


<お腹は痛む?どれくらいで退院できるの?ゆうじが早く元気になってデートできたらいいな>
返事のない彼に、毎日メールを送り続けた。
彼を励ましていたのかどうかは解らない。
不安と恐怖だけが私を包んでいた。
連絡を取らなくなったら、もう二度と連絡がないように思えた。
好きだと言われたことを無理やりにでも信じ込ませた。
私は愛されているのだと。
だけど、彼に聞く勇気はない。
彼女にしてください、つきあってください。
何度も彼に言ってきた言葉で、今言わずしていつ言うのだという言葉を私は言えない。


世の中の彼女という存在の女性は、彼氏が浮気をしなければ自分を愛してくれているのだと思えますか。
好きだといわれる言葉の意味を考えたことはありますか。
愛し愛されている恋人たちはどのくらいいるのだろうか。


私が今彼から欲しい言葉は…。
今一番聞きたくはない言葉。

逃げ道のない恋愛で、彼から返事が来ないことに、少しホッとする。



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コメント

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4 ■> hikariさん

本編の返事を中断してしまって申し訳ないです。

当時はただの感情だったしただの意地でもあったものだけど、この記事を書いた1年後の自分が思うその想いというものは、確かな意思でした。
記事にシンクロしたというhikariさんの心と当時の私の想いは似ていたと思います。整理なんてされてはなかったように思う。
ただただ言い切りだけでしか、自分を保てなかったのかな…。

3 ■> ammoniteさん

本編の返事を中断してしまって申し訳ないです。

感じる愛と形創る愛とが、別のものかもしれないと思ったのはやはり形のない恋愛をしたからなのかもしれません。
確かに、愛を感じるのに彼女にはなれない。彼女になれなくても愛を感られればいいじゃないか…逃げにも似た想い。
私はやはり、感じる愛も形ある愛も伴った恋愛がしたいです。

2 ■やばい・・

最近(正確にはもう少し前から)私が考えていたことと、ものすごくシンクロします。
いいたいことがまとまらないから、またゆっくりコメントします。
読んでいてとても嬉しかったです。
せのりさんは前向き。
本当にそう思いました。
無駄に考えすぎとか、こだわってるとか、そういうことじゃ済まされないからこそ、こんなに整理して考えてるんだと思います。
私も見習いたいです。

1 ■絶対愛

こんばんは、お久しぶりです。
地獄から奇跡のような生還をして1ヶ月が経とうとしています
なんて言うと、「何をヒロインぶってるんだ」という声が聞こえてきそうですが^^;

とっかえひっかえ女遊びをし、自分に人生を賭けている女もそうと知りつつ何人か抱え込み、『俺が本当に愛しているのは女房だ』と言う男がたくさんいます。数は遥かに少なくても、女も然り。
『そんなものは「愛」じゃない!』と言いたくなるのですが、彼らにとっては「愛」なのです。本人がそう思い、そう言っているのだから、それは間違いなく「愛」なんだと思います。
ただ、『あたしの望む(思う)「愛」じゃない』だけで。

未来だとか、彼女や奥さんがいる、いないだとか、そういった「型」に囚われるのは、ある意味、余裕があるからだと思います。相手を想う気持ちと、自分が望む「型」を天秤にかける余裕。
要は、自分に向けられた感情を「愛」と取れるかどうか、自分が抱く感情を相手が「愛」だと感じるかどうか、なのではないかと今は思っています。望む「型」は人によって違うし、同じ人間でも相手によって変わらざるを得ないのだから。

彼女と別れようが、別れなかろうが、二人の「型」には関係しても、「愛」には関係ないと(あたしは)思います。そもそも彼女は第三者でしかないのだと。
(ハーレムのように、彼女と自分に接点がある状態なら別でしょうけどね)
今、あたしが行きついている「愛」とはそんなです。

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