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普通人の映画体験―虚心な出会い

私という普通の生活人は、ある一本の映画 とたまたま巡り合い、一回性の出会いを生きる。暗がりの中、ひととき何事かをその一本の映画作品と共有する。何事かを胸の内に響かせ、ひとときを終えて、明るい街に出、現実の暮らしに帰っていく…。

2018年11月22日(木)新宿ピカデリー(東京都新宿区新宿3-15-15、JR新宿駅東口より徒歩5分)で、18:00~鑑賞。

作品データ :
原題 BOHEMIAN RHAPSODY
製作年 2018年
製作国 イギリス/アメリカ
配給 20世紀フォックス映画
上映時間 135分

日本公開 2018年11月9日

「ボヘミアン・ラプソディ」

1970年代イギリスが生んだ国民的ヒーローで世界的人気ロックバンド“クイーン(Queen)”の栄光と知られざる苦闘の物語を、リード・ヴォーカル、フレディ・マーキュリーの短くも壮絶な人生を軸に描き出した感動の音楽伝記ドラマ。バンド・メンバー、ブライアン・メイとロジャー・テイラーの全面協力の下、バンドの誕生から、今なお語り継がれる<ライブ・エイド(LIVE AID)>での奇跡の復活までが、全編を彩るクイーンの名曲の数々をバックに、自らのコンプレックスと格闘し続けたフレディの愛と孤独とともにドラマチックに描かれていく。『ナイト ミュージアム』シリーズのラミ・マレックがフレディを熱演し、フレディの恋人メアリー・オースティンを『シング・ストリート 未来へのうた』のルーシー・ボーイントンが演じる。劇中の歌唱シーンでは、主にフレディ自身の声が使われ、一部をフレディ役のラミと、フレディの声そっくりの歌手マーク・マーテル(Marc Martel、1976~)が担当。監督は『X-MEN』シリーズのブライアン・シンガー。なお実際には、ブライアン・シンガー監督は撮影最終盤に降板しており、製作総指揮にクレジットされているデクスター・フレッチャーが後を引き継ぎ完成させた。

ストーリー :
1970年のロンドン。ルックスや複雑な出自に劣等感を抱くフレディ・マーキュリー(ラミ・マレック)は、ボーカルが脱退したというブライアン・メイ(グウィリム・リー)とロジャー・テイラー(ベン・ハーディ)のバンドに自分を売り込む。類いまれな歌声に心を奪われた二人は、彼をバンドに迎え、さらにジョン・ディーコン(ジョセフ・マッゼロ)も加わって新生バンド「クイーン」として活動する。やがて「キラー・クイーン」(1974年)のヒットによってスターダムにのし上がるが、フレディはスキャンダル報道やメンバーとの衝突に苦しむ…。
アップ
レディー・ガガ(Lady Gaga)が「史上最高の天才エンターテイナー」と讃え、ケイティ・ペリー(Katy Perry)が「私に最も影響を与えた人」と語るミュージシャン。それが伝説のバンド“クイーン”のリード・ヴォーカル、フレディ・マーキュリーだ。その名を知らずとも、「ボヘミアン・ラプソディ」、「伝説のチャンピオン」、「ウィ・ウィル・ロック・ユー」といった名曲をほんのワンフレーズ耳にしただけで、たちまち誰もが心浮き立ち、歌い出さずにはいられない。いかにしてフレディは、世間の常識や既成概念に逆らい、従来の音楽を打ち破り、世界中から愛されるエンターテイナーとなったのか?なぜ愛と孤独、プレッシャーに引き裂かれたのか?そして、崩壊寸前に陥ったバンドを立て直し、永遠のレガシーを確立できた理由とは…?1985年7月13日にUKとUSで同時開催のビッグ・チャリティー・イベント<ライブ・エイド>で、音楽史に残る史上最高のパフォーマンスを披露した彼らの華やかな活躍の裏には、誰も知らない物語があった…。

▼予告編



地球ルンルン <Live Aid> 1985年7月13日 :
<ライブ・エイド>は「1億人の飢餓を救う」というスローガンの下、「アフリカ難民救済」を目的として、1985年7月13日に数々の超大物ミュージシャンが集結した、20世紀最大のチャリティー・コンサート。メイン会場は、英国ロンドン郊外の「ウェンブリー・スタジアム(Wembley Stadium)」と、米国フィラデルフィアの「JFKスタジアム(John F. Kennedy Stadium)」。この2大スタジアムを拠点に、開催時間は16時間(一説に12時間?)に及び、世界84カ国で衛星同時生中継された(録画放映分を含めると、140~150か国にも及び、計15~20億人が視聴したとのこと。日本でもフジテレビが放送権を獲得し、7月13日午後9時から翌日正午まで、番組「THE 地球CONCERT LIVE AID」を放送した)。
当日、約8万人の観衆が詰めかけたウェンブリー・スタジアムでは、ブギー・ロックの代表的なグループ、ステイタス・クォー(Status Quo)がオープニングを飾り→元ビートルズのポール・マッカートニー(Paul McCartney、1942~)がトリを務め→フィナーレは出演者全員による「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス?(Do They Know It's Christmas?)」で、会場全体が大合唱の輪となった。また、約10万人の観衆を集めたJFKスタジアムでは、ジョーン・バエズ(Joan Baez、1941~)がトップバッターであり→ボブ・ディラン(Bob Dylan、1941~)、キース・リチャーズ(Keith Richards、1943~)、ロン・ウッド(Ron Wood、1947~)の3人がトリを務め→出演者全員によるフィナーレの「ウィ・アー・ザ・ワールド(We Are The World)」で、イギリス同様に会場全体が大合唱となった。

宝石紫 ウェンブリー・スタジアムでの主な出演ミュージシャン:
Status Quo/The Style Council/The Boomtown Rats/Ultravox/Spandau Ballet/エルヴィス・コステロ/ニック・カーショウ/Sade/スティング/フィル・コリンズ(Phil Collins、1951~)【歌唱後、ヒースロー空港からコンコルドに乗り込みJFKスタジアムへ移動。イギリス・アメリカの両会場に出演した唯一のアーティスト】/ハワード・ジョーンズ/ブライアン・フェリー/デヴィッド・ギルモア/ポール・ヤング/U2/Dire Straits/Queen/デヴィッド・ボウイ/The Who/エルトン・ジョン/Wham!/ポール・マッカートニー/ボブ・ゲルドフ

宝石ブルー JFKスタジアムでの主な出演ミュージシャン:
ジョーン・バエズ/The Four Tops/ビリー・オーシャン/Black Sabbath/Run-DMC/ リック・スプリングフィールド/REO Speedwagon/Judas Priest/ブライアン・アダムス/The Beach Boys/アルバート・コリンズ/Simple Minds/The Pretenders/Santana/テディ・ペンダーグラス/マドンナ/トム・ペティ/ケニー・ロギンス/The Cars/ニール・ヤング/The Power Station/Thompson Twins/スティーヴ・スティーヴンス/ナイル・ロジャース/エリック・クラプトン/Led Zeppelin/Duran Duran/パティ・ラベル/Daryl Hall & John Oates/エディ・ケンドリックス/デヴィッド・ラフィン/ミック・ジャガー/ティナ・ターナー/ボブ・ディラン/ライオネル・リッチー/ハリー・ベラフォンテ

音譜 “Do They Know It's Christmas?” :
(the Finale at Live Aid in front of 80,000 people in Wembley Stadium, London on the 13th July, 1985)


音譜 “We Are The World” :
(the Finale at Live Aid in front of 100,000 people in the John F. Kennedy Stadium, Philadelphia on the 13th July, 1985)


名立たるアーティストが国とジャンルを越えて多数参加した<ライブ・エイド>。当時の全英・全米のヒット・チャートを賑わしていたアーティストや、伝説的なアーティストがこれほど終結した音楽イベントは、後にも先にもないと言われる。それは、まさしく音楽が本来的に持つ国境を越えた巨大なエネルギーを否応なしに感じさせる、地球規模の歴史的な一大コンサートにほかならなかった。

キラキラ <ライブ・エイド>でのクイーン :
<ライブ・エイド>はUKウェンブリー・スタジアムで現地時刻正午に開幕、追ってUS・JFKスタジアムのステージもスタート。両会場は衛星中継でリンクされ、英国側と米国側で活発なやりとりを交わしながらステージは進行(基本的にイギリス・アメリカ会場と交互にアーティストが歌唱)。そして、ウェンブリーにて午後6時41分、マーク・ノップラー(Mark Knopfler、1949~)率いるダイア―・ストレイツ(Dire Straits)に続いて登場したのがQueen(クイーン)だった。
クイーンの4人組【フレディ・マーキュリー(Freddie Mercury、1946~91)+ブライアン・メイ(Brian May、1947~)+ロジャー・テイラー(Roger Taylor、1949~)+ジョン・ディーコン(John Deacon、1951~)】は、全出演者中、最多の6曲を披露(一部の曲はショート・バージョンでの演奏)。―「ボヘミアン・ラプソディ(Bohemian Rhapsody)」、「レディオ・ガ・ガ(Radio Ga Ga)」、「ハマー・トゥ・フォール(Hammer To Fall)」、「愛という名の欲望(Crazy Little Thing Called Love)」、「ウィ・ウィル・ロック・ユー(We Will Rock You)」、「伝説のチャンピオン(We Are The Champions)」。
そのライブ・パフォーマンスは他の出演者を圧倒し、イギリス会場が一気に盛り上がるほど素晴らしいものだった。冒頭「Bohemian Rhapsody」から沸き起こるシンガロング(sing along)、フレディ・マーキュリーの茶目っぽい発声による「エーオー(Ay‐Oh)」のコール&レスポンス(call and response)、そしてラストを飾る「We Are the Champions」のステージング…。クイーンはMCもほとんど挟まず畳みかけるように次々と演奏、与えられたわずか20分という枠の中で全身全霊のパフォーマンスを見せた。
この<ライブ・エイド>出演が当時、崩壊寸前状態と言われていたクイーンを再浮上させる大きな転機となった。1985年当時、クイーンはレコードの売り上げが全盛期の半分ほどまで落ち込み、“過去のバンド”という烙印を押されていた。その一方で、各メンバーはソロ活動に力を入れており、メディアでは再三にわたって不仲説や解散説が取り沙汰されていた。<ライブ・エイド>当日、クイーンは全世界の観客を相手とする、臨み得る最高の舞台で、持てる力を出しきって、まさに起死回生のパフォーマンスを披露するにいたった―。後日、英国各メディアは報じている、<ライブ・エイド>の主役はクイーンだった(“Queen Steal the Show at Live Aid” )と。
(なお、<ライブ・エイド>のクイーンの演奏曲目について言えば、「クイーン」自体としては前出の6曲であるが、一度ステージを降りてから時間を置き、午後9時48分にクイーンの2人、フレディ・マーキュリーとブライアン・メイのみが再登場して「悲しき世界(Is This The World We Created?)」を演奏しており、これを含めれば7曲ということになる。)

音譜 “Queen” - Live AID 1985 Full Concert :


キラキラ流れ星 <ライブ・エイド> VS 『ボヘミアン・ラプソディ』 :
本作『ボヘミアン・ラプソディ』のクライマックスをなすのは、<ライブ・エイド>でのクイーンの再現シーンである。そこでは、前掲の6曲(ないし7曲)から、「ボヘミアン・ラプソディ」「レディオ・ガガ」「ハマー・トゥ・フォール」「伝説のチャンピオン」の4曲が再現された。そして、使われている楽器や衣装はもとより、会場となったウェンブリー・スタジアムのセットや、ステージまわりの各種小物~ピアノの上に置いてある灰皿や飲み物のカップ類~までもが緻密に再現されている。また、フレディ・マーキュリーを演じたラミ・マレック(Rami Malek、1981~)は、優秀なムーブメント・コーチの助けを借りて、<ライブ・エイド>当日のフレディの動きを忠実に再演している。

音譜 Queen Live at LIVE AID side by side comparison with Bohemian Rhapsody Movie :
( the great song from the great singer Freddie Mercury of QUEEN during the LIVE AID Concert 1985|the brilliant performance of actor Rami Malek from the movie BOHEMIAN RHAPSODY 2018)


音符 Freddie Mercury - 伝説的歌声の秘密 :
(クイーンに特徴的なのは、メンバーそれぞれが際立った個性を持つこと。ブライアン・メイは、自作のギター「レッド・スペシャル」とピックの代わりに使用する6ペンス・コインにより独特の音色を奏でるギタリストとして有名。また、ジョン・ディーコンのファンキーかつタイトなベース・プレイや、相反するように派手なドラミングで沸かせるロジャー・テイラーとのコンビもユニーク。そして、“唯一無二”の優れた歌唱力と独自のヴォーカル・パフォーマンスで高く評価されているフレディ・マーキュリー。彼はレザーやタイツを身に着けた衣装からマイクスタンドの使い方まで、後続のヴォーカリストに多大な影響を与えた。)


[※追記(2019/01/28):2019年1月25日(金)、本作を新宿ピカデリーで、18:20~再見]
2018年11月22日(木)新宿ピカデリー(東京都新宿区新宿3-15-15、JR新宿駅東口より徒歩5分)で、14:00~鑑賞。

「ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ」

作品データ :
原題 SICARIO:DAY OF THE SOLDADO
【Soldadoとは、スペイン語で「兵士」の意】
製作年 2018年
製作国 アメリカ
配給 KADOKAWA
上映時間 122分


アメリカとメキシコの国境地帯を舞台に、あらゆるルールもモラルも通用しない麻薬戦争の恐るべき現実を剔抉(てっけつ)し、アカデミー賞3部門にノミネートされたサスペンス・アクション『ボーダーライン』 本ブログ〈August 29, 2016〉 の続編(orスピンオフ?)。メキシコからのテロリスト流入に危機感を抱いたアメリカ政府の命を受け、CIAの特別捜査官と孤高の暗殺者の仕事人コンビが、麻薬カルテル間の内戦を引き起こそうと暗躍する極秘作戦を、予測不能の展開でスリリングに描き出す。
前作に続き、マットの要請で特殊作戦に参加する暗殺者アレハンドロを演じるのは、『トラフィック』でアカデミー賞助演男優賞を受賞し、最近では『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』といった大作への出演が相次ぐベニチオ・デル・トロ。同じく『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』で最強ヴィランのサノス、『デッドプール2』でケーブルを演じ、圧倒的な存在感を誇示したジョシュ・ブローリンが、政府の裏仕事を超法規的に遂行するCIA特別捜査官マットに扮している。さらに『トランスフォーマー/最後の騎士王』の新星イザベラ・モナーが麻薬王の娘イサベル、『マルコヴィッチの穴』『カポーティ』のキャサリン・キーナーがCIA副長官を演じる。
脚本は前作『ボーダーライン』で全米脚本家組合(WGA)賞にノミネートされ、『最後の追跡』でアカデミー賞脚本賞にノミネートされたテイラー・シェリダン。監督は前作のドゥニ・ヴィルヌーヴから、イタリア人監督のステファノ・ソッリマにバトンタッチ。撮影は『オデッセイ』など近年のリドリー・スコット作品で知られるダリウス・ウォルスキー。音楽は前作を手がけ2018年2月に他界したヨハン・ヨハンソンに代わり、ヨハンソンに師事していたアイスランド出身のヒドゥル・グドナドッティルが担当。

ストーリー :
アメリカ国内の商業施設で市民15人の命が奪われる自爆テロが発生。犯人一味がメキシコ経由の不法入国者と睨んだ政府は、CIA特別捜査官マット(ジョシュ・ブローリン)にある任務を命じる。それは、国境地帯で密入国ビジネスを仕切る麻薬カルテルを混乱に陥れるというものだった。マットはカルテルに家族を殺された過去を持つ旧知の暗殺者アレハンドロ(ベニチオ・デル・トロ)に協力を要請。麻薬王の娘イサベル(イザベラ・モナー)を誘拐し、カルテル同士の戦争を誘発しようと企てる。だが、その極秘作戦は、敵の奇襲やアメリカ政府の無慈悲な方針変更によって想定外の事態を招いてしまう。メキシコの地で孤立を余儀なくされたアレハンドロは、“兵士”としての任務と復讐心、そして人質として保護する少女の命の狭間で、過酷なジレンマに直面していく…。

▼予告編



▼ Best Shooting Scenes :



▼ Police escort shootout scene falling into a trap! :

2018年11月21日(水)ユジク阿佐ヶ谷(東京都杉並区阿佐ケ谷北2-12-19-B1 JR阿佐ヶ谷駅北口から徒歩3分)で、16:10~ 鑑賞。

作品データ :
原題 BUENA VISTA SOCIAL CLUB:ADIOS
製作年 2017年
製作国 イギリス
配給 ギャガ
上映時間 110分


「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ★アディオス」

キューバのベテラン・ミュージシャンを中心に結成されたバンドにスポットを当てた、1999年製作の音楽ドキュメンタリー『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』の続編。平均年齢73歳となり、最後のワールド・ツアーに出たバンドのメンバーたちにカメラが迫る。前作で監督を務めたヴィム・ヴェンダースが製作総指揮に回り、『ヴィック・ムニーズ ごみアートの奇跡』のルーシー・ウォーカーが監督を務める。

ストーリー :
「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ(Buena Vista Social Club)」は、アメリカの偉大なギタリスト、ライ・クーダー(Ry Cooder、1947~)がキューバを旅した際に出会った地元の老ミュージシャンに声をかけて結成されたビッグバンド。そこには、当時92歳のギタリストを筆頭に、かつて第一線で活躍したベテラン歌手や音楽家たちが集まってきた。1997年にライ・クーダーがプロデュースしたアルバム「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」は、ワールド・ミュージックのジャンルとしては異例となる400万枚の売り上げを記録し、第40回グラミー賞を獲得。さらに、彼らの音楽と人柄に惚れ込んだヴィム・ヴェンダース監督によるドキュメンタリー映画『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』も全世界で破格のヒットを飛ばし、第72回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞候補にノミネートされる。日本でもミニシアターの枠を超える大ヒットとなり、その熱狂は音楽、映画に止まらず、サルサダンスのブームやキューバレストランの流行、キューバへの直行便が就航するなどの社会現象を巻き起こした。それから18年、当時すでに高齢だったメンバーが次々と鬼籍に入る中、残されたメンバーはステージ活動に終止符を打つことを決意し、最後の世界ツアーとなる“アディオス(adios/さよなら)・ツアー”を敢行する。カメラはこれまでのバンドの歩みを振り返りつつ、“アディオス・ツアー”の様子を追うとともに、伝説のディーバ、オマーラ・ポルトゥオンド(Omara Portuondo、1930~)、ヴォーカルのイブライム・フェレール(Ibrahim Ferrer、1927~2005)らメンバーの音楽人生とキューバ音楽の歴史を辿っていく…。

▼予告編



音譜 Buena Vista Social Club - Chan Chan
(Chan Chan video made from the Wim Wenders documentary “Buena Vista Social Club”)

[“Chan Chan”は、’97年に発表されたアルバム「Buena Vista Social Club」の1曲目を飾る曲で、コンパイ・セグンド(Compay Segundo、1907~2003)が’87年に作曲した、キューバ伝統の音楽SON(ソン)。哀愁のあるギターの旋律とコンガやボンゴのリズムの絡み、イントロから一気に異国の雰囲気に包まれ、その後始まる歌がまた更なる哀愁を呼び込む曲。歌詞はラブソングになっており、歌詞に出てくる登場人物Juanica(フアニカ)とChan Chan(チャン・チャン)は20世紀初めにヒットしたキューバン・フォルクローレから取られているとのこと。]
2018年11月20日(火)ル・シネマ(東京都渋谷区道玄坂2-24-1 Bunkamura6F、JR渋谷駅ハチ公口より徒歩7分)で、17:20~鑑賞。

「バルバラ」

作品データ :
原題 BARBARA
製作年 2017年
製作国 フランス
配給 ブロ-ドメディア・スタジオ
上映時間 99分


「ナントに雨が降る」「黒い鷲」「いつ帰ってくるの」などの名曲で知られるフランスの伝説的歌手バルバラ(Barbara、1930~97)の世界を描いた作品。『さすらいの女神たち』(2010年)でカンヌ国際映画祭監督賞を獲得した俳優兼監督のマチュー・アマルリックがメガホンを取った異色ドラマ。バルバラの伝記映画で主演を務める女優ブリジットとその作品を手がける監督イヴが、撮影を通してバルバラの魅力に取り憑かれ、次第に彼女に同化していく姿を、実際の貴重なステージ映像をコラージュしながら綴られる。単なる伝記映画では描き切れない(ブリジット⇒)バルバラのミステリアスな魅力を『恋ごころ』『ランジェ公爵夫人』のジャンヌ・バリバールが、斬新かつ幻想的なアプローチで体現している。(監督の)イヴ役をマチュー・アマルリック監督自らが演じている。

ストーリー :
パリのスタジオでは、フランスを代表する国民的シャンソン歌手バルバラを描く映画の撮影準備が進んでいた。主演はブリジット(ジャンヌ・バリバール)、監督はイヴ(マチュー・アマルリック)。ブリジットは役作りのため、撮影期間中は用意された住まいにグランドピアノを準備。その部屋は映画のセットそっくりに仕立てられていた。スタッフから「脚本は日々変わる」と言われれば、「わたしも変わる」と返すブリジット。彼女は憑かれたようにバルバラの仕草や表情を真似ていく。わずかな口角のあげ方、手先の動き、もちろんその特徴のある歌声…。やがて、誰も演じることができないと言われた伝説の歌姫が、カメラの前に姿を現わす。一方、イヴはバルバラが歌ったキャバレーや劇場での証言を集め、その人生に踏み込んでいく。少年の頃に出会った彼女の曲に救われた経験があるイヴは、映画監督という立場を超え、ブリジットが演じるバルバラに尋常ならざる愛着を寄せ、自分を見失っていく。そして、イヴ以上に、バルバラと化していくブリジット。自分の人生を歩んでいるのか、それともバルバラの人生を歩んでいるのか…。撮影される映画は、バルバラを描いているのか、あるいは別の誰かの人生なのか。スクリーンのこちら側にいる観客すらも、その境界線に惑わされ、バルバラなのか、ブリジットなのか、もはや曖昧になった2人の人生の輪郭を追体験することになる。その生涯はツアーの連続で、自分の家を持たなかったバルバラは、映画の最後にこう語る。「ステージは、わたしの船」と。 愛を求め、しかしその愛に苦しんだ永遠の旅人バルバラ。彼女の名曲は、永遠に色褪せることなく、今日もどこかで流れている。バーのカウンターで泣く男の耳元にも、それは届くのだった―。

▼予告編



■私感 :
本作を鑑賞中、私は何とも釈然としない思いにとらえられた。時に心身の疲れも覚えて、画面の登場人物への感情移入がままならず、次第にストーリー展開に目を凝らす余裕も失っていく…。
もともとバルバラに関する予備知識として、私は彼女がユダヤ人として生まれ、ナチス占領下のフランス各地を逃げまどい、放浪し、苦難の中からシャンソン歌手として成功したことを、一定限度知っていた。それゆえにだろう、バルバラを描く作品なら、彼女の波乱の生涯を彩るドラマチックなエピソードを盛り込んだ伝記映画であってほしいと、私は勝手に期待していた。そして、本作の鑑賞直前までの私は、てっきり思い込んでもいた。本作は定めし、フランスの伝説的シャンソン歌手エディット・ピアフ(Édith Piaf、1915~63)の悲惨と栄光の47年間の生涯を綴った『エディット・ピアフ~愛の讃歌~』(マリオン・コティヤール主演、オリヴィエ・ダアン監督、2007年)(cf.本ブログ〈June 10, 2015〉)※に比肩するような感動の伝記ドラマであるに違いない、と。

※『エディット・ピアフ~愛の讃歌~』では、数奇な人生が生んだトラウマゆえに複雑な性格になったエディット・ピアフをマリオン・コティヤールが怪演とまがうばかりの熱演!私は上映時間140分を通して、主演のコティヤールにただただ惹きつけられながら、ピアフが歩んだ人生の軌跡を一通り網羅した濃厚な作劇を最大限に享受!同作は私の映画鑑賞史上、鮮烈な印象を私の記憶に刻み込んだ、今なお忘れがたい一作である。

ところが、豈(あに)図らんや、本作は“1930年生まれのバルバラの起伏の多い人生の旅路をたどる”伝記的な映画ではなかった。話は、バルバラの映画を撮る監督のイヴと、バルバラを演じる女優のブリジットがそれぞれにバルバラの本質に近づこうとのめり込み、心身ともにバルバラに支配されていく…という内容。その劇中劇で監督のイヴを演じるのが本作自体の監督でもあるマチュー・アマルリック(Mathieu Amalric、1965~)、そしてバルバラ役を務める女優ブリジットを演じるのが女優のジャンヌ・バリバール(Jeanne Balibar、1968~)。この現実とフィクションを意図的に混淆させる<入れ子構造>のスタイルのもとで、一層ややこしいことに、マチューとジャンヌがかつて二人の子供をもうけたパートナー関係にあったこと、さらにジャンヌがバルバラ~劇中シーンでの本物映像~そっくり、怖いくらいに似過ぎていること―。
本作では、バルバラの実際のフッテージを使ったり、劇中劇を挿入したりすることで現実と虚構が入り混じる世界が立ち上がる。バルバラ本人/バルバラを演じたブリジット/ブリジットを演じたジャンヌ/バルバラの歌に救われたイヴ/イヴを演じたマチュー。五つの残像が一斉に黒々とした闇に浮かび、ああ、これは一体、誰の物語だったのか?という一つの問いが期せずして湧き上がる。これはバルバラ本人??女優ブリジット??それとも、素のジャンヌ・バリバール??

私は一観客として映画の前半30~40分程度は、何とか画面に物見高い目を向けていた。マチューが本劇&劇中劇の監督を務め、ジャンヌがブリジット役でバルバラを演じるという奇抜な設定に私の持ち前の好奇心がそれなりに刺激されていたからだ。しかし、画面が進むにつれて、私はスクリーンに映し出されるヒロインが、バルバラかブリジットかジャンヌなのか、それぞれの境界がどんどん曖昧になって分からなくなり、しだいに夢現(ゆめうつつ)の波間をゆらゆら漂うような感覚に陥る。思考の迷路に迷い込むなか、実体がうまく掴めないもどかしさ故の虚無的な疲れが忍び寄り、ついには考えること自体が煩わしく思考停止の状態になり、ただ矢継ぎ早に流れ行く画面をぼんやりと見送るばかり…。
これは一体全体、どういうことか!?私は全編を通してバルバラの人生の何たるかについて何も教わるところがなく見終わった。そこに心の底を揺さぶり、格別な意味を際立たせる事象(映画シーン)は一切見当たらず…。

私は本作を駄作ないし愚作と、ずばり言い切るつもりはない。
そもそも問題は、私がバルバラの世界に予備知識が不足して不案内すぎる点にあるのではないか。私の場合、同じフランスの代表的な女性歌手でも、前出のエディット・ピアフ、イベット・ジロー(Yvette Giraud、1916~2014)、ジュリエット・グレコ(Juliette Gréco、1927~)の三者については、その人生や人となりをいろいろと知っており、そのシャンソン (chanson/歌)自体にも造詣があって代表曲を自らも多少は口遊む。しかし、バルバラについては、かつて彼女の遺作“Il était un piano noir…” (1998)(小沢君江訳『一台の黒いピアノ…/バルバラ 未完の回想』緑風出版、2013年)を一読したにせよ、彼女の数多(あまた)あるシャンソンでわずかに覚えたのが「ナントに雨が降る」(原題:Nantes)と「黒い鷲」(原題:L'Aigle noir)の2曲にすぎなかった。

本作では、フィクションとノンフィクションの垣根が取り払われることで、バルバラのミステリアスな存在感、複雑な精神性がことさらに表出されていく…。本作の監督(兼脚本)マチュー・アマルリックは、自ら作中の監督役を果たすことで、バルバラという実在人物を時系列で描く伝記映画とは一線を画して、謎に満ちた“孤高の歌い人”バルバラの豊かで複雑な内面世界を、いつまでも解けぬ謎そのものとして忍びやかに提示する…。本作は愛に傷つき、愛に悦び、自らの苦しみに満ちた人生を駆け抜けたバルバラの生き方‐死に方に共感し、劇的に唄うバルバラの歌~棄てられた女の未練を、不思議な倦怠感と魂の震えとして表出させた絶唱が多い~に陶酔する人には格好の映画と言うべきだろう。

私は俳優マチュー・アマルリック(本作では監督・脚本・出演の3役を兼任)の出演作を、これまでに何作鑑賞しただろうか。曖昧な記憶を手繰り寄せれば、『ミュンヘン』(2005年)→『マリー・アントワネット』(2006年)→『007 慰めの報酬』(2008年)→『アデル/ファラオと復活の秘薬』(2010年)→『皇帝と公爵』(2012年)→『グランド・ブダペスト・ホテル』(2014年)の6作程度。しかし、なぜか~単なる記憶忘失か?~私はどの作品の場合にも一度としてマチューという存在を強く印象づけられることがなかった。どうやら彼は私にとって親近感を覚える、魅力的な役者ではなかったようだ。今作を鑑賞した現時点でも、
私の目には、やはり彼は何かパッとしない、そこいらの有象無象のヤカラのごとく映った。なぜだろうか…。これは、私が彼の顔立ちがあまり好きではない点に関わる、すぐれてDNA情報の問題なのか。いずれにせよ今のところ、マチュー・アマルリックが私好みのタイプの男性俳優~何らかの形で私の胸中を射抜くことのできる、強い存在感のある男優~でないこと、この点ははっきりしている。

フランスの女優にして歌手であるジャンヌ・バリバールを、私は本作で初めて観た。名前だけは知っていたものの、これまで彼女の出演作とは凡そ縁がなかった。
ジャンヌはブリジットという女優の役を演じつつ、ブリジットが演じるバルバラ~カリスマティックな、時としてエキセントリックなまでに情熱的なディーバ~を表現するという難しい役どころを、うまく積極的にこなしていた。歌も踊りも身のこなしも粋(いき)で、ピンヒールを履いてゴージャスに着飾った彼女の凛とした佇(たたず)まいが眩(まぶ)しい!それは、リアルとドラマの見事なコラージュで、どこからがバルバラ本人なのか分からなくなるほど映えたジャンヌの演技ぶりだった。
初見ながら~難しく考えず、素直に観るかぎり~、どうやらジャンヌは確かな演技力を持つ「実力派」女優だと思われる。本作におけるヌーヴェルバーグへのオマージュとトロンプ・ルイユ(Trompe-l'œil、騙し絵)な演出に助けられた側面があるにせよ、そこにはエレガントな典型的なフランス女優の一断面が露出していた。
だが、そうは言っても、ジャンヌが私好みのタイプの女優であるかどうかは、話が別。実は、率直に言って、私は彼女の見目形(みめかたち)、特にいかにも気の強そうな面長な目鼻立ちがあまり好きではない。本作の画面で何か私の感興を殺(そ)ぐような違和感がぬぐえない彼女の顔形に目が行くたびに、私はなぜか~これもまたDNA情報に起因する問題なのか~、ついつい、彼女の人となりを鼻っ柱が強く尊大で近寄りがたい人と思いなし、彼女が演じるバルバラ~バルバラが憑依(ひょうい)したブリジット=ジャンヌという一つの“亡霊”~を、何とか冷然と客観的に観察しようと精一杯努めるのだった…。
ジャンヌ・バリバールは、あるいはフランスを代表する“真正”のフランス女優なのかもしれない。しかし、私にとって彼女は今のところ、共感的な理解を可能ならしめる、好きなタイプの女優ではない―。

▼ジャンヌ・バリバール インタビュー映像 :
(ジャンヌは2001年に初来日→2018年10月17日開催の、本作の日本公開記念イベント(於、アンスティチュ・フランセ東京)に伴って5度目の来日となった。)



音譜 Barbara “Nantes” :


音譜 Barbara “L'aigle noir” - French and English subtitles :
2018年11月20日(火)ユーロスペース(東京都渋谷区円山1-5 KINOHAUS 3F、渋谷駅ハチ公前→ Bunkamura前交差点左折)で、14:15~鑑賞。

「ダライ・ラマ14世」

作品データ :
製作年 2014年
製作国 日本
配給 ブエノスフィルム
上映時間 116分

日本公開 2015年5月30日

「ダライ・ラマ14世」チラシ

1989年にノーベル平和賞を受賞した、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世に密着したドキュメンタリー。ダライ・ラマ14世を6年間にわたって取材し、彼のこれまでの過酷な道のりと、その人間的な素顔、そしてチベット問題の本質に迫る。企画と撮影を務めたのは、世界平和に貢献する人々の撮影をライフワークにする薄井一議と薄井大還の写真家親子。監督は『大阪ハムレット』『はさみ hasami』などで知られる光石富士朗が務めた。ナレーションは俳優の柄本佑が担当。

ストーリー :
ダライ・ラマ14世。観音菩薩の生まれ変わりとされる僧侶。ノーベル平和賞受賞者。神々しい肩書とともに、これだけ世界中で顔を知られている人は他にはいない。しかし、この人がどんな人物なのかを説明できる人は、どれだけいるだろうか。
1935年7月6日生まれ、2歳にしてダライ・ラマ13世の“転生者”と認定され、1940年に5歳でダライ・ラマ14世(法名テンジン・ギャツォ)として正式に即位。だが、中国のチベットの侵攻により、1959年、23歳でインドに亡命し、やがてインドのダラムサラにチベット亡命政権を樹立。1960年にはチベットから亡命した人々へのチベット文化・チベット仏教の教育を始める。今では子供たちは言語だけでも英語、チベット語、ヒンディー語、そして未来の対話のためにと、中国語も学んでいる。1967年には日本とタイへの訪問を皮切りに、外交を開始。1973年、ヨーロッパ諸国を訪問し、ローマにてカトリックの最高指導者であるローマ法王パウロ6世と会見。以後も世界中を回り、国際社会に向けて一貫してチベットの窮状と非暴力での平和実現を訴え続けてきた。1989年、その非暴力の平和的な闘いが認められ、54歳でノーベル平和賞を受賞。2010年、アメリカ政府から民主主義功労勲章を授与され、2011年には寛容と平和の提唱者として「世界の象徴的政治家トップ25」にTIME紙によって選出された。2012年には宗教界のノーベル賞であるイギリスのテンプルトン賞を受賞。
今では訪問した国は60か国以上となり、亡命以来、大統領や首相、王室の人々と会談を重ね、平和を説いてきた。1959年に亡命をして今年で56年、いまだチベットの土を踏んでいない。チベットに戻る日を夢見ながら、混沌とした世界情勢の中、今日も世界平和のために邁進している。

本作では、今まで誰も見たことのないダライ・ラマ14世に出会うことになる。カメラは関係者以外には入ることのできない場所へと分け入っていく。そこに映し出されるのは、眼鏡を外し、お茶を飲みながらくつろぐ普段の姿であり、書物に目を通し、今も日々の課題を学ぶ一人の僧侶としての姿である。
また、チベット亡命政府のあるインドのダラムサラと、今もチベットの伝統と風習が受け継がれるラダックにカメラが潜入する。その映像からは、脈々と受け継がれるチベット仏教の教えと、その源流であるダライ・ラマ【Dalai Lama/達頼喇嘛=チベット仏教において聖俗両権を掌握してきた“活仏”(転生ラマor化身ラマともいう)の最高者の称号。ラマとは師匠たる僧を指す語】の存在、そして亡命後にダライ・ラマ14世が人々と作り上げてきたものが浮き彫りになってくる―。

▼予告編



■私感 :
ダライ・ラマ14世は凡人には計り知れない“大きな”人だ。
来日時、質問者にまっすぐに向き合い、決して飾ることなく真剣にユーモアたっぷりに答える姿は何とも魅力的!時に茶目っぽく笑い、時に大笑いに笑う。朗々たる音吐が嫋々と響く。「私はただの人間です。皆さんと同じです」と事もなげに言い放つ。「暴力からは何も生まれない。仏教は慈悲の心を育てる宗教である」、「非暴力とは、思いやりの心を他者へ示すことだ」と力強く言い切る…。
ダライ・ラマ14世は本作の最後で、人類の未来に“楽観的”な見方を語っている。我々人類は皆、これからも山積する非常に困難な問題に直面して不満を抱えながら生きていくだろうと述べた上で、彼はDon’t worry!と結んだ。この短い言葉の中にチベット人とともに艱難辛苦の道を歩んできた彼の深いメッセージが込められている。その颯爽たる英姿は、まさに大乗仏教が理想とする菩薩そのものである。

ダライ・ラマ14世に関する映画と言えば、私はただちに、20年余り前に鑑賞した『セブン・イヤーズ・イン・チベット』(原題:Seven Years in Tibet、ジャン=ジャック・アノー監督、1997年)を思い出す。
それは、神秘的な禁断の地チベットを舞台に、伝説の登山家ハインリヒ・ハラー(Heinrich Harrer、1912~2006)と若き日のダライ・ラマとの7年間(1944~51年)わたる魂の交流を、実話をもとに描いたブラッド・ピット(Brad Pitt、1963~)主演で贈る感動のヒューマン・ドラマである。
私は1960~80年代を通して“チベット問題”~チベットに対する「中華人民共和国」の支配・統治に伴って生じる各種の問題~に一定の関心を示してはきたが、同作を介してはじめて当のチベット問題を“痛み”として受け止めるにいたった。―中国のチベット軍事侵攻に直面したハインリヒ・ハラー=ブラッド・ピットが、ダライ・ラマ14世【演者:ジャムヤン・ジャムツォ・ワンチュク(Jamyang Jamtsho Wangchuk、1983~)】に直言する。「チベットにいては危険です。脱出しましょう。」 ダライ・ラマ14世は応じる、「残された民はどうなる?」

宝石赤 宝石緑  
Seven Years in Tibet

映画 cf. Seven Years in Tibet - Trailer :

2018年11月20日(火)ユーロスペース(東京都渋谷区円山1-5 KINOHAUS 3F、渋谷駅ハチ公前→ Bunkamura前交差点左折)で、12:30~鑑賞。

「MAKI」

作品データ :
原題 MAKI
製作年 2017年
製作国 アメリカ/日本
配給 ユーロスペース
上映時間 89分


イラン出身の新鋭女性監督ナグメ・シルハン(Naghmeh Shirkhan)がメガホンを取り、ニューヨークの日本人コミュニティ、日本人高級クラブを舞台に、異国に生きる女性たちの漠然とした不安、アイデンティティのありよう、この街に生きる女性の欲望や孤独を描いた日米合作映画。主人公・マキ役をモデル出身でアートディレクターでもあるサンドバーグ直美(Naomi Sundberg)が、日本人クラブのオーナー・ミカ役を『愛を乞うひと』『ぼくたちの家族』の原田美枝子が、マキを愛しながらもミカのコントロール下を逃れられないボーイのトミー役をブロードウェイで活躍する俳優ジュリアン・スィーヒ(Julian Cihi)が演じる。

ストーリー :
ニューヨークの日本人高級クラブ。マキ(サンドバーグ直美)はホステスとしてミカ(原田美枝子)の経営するクラブで働いている。英語もろくに話せないままアメリカ人の彼氏を追って日本を飛び出して数か月。この日本人コミュニティでの彼女の通称は“エヴァ”だ。クラブ内は恋愛禁止であるが、ボーイのトミー(ジュリアン・スィーヒ)と同棲している。お腹にはトミーとの子がいるものの、彼には女の影が付いて回っていた。ある日、マキはコミュニティをはじき出されたユミコ(おおのゆりか)と出会う。トミーとの関係を匂わせるユミコは、マキの妊娠に動揺する。その様子を見たマキは、トミーへの不信感と孤独を募らせていく。そんなマキへ優しい言葉をかけたのは、彼女の妊娠に気づいたミカだった。ミカはマキをいたわり、生まれてくる子供を養子に出すことを提案。しかし、実はミカにはある思惑があった…。心のより所をなくしたマキの愛の行方は…?

▼予告編



◆ナグメ・シルハン監督のコメント(本作公式サイト) :
≪『MAKI』は一貫して「愛」を語る物語です。長年の協力者であり師匠でもあるアミール・ナデリ氏に本作のアイデアを相談した時、ナデリ氏は日本を舞台にした『カット』をちょうど撮り終えた頃で、興奮気味にマキを演じる若い日本人女性を見つけるよう勧めてくれました。私は映画学校で知った黒澤(明)、小林(正樹)、溝口(健二)、木下(惠介)といった日本の映画監督の作品が好きで、なおかつ三島由紀夫、村上春樹、小川洋子といった近現代の日本文学の熱心な読者でもあります。ずっと日本文化に興味があり、もっと知りたいと思い続けていました。また、若い日本人移民が多いイーストビレッジに何年か住んでいたので、ニューヨークの日本人コミュニティとも関わりがありました。その中で私は、人が何かをつかもうとする過程で自分の過去の一部と決別するということに、とても興味がひかれました。アメリカに住むイラン人として、この双対性が嫌というほど分かったからです。移民の時代ともいえる現代において、これは多くの人にとって身近なテーマであり、今なお私を捉えています。≫

※ ナグメ・シルハン監督は、イラン生まれ。イラン革命(1978~79年)の前年に家族とアメリカへ移住。父親はテヘランへ戻ったが、イラン・イラク戦争(1980~88年)の影響で母親とともにアメリカに残る。こうした別離や移住、新たな場所での葛藤が彼女の作品の主なテーマとなっている。西島秀俊主演の『CUT』(2011年)や『駆ける少年』(1985年)などの作品で知られるイランの名匠アミール・ナデリ(Amir Naderi、1945~)監督に師事する。2010年の『The Neighbor(Hamsayeh)』が映画祭で評価され、『MAKI マキ』が長編第二作となる。ニューヨークの日本人コミュニティーとも関わりがあった彼女は、2年間、ニューヨークと東京のナイトクラブを取材し、ニューヨークの日本人裏社会コミュニティーとも言うべきスタイリッシュな世界を作り上げ、そこに生きる人々をクールに見つめている。

▼ナグメ・シルハン監督インタビュー:



▼本作初日舞台挨拶-2018年11月17日、ユーロスペースで :
(登壇者は、ジュリアン・スィーヒ、サンドバーグ直美、原田美枝子、ナグメ・シルハン監督、ショーレ・ゴルパリアン〈Shohreh Golparian〉プロデューサー。)

2018年11月19日(月)「ココロヲ・動かす・映画館○(通称ココマルシアター)」(東京都武蔵野市吉祥寺本町1-8-15、JR吉祥寺駅北口徒歩約5分)で、15:30~鑑賞。

「モリのいる場所」

作品データ :
製作年 2018年
製作国 日本
配給 日活
上映時間 99分


2017年に没後40年を迎え、再び注目を集める伝説の画家・熊谷守一(くまがい・もりかず、1880~1977)とその妻・秀子(1898~1984)の晩年の暮らしぶりを、山﨑努と樹木希林という共に日本映画界を代表するベテランの初共演で描いた人間ドラマ。亡くなるまでの約30年にわたり、庭の動植物を観察して描き続けた熊谷守一=モリのエピソードをベースに、晩年のある夏の1日をフィクションとしてユーモラスに描く。監督・脚本は、『モヒカン故郷に帰る』の沖田修一。

ストーリー :
1974(昭和49)年の東京・池袋。94歳になる画家のモリ(山﨑努)。彼が暮らす家のちっちゃな庭には草木が生い茂り、彼の描く絵のモデルになるたくさんの虫や猫などが住み着いていた。モリは30年ばかり、じっとその庭の生命たちを飽きもせずに眺めるのを日課にしている。そして、76歳になる妻の秀子(樹木希林)との二人で暮らす家には、毎日のように様々な来客がひっきりなしに訪れる。モリの写真を撮ることに情熱を燃やす若い写真家・藤田(加瀬亮)、モリに看板を描いてもらおうとする温泉旅館の主人・朝比奈(光石研)、隣人の佐伯さん夫婦、郵便屋さんや画商や近所の人々、さらには得体の知れない男まで。今日もモリと彼を愛する老若男女が集う賑(にぎ)やかで可笑(おか)しくて温かな一日が始まる…。

▼予告編

2018年11月19日(月)「ココロヲ・動かす・映画館○(通称ココマルシアター)」(東京都武蔵野市吉祥寺本町1-8-15、JR吉祥寺駅北口徒歩約5分)で、13:20~鑑賞。

作品データ :
製作年 2017年
製作国 日本
配給 「まっ白の闇」製作委員会
上映時間 115分


俳優の内谷正文が自身の薬物依存症の体験をベースに13年にわたり上演を続けている一人体験劇「ADDICTION~今日一日を生きる君~」を自身の初監督作品として映画化。自身と家族が体験した過酷な現実を通して薬物や依存症の恐怖と回復への長い道のりを描き出す。主演は百瀬朔と小澤亮太、共演に村田雄浩。

「まっ白の闇」

ストーリー :
葉山俊(百瀬朔)は兄の昌(小澤亮太)に影響され、興味半分でマリファナに手を出す。ある日、大麻所持の現行犯で警察に捕まってしまう。留置場でキンタ(横関健悟)という男と知り合った俊はその後、ある切っ掛けから覚せい剤にまで手を染める。やがて、その虜となり、徐々に肉体的にも精神的にも壊れていく…。昌は弟を薬物の世界に引き込んでしまったことを後悔し、何とか彼を救おうと奔走する。だが、状況はますます悪化。ついに幻覚を見るようになった俊は、妄想の世界でしか生きられなくなり、家族もろとも真っ暗闇のどん底に突き落とされる。薬物地獄に落ちた俊と家族が迎える結末とは…。

▼予告編



▼内谷正文の一人体験劇「ADDICTION~今日一日を生きる君~」 :
(内谷正文〈うちや・まさぶみ、1969~〉は2005年から、自身の薬物依存症の体験をもとに一人芝居を演じ、将来ある若者たちに“薬物の怖さ”を訴える活動を行なっている。)

2018年11月14日(水)吉祥寺プラザ(東京都武蔵野市吉祥寺本町1-11-19、JR吉祥寺駅北口サンロード突き当たり左)で、16:25~鑑賞。

「あのコの、トリコ。」

作品データ :
製作年 2018年
製作国 日本
配給 ショウゲート
上映時間 99分


白石ユキの同名少女コミックを実写映画化した青春ラブストーリー。スーパースターになると誓い合った幼なじみ3人~頼(より)、雫(しずく)、昴(すばる)~が再会し、芸能界で活躍しながら三角関係に陥る姿が描かれる。頼役を『ママレード・ボーイ』の吉沢亮、雫役を『インターン!』の新木優子、昴役を『兄に愛されすぎて困ってます』の杉野遥亮が演じる。『今日、恋をはじめます』『クローバー』の浅野妙子が脚本を手がけ、TVドラマを中心に活躍してきた宮脇亮が長編映画初メガホンをとった。

ストーリー :
地味で冴えないメガネ男子高校生・鈴木頼(吉沢亮)は、東京の芸能コースがある高校に転入する。そこで、幼い頃から好きだった立花雫(新木優子)と再会。女優という夢に向かって真っすぐに頑張る雫に改めて恋した頼は、彼女が所属する芸能プロダクションに頼まれ、彼女の付き人として現場に同行するようになる。やがて訪れたランジェリーのCM撮影の日。頼と雫の幼なじみで、人気俳優の東條昴(杉野遥亮)が共演予定だったが、あるアクシデントが起きて帰ってしまう。降板の危機に直面した雫を救うため、昴の代役を務めることになったのは頼。突然の出来事だったものの、カメラの前に立った途端、頼はメガネ男子からミステリアスな少年に変身し別人のような輝きを放ち始める。そんな頼に思わず心をときめかせる雫。そして、世間の注目を浴びたこのCMが、頼と雫、昴の運命を左右することに…。

▼予告編

2018年11月14日(水)吉祥寺プラザ(東京都武蔵野市吉祥寺本町1-11-19、JR吉祥寺駅北口サンロード突き当たり左)で、14:30~鑑賞。

「若おかみは小学生!」

作品データ :
製作年 2018年
製作国 日本
配給 ギャガ
上映時間 94分


令丈ヒロ子による大人気児童文学シリーズ『若おかみは小学生!』をアニメーション映画化。両親を亡くし、祖母の温泉旅館で若おかみ修業をすることになった小学6年生の女の子・おっこが、ユーレイの友達や同級生のライバルに助けられながら少しずつ成長していく感動の物語が描かれる。人気子役の小林星蘭が主人公おっこの声を担当。『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』などスタジオジブリ作品で作画監督を務めた高坂希太郎が、『茄子 アンダルシアの夏』以来15年ぶりに長編劇場アニメの監督を手がけた。脚本は『猫の恩返し』『映画 聲の形』などヒット作を数多く担当する吉田玲子。2018年6月に開催されたアヌシー国際アニメーション映画祭のコンペティション長編部門に正式出品され、その後、文部科学省選定作品(少年・家庭向き)に選定された。

ストーリー :
小学6年生の“おっこ”こと関織子(声:小林星蘭)は、交通事故で両親を亡くし、お婆ちゃん(声:一龍斎春水)が営む旅館「春の屋」に引き取られる。旅館に昔から住み着いているユーレイのウリ坊(声:松田颯水)や美陽(声:遠藤璃菜)、子鬼の鈴鬼(声:小桜エツコ)、ライバル旅館の跡取り娘で同級生の真月(声:水樹奈々)らと知り合ったおっこは、ひょんなことから「春の屋」の若女将修業を始めることに。慣れない若女将修業に、毎日失敗の連続。「あたしって、全然しっかりしてないじゃん」と落ち込むおっこだったが、不思議な仲間たちや同級生の真月に支えられながら、次々とやって来る個性的なお客様をもてなそうと奮闘するうち、少しずつ成長していく…。

▼予告編